Part.22 開幕
六花と音和がそれぞれ向かったのを見届けた後、一樹と七曜は屋上に出ていた。動きがある程度予測できる草上姉妹とは違い、ムラサメが今どこにいるかは六花も分からない。龍穴の場所に当たりを付ければそこまで大きくは変わらないだろうと見越して、今は七曜が探し出している最中だ。小雨と表現できる程になった雨であれば、そこまで気にもかからないものの、件の砂嵐の影響はこの屋上にも届いていたらしい。砂で覆われた屋上は雨も相まって泥となっている。地べたに座るのはさすがに躊躇われて、一樹はフェンスにもたれかかっている。
――今回の一件を片付けるためには、この手が最良なのは違いない。後はそれを実行すれば良い……
対して、七曜は外に向けて"魔眼"を向けている。七曜の目に何が写るのか、一樹にはまったく分からない。彼が精査している間、手持ちぶさたな一樹はムラサメとの戦いを何度もシミュレーションしているが……ここまで来ると何度考えても仕方がない気もしてくる。
「で、一樹。本音の所はどうなのさ?」
そんな中、急に七曜が口を開いたのだ。不意な質問に、一樹は言葉の意味を捉えきれなかった。
「本音だぁ?」
「そう、本音。君らしい作戦だったけど、突き詰めて考えると実はそうでもないな、って思ってさ」
時々眼を細めては「違うなぁ」などと零しては次の所に向かっている。作業こそ順調ではないものの、まるでこの質問の答えを待ちわびていると言いたげに、わくわくしているかのような表情がうかがい知れたのだ。
「君の作戦は非常に合理的だった。だけど、非の打ち所がないとまでは言えないと思ってさ」
「というと?」
「極端な話、だよ? 別にムラサメを相手にする必要はないと思うんだよね」
「ほう?」
思いもしなかったことだ。雨と砂で汚れた背中を払いながら、立ち上がって七曜の横に立つ。フェンスに手を置いたとたんに訪れたジャリっとした砂の感触がうっとうしかった。そのせいもあってか、外の景色よりも先に、六花によって酷い有様になった校舎が広がっている方が目にとまる。
「彼を放っておいて、草上姉妹に全員でかかる。数の利を生かした状況であの2人を速攻で終わらせてさ、その後に全員でムラサメに向かう……とかもできたはずだ」
「なるほど、確かにそれも良いな」
「作戦会議中に言いやがれ」と悪態をつくと七曜は朗らかに笑った。
「だけど、僕は言う気にもなれなかったんだ。どうしてかわかるかい?」
「さぁな? なんでだ?」
「いつになく君が本気で提案していたからだ」
ドキッ、と心臓が脈を打ち、息が止まってしまう。言葉が出てこなかったのだ。
パラパラと降る小雨の音だけが耳に入る。七曜の横顔を見てみれば、嬉しそうな表情を浮かべていた。
「君は最初からムラサメと自分が戦うと信じて疑ってなかったし、明らかにそうしたがっていた……違うかい?」
「バレバレだったか。本当、お前は余計なことを見透かしてくるな」
「だから今朝ケンカしたんじゃないか」
顔を見合わせて笑う。気付けば夕方が近いほどの時間となっている。朝から飲まず食わずでよく凌いできたものだ。
「本音か……まぁ、なんだろうな。すごい単純なことだぞ」
「良いよ。君が本音を隠すと碌な事にならないからね」
「お互い様だ」
「うぐっ……否定できない!」
再度笑い合った後、一樹は意を決したように深呼吸をする。素直な言葉を紡ぐというのは、どうしてこうも恥ずかしいのだろう。口に出そうだが、出したくない。しかし、出したい……もどかしさと共に、ゆっくりと一樹は吐き出した。
「意地だよ。ムラサメに、できるだけ俺の力と誇れる勝ち方で勝ちたい。何が何でもアイツに一泡吹かせたい。コテンパンにされた借りを返したい、っつーそんなくだらん意地だ……恥ずかしい。さっきみたいに笑い飛ばせよ」
「笑わないよ」
静かに放たれた一言が、一樹の胸に突き刺さる。親友の素直な思いが込められた言葉だった。
「それに、くだらなくなんかない。人のやりたいことなんてそれぞれなんだ。馬鹿にして良いはずがない」
「……ありがとう」
ケパロスに絆されすぎている自分に気づいて胸の中がもやもやとするが……不思議と、悪い気持ちはしなかった。
七曜は、朗らかに笑う。
「だったら、絶対に勝とうじゃないか。そのために、僕を推してくれたんだろう?」
「あぁ。そのためにはお前が必要なんだ。協力してくれるか、七曜?」
「当然でしょ?」
「よし、見つけた!」と七曜はフェンスを離れる。「なら行くか」と一樹も扉に向かったが、後ろから七曜が着いてくる気配がない。振り返ってみると、彼は神妙な面持ちでこちらを見つめていた。
何かを言いたそうな、しかし言い出したくなさそうな……それこそ、先ほど意地の話を切り出したときと似ている気がする。戸惑いの色を纏いながらも、彼の口は開く。
「一樹……その、ケジメを付けておくべきかなと僕は思うんだよ」
「ケジメだぁ?」
「あぁ。僕を一発殴ってくれないか?」
いきなり何を言い出すんだコイツは……。その意が全く一樹には理解できなかったのだ。
「……あのなぁ、七曜? そんな思い詰めなくても」
「いいや、これは僕が譲れない。今朝、僕は君を殴った。だから、君に殴られなきゃ、気が済まないんだよ」
その表情には曇りがない。こういうときの七曜は何を言っても聞かないことなど、よくわかっている。
だから、一樹も彼のやりたいことを否定などしない。馬鹿にはしない、が……
――殴りたい訳でもないんだがねぇ……ん、そうだ。
ふと思いついた妙案。これで手を打てるはずだ……騙すようになってしまうのが申し訳ないが、一樹は口を開く。
「……分かった。そういうことなら、ムラサメとの戦いが終わってからでも良いか? 今は急ぐときだろ?」
「そうだね。ゴメン……行こうか!」
正論に弱いことも一樹はよく分かっているのだ。優先順位は七曜自身も分かっていたらしく、了承したと言いたげだった。
***
「どうしてみんながみんな拘束を解いちゃうの!? 協力者的なのがいるの?」
思いがけない闖入者に真っ先に声を荒げたのはリンだった。策略家を気取りながら、案外思いがけない事を目の前にすると慌ててしまう節がある。
「そんな所よ! 脱獄囚達もだけど、アンタ達も全員倒したかったのっ! 好都合ね、全員かかってきなさいっ!!」
敵を見つけたら倒そうとする。一樹の言葉通りであった。ある程度想定はしていた物の、想像以上の猪武者ぶりに六花は頼もしさを感じると同時に、頭が痛くなる。
「待てサンゴ! お前一人で勝てるとでも思ってるのか?」
「勝てる勝てないじゃない。やらなきゃダメならやるしかないじゃないのよっ!! 当然だけど、アンタだって入ってるんだからね!?」
一樹を巡る戦いについては一応終止符が打たれたと思っていたのだが、サンゴは得心がいっていないのかもしれない。もしくは、未だに六花が脱獄囚側だと思っているのだろうか? ならば説得から入らなければならないが……
「なるほどね~?」
――出遅れたっ!
リンの表情が変わったことを六花は見逃さない。慌てやすい性質ながらも、仕切り直しの早さは奇術師を自称するだけあって非常に素早い。敵対しながらではあるが、長い付き合いなのだ。あの表情は何かを企んだときに見せるものに他ならない。いたずらっ子を彷彿とさせる茶目っ気溢れるポーズだが、その考えていることは必ずしも茶目っ気に溢れているわけではない。
「サンゴ、良いか私の話をよく……」
「オッケーオッケーサンゴちゃん。そう言うことなら少し話があるっ!」
「なによっ!」
必要以上に大きな声で話を切り出したリンの方へとサンゴは向いてしまったのだ。「怖いよ、サンゴちゃ~ん」と全然怖がっていないそぶりで、掌を見せながらリンは続ける。あれすらも、話を惹き付けるパフォーマンスだと思うと無性に腹が立つ。
「あちき達と手を組んで、国柴ちゃんを倒しちゃおうよ! あちき達とやり合うのはその後でも良いでしょ?」
「いや待てサンゴ! 組むなら私の方にしないか!?」
声を荒げるが、時既に遅し、と言う感覚が否めない。両者からの誘いにサンゴは完全に戸惑っていた。
「どういうことよ、仲間割れ!?」
「覚えていないのかこの鳥頭! 仲間も何も、私もこいつらに一杯填められた側だ!」
「国柴ちゃんは黙ってて! なんなら、あちき達を見逃してもらうためにムラサメさんやセキラさん差しだしても良いし、悪い条件じゃないと思うよ?」
「そうよ。あの時は説明できなかったけど、ウチらが貴女を助けたのだって理由があるんだからね?」
「助ける? あたしはアンタに腹殴られたのよ!」
「そうするしかなかったの……聴いて、サンゴさん」
リンの意図にいち早く気付いたウララはサンゴへと話を続ける。阿吽の呼吸を素でやってのける2人の連携に六花は打つ手もない。
「実はウチら、"魔物狩り"の一員なの。音和にも内緒のことなんだけどね。ムラサメ達に入り込んで、倒す隙を窺っていたわ」
「そうなの? 潜入捜査官ってヤツかしら?」
「そう。ムラサメ達の厄介さは知っているでしょ? 正面からでは手をこまねく以上、裏から何とかしようと思って忍び込んでいたわけ」
「急ぎだったとは言え、あんな手段を取っちゃったのは本当にごめんね! でも、ココまで来たら隠す必要もないでしょ?」
ありそうな話だが、よくもそんなスラスラと嘘を並べられる物だ。このままではサンゴを説得されかねない。
「全部真っ新な嘘だ! アイツらが"魔物狩り"である証拠などないだろう!?」
「確かに、身分証的な物ははないんだけど、嘘だって証拠もないよ? 仮に嘘でもあちき達と組めば数の利で国柴ちゃんを追い詰められるし有利的な?」
「ここまで来たら信頼の問題よね。貴女をしこたま蹴ってた人を信じるか、助けると言ったウチ達を信じるか……どっちが良いかしら? 貴女に任せるけど」
ないことすらも逆手にとっての切り返しに六花は言葉が詰まってしまう。元々人との関わりを拒絶したがる性質の六花には不得手な分野だ。サンゴは「うーん……?」と首を傾げて、リン達と自分とを交互に見遣る。
「……そうね。リッカが強いことを含めて、敵が減らせるならそれに越したことはないわね」
「おい、サンゴ!」
「リッカは黙ってて!」
サンゴを責めたい気持ちが沸き上がるが、無理もないことなのかもしれない。サンゴからすれば、判断材料が乏しすぎる現状で正しいことを掴む事など厳しい。ならば、弁舌が巧みな方に着くのも頷ける。実際、六花も彼女の立場なら、魅力的な情報をあれだけ提示する草上姉妹につくと思うし……事実、先ほどまで着いていたのだから。
――当然の報いと、受け取るべきか……
「アンタ達の事情もご尤もだと思う。内緒にしてなきゃ潜入捜査は無意味だもんね……だったら、納得だわ」
「ありがとう……協力して、諸悪をやっつけましょう!」
――バカ者が……いや、彼女に当たっても仕方がない。
手を差し出すウララの手をサンゴは握る。力強い握手と、凛々しい笑顔を見せられては、彼女も敵として処理する他ない。悔しさと悲しさで体が震えるが、そんな暇など今はない。サンゴを含めた3人と戦う覚悟を決めるしかない。
――しかし、3人を相手取るなど、できるのか!? サポートがやっかいなリンからか? いや、二人がかりで守られては話にならんし、サンゴかウララを……
ならば機先を制するべきだ……砂に変えるべく、拾ってきた石をいくつか床に投げだそうとした瞬間、
「けどアンタ達さっきからうさんくさいのよっ! もう、考えるのがめんどくさいわッ!!」
雷を思わせる怒号が聞こえてきて動きが止まる。ハッとなってその方向を見れば、そこはもぬけの殻。
「リン!」
「ウラちゃん!?」
驚いたのは自分だけではない。あの2人も同じだった。
サンゴは握った手を引っ張り、ウララと共に窓ガラスから身を投げ出していたのだ。
「えええ~、嘘でしょ!? あの子なんなの!?」
騙す側は、自分が騙されているとは中々考えにくい。それも、一本槍の如き真っ直ぐさを持つサンゴを相手にしていれば無理もないことだろう。思いも寄らぬ行動に、反射神経が鋭いウララですら対処はできなかったらしい。「ウラちゃん!?」とリンが駆け寄るよりも前に、2人の姿は消えていった。
「全員倒すのは一緒よっ! だけど、アンタと室内で戦いたくないから外で待ってるわっ! その変なの倒して、こっちに来なさい!」
外から聞こえてくる言葉は、明らかに自分に向けられた物だった。体の震えが訪れるが、今度は悔しさや悲しさと言った負の感情から来る物ではなかった。
――よくやってくれたぞ、サンゴ!
先の啖呵でも切られた通り、草上姉妹のコンビネーションは絶大な物だ。一朝一夕で組んだ2人で勝てる道理などない。
ならば、分断をしての各個撃破しかない。それは六花も元々考えてはいたのだが、まさかこんな方法で分断できるとは思わなかったのだ。
「ふん。下は砂利が広がる公園だぞ? 屋内の方がお前にとって有利に決まってるだろう……」
ボソッと呟いた一言だったが、不思議と笑顔が浮かんでくる。にやけてしまった表情を引き締めて、常の堂々として顔つきに戻す。慌てふためくリンに向けて、
「と言う訳だ、リン。ここで勝った方がアイツを倒さねばならんらしい。私は一度アイツと戦ってやり口は熟知している。私に勝たせてはどうだ?」
「あっはは~。ウラちゃんと当たるんだから、国柴ちゃんかなり不利的な~? あちきを勝たせた方が楽だよ?」
「交渉決裂だな。分かりやすくて良い」
六花は石を地面に放り捨てると同時に、ティグレを召喚する。彼の咆吼がホールの中に響き渡ると、石は勢いよくはじけ飛び、小さな砂へと形を変える。
「ならば、お前をひねり潰すことにしよう」
「直接戦うのは嫌いだけど、心バッキバキの国柴ちゃん相手に負けるほど、あちきだって弱くはないんだよ?」
対して、どこからかリンは無数のハンカチを取り出す。それにかけていた"変化"の超能力をいじり、鳩の形を取らせた。七曜との戦いでも使っていた、魔力でできた鳩だ。自身のまわりに羽ばたかせながらリンは青色の目を閉じた。
「何度も種を見せてるお得意さんだもん。また新奇術、お見せするねっ!!」
「抜かせ。その下らんステージから今日こそ引きずり下ろしてくれる!」
この状況ならば、勝てる見込みがある。
迫り来る鳩の群れに向けて、六花は威勢よく走り出した。




