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名もなき物語  作者: 白カギ
《解決の物語》
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Part.19 回顧

「色々と情報を整理しましょう」

「その前に確認しておきたいんだが、お前は味方で良いんだよな?」


 そう言い出した音和に反対する者はいなかった。ここまでそれぞれがどのような足跡を辿ってきたのか。一度統合することで新たな情報が見いだせるかもしれない。その意見自体には賛成なのだが、しかし一樹はどうしても気になっていることがあったのだ。教室へと向かう道すがら、一樹は音和の肩を掴み、乱暴気味に問い質す。

 いざとなったら即座に切り捨てなければだまし討ちを喰らう可能性もある。暗器使いの音和は、その気になれば今この状況からでも奇襲ができるのだ。無罪だったら謝れば良いだけの話だ。


「えっ? それはどういう意味ですか?」


 鬼気迫る表情の一樹に、音和は怯えを見せながら目をぱちくりとさせていた。質問の意味すら分からない、とその表情全体が伝えている。演技には見えない。彼女らしい素直な反応だったが、しかし一樹はその彼女らしい反応に填められたのである。急な尋問に驚いて、七曜が一樹の肩を掴む。


「ちょっと一樹!?」

「そのままの意味だ。お前は病室でこの男に襲われたと言っていたな?」


 肩を払い、何か言いたそうな七曜を黙殺する。一樹は尻ポケットに入れたままの写真を突き付ける。


「ところが、敵さんが言うには協力者は女だけだったと言う話だ。その辺はどういうことだ?」


 まじまじと写真を見つめる音和。病室では彼女が撮ったと言っていた写真だが、初めて見るような所作だった。


「ごめんなさい、なんのことだか分からないです。そもそも、あたし今朝は病室にいませんでしたよ?」

「なに?」

「彼女の言う通りだ。君と後藤を分断するためにこちらが仕組んだ罠だったんだ」


 困り果てている音和を庇うように六花が口を挟む。思いがけない方向から出てきた助け船に一樹はきょとんとしてしまう。


「罠だった、だと?」

「あぁ。その写真自体、私が手を組んでいた協力者が用意した物だ。脱獄囚達の協力者は私を除いて2人。どちらも女だ。実際にその男がどこにいるのか等はよく知らない」

「そうなのか……すまなかった喜多村」


 音和の肩を離して、頭を下げる。

 しかし、それなら今朝会った彼女は何だったのだろうか? 理解が追いつかない一樹に対して、七曜が「無理もないよ」と話を切り出す。


「音和ちゃん絡みの情報は、そのまま敵の情報にも繋がるんだ。折角だし、音和ちゃんがどうしてたのか、ちょっとまとめてみようか」


 「頼めるかな?」と目配せした七曜に応えるように、音和は「分かりました」と頷く。


「昨日、烏飼さんと別れてから、永江さんに頼まれた仕事をしていたんです。その途中、草上姉妹に襲われて……気付いたら、後藤さんに介抱されたことは覚えてるんですけどその前後は曖昧です。……そうだ、あの時は本当にごめんなさい! 勘違いして首締めちゃうなんて!」

「大丈夫大丈夫。もうちょっとで死にそうだったけど、平気だから気にしないで!」


 頭をぺこぺこと下げる音和に七曜は普段の軽口を叩く。冗談のように思える軽さだが、音和が本気で首を絞めたらと思うと一樹はぞっとした。


「しかし、お前はよく喜多村を見つけたな?」

「ちょうどサンゴちゃんが起こそうとしていてね。そう言えば、ケパロスもいたよ。相変わらず、賢い犬だよね」

「ケパロスだと? あの犬何やってんだ」

 ――自分じゃ救えない喜多村を救うための苦肉の策、っつーことか。


 口では悪態をつきつつも、内心では彼の真意に気づき、そのまま礼を入れる。下手をすればサンゴの命すら巻き込まれかけないが、そこは賭けであったのだろう。


「あの、サンゴって魔人の方ですよね?」

「ん? あぁ、そうだな」

「…………そう、ですか」


 音和の表情が曇る。彼女があそこまで魔人を嫌う理由が一樹にはまったく分からないのだが、並々ならぬ因縁があったはずだ。それを思うと複雑な気分になるのだろう。


「まぁ、アイツの事は置いとくとして、その後はどうだったんだ?」

「僕は音和ちゃんを病院に運んだ……はずだったんだけど、どうも、その後に敵が音和ちゃんを拉致したらしいんだ」

「そうですね。うっすらと後藤さんに運んでいただいたのは覚えてるのですが、意識が朦朧としてまして……気がついたら、まったく違う場所で拘束されていました。その後は抜け出して、後藤さんと合流したとそう言うことです。」


 目の前にいる音和、つまり本物の音和は、つい先程まで捕らわれていたと言う事だ。なるほどと一樹は合点が行くが、同時に疑問もわいてくる。


「じゃあ今朝俺達が会った喜多村はなんだったんだ?」

「協力者の1人、草上凜だな。生物以外の物や、自分自身を別の姿に変えることのできる超能力者だ」

「さっき僕達も戦ったよ。その時は、六花さんに化けてた。向かい合った時に気付いた事で、声帯模写に関しては少し違和感を覚える程度なんだけど、それでも今朝はマスクしてた事もあるし気付かなかったよね?」

「確かに。今気付いたが、喜多村の服装は昨日とまったく同じだな」

「流石に着替えてる時間がなかったので……雨で濡れてますし、ちょっとイヤですけど」


 自分の匂いを嗅いで顔をしかめている。音和の格好を更によく見てみれば、彼女の右足に包帯が巻かれていない。相も変わらず眩しいふとももが丸出しになっていた。今朝方ふとももを見れずに少し残念だったことはよく覚えている。治療跡の包帯をわざわざ外す理由は思い当たらない。今朝にマスクをしていたのも、声帯模写の限界を悟らせないための策だったとすれば合点がいく。


 ――そう言えば、今朝の喜多村は七曜や八雲のことを名前で呼んでなかったか? 気のせいかも知れねぇけど。


 流石に細かい呼び方まで一々覚えてなどいないが、どこか会話の中で違和感があったのは覚えている。振り返る術など一樹にはないので確認しようがないし、その時に気付かなかったのであれば同じ事だと一樹は自虐気味に笑う。


「なるほどな。しかし、それならここにいる俺達は本当に全員本物なのか、っつー疑惑が生まれてくるな」

「その事なら、見分ける方法がある。一樹と後藤、魔術を出してみてくれ」


 六花自身も、空中に砂を舞わせながら小さな泥団子状に固めている。意図が分からないものの、とりあえず六花の言葉に従ってみる事にする。"風月"を取り出し、その刃に風を這わせた。七曜もその右手に"内炎"を灯している。


「これで良いのかい?」

「あぁ。アイツらは魔術まで直接真似できるわけではない。そして、"双貌(そうぼう)"はこれを解除してくれないか?」

「あ、はい! "解除(ディスペル)"!」


 二つ名で呼ばれたことに驚いた音和は、彼女の超能力を口にする。その直後、刀を纏う風はそこらへと四散し、六花の固めた砂は崩れ落ち、七曜の火は消え去った。


「当然、超能力を真似ることができる訳でもない。これで喜多村も本物であることが証明できたわけだ」

「あれ、じゃあ僕が六花さんの姿をしたリンと戦った時はどうして砂を使えたの?」

「それは草上姉妹の片割れ、ウララの手による物だ。戦ったなら見たことがあるのではないか? アイツは文庫本に魔術を吸収することができる」

「あぁー。言われてみると……」


 七曜の脳裏には、ウララと戦った時の記憶が蘇っている。"内炎"を叩き込んだと思った時、文庫本を盾にして防がれたのだ。同時に、七曜はその直後、ウララが足に文庫本を宛がいながら自分を蹴り飛ばした時のことを思い返す。


「そうか、あの時は"内炎"を自分で使って攻撃してたわけか」

「その通り。詳しい制約があるのかもしれんが、見ている限りでは魔術をページから放つこともできる。アイツらとは暗黒街の時代からの付き合いだからよく知っているが、リンは超能力者でありながら、魔力を操れる。ウララに私の魔術は幾度も吸収されているし、そのページをリンが使って、擬似的に使ったように見せたのだろうな」

「なるほど。ページを使わない限り、彼女達は魔術までマネすることはできないと言うわけだね。納得したよ」


 七曜の顔に笑顔が戻る。一度騙されている手前、慎重になるのも無理はない。メガネを直そうとした所で、今はかけていないことに気がついてにこっと笑う。


「換えのメガネが欲しいな。教室で少し休みながら続きをしようか」


 その案に反対する者はいなかった。満身創痍の一行は、七曜の教室へと向かっていく。音和を案内しながら七曜が先導しているが、一樹は六花が後ろを向いて佇んでいることに気がついた。


「……」

「ユキ?」

「あぁ、なんでもない。行こうか」


 一樹の声に、六花は振り返る。どこか、してやったりと言いたげな表情をしていたのが気になったが、何だったのだろうか。


「どうしたんだよ?」

「なんでもない。忌々しいヤツらの鼻を折ってやっただけだよ」


 砂嵐によってえぐれた大地の中に、鈍く光る小型のカメラが不自然に落ちている事についぞ一樹は気がつかなかった。


 ***


「あああああ!! 流石国柴ちゃん! 気付かれてたぁああ!!」


 遠く離れたあるビルの最上階。そこで絶叫の声を上げながら、頭を押さえる。その拍子にシルクハットが落ちてしまった。


「魔術までマネできたら苦労しないっての! そうだよ、そこで見抜こうと思えば見抜けるよ! ただ、確認をしながらあちきの盗聴を防ぐなんて格好良すぎるよ! どんだけ立ち直るの早いのさぁ!」


 実は六花の近くにハエに変えた小型のカメラを潜ませていたのだ。やることが他にあったため、一樹と六花のやりとりは流石に見ていなかったが、ふと覗いてみると肝心の情報を得る前に防がれてしまったのだ。


「そんだけウチ達に苦い思いをさせられてるって思えば良いじゃない。リンは悪くない」


 シルクハットをリンの頭の上に置き、ついでにと言わんばかりに頭を撫でつけてくるウララ。うぅ~、と悔しさに項垂れながら、ウララの絶妙なよしよしに悔しさが飛んでいく。


「ちなみに、ムラサメさんから連絡があったけど、向こうの首尾も順調みたい。楔を1本打ち終えて、最後の1つに向かっているんだって」

「おおー! 流石、イケメンは仕事の早さもイケメンだね!」

「そう? 想定から言えばかなり遅くない?」


 事実ではあるが、敢えて聞かない振りをする。セキラが仕事を果たせなくなったことを除いても、この仕事の遅さは少し目に余る。当初の予定通りであれば既に楔は打ち終わり、リン達も「やることを終えて」"狭界"を解除し逃げ出しているはずだった。


「まーまー。あちき達も割り振られたノルマは後1本! こっちの企みも順調的だし、邪魔が入らなければあちき達"2人"の勝利!」

「でも邪魔は、入ってきそうね。迎え撃つ準備はしなくちゃ」

「そうだね~。戦うの覚悟しなきゃだな~」


 呑気な口調で言いながら、リンは手にしたスティックを肩に担ぐ。ウララの少しピリッとした緊張感に呑まれることなく、彼女は自分のペースを崩すことはしない。こんこんとスティックで自分の頭を小突きながら、考えをまとめる。


「国柴ちゃんの事はちょっと想定外だったとは言え、まぁ、ここまでほとんどあちきの想定的な! ここからも、そうなってくれると嬉しいんだけどな~」


 外で降り続ける小雨を眺めながら、ぼんやりと呟く。

 そのオッドアイに写るのは、不安と興奮の2色。しかし、彼女の口元に浮かぶ笑顔は、その2つの感情がどちらも優劣付けがたい楽しみを生むから良いのだと言わんばかりだった。


 ――ショーにアクシデントはつき物。用意周到な下準備はこっちの勝ちだったんだし後はアドリブ勝負だよね!

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