Part.7 小火騒ぎ
「こんにちは烏飼センパーイ」
「ちっ……んだよ、木下」
無邪気な顔で駆け寄ってきたマフラー少女に一樹は露骨に舌打ちを入れる。厚く巻いた暑そうな、その上温暖色であるオレンジ色のマフラーを首に巻いた木下と呼ばれている少女は、しかしこの真夏の酷暑にあって汗一つ掻いていなかった。
「舌打ちやめてくださいよー。可愛い後輩に近寄られて不機嫌なんですか? そっち系ですか? 後藤センパイがタイプなんですか?」
「お前らそのネタばかりだな。そりゃ普通にお前は可愛いと思うけど、でもマフラーが見てて暑苦しいんだよ……」
「可愛いなんて照れますよ~! アタシと一緒にマフラー入って火蓮一樹で呼び会う仲になってさらにヒートアップしませんか、一樹センパ~イ?」
抱きついてくる少女を「暑苦しいわ」と避ける一樹。
「名前で呼ぶな。そういうのは俺じゃなくて、七曜でも誘ってやれ」
「もーう、相変わらず堅いですね烏飼センパイ! 後藤センパイもなんか言ってやってください」
「僕のことなら名前で呼んでも良いんだよ、火蓮ちゃん?」
「えー、でもそんなことするとすぐに取って食われそうなんでイヤです! 後藤センパイ女慣れしてそうですから」
「いや、一樹ほどじゃないって」
「あー、確かに!」
「おいお前ら、どういう意味だ」
「ねー、ちょっと?」
3人で仲良く雑談している中、一樹は裾を引っ張られる。一樹がそちらを見てみれば、1人蚊帳の外に放って置かれてつまらなさそうに頬を膨らませているサンゴの姿があった。
「ん? なんだ」
「この子、誰なの?」
「そう言えばセンパイ方、この子誰ですか?」
サンゴの存在に気付いたのか、少女もまた一樹の後ろを覗き込みながら聞いてくる。
「見た限りアタシより年下な感じなんですけど?」
「あぁ、サンゴ。こいつは木下火蓮つって俺らの後輩だ。高一……もとい、16歳」
「火蓮ちゃん、彼女はサンゴちゃんだよ」
一樹と七曜はそれぞれに答えを返す。サンゴは火蓮と呼ばれた少女をまじまじと見つめる。
マフラーを巻いている箇所を除けばごく普通の少女である。アゲハチョウの髪留めを付けた髪はお下げにして胸の前に垂らしており、人なつこい笑みがよく似合う可愛らしい顔立ちと、目がネコのように大きいことが特徴的である。サンゴの視線に気付いたのか、火蓮は満面の笑みを浮かべて敬礼のポーズを取る。
「はい、ご紹介にあずかりました木下火蓮で~す! いやー、烏飼センパイやっぱり隅に置けませんね、こんな可愛い中学生に手を出すなんて!」
「中学生……ちょっと! あたし、あんた達の言うところの高校生ぐらいの年齢よ! 17歳!」
「なんだよ、学校制度はむこうにもあるのかよ……」
「あるわよ? 行ったことないけど。どうして一々言い直してたのか不思議だったわ」
振り向いてこっそりと耳打ちしてくるサンゴ。文化の違いを考慮しての発言だったのに、無意味だったのかと一樹は落胆する。
「にゃはは~、それはごめんです! でもどっちにせよ、一体誰なんです? 彼女ですか?」
火蓮は一樹を見上げるほどに近づいてくる。端から見れば上目遣いで迫ってきているようなのだが、火蓮が自分に先輩後輩以上の好意を持っていないと言うことを一樹は重々承知している。一樹はため息混じりで答えを返す。
「だから違ぇよ……俺のいとこだ」
「ありゃ、いとこですかー、つまんないのー。あっ、でもいとこでも結婚確かできますよねー? 結構ギリギリの境界ですけど! 禁断の恋ってなんか燃えますね!」
(ちょっとイツキ! いとこってなによ!)
なにやら勝手に騒がしくなっている火蓮を傍目に、サンゴは一樹の脇腹を突く。
(良いから黙って話を合わせろ。魔人ですって紹介するよりは良いだろ?)
(そうだけど、でもアンタといとこってなんかイヤ!)
(ワガママ言うな)
「あれ、でもセンパイ以前いとこは八雲さんだけ、って言ってませんでしたっけ?」
その一言に一樹は固まる。やっちまったと言いたげな一樹の横で、サンゴは「ヤクモ?」と小首をかしげる。
「八雲だけつったか? いや、サンゴだけだ。聞き間違えたんだろう」
「あ、納得ー! 3+5で間違えたんですね、分かります!」
「待って、今ので納得するの!? 八雲が浮かばれないよー!」
どうやら七曜も知っている人物のようでツッコミを入れている。1人、話について行けないサンゴは割と本気で一樹の脇腹を殴る。
「うぼあっ!?」
「イツキ、それは誰よ。勝手に盛り上がって分かんない人を置き去りにするのはよくないわ」
強烈な殴打に一樹はうめき声を上げる。見れば、つまらなさそうに口を尖らせてムスッとしているサンゴ。痛む脇腹を押さえて、もうちょい素直に訊いてきやがれと一樹は心の中で毒を吐き、
「んー……なんつーか、なにかと便利な苦労人だ」
「くっ、苦労人?」
「苦労人だね」
「苦労人ですね」
「ええっ!?」
七曜も火蓮も深く頷いている事にサンゴは驚く。三人から共通の、それも苦労人という評価を得ているヤクモと言う男が気になってきたのだが、火蓮がそれより早く口を挟む。
「その反応、八雲さんとはまたいとこってヤツに当たるんですかね? それはともかく、センパイこんな可愛らしいいとこさんがいたんですね! いいな~、妬いちゃいますよ!」
「なにに妬くんだよ。この町を訪れてきたいとこにちょっと街を案内してたところだ。長居するみたいでな」
「ほほう、この町の案内ですか! この日浪市に滞在する感じですか、サンゴさん?」
火蓮の丸い目がサンゴの顔を覗き込む。無垢な瞳にサンゴは少し戸惑いを見せる。
「そっ、そうなるわ。でも、まだちょっと予定がはっきりしてないんだけどね」
「でしたら、アタシが案内してあげましょうかー? 烏飼センパイと後藤センパイだけじゃ行く娯楽施設なんてせいぜいキャバクラぐらいですって」
「何をしれっとデマを言ってるんだい火蓮ちゃん」
「いや行かねぇし。七曜じゃないんだしさ」
「一樹まで! バイト三昧の僕にそんなお金があると思ってるのかい!?」
「センパイが頑張ってお金稼いでるのってキャバクラで働いてるあの子のためじゃなかったんですか!?」
「普通に自分の生活費と学費を稼ぐためだよ! 遊んでる余裕も本当はないくらいだからね!?」
「じゃあ一緒に案内してもらおうかな。あっ、そういえばカレンちゃんはどうしてマフラーを巻いてるの?」
「」
かなり脱線してしまった会話を修正するついでに、サンゴは火蓮のマフラーを指摘する。火蓮は「あ、これですかー」とマフラーを軽く持ち上げた後、
「別に深い意味はないただの趣味ですよー? ラノベとかでよく見るさりげなく身につけてる物が武器になってるとかってそう言うの全然ないんで安心してください」
「ラノベ? よくわかんないけど、変わった趣味ね」
「よく言われますー! 首もと覆ってる所がなんか好みでして、何着も持ってるんですよ?」
「そんなに!?」
「しっとりとしたやわらかい布に顔を埋めるととっても幸せなんです~。サンゴさんもマフラーどうですか!?」
目を輝かせてマフラーを勧めてくる火蓮に、サンゴは気圧される。返答に困っていると、火蓮の方から食い下がっていった。
「とまあ、布教はこの辺にして、折角ですし遊びに行きましょうよー!」
「良いね、遊びに行こうよ。一樹のおごりで!」
七曜の明るい笑顔がサンゴに誘いかけてくる。小声で「正直手詰まりだしね」と火囁いてくるが、だからと言ってサンゴはそれだけの理由で遊びに行くというのは賛成できなかった。
「ちょっと、なにわけわかんないことを――」
「まー、いいじゃねぇか。適当に歩き回るんだったら、ついでに遊ぶのも悪かねぇ……サンゴも行くよな? 七曜のおごりで」
「で、でも……」
「折角ですし交流深めましょ~よ~。それにおごってくれるって七曜センパイも言ってますよ!」
「奢るなんて言ってないよ!? お金ないって言ってるじゃ――」
ボッ、と言う小さな音が七曜の言葉を遮る。同時に、焦げ臭い匂いが周囲に立ちこめ始めた。
「なに!?」
真っ先に声を上げたのはサンゴ。魔人が現れたのではないかと周囲を見渡すも、しかしそれらしい人影は見えない。その代わり、音源と思しき場所に小さな人だかりができていた。
「ん? ああ、火事だね……いや、小火と表現すべきかな?」
七曜の言うとおり、人と人のスキマからは小さな火がメラメラと燃えている。花壇を中心として小火が起こっていた。花壇という小さな範囲と言うこともあり、特に負傷者もいないみたいだった。物珍しい情景に火蓮はそれこそ、火を付けられたかのように好奇心が沸いたみたいで、目を輝かせている。
「おおー! 人だかりもできてますね、行ってみますか?」
「行くならここでさよならだ。巻き込まれないうちに逃げるぞ」
興味津々で覗きたがっている火蓮とは裏腹に、まったく興味を示さない一樹。そんな一樹の反応が気にくわなかったのか、火蓮は七曜の手を引っ張る。
「えーっ! 後藤センパイは見に行きますよね?」
「うーん、確かに気になるけど……でも、野次馬って僕嫌いなんだよね~」
「七曜の言うとおりだ。手伝う気がないなら行く必要なんかねぇだろ。サンゴも……」
ふと、サンゴに目を向けた一樹は、火事を見て黙りこくってしまったサンゴに気づく。じーっと目を見開いて眺めているサンゴの表情からはどこか血の気が失せているように感じた。
「サンゴ?」
「ええっ、な、なに?」
一樹の言葉にはっとしたサンゴが向ける顔は、特別不自然なところはない。観察してただけかと一樹は言葉を続ける。
「いや、"特に気になることはないよな"?」
一樹はサンゴに目配せをする。言葉に込められた意味を察してサンゴはこくりと頷いた。
「特にないわね。にしても、火事って本当にイヤよね……」
「確かに。良い迷惑だよな」
「そういうことじゃなくて……」
言葉を続けようとするも、言い出しづらいことなのかサンゴは口を閉じてしまう。一樹は「サンゴ?」と先を促すが、サンゴは勢いよく首を振った。
「な、なんでもないわ、気にしないで。さっ、どこか他の所に行こ?」
「そうしよっか。人も増えてきたし、行くなら早く行かないと……」
「ですね~。あっ、ちょっと前に見つけたケーキ屋さんがあるんですよ~」
「ケーキ? 食べてみたいわ! イツキ、奢ってくれるかしら!?」
「安いのならな」
「じゃ、皆さん行きましょう!」
火蓮の先導の元、3人は事故現場を離れていく。有志による消火活動により小火は消えたみたいで、特に大きな騒ぎになることなく事件は収束した。