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名もなき物語  作者: 白カギ
《解決の物語》
75/85

Part.14 六花 3

「呼び出されたわけはわかってんでしょうね!?」

「えっ、あっ、その……」


 校舎裏には、先程嫌悪の視線を向けていた女子を中心としたグループが立ちふさがっていた。六花とそう背丈は変わらない3人だが、一定の間隔で立っている3人からは立ちふさがる大きな壁のような錯覚を受けてしまう。中心にいた子は蓼山(たでやま)と言っただろうか? 他の2人よりも強い敵意を放っていた。恐がりな六花に恐怖心を植え付けるには充分すぎる迫力で、六花は舌がもつれてしまう。


「どどっ、どうして……?」


 一樹と喋っているときのような流暢な言葉を発することなどできなかった。この様子を見て少女達は笑い飛ばす。


「なによ、いつもみたいにはっきり喋れば良いじゃないっ!!」

「えっ、いいいっ、いつもって……?」

「いつもはいつもよっ! 最近よく喋ってるでしょ!?」

「最近……あっ!」


 萎縮してしまってまとまりきらなかった思考がようやく一つにまとまる。


「それは、その……うかいくんと、喋ってるからで……」

「なによ、アタシ相手に話すことなんかないってこと!?」

「そそっ、そういうわけじゃ……」


 大きな声と共に一歩踏み出して彼女は言葉を告げる。震脚とも呼べないほどの小さな衝撃と共に砂が舞う。臆病な小動物のように、六花はその衝撃にびくりと強ばった。


「目障りなのよ! 彼から話しかけられるのを良いことにつけあがっててっ!!」

「そっ、そんな……」

「だいたい一樹くんだって迷惑してるはずよ! 楽しそうに喋ってるのに、アンタはいつも暗い顔してるじゃない! 楽しくないなら楽しくないとか言えば、一樹くんにも迷惑にならないわよ!!」

「っっ……!!」


 否定できない。

 楽しそうに喋ってくれる彼の言葉に耳こそ傾けてはいる物の、自分はいつも浮かない顔を浮かべてただ聞いているだけだ。自分に喋れることがない、と言う負い目があるからかもしれない。


「言わせてもらえばね、昔からどっか気持ち悪かったのよっ! なんでか知らないけど、近寄りたくないみたいな?」

「気持ち……悪い……」


 分かっていたことだった。自分がそう言う扱いを受けていることなど、薄々感づいていた。

 明らかなことだった。周りから向けられる視線には、拒絶しかなかったことなど。


「近寄りたくない……?」


 それでも、どうして直接言われると心に刺さる物があるのだろうか? 直接殴られたわけではないのに、どうして伯父に殴られるよりも強く心に来るのだろうか。


「虫よ虫っ!! お邪魔虫だし、気持ち悪いしっ!! ハエとかカとかみたいなの! アンタ達もそう思うでしょ?」

「そうね……なんだろう、見てるだけでムカムカするし」

「気持ち悪いって言うか気味が悪いよね」

「禍々しさなのかな? 暗い所からそう思うのかも……」

「なにか違う所があるっていうか……」


 3人が思い思いの言葉を口にする。途中からそんな言葉など六花の頭には入ってこなかった。

 前に立っている3人から向けられ続けている、虫を見るかのような拒絶の視線に六花は今までのことを思い返してしまう。


 伯父に蹂躙され、学校では誰に話しかけることもなく気付けば誰からも距離をとられ、ようやく安堵できる居場所ができたと思ったらすぐさま妬まれて……。


 どうして、自分ばかりがこうして不幸な目にあっているのだろうか?

 目の前にいる彼女達は恐らく自分が毎日のように受けている痛みなど10分の1も感じた事がないに違いない。

 自分と、彼女達で何が違うんだ……自分は、何もしていない。


 ――違う。どうしようもなかったんだ。


 何もできなかった……自分に襲いかかる不幸が大きすぎて、抗うことすらできなかったのだ。


 最初は、幸せな家庭に生まれていたはずだった。

 沢山の愛を受けていたはずだった。


 しかし両親が死んだとき、すべてが変わってしまった。

 

 運命は六花から両親を奪うだけでは飽きたらず、愛情を奪い、自由を奪い、安寧を奪い、平和を奪い……

 今の六花には、何も残っていなかった。


 悲しさが、両の瞼から落ちてくる。涙を流す感覚など、いつ以来だろうか。


 かつて、自分の吐瀉物に群がった小さな羽虫たちを思い返す。気味が悪くて払いのけたあの虫達を、何か考えながら払いのけただろうか?

 違う、ただ気味が悪いと思って払いのけただけだった。


 クラスメイトから避けられている自分も……同じ事なのではないか?


「……」

「とにかくなんか嫌なのよね。ちょっと、聞いてるの国し――」


 突如、蓼山は言葉をやめる。恐る恐る顔を上げてみれば、蓼山は開いた口を閉じることなくどこかを凝視する。信じがたいものを見たかのようなその形相に六花も振り返る。


「あー……おい、蓼山さんだったっけ? 国柴さん囲ってなにやってるんだ?」

「いっ、一樹くん……いや、あの、その……」


 口ごもる蓼山。周りを囲う彼女の友達もまた、きまりが悪そうに目をそわそわとさせている。やり場のない怒りを、蓼山は六花をキッと睨み付けて八つ当たりすることで発散させる。


「ちょっと! 言わないでって言ってたよね!?」

「えっ、いや、あの私は……」

「俺は別に国柴さんに言われて来た訳じゃないよ? ただ国柴さんの様子がおかしかったから探してただけだし」


 蓼山相手に怖じけ付いてる六花の代わりに一樹が答える。彼の声はいつものように淡々とした様子だったが、その端々には怒気が含まれているように感じる。一歩ずつ、こちらに近寄る度に蓼山達は後ずさっていく。だが、六花の目からは彼の小さな姿がやけに頼もしく見えたのだ。


「で、見つけたと思ったら囲まれて俯いてる……間違いなく虐めてたよね?」

「ちっ、違うの一樹くん! アタシ別にそんなつもりじゃ……」

「少し聞こえてた。国柴さんのこと気持ち悪いとか言ってたけど、それがイジメじゃないならなんなの?」

「それは、その……」


 蓼山の言い訳を意にも介さずに一樹は詰め寄ってくる。今にも泣き出しそうな蓼山だったが、ついに観念したのか一樹に向けて頭を下げる。


「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの!!」

「どんなつもりか知らないけどさ、なんで俺に謝るの?」

「……えっ?」

「蓼山さんが虐めてたのは俺じゃなくて国柴さんでしょ? だったら彼女に謝りなよ」


 庇うように六花の横に立ちながら、とても同級生とは思えない剣幕で蓼山達を追い詰めている。壁のようにして立ちふさがるその姿には、薄暗い校舎裏にありながら、とても輝いて見えたのだ。目を覆いたくなるような目映さを覚えて六花の瞳から涙が零れる。


 ――格好いいなぁ……。


 彼女の胸を占めたのはそんな思いだった。


 その後、蓼山達は渋々ながらも謝ってこの場を去っていった。一樹はやれやれと言いたげに彼女達が立ち去っていくのを見届けてから、六花に向けて手を差しのばす。


「……謝られたのは良いけど、なんなら先生の所に行く?」

「いや、良いよ……あの、烏飼くんは私の事嫌じゃないの?」

「えっ? 嫌だったら別に一緒にいないよ?」

「どうして? みんな私の事嫌ってるのに……」


 思わず口を突いて出た言葉に一樹は戸惑っている。なんでだろうな? と首を傾げながらも……続く彼の言葉には強い迷いなどなかった。


「別に理由なんかないけど、なにか理由がなかったら一緒にいちゃダメ? 俺はやりたいと思ったからやっただけだよ」


 臆面もなくそう言い放つ一樹に、六花は目頭が熱くなってくる。


「いつぞやの笑わせたいってのもただそんだけだし……こう、やりたいって思ったら俺は我慢しない正確だしさ」

「……」


 言葉が出てこない。なにかを言おうとする度に喉が熱くなって、泣いていることがばれてしまいそうになる。まわりの目を気にせずに、自分のやりたいことを追い求める彼の姿がただただ格好良かった。

 そして、自分如きがそんな対象になれたことが……どこか、誇らしかった。


「さ、そろそろ帰ろ? 下校時間だよ」

「うん……!」


 ごしごしと目を拭い、彼にその涙を見せないようにする。

 その日の下校時間、一緒に帰っている時間の間に六花は確かに幸福を感じていたのだ。


 自分の事を認めてくれる人がいる。そのことが、六花にとって何よりも救いだったのだ。


 ***


 細かい理由は教えてくれないため分からない。別に知りたくもないのだが、伯父は1ヶ月に一度ぐらいのペースで家を空ける。2日ほどの短い間だが、"暗黒街(あんこくがい)"と呼ばれるところに行くのだ。当然のことながら六花に対しての虐待も実験もなくなり、六花はつかの間の休息を得ることができる。尤も、掃除や洗濯と言った家事を押しつけられる上に、そのノルマ以下であれば容赦なく伯父は牙を剥いてくるため決して疎かにはできないのだが……暴力から逃れられるだけでも、彼女にとってはありがたいことだったのだ。


 "表"の会社勤めと言う事もあってか、この謎の不在の時にはだいたい休日を挟む。いつもはやることさえやってしまえば本を読むぐらいしかないのだが……今は、違う。その"休日"の間彼と出かけることができるのだ。小学生である彼女達に深い恋愛感情があるわけではなく、あくまで友達同士の遊びと変わらない。それでも、休日を共に遊ぶとほど深い関係に彼らはなっていたのだ。


 「気になる場所があるから」といろんな所を探検する一樹に付いていくのだった。小学生どころか、普通の人間であれば近寄らないような変な場所ばかりで彼には生傷が絶えなかったし、六花はその度に幾度も心配をした。体力がない六花はついていくだけでやっとだったが、いつにない自由な時間は彼女の心を高揚させたし、何より一樹と一緒にいることがとても楽しかったのだ。


 一樹と出会って一年近くが過ぎようとしている2月末、そんな休日の最中に彼女達は公園にいた。連日続いた冬の寒さが和らぎ、吹きつけ続けていた風も珍しく止んでいる。春を思わせるような温かい日差しが差し込む日だったこともあって、六花と一樹は久しぶりに砂場で遊んでいたのだ。


「国柴さん、相変わらず器用だな」

「そう、かな……?」

「泥団子作るのめっちゃ上手いじゃん。俺なんかすぐボロボロになっちゃうよ」


 もうじき中学校に入る年齢だからか、同級生で砂場遊びに興じている者などいない。だが、六花は砂場で遊ぶことが大好きだったのだ。一樹と公園に来た時、ふと砂場で遊んでいたら予想外に面白かったことを切っ掛けに、度々遊んでいた。一樹は口では渋っていたものの、実際に遊ぶときは嫌な顔一つせずに付き合ってくれている。

 上手く作れずに癇癪を起こしながら、一樹は手にしていた泥団子を壊してしまう。開き直って砂山を作り始めた。


「俺不器用だからなー。国柴さんみたいになりたいよ」

「えへへ……私、これぐらいしか取り柄ないから」

「そんなことないと思うけどねぇ……」


 せっせと砂の山を作り上げながら一樹はボソリと呟く。


「ないことないよ。私なんて、良い所どこもないし……」

「俺はそうは思わないよ。頭良いでしょ。優しいでしょ。本読むの早いでしょ……」


 指を1つ1つ折りながら自分の良い所を挙げていく一樹。照れくさくなって顔が赤くなる。


「後、この一年で、随分と明るくなったよね?」

「えっ!? そっ、そうかな……?」

「そうだって。人付き合いも増えてきてるみたいだし」


 最近は件の蓼山ともぽつぽつと喋ることができていたりする。あれ以来、彼女は自分に優しく接してくれるようになっていたのだ。一樹ほどの接触があるわけではない、だがなにかと気にかけてくれる彼女とはちょっとずつだが喋ってもいる。


「ゆっくりとだけど国柴さんは少しずつ変わってったと思う。ずっと一緒にいた俺が言うんだから間違いないだろ?」

「そうだと……いいな」

「自信持ちなよ。国柴さん最近カワ……」


 言いかけて一樹は口をつぐむ。困ったように目線を逸らす一樹に、「どうしたの?」と視線を動かして追いかけるがそっぽを向いてしまう。それが面白くなくて、六花も回り込み視線を合わせようとする。一樹は「なんでもねぇよ!」と誤魔化しているが、そんな彼が六花は面白かった。


「変なの。言いたいことあるなら言えば良いのに」

「えっ、それ国柴さんが言う?」

「あはは……確かに」


 いつもと逆の立場に六花は笑顔が浮かぶ。その笑顔を見て、再びドキッとした一樹は突如、「あっ」と驚きの声を上げた。


「そうだ、そう言えば……」


 思い出したかのようにポケットをまさぐり、一樹は包み紙を取り出して突き付けてきた。


「国柴さん、こないだ誕生日じゃなかったっけ? これ、お祝い」

「えっ、私に……?」

「うん。女の子にはプレゼントしてやるといいぞって聞いてさ……」

「ありがとう……開けても良い?」

「うん」


 どこかそわそわしている一樹に六花は自然と笑顔がこぼれてくる。袋を開けると、そこには花の意匠が施されたガラスの首飾りがあった。六花の小さな手のひらにすっぽり収まるようなごくごく小さなネックレスだったが、六花にはダイヤモンドよりも大きな結晶に見える。胸の内から得も言われぬ高揚感が生まれてきた。


「可愛い……一樹くん、ありがとう!!」

「どういたしまして。安物だけど、国柴さんがそんなに喜んでくれたなら嬉しいな」

「とっても嬉しいよ!」


 6つの花弁がついたガラス越しに六花は一樹を見る。どことなくそわそわしている彼の姿が新鮮で、六花も嬉しくなってくる。


 ――本当に、嬉しい……


 こんなに幸せな誕生日は、家族といた時以来だ。

 もっと彼と一緒にいたい。そんな思いが込み上げてきて六花は一樹の手を握る。


「えっ? 国柴さん……!?」

「暖かい……」


 冬の寒さにかじかんだ小さな手だった。

 それでも、その手から伝わってくる暖かさは本物だった。


 ――こんなに、暖かいんだね。


「あのね、一樹くん……実は……」

「えっ!? どうしたの国柴さん」


 一見すれば告白でもしそうな六花の言葉だったが、その中には悲しみの色が強く滲んでいる。一樹は気付いていないようだが、六花は俯きながらもその言葉を悩んでいる。


 ――「助けて」って言いたい。このまま……胸の内を明かしてしまいたい。


 自分の悩みを彼に打ち明けられたらどれだけ楽だろう。

 伯父から虐待を受けている……それを、共有できたらどれだけ救われるだろう。


 先生でもダメだったことだ。時折近くを寄ったときに遊びに来てくれる叔母でさえも、叶わないことだった。だから、一樹がなにか出来るとは考えにくい。

 それでも……一樹だったら、自分を救ってくれるかもしれない。自分をここまで幸せにしてくれた彼だったら、もしかしたらすべてを打ち破ってくれるかもしれない。


 だけど……


「国柴さん? その……本当にどうしたの?」


 一樹が強くその手を握り返す。強いながらも六花を思いやってくれるこの手がとても愛おしい。


 ――そうだ……こんなに優しい一樹くんを、巻き込みたくない。


 だからこそ……伯父に彼を近づけようなんて思えなかったのだ。彼を巻き込んで、万が一があってはならない。


「ごめん、なんでもないよ!」


 精一杯誤魔化すように、笑顔を見せる。その目に浮かんだ涙はごまかせているだろうか? 一樹はどこか残念そうに「あっそう……」と呟く。


「それなら良いけど……あのさ、国柴さん。何か辛い事があったのなら、いつでも言いなよ?」


 頼りがいのある言葉が六花の胸に響く。


 ――本当に、かっこいいなぁ……


「うん……そろそろ、暗くなってきたね」

「そうだな……帰るか」


 立ち上がり、ぱっぱと砂を払う一樹。もっといたい、そう思いながらも自分もやることがある。こんなに気分が良いのだから、伯父からのノルマぐらいすぐに終わらせられるはずだ。そして、ゆっくりとネックレスを眺めていたい。


「誕生日プレゼント本当にありがとう!」

「どういたしまして、国柴さん」


 国柴、と言う響きに六花は複雑さを覚えてしまう。名字で呼ばれることに距離を感じるからだけではない。その名字にまったく良い思い出がないからだ。

 伯父が時折話す、「国柴の家の穢れ者」と言う扱いが、六花にとって耐えられないと言う事もある……それでも、名字を変えるだけの知識などないし、両親との僅かな繋がりから名字を変えようとは思わない。だが、呼ばれる度に複雑になるのだ。


「……もし良かったら、名前で呼んで欲しいな」

「えー? 名前はちょっと恥ずかしいけど……ニックネームでも良い?」

「ニックネーム? どんなの?」


 そう言って、一樹はニッコリと笑う。「人から聞いたんだけどさ」と付け足して、一樹はそのニックネームを教えてくれた。


「○○って言うんだけどさ、どう?」

「どうして、○○なの?」

「うん。○○って言うのはね――」


 その名前の意味を聞いて、六花は嬉しくなった。一樹はそんな六花を見て、満足そうに頷く。


「じゃあ、また明日、学校で……」

「うん、また明日」


 冬という季節は日が早く落ちる。

 生まれて始めて誕生日を祝ってもらえた、そんな嬉しさが心を占める彼女は気付かなかったのだ。

 西の空に沈む夕日が、不気味なほどに真っ赤に染まっていることに。


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