Part.11 砂嵐
『――以上だ。なにか質問や意見はあるか?』
「オッケーだ。そうするしかないんだろ?」
ケパロスから聞かされた話を反芻しながら一樹は溜息を漏らす。こちら側には2人しかいない上に、"狭界"についてずぶの素人である一樹がその片割れを担っているのである。立てられる作戦には必然限界があり、その中では最適解と思える行動でしかない。実力不足と浅慮が招いた結果に一樹は地団駄を踏む。
「言えた義理じゃないんだが、早めに終わらせてくれよ? 正直、そんな長い時間耐えられる自信はねぇわ」
『重ねて言うがお前は決して弱くはない。自信を持って事に当たれと言いたいが……いかんせん相手が相手だからな。なるべく早く終わらせるが、覚悟はしとけよ』
「自分で撒いた種だしな。その辺は腹くくって――」
ごぉおおおおお!!
音だけでも飛んでいきそうな強い風に一樹は顔を覆った。今日は雨こそ強かったが、風は穏やかでその分蒸し暑い日だった。それにも関わらず、突如として台風の如き突風が吹いてきたのだ。常軌を逸したその現象の答えをケパロスが即座に叫んだ。
『魔術だなっ! 気をつけろ一樹っっ!!』
反射的に回りを伺うがそれらしい人影は見当たらない……が、先から顔に貼り付いてくる粒々とした感覚と、目に入ったその竜巻に一樹はその正体に気がついた。
「砂嵐か!? 初めて見たわ……」
『我も久々だ。えーい、鬱陶しいっ!!』
肩に乗ったケパロスが砂嵐に負けじと吠える。あまりの五月蠅さに耳を塞ぐが、チラリと見たケパロスの頭上には角が生え、そこを中心に風が渦巻く。渦巻いた風は次第に勢力を増し、一樹を中心にドーム上に覆われた。風のドームは襲い来る砂をはね除け、巨大な風の音をも遮る。砂嵐に襲われながら、内部は静謐な空間となっていた。
『会話もままならんしな。ありがたく思え』
「結界か。んで、なんなんだこれは?」
全身に纏わり付いた砂を払いながら、一樹は再度校庭を見下ろす。普段は体育や部活で使われている、無駄に広いグラウンド。そのグラウンドを隠しながら、砂嵐は激しく吹き荒ぶ。音こそ遮断されたものの、校舎が揺れる震動は未だに止まらない。校舎が吹き飛ぶのではないかと錯覚させるほどの砂嵐だ。
パリンッ!!
足下からガラスが割れる音が聞こえてくる。
勢いを増した砂嵐が学校のガラスを割っていく。次々と聞こえるガラスの割れる甲高い音に一樹は耳を抑えながら、その砂嵐を注視する。
――ん? なんだ……?
雨に押さえられて少しだけ垣間見えた部分によく目を凝らせば、小さな人影が見えた。その人は台風の目に当たるところで膝を抱えて蹲っている。竜巻が発生したのはほんの一瞬前であり、巻き込まれて途方に暮れている……にしては早いように見える。それならば慌てふためいている姿が見えそうなものであるし、何より"狭界"に入る事のできる"裏"の人間だ。魔術を放とうとして砂嵐に対抗する方がよほど自然である。
であるならばあそこにいる人は誰なのか? 『迷惑な輩だな!』とケパロスが吠えてきた。
『一つ訊きたいが、サンゴは竜巻を起こせるのか!?』
「サンゴだと!? どうしてお前が知ってんだっ!?」
『言ってなかったか!? 先程ここまで連れてきたのだっ!』
「マジかよっ。何故だっ!?」
もしや自分に会いに来たのではなかろうか? どこか複雑な感情が胸を渦巻くが、ケパロスの口から聞こえた言葉はまったく関係のないことだった。
『敵の持ち物を辿ったらここに来ていたのだ。そう言えば、その敵はお前の知り合いなのか?』
「あん? どういうことだ?」
『写真に写っていた少女のことだっ! そもそも、あの写真は一体何だ? 我も初めて見たぞ』
「写真!? っつーこたぁ……」
途端に目の色が変わり、一樹の中ですべてのことが繋がる。
――ケパロスがサンゴを案内したこと、何より平日の昼間にいるべき場所、そして巨大な砂嵐……"砂"を巻き込んだ、旋風。つまり、あそこにいるのはっ!
もはや思い浮かぶ人物は一人しかいない。なぜ彼女がそこにいるのか、そこまでは分からない。
だが、彼女がそこにいるという事実が一樹を突き動かす。
「こうしちゃいられねぇ……! ケパロス、飛ぶぞ!」
『うむ!?』
言うが早いか、ケパロスの首根っこを掴んで一樹は屋上から飛び降りる。余計な口問答の時間が惜しいと、半ばやけくその強攻策だったが、ケパロスは思い通りに動いてくれた。自分の身がかかっているからであろう。目論見通りケパロスは先の風のドームを足下に移し、風のクッションに再利用。穏やかに校庭に着地する。
『まったく、無茶をする! で、どうするつもりだ!?』
「ノープランだが……ケパロス、お前の風でどうにかならんか?」
グランドのど真ん中で作られていることもあり、一樹達がいる校庭の端はまだそれほど砂嵐の被害が来ていない。が、その強い風は絶えず吹き付けられており、ケパロスも再びヒトの姿となって踏ん張っている。いつここまで到達するかも分からないのだ。
『できなくはないが、断る!』
「魔力の問題か!?」
『それもあるが、お前はそれで解決したいのか!?』
ケパロスの言葉に一樹はハッとする。
『お前の目の色をみれば、あの竜巻の正体はおよそ察しが付く。我という手段を使う事も、決して間違ってはいない。だが、お前はそれで良いのか? さっきも言っただろう』
ケパロスの叱りつける声は、暴風を前にしてもなお一樹の耳にしかと聞こえてくる。
『最短距離が正しいとは限らないぞ!?』
ここで自分が無謀にも突っ込んでいくよりも、確実に対処できるケパロスが行く方が打算は高いし安全に終わらせることができる。
だが、本当にそれで良いのか?
――竜巻の真ん中にいるヤツは、間違いなく国柴六花だ。……そして、俺はアイツに会いたい。
あの時、そう言えば七曜は勘違いしたまんまだったんだろうな、と一樹はふと思い返す。
七曜とケンカしたとき、彼は一樹が自分の目標……記憶喪失に繋がる手がかりを求めるためだと思い込んでいた。実際、無関係とは言い難いものの、あの時の、そして今の一樹の目的は"そうではない"。
――写真の事……そして、その前のこと。それについて、アイツに言わなきゃ行けないことがあるんだ。
七曜を説得する時間すら惜しかったその目的。それは、彼女の……国柴六花のことだったのだ。
それが、今の一樹の目的なのだから。
確かにケパロスにやらせてでも会いに行きたいことではあるが、
ケパロスにやらせず、自分の力で行ってこそなのではなかろうか?
――自分が撒いた、種だもんな。
顔を覆っていた右手に"風月"を召喚する。その行動を答えと受け取ったケパロスは大きく頷いた。
『それでいい……見守っていてやるさ。やり方は先刻見せたはずだ』
「あぁ……」
魔力でできている物は、魔力をぶつけることでかき消すことができる。先程ケパロスが作っていた風のドームを、自分も作ってみればいい。進みながら、"風月"に魔力を込める。"風月"の刃を魔力で出来た風が覆った。砂嵐に対する盾のように前に構え、少しずつ前進する。
――あの規模を出す必要はない。"風月"のまわりに風を纏わせればいい。イメージはできている……後は、実行するだけだ。
先日蛇を倒すときにも用いた"風刃"を刀に纏わせたまま斬りかかる技だ。ケパロスが魔犬の姿の時に現れる角に風を纏わせる、"風纏"の魔術を参考にして編み出した魔術であり、これを飛ばすことで"風刃"にできたりと応用が利く。"風月"から吹き付ける風の勢いを次第に大きくするが、それでも砂嵐には遠く及ばない。一歩、一歩進む毎に風は勢いを増し、一樹の歩幅は狭まっていく。
――まだだ、まだ風を纏わせるっ!!
巨大な風を纏わせすぎると、その奔流から刀を弾き飛ばしてしまう。昔"風刃"を身につけるまで、その塩梅を掴むべく何度も失敗してきた経験が脳裏を過ぎる。今ここでそうなってしまえば、砂嵐に巻き込まれて吹き飛ばされる。生きていたとしても大けがは免れないだろう。その恐怖が過ぎって一樹は魔力を押さえ込んでしまう。
――クソッ、ここまでなのか……っ!?
『臆するな一樹っ!! まだまだ込められるはずだ!!』
ケパロスの声が聞こえてくる。2つの轟風に吹き付けられた空間にありながら、その覇気を持った声は確かに一樹の耳元に届いてくる。
『我と共に鍛えてきた2年間で、間違いなくお前の魔力は高まっている! お前の素直な想い、それをぶつけてみろっ!!』
師匠の言葉が、一樹の心を晴らす。弱気になった自分に、もう一度意地を思い出させてくれる。
――俺の、想い……。
「つったく、そこにいることは分かってんだよ……」
――会いたい。ただ、それだけだ。
竜巻は更に勢いを増す。このまま魔力が足りなければ、自分はこの竜巻に巻き込まれてしまい、彼女に会うどころではなくなってしまう。
だが、一樹の口元からは笑みと素直な想いが漏れ出した。
その顔に、もはや迷いはなくなっていた。
「六花! 拒んでんじゃねぇ!! お前に、言わなきゃいけないことがあんだよぉっ!!」
思いを爆発されるかのように放たれた一樹の本心。それに呼応するかのように、刀を纏う風は勢いを増していく。受けていた砂嵐の抵抗が揺らいだ。その好機を一樹は見逃さない。
――いけるっ!! 待ってろよ、六花っ!!
***
――お前に足りなかった最後の1ピース……それが、ようやく揃ったな
――合理性を求め、他の人間に一任することは決して間違ったことではない。しかし、それは自分の選択肢を狭めるだけとなっている。
――我と過ごしたこの4年近くで、お前の魔力は充分高くなっている。足りなかったのは、意志だ。
――成し遂げてやろうとする強い意志だ。
――ようやく、実ったな。しかし、真ん中に入った後のことはどう折り合いをつけるんだ?
数々の状況から判断するに、竜巻の真ん中にいるのは件の写真の少女だ。一樹とその少女がどういう関係だったのか、ケパロスには知るよしもないが、並々ならぬ関係であったことは分かる。それにも関わらず少女が敵方に居ると言う状況は、恐らく少女は過去の一樹に執着しすぎるあまり今の一樹を認めたくない、と言う現れなのではなかろうか?
――記憶の戻っていない今の状況で、お前はどう片付ける? それはお前の力の見せ所だぞ。
――しかし、色々と時間がないのも事実……5分だ。それ以上長引けば、我が無理矢理竜巻を晴らしてやる。
――だが、それだけはさせてくれるなよ? 晴らすのは、間違いなくお前の仕事だ。




