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名もなき物語  作者: 白カギ
《解決の物語》
71/85

Part.10 意表

「大きな魔力を込めてたみたい……ご愁傷様、おかげで沢山の情報が得られたわ」

「なんだ、それは……?」

「これ? さぁ、お得意の推察でもしてみたら?」


 クスクスと笑いながらウララは本を閉じる。先程ページを破って魔術を放ってきたがそれは使わないのかと七曜は訝しむ。やけにゆったりとした動きが、むしろ彼女への不信感を加速させる。謎の余裕に七曜は距離を詰めた。対してウララは、声を張り上げる。


「"内炎"が外気に触れて持つ時間はせいぜい3秒、そして"ストリング"を射出する速さは平均秒速5メートルと、自転車と同じぐらい。そのぐらいの距離なら、攻撃はすぐには届かないわよ?」

「あいあいさ~!」


 それに答えたのは調子外れのずば抜けて明るい声。遊びに誘った女の子が快諾した時のような小気味の良い返事に七曜は普段の日常を錯覚してしまう。

 遅れて背中から聞こえてきた爆音が、その幻想を吹き飛ばす。強い衝撃に七曜は息が詰まりながら、後ろの少女を見遣った。


「平和の象徴的なハトさんだけど、訓練された伝書鳩って実は秒速40メートルほども出せるらしいよ~! と、種明かししてみる!」

「あら? マジシャンが種明かしするのは舞台を下りるときだけなんじゃないの?」

「そうだよ~? 入れ替えマジックは失敗しちゃったし、もうとっくに降りてるって~」


 メガネがなくてはっきりとは見えないが、遠くからでもよく目立つマジシャン風の出で立ちをした少女が嬉々として立っていた。確かにあの位置では有効打をとばす事などできない。自分と目があった事に気付いたのか、少女は爛漫とした笑みを浮かべて手を振ってきた。


「七曜くんやっほ~! あちきはリンって言うんだ~! どう、あちきって魅力的?」

「よく見えないよ……近くに来てもらえると判断できるかな? なんなら熱く抱きしめてあげるよ?」


 小さな爆発だったのが幸いだったが、背中を焦がす匂いが鼻腔に入ってくる。降り続ける冷たい雨が触れる度に、酢酸を垂らされたような痛みが襲いかかってくるのだ。もはや彼女の元まで駆け寄って攻撃を叩き込むことすら出来ない。言葉とは裏腹にとても真剣な面持ちで話す七曜に対して、天真爛漫な笑みをリンは見せる。


「なにそれ、超魅惑的な! でも、そんなにあちきに見とれてるとウラちゃん嫉妬的なのしちゃうよ!?」

「別に嫉妬は……してるけど」


 聞こえてきたウララの声に振り返るが、見えたのは彼女の足。気付いた直後には腹を蹴られていた。


 持ち前の軽い空気と軽妙な会話は、彼女なりの時間稼ぎだった。実際、七曜はリンの緩い空気に油断をしていたし、ウララの接近を許してしまった。たおやかな体つきからは想像できない脚力だったが、その右手には先程の文庫本が広げられている。膝にページを押しつけているその格好は、普段七曜が"内炎"を燃やして蹴りを放つ所作によく似ていた。重い痛みに七曜は地面に崩れ落ちる。


「ねー、リン。本当にこんなのが良いの? 弱いじゃない」

「いやいや、そりゃ2人がかりだしセキラさん倒してるんだししょうがないじゃん。しかもだよ。セキラさんの手法考えたらより多くの敵を倒してきてるわけで!」

「やけに肩を持つのね」

「そりゃイケメンには甘いよ~!」

「あら、そうっ!」


 なにが気にくわなかったのか、自分の顔に向けて脚を振り上げる。先の蹴りと比べればその威力は落ちていたが、頬を蹴られると言う痛みは七曜も今まで味わったことがない。殴られるよりもずっと痛い痛みに七曜は気を失いそうになる。


「だったら、顔面ぐちゃぐちゃにしちゃえばリンの評価も変わるのかしら?」

 ――ウララの時間稼ぎ……それは、このためだったのか! 僕だけじゃ無理だぞっ!


 この2人を合流させてしまった時点で七曜の敗北は決まっていたのだ。短期決戦を持ちかけるべきという見立てこそ合ってはいたが、実現できないのであれば意味はない。切った口元から血を垂れ流しながら見上げてみれば、冷ややかな視線を投げかけるウララの顔。本気で顔面をぐちゃぐちゃにしてきそうな凄味が溢れていた。


「人間は顔じゃないよ~? 彼の場合中身もすごいまっすぐだからなおさら好感的な!」

「……じゃあ、このまま放置しておく?」

「いやいや、そりゃ仕留めるよ?」


 僅かながらも彼女達の会話から逃げられないかという淡い希望はその瞬間に打ち砕かれる。羽ばたきの音が聞こえて振り返れば、自分の元へと飛んでくる鳩の群れが。


 ――なんだこの高濃度な魔力は!? いや、そもそも……


 鳩の群れの奥がたまたま視界に入ったが……そこには、人の形をした空洞があったのだ。何も写っていないため、視界に入ったと言うと語弊があるのかも知れないが、このことは一つのことを表している。


 ――超能力者なのに、魔力を使えるのか!? なんなんだこの子の能力はっ!!


「でも七曜くんなら、この局面を打開できるかもっ!! できたら、あちきのスペシャルマジックでお相手しちゃうよっ!!」

「……不愉快」

 ――できるわけないよっ!? どうすれば良いっ!?


 自分の近くには動きを封じるかのようにウララが立ちふさがっている。逃げることも防ぐこともままならないこの状況をどう打開すればいい? 考えている内に鳩の群れは自分の目の前まで迫っている。一発一発が強くなかったとしてもこれだけの数では耐えられない。彼我の距離はごく僅か。今更避けることなどできはしない。


 ――魔力を燃やしたところで、痛みが消える訳じゃない……詰んだな、僕はここでリタイアか……


 諦めた七曜は僅かな可能性にかけて体内で魔力を燃やす。これで痛みを軽減することはできるから死にはしない……いや、それすらも今の弱った状態では怪しいかも知れない。


 高濃度の魔力の塊達が、自分の元に届く。せめて最後まで見据えていよう。その時、開かれた視界の中に、"人の形をした空洞"が差し込んだ。

 その"空洞"は続けて声を張り上げる。


「"解除(ディスペル)!"」


 その声に呼応して鳩の姿をした魔力は崩れ去った。魔力は形を失って霧散していく。リンとウララも唖然としている。ただ1人、何が起こったのかが即座に分かった七曜は、体中から力が抜けていき、地面にこつんと頭をぶつける。


「大丈夫ですか、後藤さん!?」

「あっ……あはは、大丈夫だよ……音和ちゃん」


 その人物……喜多村音和を見ている。病床についている彼女がどうしているのか、更にいえば服もまったく違っていたのだがそんなことには気が回らない。理屈など抜きにして安堵の方が上回り、目の前の事実をただ受け入れている。


 自分に向ける穏やかな顔つきからは、得も言われぬ安心感が沸き起こる。女性ながらも感じさせるこの頼もしさに、七曜は


「ありがとう。安心したよ」

「よかった……ですけど、この二人ですか。厄介ですね」


 しかし、再びウララ達に向かい合ったとき、彼女の顔つきはすぐさま引き締められる。穏やかながら確かな闘志を見せるその少女は"双眸の殺戮者"の二つ名を体現していると思ってしまった。


「えっ? えええっ!? どうして、どうして喜多村ちゃんここに居るの!?」

「貴方たちに答える義理はありませんよ、草上姉妹っ!」

「姉妹じゃない……って、言っても無駄か。リン、呆けてる場合じゃないわよ?」


 ウララはリンの頬をパチンとはたき、冷静さを取り戻させる。痛みに顔をしかめ、涙混じりにリンは音和を睨み付けたまま相も変わらず不平を託つ。


「しっかり縛っておいたのにっ!」

「暗器使いを舐めてもらっては困ります! 拘束なんてあたしの前では無意味ですからねっ!」


 女性にしては高い背丈もあってか、彼女の迫力はいつにも増して頼もしい。女の子に救われるなんてまだまだだなと自嘲しながらもしながらも、やはり彼女も"裏"の人間。平和ぼけしている自分とは迫力が違うのも当然だ。


「まー良いや! でも、あちきに勝てるかな? 昨日も負けたじゃない!」

「昨日は……いえ、もうあたしにあの手は通じませんからね!」

「昨日……えっ? どういうこと? 昨日戦ったのかい?」

 

 昨日といえば……随分と前の事のようにも感じているが、音和が倒れている所を見つけた日だ。あの時音和は六花と戦っていたとばかり思っていたのだが


「そうです! あっ、その件は助けていただいたにも関わらず、大変失礼しました!」

「えっ、でも君は六花さんにやられたんじゃ……」

「六花って誰ですか? あたしはこの2人にやられたんですよ」

「ちょっと喜多村ちゃん、なに種明かししちゃってんの!? マジックの仕掛けは黙っておくモンだよ!!」

「……その通り。喜多村音和は昨日拉致ったわ。今朝アンタが会ったのはリンの変装よ」

「ちょっとウラちゃんまでっ!?」

「……そうか、そう言うことか!」


 「ぶーぶー言うぐらいなら素直に吐いた方が楽でしょ?」とリンを宥めるウララを尻目に七曜は情報を整理する。昨日助けた音和は紛れもなく本物だが、今朝病院であった音和はリンの変装だったと……マスクをしていたのはそう言うことだったのか。そう考えれば、先程やり合った六花の声色が微妙に違っていた事にも合点がいく。


「なんとなく分かったよ。さて、音和ちゃん……」


 体内の魔力を燃やして僅かながらも力を振り絞り七曜は立ち上がる。音和の小さな耳元に顔を寄せ、こそりと耳打ちする。


(どうする? 僕らで彼女を倒すかい?)

(いえ、ここは1回引きたいと考えてます。後藤さんも本調子じゃないですよね?)

(そうだね、僕も同意見だ。じゃあ、どうする?)

(烏飼さんに合流しましょう……で、逃げ方は考えています! あたしがメガネを外したら目と耳を塞いでください)

(へっ!?)


 有無を言わせぬ迫力で音和は会話を断ち切ってリン達の方に向かい合う。「協力者だって仕掛けは黙っておくのが道理的なんだからねっ!!」と頬を膨らませていたリンだが、音和と向かい合うとすぐに笑顔を取り戻した。


「でっ、2人であちき達とやり合うの? 別にあちきは構わないよ?」

「貴方たちの手の内ならある程度知れ渡ってます。なんならここで後藤さんに種明かししましょうか?」

「げっ、マジシャンの天敵だよ……」

「天敵、ですか……ふふっ、そうですね」


 一歩、音和は後ずさる。直後、メガネに手をかけた。慌てて七曜は言われた通りに目と耳を塞ぐ。


「意表を突く、と言う意味ならあたしもマジシャンです!」


 七曜が目を瞑った瞬間、音和の投げたメガネが強い光と音を発する。メガネに気を取られていたリンとウララの悲鳴が聞こえてくる。七曜自身、何をされるか分からなかった……と言うよりは、どこから来るのかがまったく分からなかったため予想ができなかった。音和の前情報のおかげである程度防ぐことができたものの、未だに驚きで胸はバクバク言っている。耳を塞いでいる七曜の手を引っ張られる感触がする。


(今のうちです! 数秒は持ちますから全力で逃げますよ!)


 引っ張られるがままに七曜は走る。首だけを後ろに返してみれば耳と目を塞いでふらふらとしているリンとウララの姿が。これなら大丈夫そうだ。


「音和ちゃん、捕まってて!」

「えっ!?」


 七曜は音和の体をギュッと掴み、右手から"ストリング"を三重に伸ばす。ビルの屋上に"ストリング"を引っかけたのを確認して鉄線を伝って移動していく。一息に逃げるにはこれしかない……あらかじめ右手で燃やしていた炎で魔力の回転率を上げて、七曜と音和はリンとウララから逃げおおせたのだった。


 ***


「りっ、リン、大丈夫……?」

「平気平気っ!! あーあ、逃げられちゃったね~」


 視力と聴力が回復したとき、既に七曜と音和の姿は見えなかった。超能力とは違う、忌々しい己の能力の"おかげ"で回復はリンの方が早かった。ウララは今も視力も聴力も奪われているにも関わらず自分に心配を向けてくれている。聞こえているのか分からないが、いつもの調子の軽い声を聞かせて、回りを伺ったリンは大きく溜息をついた。


 ――喜多村ちゃんに逃げられちゃったのはまずかったかなぁ。超能力者である喜多村ちゃんなら外に出ることはできるわけで、"狩人"達に報告されたらたまったもんじゃないし……。


 手に持っていたステッキを頭上に掲げる。傘でも差すような動作だったが、気付けばステッキの先には骨組みが出来、ビニールが貼られた傘になっている。苦しんでいるウララを傘に入れ、よしよしと頭を撫でながらリンは考えをまとめる。


 ――"狭界"に入る事はできないとは言え、待ち伏せされたら厄介的な……早く逃げちゃう? いや、でもやることがまだあるんだよなぁ。


 それに、とリンは携帯を開き、画像フォルダを開く。多くの画像が消されていたが、野蛮溢れるスカーフェイスの男と、知的さ溢れるシャープな男が写った写真を見て目を輝かせた。


 ――イケメンから逃げるなんて、乙女としてどうなの!? あちき、もうちょっと頑張る!!


 ギュッとウララを抱きしめて、リンは携帯を仕舞う。ウララが嬉しそうに自分の胸に顔を埋めてきて、くすぐったい感触に思わず声を出した。


「ウラちゃん、もう治ってるよね?」

「……聞こえない。まだ耳がキンキンするわ」

「ウラちゃんホント大好きーっっ!!」


 メガネが放った音に負けずとも劣らないキンキン声を張り上げながらリンはウララを抱きしめる。


 直後、学校の方から響いた大きな風の音など、2人の耳には入らなかった。

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