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名もなき物語  作者: 白カギ
《解決の物語》
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Part.9 凍結

 ――なんだろう、この子の動きがまったく読めない。


 拳を構えた七曜とは対称的に、ウララは棒立ちの状態を見せ続けている。砂を壊すほどの鋭い一撃を放つことのできる彼女だ。距離を詰めての近接戦を想定していたが、彼女は何をするでもなく立ち尽くしている。砂を壊した勢いで鉄パイプは真ん中から折れてしまって、今は地面を転がっている。まだ使えないことはないが、ウララは一瞥もくれていない。僅かながらの闘志を感じさせるだけの瞳からは、考えていることがまったく読めない。


 ――待てよ、こうやって僕を足止めしておくことが目的だとしたら?


 ここで無意味に時間を過ごしている内にムラサメが楔を打っているのかもしれない。だとしたらここで向かい合っていては、相手の思うつぼだ。


「来ないならこっちから行くよっ!!」


 ならば短期決戦をしかけるべきだ。勢いよく踏み出した助走の勢いと共に、ウララに向けて拳を振り抜く。冷めた瞳だったがその動作は俊敏だった。七曜の拳の軌道を見切り、避けたり防いだりを繰り返している。簡単な事務作業をこなすように1つ1つの拳を確実に捌いているウララの口元が静かに上がる。


「遅すぎるわね」

「くっ!」


 セキラとの戦闘、気を張り続けていたサンゴを騙るウララとのやりとりのこともあり七曜の集中力も流石に落ちてきている。分かりやすい挑発だが、負けず嫌いな本性がより一層の焦りを生み出してしまう。


「こんな男のどこが良いんだか……」


 誰にともなく呟いた言葉と共に、ウララはそのまま七曜の手首を握る。女性とは思えない強い握力だったが、骨を砕いたり怪我を負わせるほどとは言えない。それどころか、拳を手に取ったことによって驚いているのはむしろウララのようだったのだ。


「鉄線が短くなってる……?」

「その通りっ!」


 両の手に巻き付けていた鉄線を、殴りかかると同時に少しずつ地面に這わせていく。ウララの体を拘束できうるところまで伸ばしたら、一息に締め上げてやろう……と言う七曜の企みに気付いたようだが既に準備は終わっている。驚いた瞬間に彼女の手を振りほどき、七曜は両の手に魔力を込める。


「大人しくしてなよっ!!」


 地面を這っていた"ストリング"に魔力を通す。右左両方の"ストリング"が獲物を見つけた蛇の如く鎌首をもたげ、ウララの体目がけて一直線に伸びていく。不意を突かれたままのウララは立ち尽くすほかなかった。


 勝った! 七曜の確信は、次の瞬間に驚きに変わる。


「えっ……」


 今度は七曜が目を剥く番だった。浮かび上がった"ストリング"のうち、左手から伸びた方はウララの方へと真っ直ぐに伸びていく。しかし、右手の方の"ストリング"は水分のなくなった花がしおれていくように、勢いを失って地面へと落ちていくではないか。その事がさも分かっていたかのように、ウララは右から迫る"ストリング"だけを避ける。


「ひやっとしたけど……結果オーライね」


 自分を追いかける"ストリング"一本を軽くいなしながら射程範囲外へとウララは逃げていく。右手に魔力をいくら込めてもストリングは持ち上がらない……どころか、そもそも右手に巻き付けたストリングのガントレットも解けているではないか。何故だ、と考えた七曜は即座に先程この右手に何があったのかを思い出す。


 ――そうか、握られたっ!!


 右手から先に魔力が通らないのだ。露わになった右手を呆然と見つめる七曜の真後ろからウララの冷めた声が聞こえてくる。


「魔力の流れを凍らせる……単純だけど、強力でしょ?」


 いつの間に背後をとられたのか。振り向けば、自分の左手に手を伸ばしているウララの姿が。今ここで左手に流れる魔力を止められてしまったら攻撃の手段を失う事となってしまう。左手を庇うように、もはや掴まれても構わない右手で裏拳を繰り出す。ウララは拳を右手で容易くいなし、左手を伸ばす。女性らしいたおやかな手だが、今の七曜には右手を引き裂くギロチンにしか見えない。


「畜生っ!」


 だったら、"ストリング"で防ぐしかない。左手に巻き付けていた"ストリング"を解き、迫り来るウララの手へと伸ばす。手のひらに勢いよく突き刺さった"ストリング"にウララは呻き声を上げる。


 ――このまま、炎を流し込むっ!!


 導火線さながら、"ストリング"に"内炎"を走らせる。距離さえ置けば"ストリング"を抜けると思ったのか、ウララは後退するが、彼女の息に合わせて七曜も"ストリング"を伸ばす。2人を繋ぐこの導火線は依然ピンと張り詰めている。せいぜい内炎が届くまでの時間が延びたぐらいで……と安堵した直後、七曜は彼女の魔術を思い返す。


 ――いや、もしかして!?


 ウララの無表情が崩れて微笑を浮かべる。のっぺりとした顔つきから見せる笑顔には、日本の幽霊を彷彿とさせる生気のなさが感じられて、六花とはまた異なる妖しさを讃えていた。

 ウララは空いている手で伸びた"ストリング"を掴む。ただそれだけだったが、"内炎"が彼女の右手を燃やすことは阻止されたように見える。それどころか、"内炎"の熱を奪うかのような冷気が伝わってきたのだ。魔力によって伸びていた"ストリング"は徐々にへなへなと弛んでいき、ヒンヤリとした"氷"の感触が近づいてくる!


「ヤバイっ!」

 ――"まだだった"のにっ!!


 咄嗟の判断が功を成したと言える……"ストリング"を切り離した瞬間、"ストリング"から氷を思わせる冷気が漂ってきたのだ。間一髪、左手も封じ込められるところだった……が、安堵する暇などウララは七曜に与えない。生気のない笑顔が既に目の前にいた。


 ぞくり、と背筋が凍る。彼女の右手は、既に七曜の左手を掴んでいた。


「所詮、手を封じさえすればアンタなんて無効化できる……でしょ?」

「くっ!」


 内部に氷を植え付けられたような感覚は奇しくも自分の"内炎"とよく似ている。

 そう、


 よく、似ている。


「……なんてね!」

 ――よかった、間に合ったっ!!


 そう言って七曜は右の拳をウララの腹に向けて振り抜く。その手の平には灯るはずのない"内炎"の明るい炎が握られている。


 ――間一髪だったよ……もうちょっと早かったら、僕はやられてた。


 砂の拘束のように"外部"で行われる魔力的拘束とは訳が違う。


 外で燃やす分には手の上でなければできないが、七曜の"内炎"は自分の魔力が流れていれば好きな場所で燃やすことができる。少しでも場所がずれれば魔力が流れず、当然"内炎"を生むことなどできないうえに、氷結を溶かすこともできない。しかも、ウララが氷結させた範囲は思っている以上に狭かったのだ。左手を巡る攻防の中、七曜は右手の拘束を解くためにまわりの魔力を燃やしていたが、すべてが不発に終わり、ようやく今右手の拘束を"溶く"ことができたのだった。


 そして、至近距離にいれば七曜も"内炎"を放つことができる。


「喰らえっ!」

「ぐぁああっ!!」


 "内炎"を乗せた掌底がウララの腹に直撃する。ウララは腹を押さえて地面へと崩れ落ちる。あまり気分が良い物ではないが、敵意を向けられた以上遠慮する謂われなどない。無防備な彼女にむけて、七曜はトドメを刺すべく足を振り抜いた。


 ばしぃっ!!!


 鈍い音がウララを捉える。だが、振り抜いた七曜の足の感触は、頭のそれより少しばかり柔らかかった。


「……痛、かった」


 くぐもった声にありったけの怨嗟をこめてウララは七曜を睨み付ける。腹を押さえていた左手を挙げて、ウララは七曜の足を押さえ込んでいる。魔力を燃やされる痛みの上でもまだ動けるのか!? と呆気にとられている七曜に向けて、ウララはワンピースを引き裂いていく。


「この痛み、絶対に忘れない……ウチの、【グリモア】に、刻んでおくから……」


 このまま呪い殺されるのではないかと思わせる負の迫力と共に彼女は服を引き裂く。狂気じみた行動に七曜は意表を突かれた。薄い胸元が見えるか否かのきわどい部分の布を残して……白い肌と共に、また違う白さの何かを覗かせる。


「これで、アンタの負けは決まったからねっ……!!」


 そこにあったのは紙の白さだ。文庫本が見開かれた状態で抱え込まれていたのだった。魔法具の類を疑った七曜は半ば反射的に魔眼を発動させる。


 白紙だったそのページに、魔力で書かれた文章が浮かび上がってくる。"内炎"を取り込んだと七曜は直感した。そこに書かれている文字までは読めないが、見慣れない文字が走っている。ウララは抱えていた文庫本を放す。重力がページを繰り、別の文字列が書かれたページが開かれてウララの手に落ちる。同時に彼女は乱雑にちぎり取った。その瞬間、ページは光を放つ。


 ――ヤバイっ!!


 七曜は即座に後ろへと飛び退りながら、右手の"ストリング"で壁を作り出す。ページからは"砂の弾丸"が飛び出してきたのだ。砂を押さえ込むことに成功する。しかし、畳みかける隙を見せていたウララからは遠ざかってしまった。いまだに痛む腹を押さえながら、ウララは体勢を立て直している。


「チェックメイトよ、後藤七曜っ!!」


 文庫本を片手に、彼女は高らかに言い放つ。"内炎"の直撃こそ免れてはいても、掌底の痛みは間違いなく彼女に届いている。だが彼女の怨霊顔負けの気迫に、追い詰められているのはこちらではないかと七曜は感じてしまった。

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