Part.6 町での出会い
「人間界の食事のレベルってどんなもんか不安だったけど、来て早々良い物食べられたわ!」
朝食兼昼食後、一樹達はサンゴを案内すべく外に出た。土曜日と言う事もあり人の往来が多い道路。一樹は人だかりが嫌いなためイヤそうに顔をしかめているが、それとは対称的にサンゴは上機嫌に顔を綻ばせている。鼻歌でも歌い出しそうで、一樹の食事を大層気に入った様子だった。先ほどまで魔力を失って絶望していたとは思えないほどに楽しそうであり、単純なのかそれとも順応性が異常に高いのかと一樹は思いながら、サンゴへとぶっきらぼうに返答する。
「そいつぁどうも」
「特にあの、タマゴ焼きだっけ? くるくるって巻いてあって見た目も良かったし、焼き加減がまた絶妙だったわ!」
「一樹のご飯は僕らの中でも評判が良いんだよ! とは言っても中々ただで振る舞ってくれなくってさ……」
「プロじゃないくせにケチね。もっとオープンになりなさい、絶対後悔するわよ?」
「はぁ……メシの賛辞はもう良いから。そんで、脱獄犯がどこにいる、とかそう言うの分かんないのか?」
ため息と共に話の軌道を修正する。サンゴは「んー」と小首をかしげる。
「それが分かんないのよね。脱獄したのは3日前で、その次の日、アンタと出会った工場跡地に大きな魔力を使った痕跡があるんだけど、それっきり何もないのよ。あたしがここに来たのは昨晩で、その時には誰もいなかったでしょ?」
「日浪市に潜伏してるかどうかってのも曖昧なのか?」
「そうなのよね。今までの例から言うと、初めて出たところに滞在するケースが多いし、多分この町にいると思うんだけど……探索の術でもあればまたすぐ分かるんだけどね」
「使えないなら来るなよ……」
一樹のぼやきにサンゴは顔を紅くして反論する。
「魔力を薄く放出すれば、超音波の要領で探索ぐらいできるわよ! でも、今は魔力をあまり無駄に使えないからね。それこそ、【アプソル】で2人から魔力をもらっても良いけど、もしそれで敵と戦うことになったら戦力が大きく減っちゃうでしょ?」
「だな。となると、七曜頼りになるのか」
少し前の方で同世代の女子に話しかけている七曜を見て、一樹は「不本意だが」と言葉を添える。よく見てみれば、話しかけている女子も満更ではなさそうだった。見てくれだけならそこそこ人目を惹く七曜は時折ナンパに成功する。別に一樹の知ったことではないのだが、しかし今回に限っては"裏"に関することである。ナンパ成功させるわけにはいかないので、一樹は大声で七曜に声をかける。
「おーい七曜~。またこの前みたいに一日で全部終わらせて捨てる気か?」
「「「ええっ!?」」」
一樹の声に七曜、サンゴ、そしてナンパされている少女が驚きの声を上げる。一樹は更に言葉を続ける。
「金がないから恋人は作らないとかって言って連絡先を教えることなく去っていく……って前言ってたじゃねぇか」
「ちょっとー!? 確かに事実だけど、なんか誤解を招く言い方じゃない!? せいぜいキスだけして終わってるぐらいだって!!」
高校生の身で深夜バイトを入れてまで生活費を稼いでいる七曜である。不純な交遊をせずに1日楽しく遊んだ後に別れているだけであり、一樹も嘘を言ってはいないのだが、意味ありげに言葉を選んでいるためどうしてもそう受け取られてしまう。
「うわっ、シチヨウ最低……見損なったわ……」
「さ、サンゴちゃんまで……あっ、待ってー!」
一樹の言葉を額面通りに受け取ってしまった少女は、勢いよく駆けだして逃げてしまった。七曜はその背中を追いかけることはせず、一樹とサンゴの元へと戻る。
「あーもう……折角タイプの子だったのにぃ! 一樹なんか馬に蹴られて死んじゃえ!」
「そりゃ申し訳なかったな。しかし、サンゴの案内の方が先だろ?」
「……ねーイツキ、こんなタネウマに何ができるの?」
蔑むような目で七曜を見るサンゴ。七曜は「サンゴちゃんも信じないでよー!」と喚いた後に、
「はぁあ……信頼回復しなきゃな~。サンゴちゃん、僕がどうして君の魔力の状態を確認できたか分かる?」
「分からないわね。どうして?」
「簡単さ……"見た"からだよ」
七曜はウィンクして自分の目を指さす。パッチリとした二重であるその目は、端から見る分にはごく普通に見える。色は茶色がかった黒色で日本人の一般的な目となんら変わりはない。
「生まれつきの不思議な目でね。目に魔力を込めれば、僕は魔力の流れを見ることができる。この大気中を漂う魔力も、人の体内に流れている魔力も、すべてが丸見えさ!」
「やらしい能力だよな……捕まるぞ?」
「捕まったところで証拠不十分さ! そもそも体内流れてる魔力分かったところでせいぜいスタイルが分かるぐらいだからあまり使えないしね」
まあ、スリーサイズ判定ぐらいはできるけど、と付け加えた七曜に、サンゴは体を押さえて警戒の色を強める。
「魔界ならいくらでも裁けるわ、逮捕するわよ?」
「はははっ、そもそも君は直に見たよ!……そう睨まないで。確かに見ることができるとは言え、魔力の消費が激しいからいつも使ってるわけじゃないし、なにより当然のことだけど僕の目が届く範囲しか見ることはできないんだ。別に透視能力がある訳じゃないから、壁を隔てられたらその時点で僕の目では捉えることができないよ」
お手上げと言いたげに七曜は肩をすくめる。
「だから、この辺をその脱獄囚が出歩いていればそりゃ見つけることはできるさ。でも、こんな真っ昼間から出歩いているとは到底思えないし、なにより出歩いているなら君は分かるだろ?」
「確かに……顔は分かってるものね」
「おい、ちょっと待て。顔を最初に教えろや」
一樹はサンゴの頭に手刀を下ろす。不意打ちを避けられず、サンゴは「痛っ」と短く呻く。
「魔人の紋様を除けばあんまり言うほどの特徴がないのよ! それに話を聞いた直後にそのまま飛び出してきたから絵もないし……」
「写真とかないのか?」
「シャシンってなに? うーっ、本気で殴らなくても良いじゃない!」
先ほどの手刀が堪えたのか、涙目になりながら痛みと怒りを訴えるサンゴを「はいはい悪い悪い」と適当にあしらった後に文化の違いにため息をつく。
「魔術で色々解決してるから文明の利器はねぇ訳か」
「時々人間界から持ってくる変な魔人もいるけど、でも大抵は魔術ね。そっちの方が効率良いもの」
「えー、科学嘗めちゃダメだよ? きっと驚いたら君は言うよ? 科学の力って――」
「スゲーどうでも良いこと言ってんじゃねぇよ七曜。んなもん所変われば品変わるって奴だろ」
「で、だ」と脱線した話を一樹は修正する。
「脱獄囚の情報、少しはくれないかねぇ? 探しようがねぇじゃん」
「そうしたいのは山々だけど……でもさ、まだ協力してもらうって決めてないわ。案内してって頼んだだけよ?」
「……ちっ」
「一樹、事後承諾狙いで協力したがってたことが今の舌打ちで全部分かっちゃったよ……」
七曜の指摘に「そんな、酷い!」と喚くサンゴから一樹は目を逸らす。
「イツキのやり方ってなんか陰湿よね」
「そうだが何か文句でも?」
「否定しなさいよ! イジろうと思ってたのに調子狂わせるわね」
「悪いな。俺は自分の信じた道を突き進むためなら、なに言われても気にしないんだよ」
サンゴの方を向きながら一樹は静かに、だが力強く言い放つ。サンゴは一樹が出す静かな迫力に圧倒されてしまった。
合わさった瞳の中に込められているのは、揺るぎない意志の強さ。垂れていてやる気のなさそうな目には不釣り合いだが、しかし並大抵ではない執着心が感じられる。
「ねぇ、ずっと気になってたけど、アンタがして欲しい協力ってそんなに大事なわけ?」
「言いたいのは山々だが、でもまだ協力してもらうって決めたわけじゃねぇしな。案内しろって頼まれただけだろ?」
「一々腹立つわね!」
「悪いな。それが俺だ」
「開き直るなー! どうしてこうも――」
「あっ、烏飼センパイと後藤センパイじゃないですかー!」
大きな声が聞こえてきて、サンゴはそちらへと目を向ける。そして、次の瞬間に目を見開いた。
そこにはアゲハチョウの髪留めをした同年齢ぐらいの少女がいた。愛嬌のある顔に満面の笑顔を浮かべて楽しそうに七曜と歓談している。それだけなら別に驚くほどのことではない。
「い、イツキ……」
「なんだ? 何が言いたいのかは分かるんだが聞いてやる」
その少女はセーラー服を着ていた。涼しさを感じさせる半袖の白い服は夏という季節にとても見合った格好である。
「魔界でも四季ってのはあるわ。確かに、魔力で体温調整してて好き勝手な格好してる人が多いけどそれでも厚着か薄着のどっちかをしているわけ」
「ふむふむ。お前はこの季節にピッタリの薄着だな。でも胸が残念だから厚着で隠したらどうだ?」
「後で刺す!……んで、あの子はぱっと見薄着してるじゃない? セーラー服、だっけ?」
「セーラー服だな。うちの高校の夏服だ」
「"夏"服なのよね……じゃあなんであの子、」
少女が首をかしげた拍子に胸の前にかかったお下げが揺れる。サンゴは視線を動かしてほんの少し、首元へと寄せる。
「マフラーしてるの?」
冬場、それも真冬にするような分厚いマフラーが彼女の首をすっぽりと覆っている。異様な光景に周囲から視線が集まるが、少女はそんなことを気にせず七曜との歓談に興じている。
「知らん。昔っからああいう風だ」
やれやれと言いたげに一樹はぞんざいに返した。