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名もなき物語  作者: 白カギ
《解決の物語》
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Part.2 気炎

 紆余曲折はあったものの、それから七曜は延喜に引き取られて共に生活することになった。ただし、最初から七曜は延喜に懐いていたわけではない。なにかがある度に暴れていた。生まれて始めての共同生活に慣れていなかったし、何より延喜の優しさが肌に合わなかったのだ。戸惑うことばかりの生活だったが、不満を伝える術を魔術以外に知らなかったのだ。生まれた頃から愛情を傾けられなかった七曜にとって無理もないことかもしれない。幾度も魔術を放っては延喜を困らせていたが、それでも延喜は七曜を見放すことなどしなかったのだ。むしろ、何か問題を起こす度に七曜にしつこく絡みつき、それが鬱陶しくなっては七曜は暴れ……そんな生活を続けている内に、七曜の中でも楽しさが生まれてきたのだ。


 根負けしたのかもしれない。だが、延喜と一緒にいて心の底から不快に思った事などは一度もなかったのだ。眠っている時に照りつける朝の日差しに眩しさこそ思えど、毛嫌いするよりかはすがすがしさを覚えるかのように、延喜のことを嫌いになどなれなかったのだ。


 次第に七曜は延喜の言うことを素直に聞くようになった。態度を変えた直後、延喜は「また何を企んでるんですか~?」などとわざとらしくちゃかしてきたため、ムキになって魔術をしかけたりもしていた。それすらも回数を重ねる内に延喜のノリが楽しいと感じるようになり、七曜は次第に彼に手を上げることが少なくなっていった。


 学校には通っていなかった七曜だが、母親から叩き込まれた知識や延喜と学んだ礼節を加えて、生きていくために必要な知識を学び、同時に柔らかな性格ができあがってきたのである。


 七曜は父親のことなど知らないが、

 父親がどういう存在なのかはよく知っている。


 血など繋がっていないが、確かに延喜は自分にとっての父親だった。

 夢のような生活が4年ほど続いたときだった。


 延喜が、何者かに殺されたのである。

 横たわる延喜の上半身には彼の体がまともに残っている箇所の方が少ないぐらいに、引き裂かれていた。残っている体にも、噛みちぎられたかのように空洞ができていて、その間には骨が覗いている。骨には筋肉や脂肪がこびりついていてピンクや黄色の小さな肉片がついていた。穏やかな笑顔を見せていた口元から上は頭蓋骨ごと持って行ったかのようにそっくりそのままなくなっている。殺されてからまだ時間が経っていないのか、床という床を染めあげた鮮血は未だに流れ続けている。狂った彫刻家が人体を意図的に崩して作り上げたオブジェのような変わり果てた姿になりながら、延喜は転がっている彼の目玉と目が合ったとき、七曜は汗という汗を拭きだしながら、崩れ落ちて失禁してしまった。


 その時七曜は、始めて大切な人を失う痛みを知ったのだった。

 かつて自分が嬉々として行っていたその行動の痛みを、身を以て実感したのだった。


 延喜の変わり果てた姿に泣き叫び、同時に彼は生きる気力をすべて失っていたのだ。

 自分にとってのすべてであった存在がなくなってしまったこと、それが七曜を復讐へと駆り立てたのだった。


 相手の組織は分かっていた。延喜が危険視して探りを入れていた所だだった。当然、1人で行った所で七曜に勝つ見込みなどない。自分よりも強い延喜ですら殺されてしまったのだ。自宅を強襲されたことからも、七曜の情報は割れているからかつて自分が行っていた方法は使いづらい。不意打ちも難しいこの状況が、無謀なことぐらい七曜は分かっていた。


 それでも、七曜はその組織を追いかけることしかできなかった。

 もはや自分には何もない、だったらせめて最後ぐらい好きにやっても良いじゃないか。迷うことなく、七曜は敵の潜伏している日浪市へと向かった。組織の足取りを掴むために、彼は無関係の"裏"の人間をもつるし上げては拷問にかけて、と言う行動を繰り返していた。

 世界すべてを憎む彼の強い思いが、その暴挙を引き起こしていたのだ。


 明らかに犯罪行為に違いない。これを聞きつけて、"魔物狩り"が追ってくるのではないか? そんな事を考えてまっとうに生きようと思ったこともある。それでも、七曜は止まれなかった。


 自分のストッパーだった存在は、もういなかったのだから。


 そんな七曜を追いかけてきたのは、"狩人"ではなかった。自分と年の変わらない、幼い少年だった。


 経験も乏しいド素人だったが、しかしその目に写る野望の強さに七曜はどこかシンパシーを感じた事を鮮明に覚えている。


 その戦いで七曜は負けた。


 負けた後、いつかのように殺せと自分は言った。


 熟々と自分の境遇を語り聞かせて、自分には何もないという事を告げると、その少年はこう言ったのだった。


 ***


『大事なこと見落としてんじゃねーよ、バカ野郎。ただ自分の目の前にある悲しみしか見えてないお前に、師匠ってヤツが言いたかったことなんか見えてないんだろうな?』


 かつての日々に聴いた友人の声が頭の中に響き、七曜はハッとする。

 今よりも少し高い、子どもから大人へと変わりゆく不安定な声色には今以上に未熟の色が滲み出ている。

 それでも、友人の言葉に通っていた一本の芯はとても頼りがいのあるものだった。


『ヒロイックになればなにかが変わるとでも本当に思ってるのか? そうだとしたらお前は本当の大馬鹿野郎だ』


 ――……あれ、なんであの時の言葉が聞こえてくるんだろう?

 あの時も、こうして自分は仰向けに倒れ伏せていた。

 間違った行動を正してくれた友人の小さな背中を目の前に映しながら、


 小さな背中が、やけに頼もしく見えたのを七曜ははっきりと覚えている。


『お前の師匠とやらは、お前が復讐の果てに死ぬことを望んでるとでも?』


 ――なんで、今でも、響くんだろう……。


 浅葱と火蓮の踏みつけは未だに止まない雨のように七曜の体に降り注いでいる。その痛み以上に、七曜はかつて友がいった言葉が胸の中に刺さっていたのだ。

 あの時、自分は何も見えていなかった。肉親以上に敬愛していた人物を殺され、その復讐に躍起になると共に……生きる目的を、すべて失っていたのだ。


 復讐と共に身が果てれば本望……そんな、むちゃくちゃな行動を繰り返していた。


 彼に出会い、本気でぶつかるまでは。


 ――ヒロイックになって、大事なことを……待てよっ!?


 あの時の言葉が、今の自分にそのまま当てはまっているような気がして……自己嫌悪をする前に、七曜はハッとなったように目に魔力を込め、首を回す。


 ――まったく、昔も今も僕は何も変わってなかったな……ダメだよ、僕だけに目を向けてたらっ!!


 自分を足蹴にする火蓮と浅葱に目を向けるのではない。この状況を作り出した張本人、セキラの方へと"目を凝らす"。


 彼の体からは一定の魔力が線のようになってあちこちに伸びている。町中に張り巡らせて不良達を操っている魔力であることは七曜は気付いているし、現に周りを囲む不良達や火蓮、浅葱にも流れていることは分かる。しかし、七曜が見たかったのはそこではなかった。マリオネットの糸のように浅葱とセキラを結んでいる糸が、急に太さを増し……


 同時に、背中を踏みしめられる強い感覚に七曜は咳き込んでしまう。


 ――やっぱり、そういうことかっ!


 強い痛みに顔をしかめながら、しかし七曜は確かに見ていた。だからこそ、そのダメージをある程度軽減することができる。反射的に七曜は体内に炎を生み、魔力を刺激してなんとか意識をつなぎ止めたのだ。


 ――2人の攻撃を受けて苦しんでいたのが僕だけ? そんなわけない……


 セキラが"雷"の魔力を持っている事はサンゴから聞いている。そして今まで見せていた行動からも、生体電流を用いて筋力を操る魔術とみて間違いないだろう……小学校の実験でもおなじみだが、死んだカエルの筋肉に電流を流すとピクリと動くと言うのは有名な話だ。


 ――2人の方が、もっと苦しかったはずだ!


 それについてはまだ良い……問題なのは、火蓮と浅葱の殴打の威力だ。魔術で行動を操るだけならば、本来以上の筋力を出すことなどできない。しかし、先程から何度も喰らっている2人の拳は2人の筋力を鑑みると"あまりに重い"。火蓮と浅葱が七曜へと攻撃を繰り出す際、セキラの魔力が増えたという事実……


 ――人間界でも、筋力を増強させる研究は行われてると聴いた事がある……体に流れる電流の頻度を増やし、増強させるとかって。詳しい事はわかんないけど……


 七曜の魔術はあくまで魔力を燃やす魔術であり……魔力のツボを刺激し、自分に流れる力をコントロールしているにすぎない。それでも、身体にかなりの負荷をかけることになる。

 だが、セキラの魔術が推測通りであれば、筋力その物を刺激し、無理矢理力を生み出していることになる。重い物を運んで疲れた筋肉に更に力をかけようとすれば痛みが走ることは大抵の人間が経験していることではあると思うが、彼女達は今その痛みを遮断した上で無理矢理筋力を上げられているのだ。体中を蝕む痛みは恐らく尋常ではない。


「女子に踏まれるのもお好きなんですか!?」


 魔力の線が太くなるのが視界の端に見える。

 であれば、彼女達の攻撃を下手に避けるよりも、一刻も早くセキラの魔術の支配下から離す方が彼女達のためになると言える。ちょうど、"下準備"も終わった所だ。

 2人の脚が振り上げられた瞬間、七曜は「ゴメンねっ!!」と謝りながらセキラとは逆方向へと転がり込む。チラリと見えた黒い足を巻き込みながら転がっていき、起き上がると共に右手を伸ばす。


「なっ!?」


 驚きの声を上げたのはセキラだった。手から放たれた"ストリング"は、カウボーイが投げたロープのように巻き込んだ脚の持ち主……浅葱の体を優しく包み込むように巻き付いていき、七曜の方へと引き戻す。

 跳び込んできた浅葱の体を全身で受け止めながら、ぶつかった衝撃を利用して七曜は更に後方へと飛ばされる。囲み込む不良のバリケードを吹き飛ばしながら後ろへと突き飛ばされた七曜は、浅葱の体を庇うようにギュッと抱きしめながら、自分の背中を地面に擦らせる。熱く肌がヒリヒリとこすれる感触に顔をしかめながらも、七曜は堪えきり、"ストリング"が巻き付いた浅葱を抱いたまま不良のバリケードを突破したのだ。


「はぁ、はぁ……」

 ――なんとか、なったみたいだね?


 "ストリング"が巻き付いた浅葱を地面に転がすと、芋虫のように(女の子相手にこの比喩を使う事もどうかと七曜は思うが)モゾモゾと動いている。しかし、手足を塞いだ彼女に何ができるでもない。無力化すると同時に、攻撃の嵐から逃れられたことに一息つく間もなく、七曜は顔を上げてセキラへと睨みを利かす。


「はぁ、……セキ、ラ……っ!!」

「ほう……やりますね?」


 殴られ、蹴られた痛みから体中が悲鳴を上げる。立ち上がることもままならない七曜がありったけの憎悪を込めて吐き出した言葉に、対してセキラは冷ややかに賞賛の声を返す。自身のバリケードを打ち破ったことには驚きながらも、しかし戦局は魔界側(こちらがわ)が有利であることをひけらかして七曜に現状を突き付けるセキラは、やはり戦いをよく知っているのだろう。気の持ちようとは何事においても重要なことなのだから。


「てっきり、あのまま何もできないとばかり思っていましたが」

「……僕も、そう思ってたよ……」


 ――そうだ……僕はまた、あの時と同じ事を繰り返す所だった。


 罰に酔いしれ、ただただ自己嫌悪に陥っていた自分を叱りつけるかのように、七曜は両の足に炎を叩き込み、魔力を刺激して無理矢理でも立ち上がる。


 ――僕がこのままやられれば……僕だけが泣けば、すべてを解決できると信じていた。


 チラリと、隣でもがいている浅葱を見る。拘束状態を解こうとしているのだろうか、セキラは未だに魔力を絶えず連続的に送っていてもがく力は徐々に強くなっている……全身の筋肉が、間違いなく悲鳴を上げている。まな板の上の鯉のように、無意味にもがき続ける彼女を見て、七曜は腹の底から怒りが込み上げてくる。


 それはセキラに向けての敵対心だけではない。


 ――でも、違うんだ……他人の悲しみを見過ごして悲嘆に暮れても、何も生まないのに!!


 彼女達の痛みに気付かず、自分の事だけを考え続けていた七曜に向けての強い怒りだった。疲れ切り、荒くなった息が徐々に落ち着いてくるのを感じる。


「……とりあえず、礼だけ言わせてくれよ」

「礼、だと……?」


 怪訝な表情を浮かべるセキラに七曜は得意げに笑顔を見せつける。


「そう、お礼だよ……大切なことを、思い出させてくれたね」

「大切なこと……ふん、なにかは知らんが、そこまでボロボロになったくせして何を抜かす?」

「そうだね……得た物に比べて、ダメージが大きすぎる。こと現状において僕は君に惨敗しているよ、悔しいぐらいにね」


 セキラの言葉になにも思わないわけではない。だが、それでも不思議と七曜の顔には笑顔が浮かぶ。

 同時に、懐かしい声が、自分の脳裏に響いてくる。


 ――『それで良いんじゃないですか?』


 かつて自分が失敗を犯したとき、それを認めまいとばかりに懸命に努力を繰り返していた時かけられた時の言葉だ。


「水山浅葱を無力化したかもしれませんが、それほどの傷を負ってようやく1人、と言う事実をお忘れなく」

「そうだろうね。その事実に過信してる君に吠え面かかせるのが楽しみだよ」


 ――『負けず嫌いで、変な所でガンコで……でも、そこは君の美点だと思っていますよ?』

 セキラの挑発に七曜は今すぐにでも声を荒げて反論したい。しかし、それでも心の奥から聞こえる声が冷静さをもたらしてくれる。

 暖かい木漏れ日のようなその声は、居心地の良さと共に安心感を与えてくれる……。

 いつまでもその余韻に浸り続けていたいと思わせる、深みのある落ち着いた声だった。


「火蓮ちゃん入れて30人ぐらい……すぐに、全員無力化させるよ」

「ほう? でも仲間には優しいあなたのことだ。木下火蓮以外は全員たたきのめすつもりなのでは?」

「違うね。全員等しく無力化させてみせる」


 ――『悔しさを忘れない君だからこそ、何度でも立ち上がるのですから』

 その声の主はもういない……

 それでも、七曜の心の中にその声は響いている。


 あの時、暖かくも既になくなっていた過去から抜け出して、冷たくも目の前にある現実と向き合う決意をくれた友人の事を思い出して……七曜は拳を握り込む。


「そして、君達の企みを一樹と一緒に打ち砕くよ!!」

「勇ましいが、浅ましい……烏飼一樹がお前を許すとでも思っているのか?」


 ――そうだ……ここで嘆いて時間を無駄にしてたら、あいつへの申し訳も立たない。火蓮ちゃんも……他の人達も、全員助けて、そこから合流してやる。


「どうだろうね……それは、アイツに直接聞いてみるよ」


 ――いくら調子が良いだのなんて罵られようと構わない……なんとしても、アイツには謝らなきゃいけない!!


「君をぶん殴ってからねっ!!」


 七曜の瞳には先程までの自責の念など感じられない。

 この状況を打破する、と言う強い意思を滾らせた、戦士の目をしてセキラを睨み付けている。


 ――悩むのは後からでもできる……今は、目の前のことをやらなきゃね!!


「……面白い。一方的に虐げるよりも、何倍も面白い」


 まっすぐな思いを突き付けたセキラが見せたのは、意外にも素直な賞賛の言葉。敬語を取り払っているが、だからこそ相手への敬意を見せているかのような……嫌みたらしい言葉ではない。


「であれば、見せてもらいたいものだな……尤も、俺にもまだやることはある。コイツらの相手はお前が好きなようにしていろ」


 静かに笑うセキラを守るかのように、不良達は壁を作っていく。

 その先頭には未だに操られたままの火蓮が立っている。


 圧倒的多数の軍勢を目の前にしながらも、七曜の中の闘志は萎むどころかむしろ増していく。

 いつ何時も笑顔を忘れなかった延喜のように、七曜の顔には笑顔が浮かんでいた。

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