エピローグ 衝突の物語
「……そうだ、その顔だ。冷静な仮面を取っ払い、絶望に彩られたその顔……己の未熟さにうちひしがれる顔。俺が大好きな顔ですよ」
目の前のことが信じられずに呆気にとられていた七曜に向けて、セキラは口を開く。
「絶望、だと……」
「えぇ……色々調べて分かったのですが、貴方に効果的なのは"日常からの乖離"だ」
「乖離……だと?」
「それも、自分勝手にも他者からもたらされる、と言う条件付きでね……違いますか?」
――あぁ、何も、違わない……。
2人が目の前に立っていると言う事実と、セキラの意地の悪い言葉が七曜の心に届く。
いや、それだけではない……つい先程、一樹から投げられた言葉が響くのだった。
『何故敵の目論見を事前に察知して止めようとか考えなかった。お前の頭ならできないわけじゃないだろ!?』
――そうだ……動こうと思えば、間違いなく動けたさ。
それでも七曜は、平和な日常生活に浸ることを選んでいたのだった。
選んだのは間違いなく自分自身。
一樹やサンゴが慌ただしくも彼らなりの目的に向かっている間、七曜は安定を求めていただけなのだ。
日常に忍び寄る影に気付きながら。
――この状況になって、絶望するなんて……なんだよ、全部が全部自業自得じゃないかっ!
「そしてそう言うときにのみ怒りを発する……まったく、なんて傲慢な人間だ。受け身の癖に文句を垂れる人間ほどタチの悪いものはない」
――日常を味わうことを選んだ? そうさ、僕はこの日常が大好きだった……
「そう言う点において俺は烏飼一樹を評価している……彼の意思は本物だ。絶対の思いがなければそこまでできまい……」
――壊れることが恐かった。だから、縋るように抱きしめていたんだ……
「だが、烏飼一樹が本当に自分勝手に動く人間だと思ったのか……? 確かに彼は俺の提案に揺れ動いた。それは事実だった」
――それがなんの解決にもならないと知りながら……僕は、楽な道へと逃げていたんだ!!
「それでも、アイツの態度は……自己中心的な物ではなかったと思ったのだがね?」
――楽な道に逃げて……一樹の事を理解することすらも、放棄していたんだよな。
「それに気付かない癖に友人を名乗るとは……所詮、その程度の友情だったと言うことか」
「……そう、かもしれないな」
セキラの口角がニヤリとつり上がったような気がするが……七曜の目にそんなものは写らない。
――これは、僕の罰だ……
彼の心を占めるのは、自分自身への強い後悔だけだったのだ。
――僕は、間違っていたんだ……
***
「自分の欲望のためだけに、他者を蹴落としながら突き進む。冷静ぶってるフリしても見るヤツが見れば分かるゼェ、同族ゥ!?」
――違いねぇ……七曜の言葉に耳を貸さず、やりたいように突き進んでいる俺なんか、獣に違いない……
「良いじゃネェか!! 所詮ヒトとて生き物。自分がやりたいように生きて何が悪い、己はそう思うぜ!?」
――自分のことだけを考えて、それを優先する……そんな俺の、どこが人間だって言うんだ。
「ヴァンを倒したその強さ。仲間を平気で見捨てるその態度……ますます気に入ったゼェ!!」
違う、と否定したい気持ちが一樹の胸に広がる。
だが、一樹はそれを自ら堪える。
――開き直ったりなんざ、するかよ……そうだ、今までの俺はただの獣だった。
自分が信じるがままに突き進んできたその報いが今訪れているのだ。
それから目を背けることは、過去から目を逸らすことに繋がると一樹は思っている。
――獣のままでいたいか? いや、俺は違う……
そして、それは一樹が最も忌み嫌う行為なのだ。
右の手に"風月"を召喚し、一樹は目の前をキッと睨み付ける。
「良いね良いねェッ!! その目だァッ!! 自分への自信に溢れた良い目ダァ!」
――もはや遅いかもしれない……だが、過去が撒いた種は、未来が摘まなきゃいけない……
「かかってこいよ、烏飼一樹ィッ!!」
サンゴから聞いていた情報の通りであれば、今の一樹がムラサメと1人で闘って勝てる公算はかなり低い……過信するでも、相手を見くびるでもなく一樹は最初からそう思っていたのだ。今"風月"を出したのも、闘うためと言うよりは……逃げるため、なのである。
そう、あくまで一樹が"1人で"闘って勝てる公算は、であるが。
――まずは、アイツらに謝らなきゃな……そこから、始めなければな。"今の目標"を思えば、コイツを倒す事もまた必要不可欠なんだからな。
「己を倒さなけりャァ、お前の未来なんざねェゼェ!?」
一樹の脳裏に、昨晩の記憶が蘇る。
サンゴとケンカ別れをして、ふと写真立てが目に入り……過去の写真を、覗き込んだときのことだ。
いや、正確には……その時、頭痛を起こした"原因"の方であるが。
――今度こそ、"お前"を置いてどこかに行ったりするもんか……。
「……今も、どこかで泣いてるんだろ?……」
「アァン?」
「なんでもねぇ、独り言だ」
"風月"を強く握り込み、戦いの姿勢を作り出す。
逃げることを目的としているとは言え、このムラサメから逃げるためにはまず自分が持てる力を最大限ぶつけなければままならない。後ろを向いて逃げる片手間で勝てる相手でないことは明らかなのだから。
「挑ませろよ、獣ッ! 俺は、人間を取り返すっ!!」
自分自身に渇を入れるかのように、一樹は言葉を返す。
降りゆく雨は、未だに止むことを知らない。




