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名もなき物語  作者: 白カギ
《衝突の物語》
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Part.38 傲慢

「どうしタァ? なにか思う所でもあったのカァ?」

「あったが……いや、それについてとやかく考えるのは後回しにする」


 音和がどうして自分を誑かすようなマネをしたのか? 真実を知らない一樹は当然のことながらまったく分からない。それは後から直接問い詰めれば良い。


 それこそ、ここを無事に突破してから、の話であるが。


 ――そう、"あの男"にせよ、喜多村にせよ、今の問題はコイツだろ?


 様々な事に裏切られてのショックをまったく覚えていない訳ではない。今すぐにでもなにかに当たり散らしたいと言う思いがあるが、そんな負の感情すべてを打ち消す程に目の前の男は危険を纏っているのだから。


 肉食獣の如き獰猛な気配。何度か魔獣と戦闘をした経験はある一樹だが、今まで相対したすべての獣が草食獣に思えてくるくらいに、この男からは野生の殺気が溢れかえっているのだ。はだけた服の胸元に見えるのは鮫の牙とも滾々と降りしきる豪雨とも思わせる青色の紋様。野性味溢れる相貌の男と、その右手に握られた柄に滴る真新しい鮮血。笑いの表情を作るその口から除く牙を思わせる鋭い歯……人間でなく、魔人であることを差し引いても同じ"ヒト"だとは到底思えない。


 ――ケパロスの方がまだ人間らしい……コイツが、脱獄囚共のボスであり、


 サンゴから聞いた情報が一樹の脳内を駆け巡る。

 "狂乱索餌(きょうらんさくじ)"ムラサメ……今回の脱獄騒動の首謀者の名前だが、しかし魔界で二つ名が付けられると言う事実はサンゴに曰くかなり特別なことであるらしい。歴史に名を残す異形を成し遂げた人物であれば、善悪問わずに与えられるそうだがそれは死後の話。生きている間に二つ名を付けられる人物はとても限られた人物であり、ではどういう人物なのかと言えば……


「で、"元"魔王様が俺になんの用だ?」


 "魔王"の称号を得た魔人である。


 魔界の政治体制は"魔統帥"と呼ばれる為政者が頂点に立ち、各地域の統治は"魔王"に委ねられている。人間界で言う合衆国制と似たような物だ。魔界を統べる頂点の呼称として人間道では知られている"魔王"だが、その意味を持つのは"魔統帥"の方であり、"魔王"は複数いるのが実態であるらしい。

 だが、"魔王"と言う言葉から連想される強大な力を持つ、と言うイメージはそのまま当てはまる。才能を重んじる魔界において、一地域とは言えその権力を司る"魔王"は言うまでもなくその地域のトップの実力者なのだ。

 その"魔王"の身でありながら、"魔統帥"相手にクーデターを起こし、投獄された人物……それがこの"狂乱索餌"ことムラサメなのである。


「なんの用もなにもヨォ、己のやったこと知ってリャ、なんとなく察しは付くんじゃネェカァ?」


 刈り上げられた髪をバリバリと掻きながらムラサメは言葉を返す。言葉尻は徐々に上がっており、出会い頭に浮かべていた退屈さはどこへやら。待ちに待った獲物が目の前に現れた喜びに爛々と目を輝かせて一樹へと向けている。腹の底から声を上げて笑うのを噛み殺しているのか口の端は徐々に上がり、剥き出しになった長い犬歯がチラリと覗く。肉食獣さながらの威圧感を草食獣(いつき)に振りまくムラサメはどこか無邪気さを醸し出しているが、しかし微笑ましい類のものでは断じてない。


「聞いたぜェ? ヴァンの野郎をぶっ潰したのはお前なんだよナァ?」

「……」

「黙っててもウラは取れてラァ。あのクソ以下のクソ野郎は己も初対面だったが……しかし、それでも強者の匂いがプンプンしててなァ?」

「初対面、だったのか?」


 ムラサメが"魔王"の座にいた際、"補佐官"という役職にいたセキラもまたムラサメと同等の罪で投獄されていた魔人であった。元々親しい間柄にあった彼らが共に脱獄をした以上、ヴァンもまた彼らの関係者だったと思っていたのだが……思えば、サンゴもヴァンの事は一切知らなかった様子である。その事に一樹は探りを入れるが、しかしムラサメは「アァン?」と不機嫌そうに眉をひそめる。


「どうでも良いだろんなこたァ。ほとぼりが冷めたら手合わせ願おうかと思っていたが、アイツは捕まっちまいやがった……しかし、そのヴァンを戦闘不能に追いやった原因であるお前に興味がいったっつーわけヨォ!」

「それでなんだ? ヴァンを倒した俺とお前は闘いたいと……そう言いたいわけか? とんだ買い被りだな。そもそも、俺はアイツを倒したわけじゃ……」

「アァン? トドメは確かにお前じゃなくてサンゴっつーガキだろ? んぐレェ知ってラァ。己が言ってるのはお前の素質だヨォ!」

「素質?」


 ムラサメが言うとおり、ヴァンを仕留めたのはサンゴの"軌槍(トラック)"であり、一樹ではない。論点をずらせないものかと思っていた一樹は、しかし思いがけない切り返しに面食らってしまう。


「あぁ、素質だ。膂力やら魔力やら、己から言わせればまだまだ甘いところはあるが、お前には非情な判断力がある! 仲間すら手段と切り捨てられる自分主体の非情な執着心は間違いなく、強者の素質だゼェ!?」

「非情……だと?」


 手にした探知機を握りしめながら一樹はムラサメの方を見遣る。無邪気な子供のように楽しさの表情を露わにむき出すその口が歪む。


「アァ!! セキラが色々調べたみてェだが、お前の異常なまでの執着心は賞賛に値するゼェ! だからこそ、ここに来ているわけだしナァッ!!」


 最後の一言が、どれだけ一樹に響いただろうか……ハンマーで頭をぶん殴られたかのような衝撃を一樹は錯覚した。


 ――コイツが獣だと……? なにを考えていたんだ俺は?


 ふっ、ふはは……と力のない笑いが一樹の腹から沸き起こる。


 ――戦闘に身を委ねて生き血をすする獣のように見える、だと……?

「話を聞いたときから思っていたんだヨォ! 己と同じ獣だとナァ!!」


 自分が決めた目標に向けて執着し、執心し……その結果、仲間と袂を分かつことすら厭わない自分の姿は、その姿となにが違うのだろうか?


 最短の手順で獲物(もくてき)に飛びかかる自分は、餌に飢える肉食獣となにが違うのだろうか? 


 ***


「騙した? なにを言ってるの?」


 六花の背後から不意に声が聞こえてくる。驚いて振り返ってみれば、サンゴを気絶させて抱え込んでいるウララの姿があったのだ。ウララは六花の方を無感情な瞳で見つめながら、淡々と言葉を紡ぐ。


「ウチ達の言葉を鵜呑みにしたのは誰だったかしら?」

「ウラちゃんの言うとおり~。あちき達は君に無理強いした覚えはないよ~?」

「確かに烏飼一樹の記憶が戻ると言うのは嘘だけど、それを信じて行動を共にしたのは貴女じゃない」

「そうそう! あちき達は悪くな~い、とまでは言わないけどさ、国柴ちゃんが悪くないってことにはならないんじゃないかな?」


 前から、後ろから聞こえてくるウララとリンの声。二つの音波が強振を繰り返しながら六花の脳内に木霊する。壊れた目覚まし時計がけたたましく鐘の音を鳴らし続けるかのように、耳障りだが決して止めることができない2人の声が何度も何度も六花の心を強く揺さぶる。


「龍穴への楔設置の協力、サンゴという不穏分子の排除、彼らの衝突を誘う要因……頼んだのは我々だけど、動いたのは貴女よね?」

「本当的なこと教えてあげるとね、一樹くんとサンゴちゃんは協力体制にあったんだよ? サンゴちゃんは一樹くんの邪魔をしていたんじゃなくて、彼の問題解決の大切な手段的なものだったのに……それを、他でもない国柴ちゃんが壊しちゃったんだよね?」

「うる、さい……黙れ」


 頭を押さえている六花にリンの顔など目に入らない。

 だが、リンが笑ったかのような錯覚を受ける言葉を彼女は放つ。


「ようやく見えた頼りの綱をここまでボロボロに切り裂かれて一樹くんは君をどう思うんだろうね~?」

「黙れぇぇぇええっっっ!!!!」


 雷を思わせる強い怒号が轟く。

 のどから血を吐き出さんほどの勢いで放たれたその声は……しかし、徐々に別の音へと変わっていく。

 顔を押さえてしゃがみ込む六花の真横を、サンゴを抱えたウララはゆっくりと歩いて行く。


「……なんだかんだで長い付き合いだけど、貴女がそんな風に泣きわめくなんて意外ね」


 ウララの言葉通り、氷の仮面を思わせるようなすまし顔などもはや原形を留めていない。現実を受け入れたくないと、すべてを拒絶する子どものように彼女はただ泣き続けている。


 自分がやってきた事、一樹のためだと思ってやっていたこと……

 そのすべてが、一樹とは真逆の事だと知ってしまったのだ。


 彼女にとってのすべてである一樹の臨まぬ事を、彼女はやってしまったのだ。


 せめてもの思いからか、六花は去っていくウララへと手を伸ばす。ワンピースの裾を掴むと、彼女は振り返る。

 その瞳に浮かぶ無感情が、どこか笑っている気がする。

 泣きはらして真っ赤に染まった目でウララを見ながら、嗚咽にかすれた声を震わせて六花は嘆願した。


「やめろ……そいつは、一樹の……」

「聞いてたわ。一樹に纏う"虫"だったわね。だったら、いらないでしょ、お邪魔虫さん?」

 ――お邪魔、虫……


 その言葉に、六花は笑いが漏れてしまう。

 散々サンゴを貶すために漏らしていたその言葉が、自分の心へと突き刺さる。


 ――"虫"……そうだ、私は、"虫"……


 いや、それだけではない……虫と自分が単語を放つことで、自分がその過去を克服できていたような錯覚を受けていたのだ。その錯覚から冷めて、六花は現実へと……いや、過去へと引き戻されてしまう。


 その思いが、きっと六花に笑いをもたらしたのだろう。自棄を含み、やけになったからこそ腹から込み上げてくるようなどうしようもない気持ち。宿敵二人(リンとウララ)の前でありながら、彼女は子どものように感情を表にさらけ出す。泣いたり笑ったり、狂人のような姿を見せることにもはや彼女はなんの恥じらいも持っていない。


「あははははっ、道理だな!! ……ウララ……そいつを、どうするつもりだ?」

「邪魔だから確保するだけだけど……そうね、魔人の少女だから、色々使い道はあるでしょうね。気持ち悪いおっさんの慰み物にすれば、そこそこ稼げそうだし、後は、」


 ウララは一瞬だけ逡巡する。


「かつての貴女のような実験動物にするとか、どうかしら?」

「実験動物、か……あははっ、それは良いな」


 笑いながら、しかし六花の瞼からは涙が溢れてくる。

 涙を流しながらも、彼女は声高らかに笑い続ける。


「あははははっ!! そうだ、私は誰からも愛されない"虫"だったんだっ……」


 ――人を求めて近づいても、叩き殺されるだけの虫、だったんだっ!!


 全身を濡らしながら、彼女はただ声高らかに笑い続ける。

 気付けば、リンとウララ、そしてサンゴの姿は消え失せ、笑いながらも涙を流し続ける六花の姿があるだけだった。

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