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名もなき物語  作者: 白カギ
《衝突の物語》
58/85

Part.37 傀儡

「お待ちしていました」


 いつもであれば人が賑わう光景しか見たことのない駅前の広場。憩いの場となっている噴水やベンチで休む人も多いが、"狭界"により人がいなくなった今では当然のことながら人の姿などない。

 否、そこには1人の男が立っていた。茶色の髪を肩まで伸ばし、黒いローブに身を包んだその男の様相は現代日本では非常に目立つ姿をしている。つり上げられた細い眉毛が似合う彫りの深い顔つきも日本人離れをしているが……そもそも、この男は日本人どころか"人間"ではないことを七曜は知っている。


「一応聞いておくけど、君がセキラかい?」

「そうですよ、後藤七曜さん。これが何よりの証明じゃないですか?」


 そう言ってセキラは右手を掲げる。手の甲についた稲妻のような痣がくっきりと見える。長い間潜伏していた賜物なのか、サンゴはおろかヴァンとも比べものにならないほどに痣は濃く表れており……その魔力の量に不備はないと言うことを言外に伝えているのだった。


「約束通り、美味しいお茶菓子を用意しておきましたよ、クックック……」

「ご丁寧にありがとう……それじゃあ僕の、」


 七曜は即座に走り出す。右の手に"鉄線"を巻き付け、グローブ状にしながらセキラへと殴りかかる。既に体内に仕組んでいた炎を燃やしての爆発的な加速で七曜は一瞬のうちにセキラへと距離を詰め、


「土産でも受け取れよぉ!!」

「おっと、これまた手厚いですね?」


 セキラの顔面目がけてその拳を振るう。右の手の中には炎を燃やし、魔力を用いて筋力を倍増している拳。セキラから味わった辛酸、一樹とのケンカ、大事な人と日常を奪われたと言う事実が、その拳に強い怒りを込める。ボクサー顔負けの早さで繰り出される正拳突きが頬をえぐり取る瞬間、セキラは左の手を突き出した。


「ぐっ!?」

「ぐぉおっ!?」


 鈍い殴打の音の直後、2つの呻き声が上がる。1つは言うまでもなくセキラだ。押さえきれなかった拳への痛みに呻いた声であった。


 ――これは……釘!?


 もう1つの声は殴りかかった主である七曜だ……拳がセキラの手のひらにふれた瞬間、鋭い痛みが指を襲ったのである。鉄線をグローブ代わりにしていたのが功を成したが、その手を見れば釘の先端が自身の指に突き刺さっている。グローブで防がれてひしゃげてはいるからこそこの程度の傷で済んだが、七曜が素手であればその指を貫通して手のひらまで届いていたかもしれない程の長さだ。釘を引っこ抜いて捨て去り、セキラにさらなる攻撃を喰らわせようと拳を振りかざすが、


「なるほど、これは手強そうだ……ならば、俺も出し惜しみはしない」


 既にセキラは距離をとっていた。口から垂れる血を拭いながら吐き出すセキラの言葉に滲む賞賛の念は本物に違いないが、含みのある物言いは七曜の胸中に不安を過ぎらせる。

 


「出し惜しみ? 本気でくるってことかい?」

「……周りを見てみろ」


 セキラの低い声に釣られて七曜は周囲を見る。いつの間に配備したのだろうか……龍穴の守護に当てられていた行方不明の不良達が自分とセキラを囲んでいた。虚ろな目をしながら自分を囲むその姿は、パニック映画のゾンビ達を彷彿とさせる。


「へぇ、人海戦術か。で、これだけの人数で僕を止められるとでも?」


 右手を左手に叩き付けて意気込む七曜。囲まれている状況下でありながら、胸の内に秘めた気炎から放出される感情は収まることを知らない。不敵な笑みを見せつける七曜に、セキラもまた意地の悪い笑みを浮かべる。


「思ってはいたが……敵わんでしょうね。だが、ここに2人加わればどうなる?」


 今更2人増えたところでなにが変わるのか? 言葉の意味が分からず「2人?」とオウム返しをした瞬間、七曜の真横から拳が叩き込まれる。決して強いとは言えない殴打だったが、完全に不意を突かれてしまった。


「痛いな――っ!?」


 反撃の拳を叩き込もうとした瞬間、七曜はその人物を見て動きを止めてしまう。


 周りを男共に囲まれ、汗臭さすら広がるこの空間に似つかわしくないほっそりとしたシルエット。

 頭に着いたアゲハチョウの髪飾りと、暑い季節に相応しくないマフラー。ネコを思わせる大きな目をした可愛らしい顔立ちのその少女は……


「そっ、そんな……なんで、君がっ!?」

「おっと、そっちだけじゃないですよ?」


 セキラの言葉と共に、背後から強い衝撃が襲い来る。背骨付近を強く殴られたようだが、再度振り返って……七曜はその痛み以上のショックを覚えることになった。


「……ッア」


 声にならない言葉を口にしながら、ぼんやりと立ち尽くしている黒っぽい少女の姿。高身長でスタイルの良いその姿と、日焼け気味の健康的な肌を持った少女は……


「ブラックとホワイト……どちらのチョコレートがお好きですかね?」


 あくまで冷静さを保とうとしているセキラの声には、笑いを堪えようと必死な様子が見て取れる。

 そう、そこにいるブラックとホワイトの美少女(チョコレート)は……浅葱と火蓮に他ならなかった。


「浅葱ちゃんに……火蓮ちゃん? いや、待てっ!?」


 思いがけない事実に呆気にとられた七曜だが、しかし一つの矛盾に気付く。含み笑いを浮かべたままのセキラに向けて七曜はその激情を吐き出した。


「なぜ火蓮ちゃんがここにいるっ!? 彼女は、"狭界"発生の瞬間まで無事で――っ!!」

「本当にそうだと、思いますかね?」


 セキラが両の手を招くように曲げる。彼の手から見えない糸が引っ張られているように、火蓮と浅葱はセキラの元へと戻り、夢遊病の患者のようにぼんやりと力なく腕を垂らしながら立っている。


「烏飼一樹が喜多村音和から情報を掴んだのと、貴方が水山浅葱の行方不明を知ったの……これらがほぼ同時に、まるで2人の思いを分断するかのように起きることが果たして偶然だと思いますかね?」

「そ、それじゃあ……」


 ――全部敵の策略だったと言うことか!? どうして僕らが音和ちゃんと話していると向こうは分かって……いや、そもそも電話だって紛れもなく火蓮ちゃんが喋っているように聞こえた。泣かせたりできるほど精密に動かせるものなのか? 誰かが火蓮ちゃんのふりをして電話をしたと……

「おっと、シンキングタイムはその辺にしておいてください」


 セキラの言葉から自分達が完全に敵の掌中にある事に気付く。セキラを守るようにして、浅葱と火蓮は七曜との間に立ちふさがる。


「さぁ、お茶会を始めましょうか」


 ***


「おっ、オトワ……?」

「はい、その通り、喜多村音和です。昨日は病院まで運んでくれてありがとうございました」


 眼鏡をかけた大人しそうな相貌の少女、喜多村音和が自分へと笑顔を向けている。右足には包帯を巻き、マスクを付けて、真っ白な病衣を着ていると言う違いこそあるが、そこを除けば昨日出会った喜多村音和となんら大きな違いがサンゴには見受けられない……わけがない。


 彼女が、自分を、魔人を目の前にして平然と柔和な笑顔を向けていること。その一点こそ大きすぎる違いなのだ。その違いに戸惑いながら音和を凝視していると、彼女としっかりと目が合う。ビクッと怯えたサンゴだが、音和は未だに柔和な微笑みを返すばかりだ。


「どうかしましたか、サンゴさん? あたしの顔になにかついて――」

「喜多村音和……というと、"相貌の殺戮者"か。初めて見たが、魔人を目にして顔色1つ変えないのは猿芝居も良い所ではないか?」


 立ち上がりながら六花が声を張り上げる。サンゴとの戦闘で既に魔力も体力も使い果たしているにも関わらず、警戒の色を露わにした毅然とした姿にサンゴは彼女のしぶとさに驚くが、先程までの迫力からはどうしても劣っている。


「実はその感情をコントロールできる……とかじゃ、ダメですかね? 腹の中は煮えたぎってますけど後一歩の所で踏みとどまってるんですよ!」

「かもしれん……が、聡明な才媛という噂もデマだったのか? やけに説明臭くないか?」

「ちょっ、ちょっとリッカ……?」


 体中から悲鳴が聞こえるが、【アプソル】を杖代わりにしてなんとかサンゴは立ち上がる。六花は「なんだ?」と短く言葉を返し、


「アンタさっき、初めて見たって言ったわよね? 本当に……?」

「なにを聞いているのか分からんが……本当だぞ? 嘘をついても仕方がないだろ?」

「昨日の夜、オトワを倒したのはアンタじゃないの?」

「倒しただと? 昨日の夜私は街の外れの龍穴を……」


 なにかに気がついたように、六花は口をつぐむ。ハッと目を見開き、音和の方へと視線を向けながら、


「貴様、私の姿を使ってなにをした!?」

「なにをしたって……あぁ、足を打ちましたね。すごく痛かったんですよ、これ!!」


 そう言って音和は自分の足を上げる。ふとももを覆い隠すように右足に巻かれた白い包帯を見せる。


「おかげでくすねたライターを自然な形でサンゴさんに渡す事ができましたから、結果オーライとしておきましょうか?」

「渡す……? なによ、アンタがあの場所にいたって言うの? じゃあ、もう1人の男の方は……」


「それはアタシですよ、転校生センパイ!」


 不意に背後から声が聞こえる。場の雰囲気を敢えて読んでいないような軽い調子の声だった。サンゴはその声にもまた聞き覚えがある。この一週間でもなんどか耳にした、よくなじみのある声で……だからこそ、サンゴは振り返ることが恐かったのだ。


「それっぽく衣装を着ながら声真似してたんです。アタシ声帯模写得意なんですよ~」


 その声は、途中から男の声へと変わっている。その声は六花と会合をしていた男の声に違いない。フランクで、フレンドリーで……だけど、その内容からはどうしても味方だとは思えなかった男の声だった。


「どうして……貴方が、ここにいるの?」

「いちゃいけませんか~、サンゴさん? 条件さえ満たせば誰でも入る事のできる"狭界"内部な訳ですし、いてもいいじゃないですか~」


 再び"彼女"の声に戻りながら話を続ける。

 こっちに来てから、時には遊んだり、時には仕事をさせてもらったり……一樹や七曜とは違うベクトルでお世話になっていた恩人の1人の声だ。その声の主があちらにいること……その事実が、サンゴの精神を蝕んでいく。


「そっ、そんな……うそ、"表"の人間だったんじゃ」

「にゃはは~、そんなこと一言も言ってませんよ~! 目論見通り、烏飼センパイと後藤センパイを――」

「声に惑わされるなっ!! その声の主はお前の知り合いじゃないっ!!」


 背後の人物……火蓮の声として耳に入ってくるその声を、信じたくないと願って呆然としていたサンゴは、六花の言葉で我に返る。


「あれ、転校生センパイなにを言っているので――」


「耳障りな声真似と目障りな変装はいい加減にしろよ、草上っ!!」


 その一言と共に、六花は両者へと砂の弾を発射する。飛ぶ鳥を落とす勢いで放たれたその"砂の弾丸"は、雨の中でありながらほとんど形を崩すことなく音和の方へと向かっている。

 はたしてその弾丸に対して、音和は声を張り上げる。


「"解除(ディスペル)"!!」


 その声が聞こえた瞬間、"砂の弾丸"は形を崩して……はいかなかった。未だ形を変えることなく、少女の胸元へと突き進んでいるではないか。

 ただし、音和は叫び声と共に目の前に紙切れを落とす。落ちていく中で紙切れが黒色に輝き、手首が生えてくるではないか。その手の先には、文庫本サイズの小さな本が開かれている。


「なんちゃって! ウラちゃん、頼んだ!!」

「にゃはは~、言われなくてもっ!」


 火蓮の声がその紙から聞こえてくる。"砂の弾丸"が本の見開かれたページに触れて、徐々に吸い込まれていき……反対に、紙切れからは人の影が少しずつ姿を現していく。"砂の弾丸"が消え去り、本がパタンと音を立てて閉じられた頃、そこには1人の少女の姿があった。


「……で、もう良いよね? この声疲れる……」


 そこにいるのは明るい茶色の癖毛が特徴的なショートの少女。質素な白いワンピースに身を包んだ無表情な少女は、どうみても木下火蓮とはほど遠い……だが、その声色は間違いなく火蓮のそれだったのだ。火蓮の声色で話されていた言葉は、彼女が言葉を紡ぐにつれて徐々に別の声へと変わっていく。


「あちきも~! 喜多村ちゃん、おっぱいないからサラシ巻かなきゃ化けられないし辛辣的な~?」


 音和の姿をした少女が指を鳴らす。瞬きでもしたのかとサンゴは錯覚したほど一瞬のうちに、彼女の姿が変わった。眼鏡をかけた穏やかな瞳は、エメラルドグリーンの右目とマリンブルーの左目の裸眼に変わり、白を基調とした病衣は水色のミニスカートに細い足がよく見えるタイツ、そして胸元を白色のフリルで飾った黒いタキシードへと様変わりしている。マスクと包帯も消え去り、頭に乗っけた水色の小さなシルクハットを含め、マジシャンを思わせる出で立ちの少女だった。


「まったく……まだ六花さんは元気じゃない? もうちょっと待てば楽だったのに」

「でも、国柴ちゃんもうあれ気付いちゃってたじゃん? 見破られたら素直に幕を引くのがマジシャンの流儀的な?」

「出たがりなだけでしょ?」

「そうとも言う~! 実際、裏方的なのばっかりで退屈だったもん!」


「ちょっと、なんなのよアンタたちっ!!」


 不意に目の前に現れた謎の少女は……音和の姿と火蓮の声をしていた2人は、勝手に話し込んでいた。その態度が癪に障り、サンゴは言葉へと表れる。

 その言葉に、マジシャンの姿をした少女のオッドアイが向けられる。


「あちき達? あちきは(リン)で、こっちがウラちゃんこと(ウララ)ちゃん! 名字は2人とも草上だけど必要ないよね? よろしく~」


 サンゴの怒りなどどこ吹く風と言いたげに、あくまで飄々と言葉を返すリン。その態度がなおさらサンゴの癪に障る。


「よろしくって、あたしが聞きたいのはそう言うことじゃなくて!!」

「要するに、ウチ達の立場が気になるんでしょ?」


 無表情の少女が口を挟む。ウララと呼ばれたその少女は、退屈そうに欠伸を漏らし、投げやりだが的確な情報をサンゴにもたらす。


「そう言うことなら、ムラサメさん達の協力者。要するに貴方の敵よ」

「協力者? リッカだけじゃ、なかったってこと?」

「そうなるわね。まぁ、六花はあくまでウチ達が利用してただけだけど」

「利用、だとっ!?」


 ウララと呼ばれた少女の言葉に、六花が返す。食ってかからんとする勢いで怒りを露わにする六花の剣幕を見て尚、ウララは物怖じすることなく淡々と言葉を返す。


「あら、気付かなかった? 元々、貴方の役割はここでサンゴを足止めすること」

「……龍穴の守護が目的ではなく、か?」

「別にここに龍穴はないしね~。サンゴちゃんを押さえつけていてくれたおかげで、あちき達はあちき達の目的を達成できたの~」

「目的?……一樹の記憶喪失を、どうにかしてくれるというその手伝い、か?」


 えっ? とサンゴは六花の方を見遣る。その顔に浮かぶのは、普段の冷酷な無表情とは違う。本気で祈り、本気で助けを求めているか弱い少女のそれだった。

 自分の身を投げ打ってでも、願いを果たしたい。そのためにはどうすれば良いのかを神父に伺って一心に祈りを捧げる少女が見せる悲痛の面持ちだった。


 その祈りを聞いているのは、神父などではない。


「んなわけないでしょ~! "暗黒街"でもケンカばかりしてたあちきがそんな都合の良い条件を見せることに違和感覚えなよ~」


 相手を騙して、驚かせることを生業としているマジシャンだ。

 そのマジシャンの少女は、あくまれ楽しそうに言葉を続ける。


「今頃その一樹くんは始末されてる頃じゃないのかな~? ウラちゃんの目論見通り、無事2人は仲違いして単独行動的なのを開始したよ~!」

「なん……だと!? 騙したなっ!?」


 そう言って六花は大地を蹴り、ケラケラと笑うリンの方へと向かっていく。サンゴがそちらへと目線を向ければ、ウララの姿がどこにもないことに気付く。


「騙した? なにを言ってるの?」


 自分の後ろから無感動な声が聞こえてくる。声に釣られて振り返ってみれば、ウララの顔が視界に写り――


「ガッ――!」


 腹へとなにか強い衝撃が走る。何をされたのかもよく分からないまま、サンゴの意識は徐々に落ちていった。 

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