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名もなき物語  作者: 白カギ
《衝突の物語》
55/85

Part.34 意地

 体育館の固い床を蹴る2つの音が共鳴する。同時に2人が動いたのはまったくの同時であった。


 片や槍を、

 片や足を、


 同時に突き出し、互いの得物で押さえ合う。六花の蹴りを槍で受け止めた衝撃が伝わり、腕が痺れるのをサンゴは感じる。武器を振りかざされたときのような重い衝動。生身の蹴りとは思えない威力を実感して、武器を持っていないからと言って決して楽観できる相手ではないことを改めて認識する。


「このぉおっ!!」


 六花の足を振り払い、サンゴは槍を突き続ける。間髪付かずに放たれる刺突を、しかし六花は最低限の動きで躱し続ける。サンゴの刺突を正確に見極め、雨の如く降り注ぐ連撃の動きに対処しているのだ。常人離れした動体視力と集中力を見せ続ける六花を、改めて一筋縄ではいかない相手であることを悟る。


 ――いや、コイツで心配するべき事は……


 刺突を繰り出し、引っ込めて次の刺突を放つまでの四半秒にも満たないほんの一瞬。視界の端にある右手が動く。サンゴがたまたま警戒していたタイミングピッタリだったことが幸いだったとしか言いようがない……避けなければと体が判断をした直後、目を塞ぎながら、後ろへと飛び退った。


「痛っ!」


 パァンとなにかがはじける音が自分のデコの辺りから聞こえてくる。目を閉じていても顔中に広がるじゃりじゃりとした感覚……即座にそれを払いのけ、サンゴは目を開けて六花を睨み付ける。


「この程度の攻撃にかかるとは……所詮"虫"だな」


 そこには得意げに微笑みを浮かべる六花の姿が。右手に持つのは小さな円柱状のケース……デジカメの流行により昨今ほとんど見なくなり、サンゴでなくとも知識を持たない人間がいるかもしれないが、フィルムケースが握られている。名前の通り本来ならカメラのフィルムを入れるケースなのだが、今では学校の科学の実験で試料や「砂」を入れているケースという印象が強いかもしれない。


「そこで攻撃の手を緩める辺り、まだまだね。相手に攻撃を見せびらかすなんて愚の骨頂だわ」

「緩める、だと?」


 サンゴの言葉に六花は更にフィルムケースを召喚する。どれだけ"武器出しの魔術"でしまい込んでいるのかは分からないが、六花の手にはそれぞれ3つのフィルムケースが握られている。フタは既に開けられているようで、振るうと同時に砂は空中に放たれる。舞い落ちる中、砂は重力を無視しながら空中に集結していき、氷柱を思わせる先端の尖った角柱が3つできあがる。わずかな一瞬のうちにできあがった"砂の氷柱"は、サンゴの方へと矛先を向けて突っ込んできた。


「動作が単調じゃないかしらっ!?」

「単調、か」


 自分へと向かい来る"砂の氷柱"を槍で払い落とし、サンゴは六花へと突っ込む。払った槍をそのまま低く構え、六花の喉元目がけて突き出した。鋭い刺突を六花は紙一重で後ろに倒れ込むように避ける。なんの迷いもなく背中を大地に投げ出した六花だが、体よりも先に両手を床へと着ける。宙を舞う体を縮め込ませながら、先に着いた両の手を屈めたのだ。直後、バネの如く大地を押し出し、無防備になっているサンゴの腹へとつま先を叩き付ける。曲芸師の如き身軽さで見せる一瞬の妙技だった。回避をそのまま攻撃とした見事なまでのカウンター、その上内臓すべてを破壊されたと錯覚するほどの鈍重な蹴りをサンゴはもろに喰らってしまう。


「単調にかかっているクセしてなにを言う?」


 容赦など感じさせない小さな声と共に、六花は床に蹲ったサンゴの顔へと足を振るう。先程槍越しに痺れを感じさせた程の強い蹴りだ。振り抜かれよう物ならそのまま頭ごと吹き飛ばされるのではないか……その恐怖が、サンゴの体を突き動かす。横に薙がれると言う軌道故に、サンゴは咄嗟に頭を下げて、蹴りをやり過ごした。そのままクルリと床を転がりながら体勢を立て直し、六花の方を見る。しかし、その視界に入ったのは既に放たれている"砂の氷柱"。腹の痛みが未だに残る今のサンゴに避ける術などなかった。次の瞬間、肩を貫く痛みが襲いかかる。


「うぐっ!?」

 ――まっ、魔力が!?


 六花の"氷柱"の攻撃は、それで終わりではなかった。"氷柱"はサンゴに刺さると同時に砕け散り細かい"砂"へと崩れる。体内に入り込んだ部分はそのまま血液へと侵入していき、外に突き出た部分は傷口を覆い隠すかのようにサンゴの体に張り付く。体内へと侵入した"砂"はサンゴの体内にある魔力を吸収したのか、魔力が失われていく奇妙な感覚に襲われる。魔力が干からびていくような、そんな感覚が傷口を襲いサンゴは傷口を押さえるがしかしそこには砂が張り付いていて剥がすことができない。


 ――"乾燥"!? こいつの砂は、魔力を"乾燥"させるとでも言うの!?

「粋がって私に啖呵を切った割には随分とあっけないな」

「なにをっ!?」


 サンゴが魔力を"乾燥"させられている事を感じ取っているのだろう……満足そうに胸を張りながら、六花は勝ち誇ったかのような声を上げる。


「事実だろう? 近距離戦では私の蹴りを防ぐことができず、距離をとれば砂を使った攻撃で一方的に襲われる。どうした? もっと抵抗してくれても良いんだぞ、"虫"!!」


 ――……悔しいけど、事実なのよね。


 得意がって言葉を紡ぐ六花の表情には余裕が見て取れる。今ここで"砂の氷柱"を撃ち込まれ続けようものなら恐らく肉体的なダメージよりも先に魔力の"乾燥"で戦闘不能に陥る。だが、六花はそれをしようとしてこない。こうして会話を続けていれば、痛みが和らぎまともに動けるようになると言う六花からすればデメリットしかない行動をしながらも、それすら計算の内だと言いたげに彼女の演説は止まない。最も、槍のリーチの外を陣取っている辺り完全に油断しているわけでもない。


「虫虫五月蠅いわねっ!!……本当、ここまで言っておきながら負けたら最低にかっこ悪いわよ?」

「ほう? そう言う意味では、このまま負けてもお前の場合実力の差が絶対的だという言い訳ができるからな。もしやそこまで作戦の内か?」

「はぁあっ!? 誰がっ、誰に負けるっ……てっ!?」


 ――正直、このままじゃ負ける……


 六花への怒りをぶつけながらも、これだけの声を上げた程度で息は切れ荒く呼気を吐き出してしまう。六花から喰らった痛みや魔力の"乾燥"……彼我の差は彰から。今ここで怒りに身を任せて六花へとぶつかろう物なら、それこそ本当に負けてしまう。命を賭ける必要のない普段の生活であれば、負けず嫌いな思いが勝って軽はずみな行動をとってしまうサンゴだが、戦闘ともなれば話は変わる。慎重な本来の性格が強く出るのか、それとも槍を握ると母親と闘っていた時の記憶を思い返すのか……何故かはサンゴ自身も分からない。だが、この槍を握っていると彼女は冷静になれるのだった。


 ――そもそも、相性が最悪なのよっ!!


 厄介なのは"砂"を用いた魔術だ……手に持ったフィルムケースから砂を放ち、そこから"砂の氷柱"を打ち込んでくる。


 ――そうよ、アイツが魔術を使うときにはその僅かな隙ができる。そこを狙えば良いんだけど……けど。


 言うは易く行うは難し……そこを狙うにしても、六花は足による蹴りもまた脅威なのである。手の動きに気を取られていよう物ならば蹴りを繰り出すだろうし、その逆も然り……手足という独立して動かせる2つの攻撃手段を持っているだけでも強力なのに、足による蹴り技も、砂を用いた魔術もどちらも致命的な攻撃である。


 ――……あれ? そう言えばなんでコイツ自前の砂しか使わないのかしら? 使えない? いや、前は間違いなく使ってたじゃない。


 ふと気付いた疑問についてサンゴは今の状況を再び思い返す。雨が降りしきる悪天候の中、この室内で待ち構えていたこと。それは一見理に適っているが……


 ――もしかして……

「顔は愚か耳すら悪いのか……救いようがないな」

「はっ!? 美人ならなんでもやっていいとか思ってるアンタの脳内回路の方が救いないわね……っ!!」


 ――いや、だとしても……それを今の魔力で実現できるのかしら?


 ある考えに到達したサンゴであるが、ふと"それ"を躊躇ってしまう。言い訳でもなんでもないが……六花とぶつかって以来、サンゴは一度も魔力を使っていない。人間界に来た直後と比べればだいぶ回復してきた魔力だが、まだ前回にはほど遠い。そのため魔力の節約をしているのだが……その理由はこれから相手取るかもしれない2つの巨悪、ムラサメとセキラの2人と1人で闘う事を計算に入れているからだ。


「美人だなどと思ったことはないが……まぁ、この見た目のおかげで割と得をしているのは否定しない」

「そっ、そういうのは……っ!! 美人だと、思い込んでいるヤツしか、っ、できないんじゃないかしらねっ!?」


 ――イツキを怒らせたのはあたしのせい……アイツが離れていくことをあたしは一切責めないし、当然のことよね。


 打算的な考えをすると言う事はサンゴも理解できる。普段であれば目くじらを立てていることでも、戦場に立った今ならばよく実感できる……打算的な行動。サンゴの真の目的は六花ではない……ムラサメとセキラの2人を捕らえる事だ。ここで六花から逃げ出し、ムラサメとセキラを自力で捜し出すと言う行動も決して悪い手段ではない。むしろ、余計な戦闘を避けると言う意味においても最善の手段に違いない。


「要するにお前はしたくてもできない、と言う事か?」

「腹立つッ!! なによ、中身は最悪なのに……っ!!」


 言葉尻がすぼんでしまう。六花から受けたダメージと決してベストとは言えないコンディションからくる弱気に飲まれているのを感じる。


 ――逃げる、か。そりゃ、あたしだってイツキほど迷いなく打算的に動けるなら苦労しないわよ。


 六花から逃げる……彼女の攻撃手段が蹴りであることを考えれば決して難しい話ではない。"砂の氷柱"の飛距離は分からないが、恐らくそこまで広くはないはずだ。広いのであればサンゴを相手取るに当たってここまでつかず離れずの距離をわざわざ保つ必要などない。遠距離戦は決して得意としていないところであろう。それはサンゴも同じであるが、先程気付いた"ある事実"を踏まえればサンゴは逃げる算段がある。


「悪いがそれが私の性格でな……そのことで文句を言われても、私にはどうしようもできんよ」

「どうしようともしてないくせに何を偉そうに……」

「否定はしない……が、それが人だろう?」

「……そうね、それが人、ね」


 だが、サンゴは最善だからと言って、可能だからと言って撤退をする、と言う選択肢を選ぶつもりは毛頭なかったのだ。


 六花から投げかけられた一言に、彼女の闘志に再び火が付くのを感じる。


「あたしも性格を自覚してるけど、確かに直したいとは思えないわね……」

 ――そう、性格なんてどうにもならないところもあるわよね。


 沸き上がる闘志にニヤリと笑みを浮かべるサンゴに、もはや一片の迷いはなかった。


 その闘志は、脱獄囚を捉えるためだとか言う持ち前の正義感を感じさせる物ではない。

 かと言って、一樹に指摘された六花への嫉妬からくる不純な思いがあるわけでもない。


「だから、あたしはあたしなんだ……」

 ――そう、あたしはあたし。


 その闘志に当てられた六花は、初めて驚いたように顔をはっとさせる。

 サンゴの熱気に当てられて、六花の氷の仮面が少しずつ溶け始める。

 この状況にありながらも、彼女は己の信念を力強い笑顔に見せる。 


 六花ですら動揺させるような闘志の正体……それは、サンゴの強い思いだった。


 その思いだけが、彼女を突き動かす。

 強い思いを、言葉にして突き立てる。


 ――打算よりも、意地を貫きたいのよっ!!

「アンタには絶対に負けないっ!!」


 初めて会ったときから気にくわなかった相手(ヤツ)に絶対に負けたくない……誰しも抱いたことのある、負けず嫌いな思いこそが彼女を突き動かす理由なのだ。手に持った【アプソル】の大きさを半分へと変え、目の前で勢いよく旋回させ、床へと突き刺す。彼女の勢いの如く四方八方に伸びゆく魔方陣は瞬時に体育館中を覆い尽くし、


「"放出(エミッション)"っ!!」


 これほどの規模ともなれば魔力の消費も決して小さくはない。【アプソル】に籠もっている魔力すべてを解放させて、体育館の床と言う床から光の槍を生み出す。


「くっ!?」


 当然のことながら、六花は上空に逃げる他ない。サンゴが見せた笑みに戸惑っていた隙から、ほんの少しだが彼女の足を光の槍が突き通る。殺傷力よりも吸収力を取っていることもあり、六花の足にダメージを与えられたわけではない。しかし、そのわずかな時間の接触で六花の持つ多大な魔力の片鱗をサンゴの体内へと吸収することができたのだ。即座に魔力を自分に流し、自分の体に簡易ながらも治癒の魔術をかけて腹の痛みを取っ払い、自分も壁を蹴って六花へと突っ込む。


 ――跳んだわねっ!! それを狙ってたわっ!!


 蹴り、とは地上で自分の体重をかけながら相手へと足を叩き込む技である。当然のことながら、踏みしめる大地があって初めて成り立つ技なのだ。

 であれば話は早い……相手を空中へと投げ出してしまえば六花の蹴りは必然的に威力を落とすことになる。跳び蹴りなどもあるが、それとてあらかじめ蹴りのために体勢を作った上で跳ぶからできること……こうして無防備に投げ出してしまえば、その威力は決して重いものにはならない。


 ――そして、あたしの見込みが正しいなら……っ!!


 であれば、空中にいる六花が対抗する手段は"砂"に限られてしまう。しかし、六花が"砂"の魔術を放つにはインターバルが生じる……そのわずかな隙にサンゴが仕掛ければ、勝算はあるのだ。


 半分の大きさに分けていた【アプソル】を左手にも持ち、サンゴは魔力を放出。フィルムを構えている最中の六花へと突っ込み、そのまま彼女へとぶつかる。突進が目的だったわけではない。サンゴはそのまま魔力を放出し続け、体育館のガラスを突き破って未だ雨が降る室外へと飛び出したのだ。六花を下敷きにしながらサンゴはグラウンドを滑る。


「きっ、貴様っ!!」


 サンゴと共に雨の外に投げ出された六花は、上に乗りかかっているサンゴを押しのけ、即座に体育館の中へと戻ろうと立ち上がり、駆け出す。背中を強打された直後とは思えない機敏な動きだったが、しかし案の定自分の事など放っておいて体育館に向かおうとしているではないか……ここぞとばかりに、サンゴは【アプソル】を横一文字に振り払う。


「"軌槍(トラック)"!!」


 槍の通った軌道が一点に集中し、そこから六花目がけて"光の槍"が向けられるのだ。気付いた六花は手に持っていたフィルムを傾けて砂を出し、即席の盾を作り出す。しかし、雨に濡れた砂は見る見る内にそのまま地面へと落ち、かろうじて槍を防げる程の小さな盾ができるだけだった。小さな盾を貫通し、六花の肩に光の槍は食い込む。"乾燥"された魔力を"吸収"し返しながら、サンゴは六花の後ろに回り込む。


「やっぱりねっ!!」


 跳び蹴りを食らわせて、六花を引かせる。体育館を背に取る形でサンゴは立ちふさがったのだ。


「やっぱり……だと!?」

「やっぱり、水に濡れた砂は操れないようねっ!!」


 背中を蹴られた痛みに六花は咳き込みながら、サンゴを忌々しげに睨み付ける。


 先程、サンゴが抱いた疑問……何故六花はグラウンドで待っていなかったのか? と言うことだ。

 先日の戦闘で六花はそこら辺の砂を使って自分の足を封じている。自前の砂でなければ操れないわけではないはずだが、それであればなぜ砂で溢れた場所ではなく、室内で待ち伏せをしていたのか、それが分からなかったのだ。砂一つない体育館で待ち伏せをするメリットはせいぜい雨に濡れないと言う事だけだが、六花がそんなことを気にするタイプだとは思いにくいし、仮にそうだとしても本当にその程度のメリットしかない。しかし、実はその濡れないというメリットが、実は六花にとって予想外に大きな物なのではないか……そこから、彼女は雨に濡れている砂を操ることができないのではないかと言う仮定を立てたのだった。


「くっ……」


 言葉で肯定こそしない……が、先程の小さな"砂の盾"やこの態度こそ肯定の証で良いはずだ。外に雨が降っていると言うこの状況が、サンゴに味方しているのだ。


「さぁ、試合続行よ!!」


 あくまで六花の攻撃手段の1つを封じただけである。サンゴが向けるその強い視線には、未だに油断など一欠片も感じさせなかった。

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