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名もなき物語  作者: 白カギ
《衝突の物語》
52/85

Part.31 衝突

「勝手に俺を頭数に入れるんじゃねぇ……俺は行かないぞ」


 その言葉に、七曜のすべての動きが止まる。

 溢れ出る怒りの感情や、セキラへの対抗策を考える思考だけではない。下手すれば呼吸や鼓動すら止まっていたかもしれない。

 先の地震で自分と一樹の間に巨大な地割れが生まれたかのように……


 目の前にいる一樹の冷たい視線が、やけに遠く感じたのだ。


「行かない?……聞き間違い、だよね?」


 すべてが幻聴なのではないか? そんなか細い希望に縋りながら七曜は恐る恐る一樹に疑問を投げかける。


 ――聞き間違いだ……そうだ、一樹が僕らを裏切るわけが……


 答えが返ってくるまでの時間がやけに長く感じる。一樹の瞳はまっすぐこちらに向けられたまま、しかし表情をまったく変えない。


 やがてその不動の口元が、開く。


「言い間違えたのでなければ、俺はそう言ったはずだ。行かねぇよ」


 見えない拳で殴り抜かれたような気がした。

 七曜の中で燃えていた怒りの炎が、一瞬だけ静まり返り……しかし、次の瞬間に勢いを増して燃え盛る。


「どういうことだっ!? 浅葱ちゃん以上に優先すべきことが今ここにある、とでも言うのか!?」

「あるだろう? 龍穴だ」

「っ……!!」

「敵の目標を穿つこと、そうすれば必然的に水山を助けることもできる……違うか?」


 彼が言うとおり、確かにすべての龍穴を刺激されてしまっては日浪市全体に未曾有の大災害が起こりうる可能性がある。それを思えば、浅葱を救うよりも真っ先にするべき事というのにも頷ける……と、いつもの七曜ならば考えるだろう。


 だが、一度水をかけられたぐらいで七曜の内なる炎は静まらない。それどころか、油を注がれたようにより一層勢いを増して一樹へと詰め寄る。


「だけどっ!! そのとっかかりとしてセキラを第一目標にする、と言うのは決して悪い事じゃないはずだっ!!」

「なるほど悪くない……だが、俺が優先したいのはセキラじゃない。俺が優先したいのは――」


 自分が踏み出した衝撃故か、一樹の言葉を遮るように彼のポケットからなにかがヒラリと舞い落ちるのが七曜の目に止まる。落ち葉のようにゆっくりと落ちていく薄っぺらいそれが目に止まり、気になって拾う。一樹が「あっ」と手を伸ばすが、時既に遅し。写真を見た七曜は、その瞬間にすべてを把握する。


「……そうか、そう言うこと、なんだね」


 そこに写っていたのは黒いマスクを付けた吊り目の男……以前一樹が言っていた、彼の記憶を奪った人物像とほとんど一致しているように見える。


「……ちっ、」


 舌打ちは確証とみて間違いないだろう。

 写真を掴んだ手が震える。自分の火山が噴火する前の地響きのように、七曜は「そっか……そっか……」と呟きながら、一歩ずつ歩み寄り、


「ふざけるなっ!!」


 一樹の襟首を掴み壁へと叩き付ける。背中を打ち付けた痛みに、ガハッと呼気を吐きだして咳き込む一樹に向けて七曜は写真を突き付ける。


「この男と接触したい、と。龍穴なんてもっともらしい理由を並べながらも、君は結局自分の目的(きおく)のために動きたい。そう言うことか!!」


 昨日の夜にセキラと接触して答えを言い淀んだと言う事実、昨日の夜から機嫌が悪そうに、自分を拒むかのように考え事にのめり込んでいた事実、そしてこの写真……3つの事実が七曜の中で結びついたのだ。


「ゴホッ……あ、あぁ、そう言うことだ」


 咳き込んだ後に言葉を悩んでいた様子だった一樹は、事実を認める。


「お前が水山を優先したいのと同様、俺もまたこの男を優先したい……優先事項が互いに異なると、そう言うだけだろ?」

「そう言うだけなら良いさ。だけど、僕はどうしても一つ気になることがあるんだ」


 それこそ、七曜が最初に一樹を疑いだした要因に繋がり、そして何より七曜が一番腹を立てている人物へと繋がるのである。

 その人物とは……


「本当にそれだけか!? それなら僕という戦力を一緒に付けた方が得だと君なら考えるはずだ! そうしないのはセキラからの提案を受け入れようとしているから、なんじゃないのか!?」

「よく分かるな。無意味に喋らなくて助かるわ」

「ッ!?」


 自分が突き付けた言葉だったのに、どうしてだろう……。

 心のどこかで、七曜は一樹に「違う」と言って欲しかった。

 だが、一樹の口から漏れた言葉はその真逆の言葉だったのだ。


「考えてもみろ? サンゴへの義理を果たす必要性はもはやないし、アイツらに従えば身の安全は確保される。向こうの考えなんざ知らないが、協力者を疎ましく思ってるアイツらから情報ももらえ、なによりその元凶に近づける……対して、デメリットは良心の呵責ぐらいだが、そのぐらいなら別に良いさ」


 垂れている彼の目から感じる熱意は本物である。冗談であると感じさせない彼の真剣な眼差しと、そして冷めた口ぶりから決定的な言葉が放たれる。


「合理的だろ?」

「なにが合理的だっ!! 彼らをこのままのさばらせたら、どうなると思う!?」


 七曜は、昨日の工場跡地で感じたおぞましい魔力の重みを思い出す。魔力が高い自分ですらあれだけ気持ち悪かったのだ。一樹は更に辛さを覚えていただろうし、ましてや"表"の人間達など……あれが町中に配置され、日浪市全域で魔力の重みが感じられるようになれば、どうなることになるか。鬱になり、無気力になり、やがては……


「さぁ……アイツらの目的も分かんねぇ今、一概には言えないが……まぁ、そこら中の人々が魔力に耐えきれなくなるだろうな」


 そんなことは、一樹は分かっているのだ。

 分かった上で、合理的だと言っているのだ。


「……だが、記憶を取り戻せるのであれば、俺は別にそれも良いか――」


 一樹の言葉を遮るように、バシッ!と言う鈍く乾いた音が無音の病院の中に響く。


 七曜も一瞬、何をしたのかが分からなかった。間違いなく、反射的に動いていた。


 気付けば、口の端から血を垂れ流している一樹の姿が目に入る。

 気付けば、握りしめて振りかざしていた自分の拳が目に止まる。


 滅多なことでは表情を変えない一樹が、目を見開いて驚くようにこちらを見ている。それは七曜自信も同じだったが……しかし、一樹を攻め立てる激情が上回り、七曜は再び声を荒げる。


「見損なったぞ!! どうして君はいつもいつでも自分の事だけを考えているんだ!?」


 左手に力を込めて一樹を壁へと押しつける。互いの息づかいが分かる程に肉薄して一樹の瞳がいつもよりも近く見ることができる。


「それが俺だからだ……あんだよ、知らなかったのか?」

「っ!!」


 どんよりと垂れた目でありながら、その目に写る鈍い光は曇ることを知らない。確固たる意思を持っていることを裏付けている。有無を言わせぬ強い視線に間近で当てられて七曜は返す言葉が見つからなかった。


 いや、それだけだろうか……返す言葉が見つからなかったのは、それだけではない。

 一樹の事を知っているからこそ、一樹がそういう人間であることを否定できないのだった。


「俺は俺が信じた道のためならどんなことでもやる自信がある。そもそもお前らを裏切るか裏切らないかを朝からずっと考えてはいたんだぜ?」

「そっか……どうりで、余所余所しいと思ったよ。」


 否定できないからこそ、もはや話し合うことなどできないだろう。どこまでも冷静に自分の考えを言い続ける一樹の姿に、諦観が七曜の胸を締め上げる。反対に一樹の襟首を握る手が緩む。


「君の目的は、あくまで記憶を取り戻す事にしかないんだね?」

「………………あぁ。そのためならどんな道にでも俺は突き進む」

「その結果、僕らが死ぬことになろうとも……君はなんとも思わないわけだね?」


 その一言に一樹の目が一瞬だけ見開かれる。


 ほんの一瞬だったが、七曜にとってはとても長い一瞬だったように思う。


 彼の目がいつものように細められ、その口がゆっくりと開く。


 "冷静"な口ぶりをはき続けた男は……果たして、この期に及んでも"冷静"さを忘れなかった


「別に」


 奇しくもその一言は昨日の夕方に彼の口から聞いた言葉だった。

 その言葉に七曜はもう一度拳を叩き込む。口内のどこかを切ったみたいで、口の端から血を垂れ流しながらも一樹のタレ目は自分をまっすぐに見据えたままだったのだ。

 

「……何を言っても無理だし、殴ってでも止まらないみたいだね?」

「それで止まるほど、俺の執心は弱くない……後よ、散々殴られた礼に言いたいことがある。手ぇ離せよ」


 穏やかな言葉とは裏腹に、拘束を緩めた瞬間をついて一樹は七曜の拘束を振り払う。そのまま殴りかかるのではないかという剣幕だったが……はたして一樹は、自分の服の襟首を直すだけにとどまった。


「敵につくだのなんだのうるせぇけど、安っぽい正義気取ってんじゃねぇよ」

「安っぽい、だと……?」

「あぁ、安っぽいね。水山の事が心配だぁ? 水山以外で被害に遭っている人間は大勢いる。そいつらの事を特に気にもかけず、自分の知り合いが被害にあった時だけ動こうとする程度で正義漢気取るのは点でおかしいっつーことだよ。正義語るんならもっと早くから動きやがれ」

「自分の事しか考えていない人間よりは何倍もマシだと思うけど!? 確かに君の言うとおりかもしれないけど、生憎僕は君ほど目線が広くも酷くもなくってね!! 自分の見える世界をどうにかするだけで精一杯なんだよ!」

「じゃあ、何故敵の目論見を事前に察知して止めようとか考えなかった。お前の頭ならできないわけじゃないだろ!?」


 いつもであれば一樹の言葉を受け止めることはできたはずだ。

 だが、今では一樹に対する敵対心ばかりが募る。募り募った強い怒りが、そのまま溢れ出るかのように、


「そうさ、できなくはなかっただろうね!! でも僕は今の生き方が大好きだったんだ!! 文句あるかよ、僕が今の生活を味わうことを優先して!!」


 自分の境遇をよく知っている一樹だからこそ、その思いを吐き散らかしてしまう。


「お前の気持ちは分からんでもない……が、それに目が行きすぎててこの結果を引き起こしたのも事実じゃないのか!?」


 先からずっと語気を荒げている一樹の言葉に、七曜は一樹の本気の怒りを見ている。このまま言い争いを続けていたら、それこそここで一戦を交えんとする勢いで、互いに互いへの怒りが募り続けているのを感じている。


 ――なにを言っても、伝わらないみたいだな……


「そうかもね……なんとでも言えば良いさ。僕はなんとしてでも浅葱ちゃん達を助ける。君は君の目標を果たせば良いだろ!? なにも一緒に行動する必要性なんかないんだしさ!」

「ようやく気付いたか……それじゃあ、ここまでだな」

「あぁ。時間が勿体ないしね……最後に言わせてよ」


 黒い端末を持って下の階へと繋がる階段に足を運ぶ一樹の背中に七曜は声をかける。

 階段を少し下りたところで、背中を向けたまま一樹は動きを止めた。


「目標に対する執着心……僕は好きだった。だけど、そこまで自分のことしか考えてないヤツだったなんてね。今は心から軽蔑してるよ」

「んだと、この野郎ぉ!?」

「事実だろ? 違うなら言い返してみろよ!」


 セキラへと繋がる魔力を確認すべく、七曜は上の階へと繋がる階段に進みながら一樹の答えを待つ。

 ちょうど一樹の真上に足を運んだときだろうか? 一樹の声が返ってくる。


「……目標に向けて何もしてなかったヤツに返す言葉なんざねぇよ」

「答えになってないだろ!? 自分の事を言えよっ!!」

「事実だろ? 違わないはずだ」


 階段を下りていく足音が静かな病院に木霊する。

 七曜もまた、上に繋がる階段をただひたすらに駆けていった。


 真逆の道を、2人はただただ突っ走る。

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