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名もなき物語  作者: 白カギ
《邂逅の物語》
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Part.4 事の顛末

「んんっ……」


 朝の柔らかい日差しが瞼を叩く。微睡みの中、眠気を覚ます心地よい感覚に少女はうっすらと目を開ける。


「あれっ……?」


 徐々にはっきりとしていく視界に広がる風景は、荒廃した工場跡地などではない。服や本などの私物が床にちりばめられた、汚い……あえて言葉をよくすれば、生活感溢れる狭い部屋であった。


「んー……? なんで、あたしこんなところに――」


 寝起きの頭にここまで一気に情報が入ってきては、状況の把握に全くついていけない。思考がまとまらないまま、寝返りを打つと、


「きゃぁ!!」


 少女、サンゴの感覚時間としてはつい先ほどまで死闘を繰り広げていた少年、烏飼一樹の寝顔がそこにはあった。大人びた顔つきの割にはどこか幼さの残るあどけない寝顔だったが、そんな細部などどうでも良い。見知らぬ男と同じ布団で眠っていると言う大事の方がサンゴにはショックだったのだ。甲高い叫び声に、一樹は機嫌悪そうに目を開ける。


「んだよ……もうちょい寝かせろ……」

「寝かせろ、じゃないわ。この汚い部屋はどこよ!! そして、どうしてアンタがあたしと一緒の布団で寝てるわけ!?」

「順に答えるぞー」


 視界に入る光のすべてが鬱陶しいと言いたげに、顔を手で覆い隠す。どうしてここまで冷静でいられるのだろう? 未だにバクバクと脈打つ心臓を必死に押さえながらサンゴは一樹を睨み付け続ける。


「ここは俺の家のマイルーム。散らかってんのは謝る……で、お前が俺の布団で寝てる理由だが、知らん。そっちのベッドに寝かせたハズだが」


 一樹が指さした先を見る。そこには、布団がはね除けられ、シーツはずり落ちている酷い有様のベッドが鎮座していた。そう言えば、どこか背中が痛む気がしなくもない。


「寝相悪いんじゃねぇの?」

「うっ。で、でもあんたが嘘付いてる可能性だってあるじゃない! そうよ、自分は悪くないように見せかけた偽装工作をしてあたしが昏睡してる隙に……」

「そんな猟奇的な趣味ねぇし、中学生……もとい、13~15のヤツに興味ねぇし」

「失礼ね、これでも17よ!」

「同い年……それでその体かよ。じゃあ、ますます興味ねぇな」

「なんて失礼なっ! まだこれからでしょ!……って包帯!?」


 顔を紅くして自分の体を抱きしめるサンゴ。その拍子に初めてサンゴは自分の体中に包帯が巻かれている事に気がついたのだ。徐々に昨晩の事が脳裏に浮かんでくる……


 ――そうよ、あたしコイツを庇って蛇に噛まれたんだ!


 「思い出したか?」一樹の一言にサンゴはこくりと頷く。あの時は必死だったため恐怖など感じなかったのだが、今思えばとんでもない行動をしていたことに、サンゴの表情は見る見る青ざめていく。


「まぁ、確かに昏睡してる隙に服引っ剥がして治療したのは事実だな……じゃあ、お休み……」

「……そうよ、あのヘビ! あれどうなったの?」

「すぅー……」


 サンゴの質問は一樹の耳に届くことはない。揺すっても起きない所を見ると、一樹は完全に眠りに入ってしまったみたいだった。


「ねーちょっと、起きて事情を説明――」

「あっ、おは――」


 不意に背中から聞こえた爽やかな声に向けて、サンゴは振り返りながら槍を虚空から取り出し、なんのためらいもなく声の主に突き付ける。

 そこには笑顔を固めて戸惑うメガネの少年がいた。そこそこ整った優しそうな顔つきから敵意は見て取れない。しかし、同様に一樹との関連性がサンゴには分からなかった。どう見ても一樹と同じぐらいの年齢であることから親子と言う事はあり得ない。そして兄弟と言うには二人はまるで似ていない。せいぜい背丈が似通っているぐらいで共通点を探す方が困難なぐらいなのだ。いくら敵意がないとは言え、身の程が知れない少年に気を緩めるつもりはサラサラない。


「あっはは、これはまたご挨拶だね。それとも、"そっちの世界"ではそういうのが一般的なのかな?」

「……なによ、その物言い。アンタもそういうことに詳しいってわけ?」


 威嚇として、少年の首元にぶら下がっているペンダントに槍の切っ先をぶつける。炎のように縁が揺らめく金色の装飾が黒い球形部分を覆う派手だが華やかなペンダントである。キンッ、と言う甲高い金属音に、少年は一筋の冷や汗を掻きながら両の手のひらを見せる。


「ある程度は詳しいつもりだよそれで、落ち着いて話がしたいから、ちょっと槍を収めてくれないかな? これ以上近づかないし、君相手にどうこうするつもりもないからさ」

「……あんたは、何者? ここで寝てるイツキとの関係も言いなさい」


 サンゴは少年の言葉を信じて槍をしまう。だが警戒は怠っていないという証として、目の前の少年に向ける眼光は突き付けたままであった。

 槍がなくなったことに安心したのか、少年は「ありがとう」と顔を明るくする。太陽のように明るい笑顔に、サンゴは少し怯んでしまうが即座に険しい表情を浮かべ直す。よいしょ、と言いながら少年は腰を下ろす。


「聞いたとおり勝ち気な人だね。開いて間もない幼い花弁みたいなあどけない顔と、阿修羅すら裸足で逃げ出したくなるレベルの鋭い睨みってギャップがまた魅力的だよ」

「阿修羅も逃げ出すってなによ。アンタは阿修羅以上に肝が据わってるって言いたいわけ?」

「もうちょっと額面通りに受け取ってくれればいいんだけどな~。ごめんね、無駄にオーバーで」


 飄々とした態度を崩すことのない、どこか余裕のある少年だった。一樹のぶっきらぼうな態度とはまた違う、人当たりの良さは好感が持てなくはない。変な比喩さえなければ、普通に喋れる少年だとサンゴは思った。


「でも、可愛いなってのはオーバーじゃないよ? むしろまだ言葉が足りないぐらいだったり」

「……良いから名乗りなさい。どうして"人間"ってこうもペース崩してくるのかしら……」


 面と向かって恥じらいもなく褒めてくる少年に、サンゴは照れくささよりもむしろため息が出てくる。少年は柔らかな微笑を返し、ペンダントの装身具を片手で弄りながら言葉を返す。


「あはは。生憎、こういう性分なんだよ。僕は後藤七曜(ごとう しちよう)。よろしくね」

「ゴトウシチヨウ……人間って変な名前が多いのね?」

「あー、もしかして名字って分かんない?」

「知らないわ。イツキも言ってたけど、ミョウジって何よ?」

「それなら仕方がない。そう言うことなら、七曜とでも呼んでよ。そして一樹との関係だっけ? んー、なんだろうね」


 答えあぐねている七曜。その顔は答えをでっち上げようと悩んでいるのではなく、むしろどう答えるのが最適かを考えているようだった。考えがまとまったのか、七曜は短く頷く。


「友人で良いんだろうけど、正直、僕からすれば彼は恩人かな?」

「恩人……」


 見れば先ほどまでの明るさは消え、顔には憂いの色が差している。何かを思い出すように目線を動かした七曜は、サンゴの目線に気付いてすぐに表情を戻す。


「いや、基本友人でオッケーだよ! とにかく、見知らぬ者じゃないよ。なにより君達をここまで運んで、そして手当てしたのは僕なんだし。どう、もう痛みはない?」


 七曜はサンゴの体を指さす。そしてサンゴは初めて(背中を除けば)傷の痛みがどこにもないことに気付く。起きてから色々と悩まされることが多かったがために、自分のことまで気にする余裕がなかったのだ。常であれば真っ先に確認すべき事を今の今までやらなかったことに対して、サンゴは肩を落とす。彼らのペースに乗せられている自分に少しだけ嫌気が差した。


「じゃあ、イツキが誰か呼んでたけどそれはあんただったのね?」

「そうだよ。にしてもさ、バイト中だから暇だろ? って何て言う問いかけだろうね? 酷いと思わないかい?」

「まぁ、確かに。もしかしてヘビを倒したのもアンタなの?」

「いいや、僕じゃない。僕が行ったときには既にヘビは力尽きていたよ?」


 思いもがけない返答にサンゴは目を丸くする。そんな彼女に七曜は更に言葉を続けた。


「どこが首なのか今一つ分かんないけど、首もとっぽい所と本体が両断されてた。一樹がやったんだろうね。君を噛んで油断しきっているヘビに向けて特に感傷的になるでもなく、"風月(ふうげつ)"で一刀両断ってとこだと思うよ。一樹って隙見つけたら何が起きてても迷わず向かうタイプだからなー」

「"風月"?」

「一樹の持ってる刀の銘だよ。さて、じゃあそろそろ一樹を起こそうか」


 七曜の右手には真っ赤に燃え盛る火の玉。あまりにも突然に、平然と、自然な流れの中で作り出されていた火の玉にサンゴは気付くのに時間がかかってしまったが、その火の玉が魔力によって起こされた物であることを悟る。再度、槍を虚空から顕現させて、サンゴは七曜へと突き付けた。


「おっとっと?」

「その右手を下ろしなさい」


 睨みを利かせて七曜に眼光を向ける。七曜は槍から逃れるように身を引かせるが、手のひらの上では火の玉はなおも揺らめいている。


「これはまた素早い動き……でも安心して、君に何もしない、ってのは本当だから。動かないでそこにいてくれればそれで良いよ。僕は一樹に用がある」

「……起こす気があるの? それともこのまま眠らせる気があるの?」

「えっ、そりゃ決まってるじゃないか……」


 七曜は立ち上がると同時に火の玉を放つ。バスケのフリースローのように緩やかな弾道を描きながら少女の頭上を通り過ぎ、一樹の体へと落ちていく。


「しまっ――っ!?」


 サンゴは槍で火の玉をはじき返そうと身を翻すが、なぜか槍が動かない。驚いて振り返ると、穂先には幾重もの鉄線が絡みついている。その鉄線の先を見てみれば、握り込まれている七曜の左手。強い力で固定され、押せど引けど槍を動かせない。


「どういう――」

「んぐっ!?」


 つもり、と口が開く前に一樹の奇声が聞こえてサンゴは首を回す。しかし、一樹はおろか布団にすら焦げ後は見当たらなかった。何事もなかったと言われれば信じてしまえそうなぐらいになにも変わっていない。しかし、先ほどまでの会話中ですら規則正しい寝息を立てて眠っていた一樹は勢いよく起き上がる。なにかがあったことは、それこそ火を見るよりも明らかだった。


活性(おこ)す気満々だよ。おはよう、一樹」

「お、おう……眠気覚ましにしても、もっと方法ねぇのかよ」

「結局昨晩は彼女への手当しかしてなかったからね。治療も兼ねてだよ」


 何が起こったのか分からずに呆然としているサンゴを間に挟み、二人は挨拶を交わし合った。

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