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名もなき物語  作者: 白カギ
《衝突の物語》
47/85

Part.26 懐疑

 7月4日 午前10時頃 日浪市某所


「よく眠れた?」

「あぁ……ぼちぼち。誰かが電話してなけりゃ、もっと気分良く眠れたんだろうけどな」

「……しょうがないじゃん、学校ただサボるのってあんまり好きじゃないし」


 一樹を家に運び、そこから8時ぐらいまで七曜はぐっすりと眠っていたのだ。ようやく起きた一樹と共に、未だに降り続ける雨の中を病院へと歩いている。今日は金曜日であり、当然のことながら授業日に当たる。多少の風邪であればマスクをしてでも学校に行く程に学校が好きな七曜にとっては苦渋の決断だったが、しかし今回の一件を見過ごして良いレベルなど等に越えているのだ。ちなみに、先ほど仮病を告げるべく電話をした際「本当に大丈夫か!? なんなら見舞いに行こうか!?」と逆に言われたあげく、担任の先生どころか授業担当の先生からも電話をかけられる程に七曜が休むことは珍しいことなのだ。


「嘘つくのが良いことなのかよ、優等生」

「耳が痛いなぁ……なんか、今日は風当たり強いね。まだ頭痛いの?」

「……いや、そっちはおかげさまでなんとかなったよ」


 ちなみにだが一樹は先ほど八雲に頼んで電話を入れてもらっている。余計なお世話かもしれないが、彼の出席日数がどうなのか、七曜は少しばかり気がかりなのだ。日浪市に潜む"裏"の一件を調べるために一樹は度々学校を休んでいる。寝坊で遅刻するのもしょっちゅうのことであり、そのくせ成績は上の下を取る成績そこそこと言う、ある意味一番頭を悩ませる立ち位置なのだ。成績は危惧していないにしても、出席日数が足りなければ問答無用で留年であることを考えて、七曜は状況報告も兼ねて八雲に電話を頼んだのだ。

 ちなみにその八雲だが、今向かっているとのことで昼前にはつきそうだと言うことだった。


「そっか、それならよかった」

「あぁ……」


 しかし、一樹の言葉は未だに調子が出ていないのかどこかぎこちない。軽い返事をしたきり、降りしきる雨へと視線を落としてしまった。いつものように何かを言い返すわけでも、なにか話題を振るわけでもない素っ気ない反応。


 ――昨日のアレは疲れてたから、ってわけでもなさそうだね


 昨晩、一樹から手を弾かれた瞬間が頭を過ぎる。あの時に覚えたショックは幾分か和らいだものの、彼の態度がどこかよそよそしいままであるのは今でも変わりがない。


 ――この余所余所しさ……僕らを、裏切ろうとか考えてるからじゃないよね?


 自分でもどうしてここまでネガティブになっているのか分からないほどに、七曜の考えはマイナス方向に動いていく。一樹の不遜な態度に当てられて、どうにも七曜は彼への不信感を拭うことができないのだ。


 ――いや、確信がないのに一樹を疑うなんて……そもそも、本当に会ったかどうかもわかんないじゃないか!

「そう言えばさ、一樹。昨日、セキラに会わなかったかい?」


 いつもならあれこれと間接的に問い詰める方を七曜は選ぶ。だが、今はどうにも頭が上手く働かず、直接聞いてしまうのだった。

 はたして一樹はどんな反応を見せるのか……注意深く、七曜は一樹の方をじっと見る。


「……っ!……あぁ。頭が痛ぇ時に変なこと言って来たわ」


 一瞬だけ眉根を顰めたことを七曜は見逃さなかった。

 普段の無表情を一瞬だけ崩して、彼は目を見開いて驚いていた……これは、何を意味するのだろうか?


「で、それがどうかしたのか? お前もアイツにヘンな事言われた口か?」

「そうだよ。仲間に入るとかどうとかって、バカげてるよね」

「……そう、だな」


 ――なんだよ、その歯切れの悪い返事はっ!!


 思わずそう言いたくなる言葉を七曜はグッと堪えて一樹を見ながら考え始める。

 昨夜のことと……一樹と接触し、手を引くと言う提案を持ちかけたこと。その答えをすぐに出さなかったと言う言葉、そして一樹が実際にセキラと出会っていたという事実。これはセキラの話が真実味を帯びてきたと言う現れなのではないだろうか?


 ――一樹を信用したい。信用したいけど……っ!!


 一樹の事をよく知っているからこそ、七曜は彼のことを信じられないのだ。

 一樹は自分の記憶喪失のために動くことを第一にしている。セキラが持ちかけたという有益な情報とは、恐らくその記憶喪失に関わる情報のハズだ。であれば、サンゴと別れてしまった一樹にとって決して悪い話ではないはずだ。そして、一樹は打算で動く人間であり、正義に拘りなどない……普段から見せる迷いのない行動は頼もしいと思う反面、こういうときにどう動くのかが読めないと言う不安定さを両立しているのだ。


 ――一樹が龍穴を巡っていたのも、セキラから話を持ちかけられて本当かどうかを確認していただけだったとしたら? そうすれば、一樹が龍穴の場所を知っている事も、楔を見て「ここもか」とか「だったら」とか意味深な事を呟いたことも納得がいく!


 隣でぼんやりと雨を見ながら歩いている友人への疑いが強くなっていることに自分でも驚く。

 だが、ここまでいくつもの状況が重なってしまえば、どうしても七曜はそう思わざるを得ないのだ。


「一樹、本当に大丈夫? 具合悪いとかない?」

「ないっつてるだろ……ちょっと色々考えているだけだ」

「考えてる? 昨日見た楔のこととか?」

「それもあるが……まぁ、良い」


 何かを言いたそうにして一樹は再度口をつぐむ。


 ――考えている? まさかとは思うけど……


「一樹? もしかして昨晩のセキラとのことじゃ……?」

「…………」


 黙りを決めてしまった一樹。なにやら深刻そうな顔をして悩んでいる様子で、こうなってしまっては人の話し声など入ってこない。時折見せる集中力には並外れたところがある反面、周りのことがより一層見えなくなってしまうのだ……。


 ――……一樹、まさかね?


 真剣な友人の横顔を眺めながら、七曜の胸中は不安が渦巻く。サンゴとのケンカもあり、一樹が脱獄囚達の逮捕に協力する義理立てなど既にない。まさか、本当に脱獄囚側についてしまうのではなかろうか? その場合、一樹という貴重な戦力が減ってしまうどころか、最悪敵についてしまう可能性もある。そうなってしまってはもはや七曜にはどうすることもできない……脱獄囚の二人に加えて謎の協力者、そこに一樹が加わってしまえば自分とサンゴで1人頭最低二人は相手取らなければならなくなってしまうのだ。


(……となると優先すべきはサンゴよりも……)

「っ!?」

「……ん? なんか言ったか?」


 はっきりと聞き取れたわけではなかった。しかし、確実に一樹の口から聞こえた言葉は不穏な空気を纏っていて……より一層、七曜の不安をかき立ててしまう。


「いや、なにも……」

「そうか……とりあえず、喜多村に会おうぜ」 

「そう、だね……」


 ――ダメだ、もう分からない……


 会話もなく、ただ二人の間に流れる音は雨が降り注ぐ音だけである。


 ***


 ――急に七曜が黙っちまった……まぁ、俺の態度にも問題があるよな。


 病院に入り、音和の病室へと案内する七曜の背中を眺めながら一樹はただ黙って着いていく。


 ――俺自身、色々考えをまとめられてないんだよな……つったく、こんだけ立て続けに色々起これば流石に俺も混乱するわ。まぁ良い……俺の見立てでは、恐らくそこまで時間がないはずだ。


 冷静な状況分析の力は間違いなくケパロス譲りであり、彼もまたケパロスと同様脱獄囚が近々攻め寄せてくることは読めている。


 ――そろそろ、答えを出さなきゃいけない。


 「ここだよ」と七曜は立ち止まって病室の扉をノックする。一樹は「おう」と短くおざなりに返事を呟きながら、垂れて睨み付けているように見られがちな瞳はじっと七曜を見つめている。


 ――最悪七曜を、サンゴを"裏切ること"になろうとも、俺はどう動くか……


 いや、この場に限っては……間違いなく、一樹は七曜を睨み付けていた。

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