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名もなき物語  作者: 白カギ
《衝突の物語》
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Part.24 龍穴

 7月4日 1時頃 日浪市某所


 一樹が倒した直後、蛇は自然消滅するかのように霧散していった。どこかへと逃げたのではないかと一樹は訝しんでいたが、七曜はその魔力が完全に尽きていることが目に見えている。その事を伝えると一樹は「そうか」と短く呟き工場跡地へと向かっていったのだ。彼もまた同じ方向に向かっていることに七曜は驚きながらも追いかけ、2人並んで跡地へと向かう。


「一樹も工場跡地(あそこ)に行くの? またまたどうして?」

「ちょっと確かめたいことが……ってぇ……」


 途中で言葉を遮り、一樹は頭を押さえる。軽い物なのかと思っていたが、しかし一樹は蹲っているではないか。


「一樹!?」


 七曜も足を止めてしゃがみ込んで様子を見る。一樹は険しく顔をしかめ、忌々しげに頭痛を堪えていた。4年ほどの長い付き合いだが、一樹がここまで頭痛に苛まれているのは初めて見る。見慣れない友人の急変に七曜も驚いていた。


「大丈夫!? 薬か何か飲むかい!?」

「いや、心配するな……あんまり良いとは言えねぇが、大丈夫だ」


 強がって立とうとする一樹だが、しかしその足取りはおぼつかない。頭を押さえ込んだまま、左手に持った傘を杖代わりにしながら立つ姿はとても大丈夫そうには見えない。彼が強がるのはいつもの事だが、今回ばかりは見過ごすわけにはいかない。一樹の肩に手を置き、もう片方の手に……正確には人差し指の先に小さな火を灯す。


「よければツボを刺激しようか?」


 魔力のツボを刺激すれば、痛みを和らげることができる。時折七曜も生活の難所をこれで乗り切っていることもある程には使い慣れた魔術だ。体にかかる肉体的な負担を除けば副作用はほとんどない方法であり、少しでも和らげることができるなら……という親切心から出したのだが、


 次の瞬間バチンっ!! と言う威勢の良い音が鳴り響く。


「ふざけるなっ!!」


 七曜にも何が起きたのか分からなかった。

 怒号が耳に入り、頭上から冷たい雨が降り注ぎ、右手に鈍い痛みが走り……


「はぁ、はぁ……やってみろ、ぶっ殺すぞ!?」


 荒い息を吐きながら鋭い眼光を煌めかせる一樹の姿が目に止まる。


 なんてことはない……一樹が自分の右手を振り払ったと言う事象にすればただそれだけのこと。


「いつ、き……?」


 それでも、七曜からすれば何が起こったのか把握するまでに時間がかかってしまった。

 頭が無意識のうちに受け入れることを拒否していたのだった。


 ――……なん、で?


 雨に濡れながらも、七曜は一樹の放つ殺気に動くことも、考えをまとめることもできない。普段であれば、絶対に口にしない罵声を吐き、鬼気迫る表情を見せる彼の姿に、七曜は頭を鈍器でぶん殴られたような錯覚を受けたのだ。


 目の前にいる一樹の姿が微かに揺らめく。


 ――どう、して?


 雨のせいだと、七曜は信じたかった。


 ――どうして僕の手を、払いのけるんだい?


 きっとそうだと、七曜は強く願った。

 目の前にいる一樹が、急に潤んで見えるようになったのは、雨のせいなんだと。


 そうじゃなければ、どうして自分は泣いているんだろうか、と……。


 ――もしかして……君は、セキラに……

「はぁ、はぁ……はぁ、すまねぇ!! 今のは、マジ言い過ぎた」


 雨音を突き破るかのように、先程にも負けない大声を一樹は張り上げる。勢いよく下げられた頭からも、その姿は心から謝っている姿に違いない。


「……本当に、ごめん」

 ――いや、違うはずだ……。


 傘を拾い、自分へと突き付けながら一樹は謝罪の言葉を入れ続けている。下手な言い訳をしない所もまた不器用な彼らしい。心からの言葉と受け取って相違ない。


 ――一樹が、向こうにつくわけが……ない。

「いっ、いや、僕も、無神経で、ゴメンね……」


 喉の奥に沸き起こる痛みも、錯覚だと七曜は思いたかった。

 目の前の一樹との間に、壁があるわけないと思いたかった。


「お前が謝らなくても良いだろ……本当、大丈夫だから、気にするなよ」


 何を喋るでもなく、跡地へと足を運んでいく。2人の間には傘や地面を叩く雨の音が聞こえるだけだった。ふと隣を見た七曜は苦しそうに頭を押さえ込む一樹の姿が目に入るが……声をかけようとは思えなかった。そうこうしている内に、2人は件の跡地へと辿り着く。


「着いたね……」

「あぁ……しかし、ここはこんなにも……」


 そこにある建物にはなんら変化はない。先週と同じように鎮座しているだけである。

 しかし、ここが本当に自分達にとって因縁深いあの場所なのだとは信じられなかったのだ。


「不気味だったか?」

「うん……僕も、そう思う」


 一樹との確執も気になる所ではあるが……しかし、それ以上に七曜は目の前の建物に釘付けとなっている。


 溢れんばかりの魔力が溜まるこの場所は、一言で言えば気持ち悪い空間だった。溜まった魔力に当てられる度に強烈な吐き気と嫌悪感が沸き上がる。壁が剥がされ、窓ガラスが割れたその巨大な壮観は幽鬼が住処にしていそうな場所にしか見えない。加えて降りしきる雨と時間帯により周りは真っ暗……今すぐにでも逃げ出したい衝動に襲われて足が震えてしまう。


 魔眼を通して見るまでもない、明らかに異質な空間が目の前にある。


「できりゃ入りたくねぇなぁ……引き返すか?」


 躊躇う時間が勿体ないと考えているのか、並大抵の事では動じない一樹ですらこの反応である。見れば、一樹の体もどこか震えているではないか……濃すぎる魔力への拒否反応に七曜は同意の言葉を返したくなるが……しかし、そうも言っていられないだろう。


「あは、あはは……また笑えない冗談を。君がそんなこと言うなんてよっぽどだよね?」

「割と本気だが……しかし、ここまで来て帰りたくないのもまた事実、だよな?」

「……うん。行こう、か」

「おう、よ」


 引き返す、と言う選択肢を無理矢理消し去り、2人は共に足を踏み入れる。


 塀から門までの間を2人は全力で駆け抜ける。少しでもこの瘴気に触れていたくない思いから、2人はただ走る。


「さっさと中に入るぞ!!」

「うん!!」


 僅かな距離しか走っていないにも関わらず、心臓はバクバクと大きく鼓動し、体中からは嫌な汗が流れているのを七曜は感じていた。


 扉に辿り着いた瞬間、2人は重い扉に手をかけて一斉に引っ張る。

 その瞬間……


「なにこれっ!?」


 視界に飛び込んできた物に七曜は大声を上げる。


 先の蛇のような異形の物が跋扈していた……というわけではない。

 脱獄囚達に代表される異界の者が蔓延っていた……わけでもない。


 ある一点を除けば、この空間には何一つとして異変は起きていなかった。先週一樹がサンゴやヴァンと闘った時と大きく変わらない、だだっ広い空間が広がっているだけだ。

 では、その一点とはなんなのか……それは、空間の中心に、細長い柱が突き刺さっていると言う事である。


 ――そりゃ、事象としてはただあれが突き刺さってるだけなんだろうけど……


 柱、というには少し語弊があるかもしれない。平べったい形をしており、地面を割って突き刺さるかのように直立しているその姿はある工具道具を思い起こさせる。通常、木を割るために突き立てる用途で用いられる楔だ。巨人がこの地を割ろうとしたかのように、地中の奥深くへと突き刺さっている。


 ――それ自体が異変って見方もできなくはないけど、ただそれだけならまだ良いんだよ……問題は、


 ……異変と称するには大げさかもしれない。ほんの僅かな違いに見えるのも無理はないだろう。なにも言わずにただ楔を凝視していた七曜の真意に気付いたのか、一樹が声を出す。


「……なにか見えてるんだな?」

「うん……ここの異質な雰囲気、あの楔が原因っぽいよ」

「そうか……」


 あくまで、普通の人間には、だが。

 その楔こそがすべての異変の元になっている事を捉えている七曜には、巨大な異変にしか見えなかったのだった。


 魔力はこの楔へと集まってきており、それを通して下の大地へと流れ込んでいく様子が七曜には見える。しかし、魔力の流れをよく見てみれば、その大地から出ている魔力も存在する。光合成を行って酸素を放出している植物が、実際は呼吸をして酸素を吸収しているかのように、放出する魔力と吸収する魔力がそれぞれ別に存在している。とは言え、光合成のそれと違い、放出している量よりも吸収している量の方が目測では多い。


 ――大地に吸い込まれてる理由こそ分かんないとは言え、大気中の魔力がここに集中してるから魔力が溜まっているように見えるわけだね……しかし、ただ魔力を地面に注ぐんだったら、どうしてわざわざこの場所を選んだんだ? だって、ここは……

「ここの龍穴(りゅうけつ)もか……」

「えっ?」


 自分の考えを先読みするかのようなタイミングで、一樹の口から漏れた意外な言葉に七曜は驚く。


 龍穴……"表"の世界でも知られる言葉で、風水にまつわる単語だ。地中を流れる大地のエネルギーのルートのことを龍脈と言い、その龍脈上にある「エネルギーが溜まりやすい地形」の事を龍穴という。俗に言うパワースポットであり、足を運ぶことで運気を高めたりすることができると言われている。ピラミッドや高名な神社が有名であろう。

 にわかには信じがたい話ではあるが、しかし"裏"の世界でこの龍穴は「地球が魔力を放出している場所」であることが分かっている。そのため"魔物狩り"を代表とする"裏"の組織の本部もまた巨大な龍穴の上に立てているのだ。ここ日浪市にも小さいながらも龍穴がいくつかあるため、一樹の言葉は決しておかしいことを言ってなどいない。


 ――一樹が龍穴のことを知っていることもビックリだけど……いや、それだけじゃない。


 魔術の知識に疎い一樹が龍穴のことを知っているのも驚きだが……七曜の驚きはそれだけではない。


 ――今、「ここの龍穴も」って言ったかい!?


 龍穴が複数あることがおかしい、と言う意味ではない。

 パワースポットの龍穴が巨大であるため勘違いされがちだが、小さな龍穴は世界中に点在しているし、小さな龍穴でも多くの魔力を放出している。現に日浪市にも10個前後の小さな龍穴が至る所に散らばっている。


 ――他の龍穴の場所を、一樹は知ってるってことなのか!?


 今まで一樹は龍穴の場所を歩き回っていたと言う事なのだろうか? そう考えるのが妥当だと七曜は思うが、しかし同時に疑問が沸く。

 どうして一樹は龍穴の場所を知っているのだろうか? 知識も魔眼も持たない人間が闇雲に探して龍穴を見つけられるわけではない。いや、仮に知っていたとしても、龍穴を指標にして動こうと一樹が考える理由が分からないのだ。知らずにたまたま見つけられたとした場合、一樹がこの場所……工場跡地に足を運ぶ理由がなくなってしまう。あるか分からない龍穴を探すためだけにわざわざここまで来るものだろうか?


「一樹!?」

「……」


 直接問い質そうと声を荒げた七曜などまるで眼中にないように一樹は考え込んでいる

 顎に手をやっている一樹の姿は彼が考えている時の構えだ……考えを必死にまとめるとき、彼はよくこのポーズを見せる。そして、この時大体彼は周りからの声が耳に入らなくなる……。


「やっぱり、そうなのか……だったら、」

 ――「やっぱり」!? 「だったら」!?……どういう意味だ?

「……うぐっ!?」


 どこから話を聞こうか悩んでいる七曜だが、突如一樹は頭を抑えて倒れ込む。貧血のようにクラリと倒れ込んだ一樹に七曜は慌てて駆け込む。


「一樹!? 大、丈夫?」

「悪い……急に気分が……」

「気分……もしかして、魔力かい?」

「かもしれねぇ……吐き気が、する」


 その姿が演技だとは思えない……両手で頭を押さえる一樹の姿は本当に具合が悪そうだった。高密度の魔力に当てられれば、気分が悪くなるのも無理はない。元々頭が痛かったのであればなおさらであろう。


「君の家まで送った方が良いかな?」

「いや……お前の家で、頼むわ」


 ちなみにだが、一樹の家と七曜の家はここからだとそこまで距離に差がない。僅差で七曜の方が近いと言うレベルであり、先週ここでサンゴと一樹が出会った時に七曜の家ではなく一樹の家に向かったのは、七曜の部屋……安いアパートが3人入るには厳しいスペースしかなかったからである。ワンルームを借りているだけの七曜の部屋に男2人が入るのはともかく、昏睡している女子を入れて密着した空間で3人が眠るというのは流石に一樹も戸惑ったのだ。


「でも、大丈夫? サンゴちゃん帰ってくるんじゃ……」

「知るか…………あんなヤツ、どうなろうと……」

「そんな言い方はないんじゃ――」

「うぐぐっ!?」


 七曜の叱責が届く前に一樹が呻き声を上げる。深刻な頭痛であることが痛いほどに伝わってきて、七曜は言葉を引っ込めてしまう。


「本当、気分が悪いんだ……後から、なんでも聞く。今は、頼むから……」

「あるにはあるけど……分かった、とりあえず行こう。肩を貸そうか?」

「悪い、ちょっと頼むわ……」


 ――分からない……一樹、君は一体、どうしちゃったんだい?


 肩を借りて歩く一樹の姿を横目に見ながら、七曜の心には懐疑の心が大きくなっていく。この恩人(いつき)は何を考えているのか、皆目見当がつかないのだ。


 ――いや、僕も疲れてるんだ……今は、帰ることだけを……考えよう。


 六花との出会い、一樹とサンゴのケンカ、バイト、音和への緊急手当、セキラとの会話、蛇との対決、そして一樹の謎の行動……今日一日で起きた事に心身ともに疲れ果てている。すぐにでも帰って眠りたいと七曜もまた思っている。


 一樹を抱えながら七曜は工場跡地を後にする。

 禍々しい気配を放つ工場跡地を振り返ることなく、七曜はただ歩き続けた。

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