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名もなき物語  作者: 白カギ
《衝突の物語》
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Part.23 真実

「ええっ!? あああっ、アンタケパロスよね!? なっ、なんで喋ってるのっ!?」

『その反応、一樹は我の秘密を漏らしていないようだな。感心感心……だが、まさか我の失敗ですべてが台無しになるとはな! 20年近く、よく隠し通せたと褒めるべきか? 褒めておくか。偉いぞ我!』


 自分の足下でブツブツと独り言つケパロスを見て、サンゴは驚きを禁じ得ない。言いたいことが浮かんでは言葉にできずに消え、浮かんでは消え……を幾度か繰り返した後、ようやくサンゴは思いを言葉にする。


「ああっ、アンタ、何者なの……?」

『ご存じ、一樹の家に住まうただの犬、ケパロスだ。何故喋るのかと言う事だが、お前さんなら心当たりぐらいあるのではないか?』

「心、当たり……?」


 犬の感情などサンゴはまったく分からない。分からないはずだが、目の前で喋るこの犬は確かにサンゴを試すかのように意地悪そうな目を向けている。人を思い起こさせる表情を浮かべる妙な犬だった。その犬の隣に座り込み、サンゴは頭を働かせ……「あっ、」と声を上げる。


「もしかして、魔獣なの?」

『その通り……先ほど、我のタグを見て名前を読めたであろう? そう言うことだ』

「タグ……そう言えばっ!!」


 ケパロスを追いかけていた時にふと思った違和感……それの正体にようやく気付いたのだ。先程、ケパロスの姿を初めて見たにも関わらず、名前を呼ぶことができた。名前が書かれたタグを見たのだから、呼ぶことは決してあり得ない事ではない。


 問題は、そのタグを"サンゴが読めた"という所にある。


魔界(あっち)の文字じゃないの!? どうして!?」

『どうしてと言われても深い意味などないが……』


 人間道の文字で書かれていてはサンゴは読むことができない。にも関わらず、サンゴはタグを見てケパロスという名前を確かに読めたのだ。実際に彼のタグを見てみれば、「ケパロス」と人間界の言語で書かれた裏面に、確かに魔界の文字で"ケパロス"と読める文字が書かれている。


『こう、オシャレだな。異文化の文字がオシャレに見えるアレだ』

「おっ、オシャレ?」

『深い意味などないと言っただろう、難しく考えるな。しかし、魔人と会うのは随分と久しぶりだな。魔界はどうだ?』


 やけに傲慢な口調で話してくる犬だった。強引に話を変えてきた彼に従い、サンゴは「そうね……」となにかあっただろうかと頭の中で思い返すも……言うほど自分が世情に通じていないことに気付く。


「どうって言われても……そこそこよ」

『そこそこと言われても……例えばアナンタ政権がどうなったかとか、ルナ嬢の動向とか……まぁ、小娘相手に言っても詮無きことか』

「小娘っ!? しっ、失礼ね! 分かるわよ、アナンタ様やルナ様のことぐらいっ!!」

『ではレディー、お聞かせ願おうかな?』


 嫌に恭しい態度と共に言葉を返してくるケパロス。その態度にサンゴはたじろぎ、目線を泳がせながら、


「……えっと、アナンタ様って言うと魔統帥様よね? 今なにをやってるんだったかしら……ルナ様は"不羈姫(ふきひめ)"の二つ名の如く……あれ、不羈ってどういう意味だっけ?」

『沿う無理するな、見苦しいぞ小娘っ!!』

「わっ、悪かったわねっ!! どうせ何も知らない小娘ですよっ!!」

『一樹と同い年ぐらいだろう? 半分も生きていない小娘からの情報など、はなから期待しとらんわ』


 ガッハッハと威勢良く笑うケパロス。魔人を知っているからこそ、この見た目でも判断できるのだろう……魔人の平均身長は人間道と比べて小さい。筋力より魔力を選択した結果からか、小柄な人間が多いのが特徴である。と言っても、実力主義の面を持つ魔界である。権力争いの中心に立つことが多い男性は魔力を用いた戦闘を繰り返してきたからかそこまで大きな差があるわけではない。反面、穏やかな性格が多い女性は、魔力頼りの生活を繰り返してきたからか昔から小さめなのである。その中でもサンゴの背丈は小さい方であり、なおかつ母親は割と女性的な体つきをしてたためなおさら引け目を感じているのだが……。


『……まぁ、そんな生娘が駆り出されていたり、日浪市に遊びに来たやんちゃ坊主共を見るに、あまり良い情勢とは言えないみたいだがな……』


 恥ずかしさから顔を真っ赤にして落ち込むサンゴの傍ら、不意に笑いを止め、トーンを落とした声でケパロスが呟く。その声が耳に入り、サンゴはケパロスへと視線を戻す。


「やんちゃ坊主って、アンタ、どこまで知ってるの!? イツキから聞いたとか?」

『いや、これでも日がな一日散歩をしているのでな。ムラサメとセキラが来たとかその程度ぐらいしか知らん……が、ヤツらのやっていることにも大体察しはつく。まぁ、見ざる聞かざる言わざるなのだが』

「ちょっと、犬の癖に何が猿よっ!! 良いから色々教えなさいっ!!」


 すぐさまサンゴはケパロスへと掴みかかる。犬を相手に首を掴んで締め上げるという乱暴ぶりだが……しかし、相手はただの犬ではない。意思疎通が取れる魔物なのである。その上、やけに意味深な口ぶりばかりでこちらをはぐらかす犬である。サンゴが腹を立ててしまうのも無理はない。


『痛い痛いっ!! だが、悪くないっ!』

「言うにこと欠いて悪くないっ!? このまま締め落とすわよっ!!」

『乱暴だが、我は決して嫌いじゃないぞっ!!』

「飼い主に似てむかつく犬ねっ!!」


 まったく、とサンゴは自分から手を離す。首を絞めても飄々とした態度を崩さない彼からこれ以上情報を聞き出すのは無理だと判断したのだ。ケパロスはゴホゴホと咳き込み、


『飼い主ではないと言っておろう……しかし、元気になったのならばそれも良い』

「元気になった?」

『そうだ……先ほど、とても沈んでいたではないか』

「あっ、あれは、その……」


 サンゴの脳裏には、一樹とケンカ別れしてしまった時のことが蘇る。まだなんの解決もできていないし、今元気になっているのは、ケパロス相手に噛みついているからであって……本質の所ではなにも解決していない。冷水を頭からぶっかけられたかのように、サンゴの頭は落ち着いていき……否、落ち込んでしまう。


『落ち込んでいる女性など見ていても楽しくない。なんなら我がゆっくりと慰めてやろうか?』

「犬の皮被ったオッサンに慰められたくなんかないわ」

『ご尤もだな。なら一樹にでも慰めてもらえ』


 くっくっくと喉を振るわせて笑うケパロス。その態度がサンゴの琴線に触れるが……同時に、一樹とのケンカを悔やんで涙が零れた後悔を思い出してしまう。せめてもの抵抗からか、ケパロスを相手に小さなぼやきを返す。


「……なによ、何があったかも知らない癖に」

『ふん……おおよそ一樹とケンカでもしたのだろう?』

「えっ……なんで、」


 知ってるのと続く言葉の前にケパロスが前足を挙げて静止する。手を出して言葉を止めさせているような、人間味溢れる動きだった。


『異界の地である人間道の公園で泣きはらしていたこと、今になって1人で帰ってきたこと、先ほど入れ違いに一樹が飛び出していったこと……などなどだ。確証には至らなかったが、十中八九そうなのであろうなと思ってな。そして……まだ仲直りもしておるまい』


 以前、七曜がケパロスの事を賢い犬だと言っていたように思う。確かに魔人で知性があれば賢いのも無理はないだろうが……それを差し引いても、ケパロスは鋭い洞察力を持っている。一件関係なさそうな状況を組み立てて推論を立てるなど、ヒトであっても容易ではない。年季を積んでいるだけはあるなとサンゴは素直に尊敬に舌を巻いていた。


「……そうよ。詳しいわね」

『ふん……だが、生憎一樹はいないぞ』

「そうみたいね……会えなくて残念なような、ホッとしてるような……ちょっと複雑だわ」


 ケパロスがお座りの姿勢でサンゴの隣に腰掛ける。なにも言わず、ただ黙っているのは話を促している証……そう思ってか思わずか、サンゴは胸の中の言葉をぽつぽつと吐き出していく。


「……どう謝ったら良いのかなぁ。謝りたいんだけど、アイツ、根に持つタイプじゃない? なんか良い手立てはないかしら?」

『手立ても何も間怠っこしい。謝りたいなら、素直に謝ってみれば良いだろう?』

「そうは言っても……でもっ! またアイツとケンカになっちゃうのが恐くて……あたし、すぐカッとなっちゃうからさ。アイツが何か言ってきたら多分言い返しちゃうだろうしっ!! きっとまた怒り返しちゃって――」

『相手を決めてかかっているぞ』


 その一言にサンゴはハッとする。隣に腰掛けるケパロスは、睨み付けるかのようなマジメな表情。凛々しい犬の顔つきが、ヒトのそれにサンゴは見えてきた。


『確かに、人間は……いや、敢えて言い直せば、ヒトは相手を自分の主観を通してしか見ることができない。しかし、その主観というのは時に正しい目を曇らせる……相手はそんなことを思っていないかもしれない。それでも、自分が「そう思っている」と考えた"主観"を通じて見てしまえば、相手を固定化させてしまう。今のお前は、一樹を勝手に決めつけて勝手に恐れているだけにしか見えんぞ』

「それは、その……」


 それまでの不真面目なやりとりが嘘のような、迫力のある正論を突き付けられてサンゴは何も言い返せなくなる。彼の主張に従って鑑みれば……自分は、今まで一樹を言い訳にして逃げていただけだったという事に気付く。


 アイツが怒ってるから、根に持っているから……だから、あたしが謝ってもどうしようもない。いや、謝ってもしょうがない……


 そうやって、謝りたくない理由をこじつけていただけなのに。


『まぁ、正論がすべて正しいとは思っていない。お前さんの言い分もよく分かる。だからまぁ……ちょっと、着いてこい』

「えっ?」


 思わぬケパロスの申し出にサンゴは目を白黒させる。見れば、ケパロスは腰を上げて伸びをしているではないか。


『だから、着いてこいと言っているだろう。……なに、家主でこそないが一樹とずっと一緒に生活しているのだ。気兼ねなく入ってこい』

「……本当に、良いの?」

『女性を追い返す趣味もないしな。一樹の事が気にかかるなら、我の客人と言う事にすると良い……』

「そう……じゃあ、お言葉に甘えて……」


 渋々ながらも、サンゴは立ち上がる以外の選択肢が頭に浮かばなかった。ある部屋へと入っていくケパロスに数歩遅れて、彼女も部屋へと着いていき……


 目の前に飛び込んできた情景にサンゴは息を飲み込んだ。

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