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名もなき物語  作者: 白カギ
《衝突の物語》
41/85

Part.20 暗礁

『ごとちゃん? 久しぶりだね~!』

「そうだね。仕事や女の子絡み以外で電話するのはこれが初めてかな?」

『あっははっ、おっさんかて! それで、今日の電話は?』

「……ごめん、仕事と女の子絡みの事だけどさ。音和ちゃんが襲われたよ」

『音和がっ!? 襲われたって言うと……どっちの意味? 時間帯が時間帯だからどっちかわかんなくてさ……』

「意識を失っていたとは言え、おそらく性的じゃないとは思う。ちょうど今、病院で色々聞かされたのから解放されたところだよ」

『ってことは、無事なわけかい?』

「そうだね。命に別状がないことは僕の首がよく知ってるよ……」

『えっ、どういう意味?』

「なんでもない。ともかく、大事はないみたいだよ」

『そっかー、よかった……いや、ありがとう! しかし、音和が襲われるってもしかしなくても"裏"だよねぃ?』

「だと思う。音和ちゃんが"表"の人間に負けるとは思えないし」

『そうだよねぃ……なんにせよ助かったよ。ところで、いっちゃんは?』

「一樹? いつも通り繋がらなくてさー。だから、こうして僕が君に電話してるわけ」

『あー……いつも通りか。そうだな、心配だし、オレも朝になったらそっちに行くことにするよ』

「本当かい!? ちょっと今、こっちも色々あって人手が欲しい所でさ……」

『なにかあったのかい?』

「いや、詳しい話はまた追々するよ。でも、仕事とか大丈夫なの?」

『ちょうど終わった所だし、なにより部下よりも優先できる仕事なんかないって。全部断ってでも行くから、その辺は心配しないで!』

「流石っ! それじゃあ、詳しいことはまた明日に……」

『了解! それじゃあまた明日……えっ? ごめん、ちょっと待ってて……』

八雲(やくも)? どうかし――」

『久しぶりだな、七曜。私だ、佐久間(さくま)だ』

「はっ、永江(はるえ)さんっ!? お久しぶりです……後藤、です」

『随分久しぶりだな。あれからどうだ?』

「なんとか……元気に、変わりない日々を送っています」

『それならいい。で、話を戻すが、明日そっちに八雲ともう1人向かわせる。それにあたって、1つ君に頼みたいことがある』

「はぁ……僕に、ですか?」

『本来音和に頼んでいた事だったが、こうなってはな……なに、簡単なことだ。お前の目を見込んで、頼みがある』

「僕の目、ですか……?」


 ***


 7月4日 0時頃 日浪市某所


 ――永江さんが相手だと、どうしても緊張しちゃうなぁ……どうも、あの人は苦手だ。


 誰にでも物怖じせずに話す事ができる印象が強い七曜であるが、そんな彼でも先程の電話の相手……佐久間永江(さくま はるえ)だけはどうしても苦手なのである。彼女に世話をかけてもらったことがある七曜であるが、その"世話"の意味合いが一樹や八雲とは少しばかり意味が違っており、その時の記憶があるからかどうしても永江に関してだけは七曜も普段の調子を崩されてしまうのである。


 ――で、なんだったんだろう? とりあえず見てみ……おおっと!?


 先の電話で不意に代わられた永江に頼まれたこと……なるべく高いところから日浪市を見渡して、魔力の流れを見てほしいとのことだった。それこそ、「目を見込んで」と言う言葉は比喩でもなんでもなく、本当に七曜が持つ"魔眼"の事をさしていたのだ。


 ――何これ!? なんでこんなことになってんの!?


 病院を後にして、手頃なアパートの屋上へと入り込み、そこから目を"凝らして"みたわけだが……目の前で繰り広げられる魔力の動きに七曜は目を疑う。と言うよりは、疑いたくなる。


 通常、魔力は乱雑にそこかしこを飛び回っている。大気に広がる酸素のように、どこにでも魔力は存在しているのだ。人間は無意識のうちに魔力を体に取り入れ、行動する度に魔力を使って生活を送っているのだ。大気に広がる酸素全体が1つの指向性を持って動いているわけではないように、魔力は普段、そこかしこに散らばって点在しているのだ。


 だが、今日に限ってはそうではなかったのだ。


 ――魔力が、どこかへ向かっている!?


 魔力が日浪市の様々な場所に向けて流れているのだ。浴場でシャワーを流すと排水溝へと吸い込まれていくかのように、魔力がまとまりを見せながらその排水溝へと流れているのだった。しかも、その排水溝は一個だけではない。日浪市の各所に魔力が集中する謎の箇所が点在しているのだ。全体量から見れば微量な量であるが、しかし魔力は"人為的に魔術を施したりしない限り"このような動きを見せることはない。


 そして、その"人為的"と思しき魔力の線もまた、七曜の目には写っているのだ。


 ――何カ所か、不自然に"雷"属性の魔力だけが流れているポイントもある。それは誰かが魔術を使っているからと見ればいいんだろうけど……でも、その場所と魔力の集中点の場所が近いと言うのはどういうことなんだろう?


 "雷"属性の魔力だけが集中している場所と、大気に溢れる魔力が流れ込んでいる場所はよく似通っているように見える。


 ――んー、見てくれれば良い、って言われたけどさ。流石に見過ごせないよね。

 

 明らかな異常事態に七曜は目を閉じ、集中させていた魔力を戻す。先程見た光景を目に焼き付けるように少しの間目を閉じながら「うーん?」と原因について考えてみる。


 ――理由は分からないけど、きっと脱獄囚の一件に絡んでいるよね。ちょっと、調べるかな?


 目を開けた直後、七曜は「よし」と小さく頷き、アパートを後にした。


 ***


 ――先週僕がヴァンと闘っているとき、一樹は不良達に囲まれていた、と言っていたけど……雷の魔力が流れているのはそう言うことか!


 魔力が集中している箇所へ向かおうとした七曜は、足を止めて目の前の光景に睨みを利かせる。


「アッ……あっ……」

「……ウアァッ……アッ……」


 そこにいるのは、虚ろな目をした不良の集団。人数は10人を超えているだろうか……そのどれもが、雨が降っているにも関わらず傘も差さずにただぼんやりと立ち尽くしている。気力なさげにだらりと垂らした手足に映画でよく見かけるゾンビのような不気味さを漂わせている。


 ――戦闘をするのもなしではない……けど、流石に10人はキツイかな?


 魔術を多用するとは言え、七曜の戦法は実のことステゴロとなんら変わりがない。

 七曜の魔術は、物質の内部を燃やす炎である。炎を内部に叩き込むことで体内の魔力を燃やすと言う攻撃もできるし、ツボを刺激して自身や味方戦闘力を底上げしたりということができるが、反面外気に触れていると炎はすぐに消える。そのため至近距離で叩き込むことが求められるのだ。彼の魔法具にして、鉄線を自在に操る事ができる"ストリングス"を使えば遠距離戦や多人数との戦闘でも決して遅れはとらないが、しかしこれらは決定打を与えるには欠ける。そのため、相手を倒す事を目的にするとどうしても至近距離での殴り合いになっていsまうのだ。もやしっ子と揶揄されがちな痩せた見た目ではあるが、七曜はこれでもケンカ慣れをしている。3人ぐらいまでなら勝てる自信はあるが流石に10人相手に勝てると思い込むほど自意識過剰ではない。


 ――全員、なにかに操られている……これが、"雷"の魔術の正体かな?


 目を凝らして不良達を見てみれば、全員が全員"雷"属性の魔力が定期的に入り込んでいる。ぼんやりと気力がないように見えて、道をふさぐように佇む彼らの立ち位置は囲みやすいように一定の距離を取った陣形を作っている。なにかの意思に操られていると思しき一糸乱れぬ構えに七曜は"雷"の魔術に見切りをつける。


 ――ここは1回引いて、っと?


 ここで事を荒立てる気はない。幸い不良集団は虚ろな目でこちらを見てはいるが、手を出そうとするわけではないのだ。立ち去ろうと踵を返した七曜だが、突如視界の端に魔力が集まっていくのが目に入る。驚いて再度不良達に目をやれば……中央に立つ不良の真上に魔力が集まっていき、雲のような形を取っていくではないか。

 いや……その雲は、魔力が流れて実体になっているようだった。"魔眼"の魔力を解いてもなお、七曜の目にはその雲がはっきりと見て取れる。通信用の魔術なのだろうか? 雷が落ちる直前の黒雲のように所々で光を見せながら、その雲から声が聴こえてくる。


『初めまして……セキラです』

 ――セキラっ!? 脱獄囚じゃないか!?


 感度の悪いマイクで喋っているかのようなくぐもった声だったが、不思議とはっきりと言葉は分かる。もしかしたら、魔界ではこういう会話方法が電話の代わりに普及しているのかもなといらぬ事に思いを馳せながらも、七曜はその名前が指す人物に気付き警戒態勢を強める。


「これはこれはご丁寧に。誠に申し訳ないけど、敵を相手に名乗る気はないよ?」

『結構ですよ、後藤七曜さん』

「……あはは、やっぱり知られてる、ってわけか」


 先の戦闘でヴァンが伝えたのか、はたまたこの一週間の間に調べられたのか……詳しいことはわからないが、どうやらこちらのことは脱獄囚達には突き抜けらしい。とは言え、七曜もそのぐらいのことは予測していた。乾いた笑みを浮かべながらも、温和な瞳を細め、睨みの形相へと形を変える。


「それで、要件があるなら直接出てきたらどうだい? 殴り合いがしたいなら不良共(おもちゃ)じゃなくて本人との方が好みでね?」


 足を少し下げ、構えを見せながら七曜は相手を挑発する。今相手が……セキラに限らずもう1人の脱獄囚、ムラサメが飛び出してきたところで七曜はなんの迷いもなく戦いに移る気でいる。先日の戦闘でヴァンを相手に戦果を挙げられなかった引け目もあるが、それ以上に彼相手に遅れを取ってしまい、結果サンゴの心を抉られたことの方が七曜には堪えているのだ。サンゴを戦わせたくないとまでは流石に思っていない。自らの手で脱獄囚を捕らえたいと願っている彼女の思いもあるし、そして過去に向き合うことを決めている彼女に戦うな、と言うのは思いやりでもなんでもなく、むしろその意志を阻害させることに他ならない。だが、彼女の負担を減らすことぐらいはしたい。

 例え、一樹が彼女と手を切ったところで関係ない……自分はサンゴを見捨てることなどできないのだ。乗りかかった舟として、最後まで付き合うつもりでいるのだ。


 そんな思いを胸に秘め、いつでも殴りかかれると姿で示す七曜に、セキラは嘲笑を浴びせかける。


『クックック……見た目とは裏腹に恐い人だ……まったく、女性が見たらどう思うでしょうねぇ?』

「男らしい所もあるんだね、って見直してもらえるから割と得してるよ」

『まったく、モテる男は羨ましいです。ですが、別に俺はケンカを売りに来たわけじゃないんですよ。そう粋がらないでください』


 どこか相手を煽るような敬語を使う男だなと七曜は思う。わざと匂わせているのか知らないが、セキラの言葉や声色には相手の神経を逆なでようと言う思いから来ている物があるように思えてならない。元々敵対する間柄であること、何より彼の指摘通り血の気が多い性分もあるのだろうが、それにしてもセキラの言葉は一々癪に障る。


『今回俺が来たのは勧告です……サンゴとか言う小娘を説得しろ、とまでは言いません。しかし、彼女との協力体制を解き、俺とムラサメに手を出さないでいただけませんかねぇ?』

「君とムラサメの安全? 噂の協力者は良いのかい?」


 些細な違いだが、七曜はあえて言葉を紡ぐ。含みのある言い方に七曜はどうしても気になってしまったのだ。


『えぇ。そっちは捕らえようがそうでなかろうがどちらでも構いません。むしろ彼女達がいない方がむしろ後腐れがないくらいだ』

「なんだい、一枚岩ってわけじゃないんだね?」

『あくまで利害の一致からサポートしてもらってるだけですからね……と、そんなことはどうでもいいでしょう?』


 ――どうかな……相手がまとまっていない、と言う情報は決してこっちにとって悪い事じゃないよ?


 内心でほくそ笑みながら、七曜は話を戻す。


「その要件は僕だけに対して言っているわけかい?」

『えぇ……もう1人の方は、既に彼女を見切っている様子でしたしね』

「なに?」


 七曜の眉がピクリと動く。その反応が面白いのか、笑みを含ませた声をセキラは発する。低く唸るような笑い声は、相手(しちよう)への嘲笑であることは疑うまでもない。


『烏飼一樹、でしたっけ……彼とサンゴとのケンカは眺めさせてもらいました。調査した彼の性格も相まって、恐らく烏飼一樹はこちらにつくでしょう』

「……いや、一樹はサンゴちゃんを気にかけているはずだ」

『本当でしょうか? 先ほど彼とは話をしてきましたよ』

「一樹とかい!?……まぁ、返事は分かっているよ」


 ――……いや、一樹なら、もしかして……はっ!?


 心の中に少しだけ浮かんできた一樹への猜疑心に気づき、七曜は頭を振り払う。続いて聞こえるセキラの言葉は……


『いえ、答えはもらっていません……まったく同じ条件を突き付けて。考えてみて欲しい、とだけ言っただけです。協力するのであれば、今回の一件の安全と共に、あなたに決して悪くない情報をもたらすと条件をつけてね』

「一樹に悪くない情報……」

 ――まさか……いや、コイツが本当にそれを知っていると一樹は判断するのか?


 一樹が迷わず飛びつくであろう情報を七曜は知っている。

 その情報に迷わず飛びつく人柄であることを七曜は知っている。


 それでも、七曜は一樹のことを信じている……。


 ――でも、今の状況なら……


 いや、信じたがっている。


『彼、しっかりと悩んでいましたよ? ある意味、返事は分かっていると言えるのは貴方ではなく、俺の方かもしれませんね?』

「嘘、だろ……?」


 七曜はそんなことなど信じたくない。しかし、一樹の性格を考えればありえないことではない……そう思ってしまう七曜がいるのもまた事実である。


『さぁ、どうでしょうね……しかし、烏飼一樹と話したのは事実ですよ』

「……敵の言葉なんて信じられないね。僕は一樹を信じるよ」

『厚い信頼関係ですねぇ……ところで、勧告はいかがなさいますか? 貴方から彼を説得してくださるとこちらも手間がはぶけるのですがねぇ?』

「もちろんNoだね。一樹だって今はケンカしてるけど……絶対に、一樹は戻ってくるはずだ」

『絶対? はず? どちらなのですかね?』

「……言葉の綾だ。深い意味はないよ」


 チッと舌打ちを漏らしながら七曜はセキラに吐き捨てる。セキラは「クックック」と喉を振るわせる。


『かしこまりました……まぁ、もし気持ちが変わったらいつでも来てください。お察しの通り、このはぐれ者達を操っているのは俺ですから……魔力を辿れば、貴方ならすぐに会えますよ』

「それはそれは、ご丁寧にありがとう。手土産を持ってそちらにお邪魔させてもらうよ」

『お気遣いなく。あり合わせで申し訳ないですが、お茶菓子を用意してお待ちしますよ。貴方の好きなチョコレートなどはいかがでしょうか?』

「魔界のだったら少し気になるかな」

『生憎持ってきておりませんね。人間界のものです』


 静かに笑い合いながらも七曜の目は一切笑っていない。拳にかける力を強くしながらセキラ(の声がする雲)をじっと見つめている。セキラの笑い声が聞こえなくなったとき、七曜は「それじゃあね」と今度こそ他の場所へと向かおうと踵を返す。


『お気を付けて……中々、貴方も油断ならない相手ではないですか』


 忌々しく笑い声を立てるセキラを背中に、七曜は次の場所へと動き出す。


 ――ちょっと離れた所に、集中点ではあるけれど、"雷"の魔力があまり送られていない場所があった……そっちに、行ってみるかな。


 地面を蹴る七曜の足は徐々に速くなっていく。ピチャピチャとズボンの袖を濡らす水たまりを気にとめることもなく、七曜は雨の中を走り去る。


 ――……一樹は、裏切らないよね?


 一直線に集中点に向かいながら、しかしセキラのいる方から目を逸らすように、七曜はただ走る。

 頭には、ある友人のことを……最も信頼できる友人でありながら、最も先が読めない友人の事を気にかけている。 

 雨の音に混ざって、セキラの忌々しい笑い声が聞こえてくるような気がした。

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