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名もなき物語  作者: 白カギ
《邂逅の物語》
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Part.3 第三者の乱入

「ぐはっ!!」


 "風刃"の勢いのまま、少女の華奢な体は空を舞う。鈍い音を発して後ろの壁に激突したと同時に、鮮血と悲鳴を吐き出した。ぶつかった拍子に崩れたコンクリートと共に、コンクリートと共に少女は崩れ落ちる。

 殺す程の勢いはない。が、腹と背中の強打であれば軽傷では済まないだろう。脇腹から滴る血を押さえながら、一樹は溜息をつく。


「ふぅ……これで決着、かねぇ?」

 ――切り札切ったんだ。これで倒れてくれなきゃ困る。


 内なる願いとは裏腹に、コンクリートの山ががらりと崩れ落ちる。


「まだよ。風の刃がっ、なまくらじゃなかったら危なかった、かな……」


 コンクリートの破片を払い、槍に凭れながら少女は立ち上がった。蹌踉けながらもなんとか立ち上がり、衝突でへこんだ壁に背を預けて呼吸を整える。口角から垂れた血を払い、荒い息を吐きながらも、少し余裕を取り戻したのか浮かべる不敵な笑みに、一樹は自嘲の笑みを返す。


「まだ立つのかよ……万事休すだ」

「あっはは……でも、あたしももう無理ね……立つので精一杯」


 互いに互いの状況は見て分かる。なにより、2人とも最初から闘うことを望んでいたと言うわけでもない。少女は一樹が抵抗したから闘ったのであり、一樹もまた自分の中に巻き上がった興奮に任せて戦いを挑んだのだ。既に一樹の中の興奮はだいぶ冷め、これ以上傷を付け合う必要もないはずだと一樹は判断。


「そうか……じゃあ、引き分けにしねぇか?」

「そうしたいのは山々なんだけど……じゃあさ、1つ先にお願いを聞いてくれる?」

「奇遇だな、こっちも言いたいことがある」


 どちらがタイミングを計ったわけではない。全くの同時のタイミングで、2人は言葉を吐き出したのだ。

 それも、まったく同じ言葉を。


「「周りにいるあんた(アンタ)の仲間を引かせて……はっ(えっ)?」」


 互いの言葉を受け取って2人ははっとなる。一樹は少女の反応を見て瞬時に状況を整理し、判断。すぐさま少女に背を向けて刀を構える。


「ちょっと待ちなさいよ。さっきから感じるこの気配、アンタの仲間じゃないの!?」

「生憎俺の仲間は少ない上に今日は1人で来てるんでねぇ。喋る余力あるなら手伝ってくれ……囲まれてんぞ」

「囲まれてるってどこにいるのよ? 見た限りこの辺にはいないんだけど?」

「見た限りこの辺にはいない、だぁ!? 敵は人間じゃねぇぞ?」


 一樹は夜目が利く。先の打ち合いからも、少女もそれは同じだろうが、事前に情報を得ているか否かは大きく影響するだろう。とは言え、一樹が発見したのもついさっきだ。現実の"それ"を思い浮かべた場合、必然的に視線は……


「足下だ!」

「足下って……ギャーッ!?」


 目線をを下げた少女はすぐさま甲高い悲鳴を上げる。

 周囲の大地は、まるで生き物のようにモゾモゾと蠢いているのだった。大地が不規則に蠕動している様は、実際に地面が波のように揺れて押し寄せてくるような錯覚を与えてくる。酔いには強い一樹でさえ、強い吐き気を催すほどだった。


 ――"あいつ"に言われた、いるかもしれない魔獣……蛇だっつーけど、こんなにいるなんざ聞いてねぇぞ!?


 それは、地面を覆い尽くすほどに集まるヘビの群れだった。

 数え上げるのもばからしい程の夥しい蛇達が、一同にこちらに押し寄せてきているのである。一糸乱れぬその動きは、個々の蛇たちが1つの意思を持っているかのようだった。


 ――こりゃ、コイツ連れて逃げるのが妥当だが……どう逃げ、いつつっ


 先ほど少女に刺された脇腹を押さえる。この負傷は思ったよりも大きく、強行突破はよっぽど不可能に思えた。槍を杖にしながら、少女は自分の真横に立つ。血の気が引きながらも、その顔に残った凛々しさは失われてなどいない。


「すっごい気持ち悪い。ねー、なんか、策はあるの?」

「策ねぇ。じゃあ、俺を抱えて跳べるか?」

「無茶言わないでよ! 元からできるか怪しいのに今やったら蛇のど真ん中に突っ込むだけよ!」

「じゃあ、魔術でなんとかならんか?」

「できなくないけど、どうしてそんなに他力本願なわけっ!?」

「できるんならやってくれ。俺はこうするのが精一杯だ」


 一樹は携帯電話を取り出して手元で弄り、耳に当てた。相手は先程電話をかけていた八雲ではない。幸いにもすぐに電話に出てくれた。誰何の声には構うことなく一樹は端的に言葉を継げる。


「もしもし? どうせバイト中だろ? ちょっと迎えに来てくれねぇか?」

「だからなんで自分でなにかをするって気がないわけ!?」


 耳元で叫ぶ少女の声に、一樹は鬱陶しそうに耳を塞ぐ。一樹からすれば、なにかをする気があるか、ないかの問題ではない。そもそも自分にできることが本当にないのだ。この状況から生き延びるのに無力だと言うことを理解し、その上での対策を考えているのだ。少女との戦闘の後だから、ではない。


「そりゃ、俺の戦術が一対多数に圧倒的にむいてねぇからだ。刀振りかざそうが、重さ変えようが、風の刃飛ばそうが群れ相手、特にこんな小動物相手にはまるで無力なんだよ」

「そんな自信満々に言わないでよ!」

「自信満々とはなんだ。自信がないからこう言ってるんだろ? 不自信満々と言え」

「うぐっ。……まあ良いわ。あたしに任せなさい。」

「ご理解どうも。それじゃあ早速――」


 グサッと言う小気味の良い音が、一樹の言葉を遮る。

 音のする方を見下げれば、血に塗れて光る切っ先。

 銀色の切っ先は一樹の腹をまっすぐ貫いている。

 振り向けば、槍を一樹の腹へと突き刺す少女。


「これで充分かな、っと」


 喫茶店の軽食を食べ終えた直後のような軽い満足感と共に、少女は一息に槍を抜き取る。抜けたときに、不自然なほどに体が軽くなる。少女とはまるで正反対の大きな喪失感を覚えながら、一樹は腹に手をやる。


「……おい、ここで裏切りかよ?」

「裏切りじゃないわ、裏刺しよ」

「言葉遊びじゃねぇし……」

「それに、痛みとかないんじゃない?」

「……あん?」


 腹を刺されたにも関わらず、痛みがまったく襲いかかってこないことに一樹は気が付く。最初は感覚が麻痺しきっているのかと思ったが、腹を押さえたはずの手のひらには何も付かなかったのだ。見れば血は既に乾ききっている。それどころか、先程感じた体の軽さは人体を抉られたからではなく、脇腹の痛みからくる怠さが退いたからだと気がついたのだ。


「……治癒魔術か?」

「ご名答。魔力をもらったけど、体は動くでしょ? ほら、さっさとそこどいて!」


 急かす言い方に一樹は素直に従った。距離をとると、少女はすぐに動き出した。背の丈ほどもある巨大な槍を、小さなバトンのように軽々と回している。素早く、そして何度も回す槍の軌跡は、少女を守る丸形の盾のようにも、魔術を放つ魔法陣のようにも見える。


「さーて、飛ばすわよ!」


 少女は切っ先を大地に向けてピタリと回転を止める。間髪入れずに、そのまま大地に突き刺したのだ。すると、突き刺さった槍を中心に幾重もの線が四方八方に伸びていく。先程の槍の旋回が描いていた魔法陣をそのまま大地に写し出したと思わせる魔法陣が一瞬の内に大地に広がっていた。大地を覆う蛇の群れの下にも走っている。


「っ!?」


 暗闇の中、目映い光が溢れる。その発光源は他でもない少女自身……正確には、彼女の頬にある十文字とも槍とも思わせる紋様だった。眩い緑色の光に一樹は眼を細めながら、少女と蛇たちを交互に見遣る。


「"放出(エミッション)っ"!!」


 少女のかけ声と共に魔方陣は、十文字の紋様と同じように光り出す。眩い緑色の閃光に一樹は目を覆う。

 瞬間、甲高い声が何重にも重なって聞こえてくる。耳を劈く程の輪唱は、瞬間、水を打ったように静まりかえる。


「うん、もう良いわよ」

「……はっ?」


 恐る恐る目を開けた一樹は、短く驚きの声を上げて目の前の光景に呆然とする。


 そこには事尽きている蛇の群れ。大地を覆い尽くしていた蛇たちは、すべて大地から"生えている緑色の槍"に貫かれている。

 1匹たりとも動くことはない。文字通りすべてを完封した少女は、喜びの溜息を漏らした。


「これぞ、槍床(やりどこ)ってね! なんとか上手くできたわ~。……どうしたの、固まっちゃって?」


 自分の魔術の結果に満足している少女とは対称的に、一樹は少女が自分と闘って尚もこのような魔術を使えることに戦慄する。先の戦闘で彼女にこれをされていたら、今目の前で事切れている蛇たちの代わりに自分が貫かれていたのではないかと思うと、一樹は冷や汗が止まらない。


「おい、どうしてさっきはこれをやらなかった」

「えっ? だって魔力の蓄えがなかったもの。あたし、そこまで魔力が多いわけじゃないのよね。アンタの魔力がなかったらこんなことできなかったわよ」


 「よっ」と言うかけ声と共に少女は大地に突き刺さった槍を抜き取る。すると、大地から生えていた無数の槍衾も嘘みたいに消え去っていく。貫いていた物がなくなった蛇の死骸は、重力に逆らうことなくそのままボロボロと音を立てて落ちていった。


「これで一槍の元、一掃できたわね」

「分かりづれぇなぁ。そう言うの口で言われても困る」

「あはは、確かにそうね。そんじゃ、そろそろ質問したいけど良いかしら?」


 小さく笑い飛ばした後、少女は小首をかしげる。いたずらっぽい笑顔は幼い見た目によく似合っていた。


「すまんが、先に名前だけ教えてくれねぇか? 俺は烏飼一樹。ごく普通の人間だ」

「ウカイイツキ? また長くて変わった名前ね」

「……一樹、が名前だ。烏飼は名字」


 彼女の頬についた十文字の模様を見て「そうか、そりゃ当然か」と納得し、一樹は気怠げに補足を入れる。


「ミョウジ?……まあ良いわ。あたしはサンゴ。ごく普通の――」


 サンゴの表情から笑顔が消える。一樹はその態度を不審に思い、そして彼女の目線が自分の後ろをまっすぐに指している事に気付き、振り返る。


「なっ――っ!」


 そこには鎌首を持ち上げて一樹達を見下ろしている蛇がいたのだ。それも、先ほどまでの小さな蛇とは違う。顎だけでも一樹の背丈ほどもある大蛇だった。大蛇は一樹に向けて口を開きながら勢いよく迫り来る。彼我の距離は数センチ。動くこともままならない。刀を持ち上げて防御しようとするが、未だ残っている疲労故に体が思ったように動かない。


 ――ヤベェ、間に合わ――

「危ないっ!!」


 死を覚悟した一樹の背中に大きな衝撃が走る。一樹は吹き飛ばされる中で、状況から考えついた一つの結論に至る。

 

 ――アイツ、まさか――っ!


 大地に投げ出された一樹はすぐに顔を上げる。そこに広がっていた光景は想像通りであったが、驚かずにはいられなかった。


「くうっ……やっぱり、痛いわね……」


 案の定、一樹が立っていた場所にいたのはサンゴと名乗った少女。両の手に槍を持って蛇の顎を防いでいたみたいで、噛み砕かれることだけは避けていたみたいだが、数本のキバの先は彼女の華奢な体に突き刺さっていた。その上、彼女の腹を突き破って二つに分かれた蛇の舌が覗いている。先程の槍衾の仕返しと言わんばかりだった。重傷の彼女は、しかし悲鳴を上げるでもなく一樹の方を振り返った。焦点の合わない虚ろな瞳で一樹を見て、ゆっくりと口を動かす。


「だい、じょう……ぶ?」


 自分の状態など省みることなく一樹に向けられた言葉はどこまでも優しかった。残る意識のすべてを費やしてでも一樹を安心させたかったのだろうか? 一樹の無事を確認した瞬間にふっと微笑み……そのまま意識を失った。


「ちっ……バカ野郎が」


 先程まで敵対していた自分を助ける意味が彼女にあったのだろうか?

 行き場のない憤りが、一樹の胸を占めていく。

 いや、この憤りを向ける先など、目の前にいるではないか。


 サンゴの体を貫いた蛇の舌がチラチラと動いている。

 一樹は小さな舌打ちと共に蛇へと駆けだしていき――

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