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名もなき物語  作者: 白カギ
《衝突の物語》
33/85

Part.12 口論

 ――さて、暇だな。


 音和をホテルまで送り届けた一樹は、混み合う人々から逃れるように壁にもたれ掛かっている。時計の前という待ち合わせ場所の定番スポットをサンゴには伝えていたのだが、彼女の姿はどこにも見えない。一度は携帯電話を持たせることを考えたのだが、人間界の言語で表示される人間界の科学の産物である携帯電話などサンゴに持たせてもまともに使えるとは思えず、連絡が取りようもないのだ。携帯電話が普及した今の時代に、まさか連絡が取れないから動くことができないという昔あるあるの出来事を経験することになるとはちょっと前の一樹は思ってもいなかった。


 ――もうちょい喜多村に一緒にいてもらえばよかったか? しかし、話してる間にサンゴが合流したら大変なことになるよな……


 先ほどの戦闘は烏飼家の裏庭という人目につかない場所だったからまだよかったのだ。人が多いこの場所で暴れられようものなら何人もの通行人を巻き込む事は想像に難くない。音和が警察に捕まると言うのも厄介なことだが、そもそも数人程度の警察官が戦闘を生業としている上に、魔人を見て"殺戮者"と化した音和を押さえられるわけがない。警察をも巻き込んだ大事件になりかねないのだ。


 ――そう言えば公務執行妨害って一口に言うけど、その規模によって細分化されたりしてんのかな? 調べてみるか……


 暇つぶしにと、携帯電話を取りだして画面を覗く。すると、メッセージの通知が来ていることに気付いた。授業の度に電源を一々切るのがめんどくさくてすべての音を普段から切っているため、メールの類が来てもまったく気付かない。その上一樹はソーシャルゲームの類を「暇な時間に少し楽しむのを売りにしているのか知らんが、他のゲームに比べて普及している上に強さが分かりやすいと言う特性上、どうしても人間の競争心を煽って人を執着させ、そのくせスタミナと言う時間経過で回復するゲージを少しでも無駄にしたくないと結果的に時間を縛るだけになっているゲームなど俺は好かん。そもそもリセマラがめんどくさい」と忌み嫌って一切手を出していないから、なおさら携帯を開かない。そのため、こうやって暇になったときや寝る前などにすべての通知をまとめて見ているのが一樹の普段のスタイルであり、急な約束をすっぽかしてしまうことはよくあることなのだ。


 ――七曜?


 通知の名前にはなじみ深い後藤七曜の名前が。メッセージを開いてみれば……


 ――はぁ? 転校生が俺に会いたいだと?


 そのような内容の知らせが数件来ていたのだ。どういうことなのか一樹にはまったく見当もつかなかったが、転校生が自分に会いたがっているらしい。そのために、バイトの時間を少し遅らせてまで案内しているのだとか。


 ――バイト遅らせてまで俺に会わせたいのか? 女好きのアイツだからそのぐらい平気でやりそうだな……そう言うことなら1回帰るか? いや、サンゴのこともあるし……


 返信の文章を練っていると、ちょうど七曜から新しいメッセージが届く。携帯を操作する指を止めて画面を見れば……


『今サンゴちゃんと合流したよ』


 タイミング良すぎるなと内心で溜息をつき、一樹は立ち上がりサンゴが通っているだろう道へと向かう。


 ***


「そ、そんな……」

「いや、後藤センパイ見た目だけなら確かに女性惹き付けますけど……えー、どういうことなんですか!?」


 口を押さえて自分と六花とを交互に見つめる浅葱のか細い声が七曜の耳に届く。火蓮も言葉に迷っている様子だったが、七曜はどういうことなのか今一つ把握できない。何故浅葱はこの世の終わりのような青ざめた表情で自分を見ているのか、まったく見当のつかない七曜は平然と彼女に声をかける。


「浅葱ちゃん、具合でも悪いの?」

「いっ、いえ……具合が悪いとかは、ないですけど」


 自分の声に一瞬だけビクリと背筋を強ばらせて浅葱は小さな声で返事をする。その瞳に涙が溜まっているように七曜は見えるが……その涙が(勘違いとは言え)失恋の涙だと七曜は気付かずに、純粋に彼女を気遣う言葉を投げかけてしまう。


「涙出てるみたいだけど大丈夫!? どこか痛いとかそういう――」

「後藤センパイ、それ以上みーちゃんを傷つけるのはやめてください! キレますよ!?」

「えっ!? 火蓮ちゃんもなに怒ってるの!? 僕がなにかした!?」


 火蓮は浅葱の肩を抱いて七曜に睨み付けている。普段浮かべている人懐こい子猫を思わせる笑顔から一変、子供を狙う外敵に向けて目をつり上げた親猫のように敵意剥き出しの表情を見せる火蓮に七曜はたじろいでしまう。迫力溢れる彼女の強い怒りは伝わってくるのだが、七曜には怒られる謂われはまったくない(と思っている)のだ。


「……おい、なに下らん茶番をしてるんだ後藤」

「ちゃ、茶番?」

「見れば分かるだろ? およそ私とお前が付き合ってると勘違いしてるのだろうが……ばかばかしい、誤解を解いてやれ」

「誤解?……えーっと、状況が飲み込めないんだけど、浅葱ちゃん。僕はこの六花さんを一樹の家に案内してるってだけだよ?」


 「賢いのかバカなのかどっちだ……」と溜息混じりに呟く六花だが、七曜はその言葉の真意が分からない。そもそも仮に六花と付き合っているとして、それが浅葱にどういうダメージを与えるのかが分かっていないのだ。他人同士の恋には機敏で、なおかつ大人しそうな見た目からは想像できないほどに肉食系の所謂ロールキャベツ系男子であるくせして、他人から向けられる想いにはどうにも鈍感なのである。


「ほ、本当ですか……?」

「そう思われてるのが誠に遺憾だが……私とコイツは恋人などではないからな? 道案内を頼んでいるだけだ」

「よかった……!」

「イツキの家に案内!? シチヨウ、それってどういうこと!?」


 六花の言葉に安堵を受けた浅葱の声を、サンゴは断ち切って大声を上げる。一件終わったかと思えばもう一件。前門の虎後門の狼……突如発せられた彼女の大声に、六花ですら眉毛がピクリと動く。


「どういうことって言われても、僕は頼まれて案内してるだけだよ?」

「そんなこと聞いてるわけじゃない! なんでイツキに用があるのよ!?」


 食ってかかろうとするサンゴの剣幕に押されて七曜はなにも言えなくなってしまう。一樹の事を想っているサンゴからすれば六花を案内される、と言うのは辛いものがあるのだろう。それは七曜も分かっていたし、責められることは覚悟していた。しかし、実際に見せた彼女の怒りは彼が想像していたよりも激しい。なにか彼女の琴線に触れることでも一樹はしでかしたのだろうか、と普段なら熟考を重ねるのだが、サンゴの鬼気迫る表情を前に七曜の思考は停止してしまった。その隙に、自分の横にいた六花に口を挟まれる。


「それはこっちのセリフだ。私が一樹の家に行くののなにが気にくわない? 中学生は帰って勉強でもしてればいいだろ?」

「中学生って失礼ね! これでもそんなに年齢変わらないわ。それともあれかしら? アンタ制服着てるけど、実は年齢かなり上だとかぁ?」


 チンピラかと突っ込みたくなる勢いでサンゴは六花にメンチを切る。幼い体躯だが、彼女が竜騎士として磨き上げてきた迫力が裏付けされているのだろう。並の大人ですら圧倒されるサンゴの迫力に、現に浅葱も火蓮も驚きを隠せずに唖然としている。特に以前からサンゴのことを知っていた火蓮は「あれサンゴさんなんですか!? あんなに優しい方なのに!?」と目の前の光景が信じられない様子だった。現に彼女の正体を知っている七曜からしても、彼女の変貌にはついていけない。しかし、先ほどクラス中に寒気を吹き込ませた六花はそんなことでは動じない様子だった。


「口の利き方も知らんようなガキが同い年とは反吐が出る。それならまだ年上に見られる方がマシだ」

「中学生は帰って勉強ーとかって年下見下す発現する大人びたガキよりはマシよ!」

「ほう? 大人びた見た目すら持てない自分への僻みかそれは?」

「見た目がすべてと思ってる子供じみた発想しかできないヤツよりは成長してる自信あるけどね!?」

「なにをっ!!……ああ言えばこう言う、屁理屈の上手いヤツだな」

「奇遇ね、あたしもアンタのことそう思ってたわ!」


 六花を一樹の家に案内したとき、遅かれ早かれサンゴと出会ってしまうと七曜は思っていた。サンゴは一樹や自分と出会った時……もっと言えば、火蓮と出会ったときですら、大小はあれど彼女は相手に噛みついていたのだ。それは人間と向き合っているからそうなってしまうのか、魔人と出会ってもそうなのかまでは知らないが、おそらく六花と向き合った時にもまた衝突から始まるだろうと思っていた。思ってはいたのだが……


「屁理屈が上手いだと? 私は道理しか言っていない。正しい理屈だけだ」

「正しい理屈ぅ!? アンタの中では正しいんでしょうけど、生憎あたしはそう思わないわ。もっと世の中見たらどうかしら井の中の蛙さん!?」

「蛙だと……? 蛙にすらなっていない蝌蚪(かと)に言われたくない」

「かと……なによそれ!? 知的な言葉使って大人アピールしてんじゃないわよ!! 真の大人なら誰にでも分かりやすい言葉使うんじゃないかしらね!?」

「ただの負け惜しみにしか聞こえんな……詳しくは自分で調べてみろ」


 蝌蚪とはオタマジャクシの別名だったかなと七曜はうろ覚えながら文脈で判断する。また、"翻訳の魔術"を使っているとは言え、「井の中の蛙」とサンゴは確かに言っていたし、よく彼女がだじゃれを言っているのを一樹は目にすると言っていたが、似たような意味を持つ言い回しが魔界にも存在するのかと思う。だが、そんなどうでも良い考えを遮るように、誰かが自分の制服の袖を引っ張った。


「ごごっ、後藤センパイ!? あれがサンゴさんなんですか!?」

「あはは、僕もビックリしてる……悪いことは言わないから、素直に帰った方が良いと思うよ?」

「はい、わたしもそろそろお暇しようと思ってたんです……その、逃げるようで大変申し訳ないのですが」


 自分と目が合うとすぐに目を逸らしてしまう浅葱。態度こそそっけない(と七曜は思っている)が申し訳ないと言うのは本心なのだろう。とは言え、彼女達がいたところで今なお後ろで口論しているサンゴと六花を止められるとは思えない。


「みーちゃん固いですよ~。ちょっとアタシも怖くなってきたので、丸投げになりますけど帰らせていただきます!」

「火蓮ちゃんも結構固いよ。僕には気にせず帰りなよ」


 七曜は後輩達を帰らせることに意識を傾ける。これ以上彼女達を巻き込んでしまうわけにもいかないだろう。後は自分がどうにかするからと笑顔で見送り……


「ところでどうしてお前は一樹のことを知っているんだ?」

「そこから始まったのよね! 知ってるもなにもあたしはイツキの家にいるのよ! いや、アンタについても色々聞きたいところがあるけど、」


 この2人のケンカを止めることはどうにも不可能な気がしてならない。昨日、浅葱と火蓮がいざこざを起こしていたが、あれを言いくるめられたのも性根が大人しい2人だからこそできたのだ。この2人が相手では正直なところ打つ手がないかも……と逡巡を張り巡らせていたが、何故かサンゴの眼光は七曜の方へと向いている。


「シチヨウもシチヨウで、なにこんな女をイツキの家に案内してるのよ!」

「サンゴちゃん1回落ち着こうよ!! どうかしたの? 火蓮ちゃん達の前であんなに怖くなるなんて、らしくないよ?」

「怖くって……あれ、そう言えばカレンちゃん達は?」

「帰っちゃった。普段のサンゴさんらしくないって怖がってたよ?」

「普段はネコ被っているの間違いじゃないのか?」


 会話を聞いていた六花が口を挟んでくる。折角サンゴの怒りを宥める突破口が見えたと思った直後に、とんだ伏兵が来たのだ。


「どうしてそうも人の神経おちょくるかな!? ネコ被ってるって、時と場所と人を弁えているだけじゃない。アンタはもっとネコ被った方が良いんじゃないっ!」

「この程度の言葉ですぐカッとなる者にネコをかぶれなどと言われたくもない。随分と矮小なネコだな」

「っー……シチヨウ、本当なんなのこの女! 口悪すぎるわよ!?」

「売り言葉に買い言葉で返す君も大概だと思――」

「負けたくないからに決まってるでしょ! なによ、指咥えて黙ってろって言うの!?」

「そこまでは言わないけど、初対面の相手だよ? ケンカが悪いとまでは僕は思わないけど、最初からこうやってケンカするなんてお互いのためにならないと思うけど」


 それは、そうだけど……と素直に聞き入れてくれるのがサンゴである。好戦的とは言え、かつて母親から言い聞かされていたらしい、「他人に不条理な理由で当たること」と言う人間なら誰しも自然とやってしまう行動を恥じる程に道理を弁えた少女なのである。その分、怒りの対象には容赦なくぶつかるのであろうが、怒りを発散させさえすれば人当たりの良いカラッとした少女なのである。

 だが……今回は、相手があの六花である。


「後藤、別に私はコイツと仲良くなったからと言ってなにか良いことがあるとも思えないのだが……というか、この失礼な女の名前をもう一度教えてくれないか?」

「シチヨウを介するんじゃなくて、直接聞けばいいじゃない! でも、名乗って欲しかったら自分の名前から先に言いなさいよね!!」

「待って、君たち名前も分からずに口論してたのかい!?」


 心配を通り越して呆れてしまう。額を抑えている間にも彼女達は「そう言うお前から先に名乗れ、無礼者!」「いや、アンタから名乗りなさい、自己チュー女!」と先の見えないケンカを繰り広げており、収拾がつかない状態になっている。互いに気位が高く、負けず嫌いであるが故にこうなってしまうのだろう。六花は他者と馴れ合おうと言う気配が元々ない。サンゴはそうでもないであろうが、売られたケンカは買うのが筋だと思い込んでいるのか好戦的な性格なのである。名乗らせるのですら競い合うような2人など流石に七曜もどうすることはできない。諦観の念がふと言葉に漏れてしまう


「はぁ、どうすりゃ良いんだろ……」

「どうするもこうするも、投げ出したらそこで試合終了だろ?」

「そうだね。諦めちゃダメだよ……で、どうすれば良いと思う? 僕には正直打つ手なしさ」

「諦めるの早くね? そうだな、諍いがあるなら原因を突き詰めて正せばなんとかならぁ」

「原因……原因かぁ……んっ!?」


 自分は誰と会話をしているのか。それに気付いた所で振り返って声の主を仰ぎ見る。


「連絡どうも。そんで、あの女が転校生か?」


 そこにいたのは原因そのもの……最悪のタイミングで烏飼一樹が到着してしまった。


 ――天災は忘れた頃にやってくる、ってよく言うよ!!


 なぜもっと平和裏にいかないのかを悩み、さて一樹を前にして彼女達はこれからどうなるのかと恐れを抱きながら親友にして恩人である彼を認識して、より一層頭痛を覚えた。

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