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名もなき物語  作者: 白カギ
《衝突の物語》
32/85

Part.11 苦悩

 ――魔人と人間、か。


 どんよりと曇り、夕焼けの明るさも差さない薄暗い道を歩きながらサンゴはぼんやりと考える。傷こそ癒えたとは言え、向けられた鋭い殺気には未だ恐怖を拭いきれない。一樹が朝にもう少し詳しく説明していてくれれば……と、一樹に対する文句ばかりが頭の中を駆け巡っていたが、歩いている内に気分は落ち着き……否、落ち込んでしまう。一樹に向けていた怒りの矛先が自分に向かい、考え込んでしまっているのだ。


 ――オトワの言うとおり、あたしは魔人。


 脱獄囚を追って人間道に来てから一週間近くが経つ。昼間に出歩いていると中学生に間違えられて補導されかけたこともあるが、それはあくまで見かけだけのこと。人間道には少しずつ順応している。この一週間、一樹や七曜とは種族の違いと感じずに接することはできたのだが……今回の戦闘は、否が応でも彼女と彼らの間にある決定的な差を再認識してしまったのだ。


 ――この世界から見れば、イレギュラーな存在なのよね。


 人は生まれ方を選ぶことはできない。自分自身の出自というのはどうすることもできない問題だ。と言っても、魔人として生まれてきたことが嫌になったわけではない。父親は自分が生まれる前に亡くなったそうだが、母親に関して言えば最高の母親だったと自信を持って誇ることができる。自分が竜騎士として生きる事を選んだのも、母親の背中がただただ眩しくて、どこまでも追いかけたいと言う昔からの想いが今でも変わることなく胸の中にあるからなのだ。そんな母親に不満の言葉など一切ない。ないのだが……


 ――どうでも良い、って思ってたのに……なんで、今更、


 ここに住まう多くの人達と違うことが、少しだけ納得いかなかったのだ。

 人間道に来たばかりの頃は、まさか抱くとは思ってなかった。魔界しか知らなかった少女は、異界の地である人間道で生活をする内に、自分を受け入れてくれる同年代の人達とふれあう内に、初めて恋心を抱いた少年と共にいる内に、


 ――人間だったらな、って思うんだろ。


 人間道にいたい、という思いが強くなっていたのだ。

 人間だの魔人だの、普段であれば気にしないことも、しかし今回の一件はサンゴの心に不安の種を植え付けるには充分すぎたのだ。

 

「あれ、サンゴさん? サンゴさーん!」


 自分を呼ぶ声にハッとなってサンゴは周りを見回す。聞き覚えのある高めの声の主は、少し離れた所から駆け足でこちらに向かっている。


「カレンちゃん?」

「はい! こんなところで奇遇ですねー!」


 真夏にも関わらず巻いているマフラーを揺らしながら駆け寄ってくる少女の名前を呼ぶと、威勢の良い声が返ってきた。その後ろから、もう1人走ってくるのが見える。火蓮よりも少し高めの身長と、黒めの肌の少女だ。


「レンちゃん待ってー!」

「みーちゃん遅いですよー! 早く来ないと陸上の選手にはなれませんよー!」

「それってわたしが黒いから言ってるの!? だったら許さないよ!」


 ちなみにだが、魔界にも肌の色が黒い人種というのは存在する。存在するのだが、魔界には魔人だけでなく意思をもった魔物が存在することもあり、差別は魔人内部というよりはむしろ、魔人と魔物の間で起きていたりする。そのため、肌の違いは歴史を見ても大問題に発展していないのだ。その分魔人と魔物の確執の方は大きかったがそれはまた別の話。「みーちゃん」と呼ばれた肌の色が黒めの少女は走ってきた反動からか肩で呼吸しながらも火蓮にたいしてブツブツ不満を言っている。その少女は火蓮と同じ制服を身につけているが、同級生なのだろうかとサンゴは推測する。


「ジョークですよジョーク~。そんなマジになって怒ると、また後藤センパイに嫌われちゃいますよ?」

「ごっ、後藤先輩は関係ないじゃない!……でっ、でもなんで急に走り出したの?」

「そんなこと言われても、サンゴさん見つけたんですから走り寄らないわけにはいかないじゃないですか!!」

「よくあの遠距離で分かったね……相変わらず目だけは良いんだから」

「だけってどういうことですかね!?」


 (マフラーを巻いているにも関わらず)汗1つかかず涼しい顔をしている火蓮とは裏腹に、「みーちゃん」と呼ばれた少女は疲れ果てている。思えば先ほど火蓮に名前を呼ばれたとき、やけに小さく聞こえていた気がしたのだ。おそらく、自分の姿を見つけた直後に走り出したのだろう。


「カレンちゃん? なにか急用だった?」

「いえ、急用という程じゃないのですが、気になることがありまして。そんな所にぼんやりと立ってしまってどうかされたのですか?」

「えっ!? べ、別になにもないんだけど……」


 火蓮に言われて気付いたが、今の今まで田んぼばかりが広がるこの場所で立ち尽くしていたのだ。確かにそんなところで立ち止まっていれば不審に思われても仕方がない。歯切れの悪い返答に火蓮は「あー!」となにかに閃いたようだった


「分かりましたよ! そこを飛び交うカラスを見て、烏飼センパイに思いを馳せていたのですね!?」

「っ!! そ、そんなわけ……」

「烏飼先輩?」


 その単語に黒い少女は反応を見せる。目鼻立ちが整っていてどこか大人びた雰囲気のある顔でじっとサンゴを見ながら疑問を投げかける。


「レンちゃん、この子ってもしかして烏飼先輩の親戚なの?」

「その通りなんですけど、サンゴさんはアタシ達より年上ですよ?」

「ええっ!? そ、それは失礼しました!! ごめんなさい、レンちゃんって誰にでも敬語使ってますから、つい……わたし、水山浅葱と言います!! うっ、烏飼先輩には日頃お世話になって……」


 驚きながらも、勢いよく頭を下げて自己紹介を始める浅葱を見てサンゴは笑いが込み上げてくる。確かに中学生と間違えられてもおかしくない見た目ではあるし、そのことを指摘されるのは嫌いなのだが、目の前で慌てながらも丁寧に謝ってくる浅葱を見て苛立ちは自然と萎んでいく。


「アサギちゃん? あたしはサンゴ……吉野サンゴ、って言うんだけどイツキのいとこよ。そんな必死に謝らなくても気にしてないから大丈夫!」

「サンゴさん吉野って名字だったんですか! 吉野さんとお呼びした方がよろしいですかね?」

「あー、サンゴのままで良いわ! そっちの方があたしも好きだし」


 ――名字、かぁ。小さいことだけど、こういうのも人間道との差よね……。


 魔界には名字の概念は存在しない。それ故にサンゴには名字などないのだが、一樹から「名字を名乗れる方が無難だろう」と言われ、「吉野」と名乗るようにしている。ちなみに「卯月」や「夢見」、「曙」などいくつも一樹や七曜から提案されていたのだが、紆余曲折があって「吉野」へと落ち着いた。なにやら図鑑を見ながら調べていたみたいだが、生憎サンゴは人間界の文字など読めない。響きから「吉野」を選んだだけである。


 ――どう書くのかも知らない「吉野」を名乗るなんて……なんか、滑稽ね。


 今にして思えば……その思い出すらもどこか薄ら寒い。吉野を名乗ったところで、所詮偽名にすぎないのだから……


「本当に申し訳なかったです。お優しいんですね」

「良いから良いから!! あたしが色々と未発達なのは事実なんだし!!」


 自分で言っていて少しだけ心に刺さる物があるが、年下に謝らせ続けるのも忍びない。ようやく浅葱は頭を上げて、微笑みを見せる。大人びた風貌が成す技なのか……どこか影があるものの落ち着きがあり、母性にも似た包容力触れる女性の微笑みだった。火蓮が浮かべている太陽を思わせる無邪気な笑顔とは対称的な笑顔に一瞬サンゴは心を奪われる。


「未発達なんてそんな……大丈夫です、わたしも小学校の時はそのぐらいでしたから、きっとこれから伸びますよ!!」

「へ、へぇ~、そ、そう……」

「みーちゃん、なにげ毒舌ですよね……その辺にしといた方が身のためですよ」


 どこか気弱な浅葱に怒りを直接見せるのは思いとどまった物の、サンゴの額には青筋が浮かぶ。どうも中学生どころか小学生に間違えられていたらしいことに気付いたのだ。浅葱の表情は晴れたままなのだが、第三者である火蓮はサンゴの恐怖に怯えているようだった。サンゴの怒りに気付かぬまま、浅葱は話を続ける。


「ところで、レンちゃんが変なこと言ってましたけど気にしないでくださいね。十中八九……と言うよりも、10中9.5ぐらいまで思いつきの言葉ですから」

「まるでアタシが思いつきで行動してるみたいじゃないですか! これでもその場で色々考えてますよ!?」

「それを思いつきって言うんじゃないかな? 頭の回転が速いのは認めるけど」

「熟考に熟考を重ねた上で実行してますって! サンゴさんもそう思いますよね!?」

「えー、そうかな? あたしも出たとこ勝負な所あるけど、カレンちゃんほどじゃないわね」

「そんな、サンゴさんまでー!」


 浅葱と共に笑い飛ばす中、サンゴは火蓮という人間について考える。ふざけた態度は相変わらずだが、先ほどの火蓮の言葉はかなり的を射ていたものであることも事実である。前回のバイトの一件と言い、どうにも火蓮には油断ならないところがあると言うのがサンゴの所感であり……実際、彼女が考えていることをサンゴは予測しづらい。本当になにも考えていないのか、はたまたその逆なのか……親しみやすい少女のはずだが、捕らえづらいところがあるのだ。


「で、なにも考えていないアタシと違って、サンゴさんはなにを考えていたんですか!?」

「うぐっ!? えーっと、その……」


 少なくとも頭の回転が早いことと、切り返しが上手いことだけは間違いない。素直に一樹の事を考えていたと言えば良いのかもしれないが、サンゴとて年頃の少女。想い人のことを考えていたなど自分の口から言うのは些か以上に恥ずかしいことなのだ。言い淀んでいると、思わぬ所から助け船が来る。


「レンちゃん、そう言うこと聞きすぎるのも失礼だよ?」

「えー!? みーちゃんは気にならないんですか? サンゴさんきっと烏飼センパイのこと考えてるんですよ! 青春ですよね!」

「気にならない、と言えば嘘になるけど……サンゴさんごめんなさい。レンちゃん、そう言うゴシップ話大好きなんですよ」

「面白いじゃないですか~。人の恋愛を外から突っつきながら眺めて、付き合ったら付き合ったで爆発を告げ、付き合えなかったら付き合えなかったで励ます……青春ですね!」

「爆発? 恋愛成就したんだから素直に喜べば良いじゃない、どうして物騒なことしなきゃいけないの?」


 人間界において定型文になりつつある「爆発しろ」と言う単語などもちろんサンゴは知らない。他人の恋を羨ましいとは思えど、嫉妬の感情までは抱かないある種からっとしている性格であること、そして魔界であれば魔術次第で人間道よりかは容易に物を爆発させられることもあり、本当に恋人を爆発させるのかとサンゴは思っているのである


「サンゴさんの言うとおりだよ。爆発しろ、ってよくみんな言ってるけどどういう意味なの?」

「お二方本当に現代っ子ですか……なんか、意味を説明しようと思うとしょーもないものがありますね」

「爆発云々はともかく、イツキのこと考えてたとかそんなことないから!!……ちょっと、自分のことを考えていただけよ」


 嘘をついてはいない。一樹の事を考えていて至った悩みであるとは言え、自分のことになっているのは事実なのである。


「自分のことですか。わたしも時々考えたりしますね。レンちゃんは…………。なにか、深刻な悩みなんですか?」

「なんでなにも言わずに目線を逸らすんですかね!? アタシだって、どのマフラーが自分に合うのかとか結構自分のこと考えてますよ!!」


 騒いで抗議をする火蓮を無視して、サンゴは浅葱の方を見遣る。初めて会ったにも関わらず、本当に自分のことを気にかけてくれているのだろう。真摯な眼差しからは初対面の人間に関する怯えと共に、思いやりが感じ取れた。年下でありながら、落ち着いた雰囲気を持つこともあり、胸の中の事を話してしまいそうになるが……しかし、そんな彼女だからこそ、"裏"の事を打ち明けるわけにもいかない。サンゴは精一杯の笑顔を作りながら、彼女に言葉を返す。


「別に深刻って程ではないわ。ごめんね、初対面なのにこんな変なテンション持ち込んじゃって」

「いえいえ、自分こそ初対面なのに差し出がましいですけど……なんて言いますか、自分がどういう存在なのかを考えることも大切だと思いますよ。義父(とう)さんの受け売りなんですけど、自分という存在は見えるようでいて、一番見えていないものらしいですから」

「見えていない、か……良いことを言うお父さんなのね」

「実の父ではないですけどね……ずっと昔からわたしの面倒を見てくれてる優しい方なんですよ」


 なにやら裏のありそうな言葉だったが、浅葱は微笑んだままだった。なにやら家庭に事情がありそうだったが……サンゴはそこまで詮索するほど野暮ではない。初対面だから、という理由ではなく込み入った事情があるものを下手に突っつくことはしない方が賢明なことぐらい知ってはいる。


永楽(えいらく)さんのお言葉って相変わらず良いですよね。灯台もと暗し、ってヤツでしょうか?」

「その通りなんだけど、レンちゃんが言うとなんか薄れちゃうなぁ……元々、お酒呑みながら言ってたことだからあまり大したことじゃないけど」


 「みーちゃんアタシのこと嘗めてますよね? ペロペロ舐め返しますよ!?」と舌を出しながら腹を立てる火蓮を宥めて、浅葱は再びサンゴの方を見る。


「話を戻しますと、自分をじっくりと見直して結論が出たところで、その結論はあくまで自分が出したもの。それが正解かどうかはわかりません。やはりそこに関わってくるのは他人からの目なのではないでしょうか?」

「なんか難しいわね……自分1人でウジウジ悩んでても仕方ない、ってことかな?」

「うーん、そんなところですかね? 自分のことだからと塞ぎ込んでないで、時には人に相談するのも良いと思いますよ!」

「そうですよ~。折角サンゴさんには烏飼センパイといういい人が近くにいるんですから、活用しなくちゃもったいないです!」

「活用って! もう、だからイツキのこと考えてたわけじゃないから!」

「サンゴさん顔赤いですよー! ねー、みーちゃん?」

「はい! 夕日に染まってなおさら真っ赤ですよ!」

「ええっ!?」


 思わず自分の頬に両手を当てる。手を当てたところで確認できるものではないのだが、その反応が火蓮と浅葱の狙いだったのだろう。2人とも顔を見合わせてクスクスと笑い合っている。


「ひっかかりましたね!!」

「ごめんなさい、冗談ですよ」


 片や騒がしく、片や物静かに、正反対だが仲むつまじく笑う2人を見て、サンゴはハメられた事に気付き、今度は本当に真っ赤な頬を見せる。


「2人とも笑いすぎ!! そうよ、イツキのこと考えてたわよ!! 2人はそう言う人いないの?」

「アタシにはいませんよ~! みーちゃんはどうですかね? 烏飼センパイの親友のあの人とかどうなんですか?」

「っ!!……」


 その一言に浅葱の笑顔は止まり、目線を反らして口を閉じる。すると、見る見る内に浅葱の黒めの肌が赤く染まっていく。湯気でも見えそうなぐらいに分かりやすい反応を見せる彼女にサンゴは「イツキの、親友……?」と首を傾げて……眼鏡をかけた人の良い変態の顔が浮かぶ。


「シチヨウのこと!? ダメよアサギちゃん!! アイツだけはダメ!! 熱でもあるの!?」

「ありませんよ!! もう、レンちゃん余計なこと言わないでっ!! そう言うレンちゃんだって……」

「いませんよ~だ! 良いですね、奥手なお二人の恋愛トーク!! やはり見ていて楽しいですよ!」


「えっ? 僕がどうしたって!?」


 騒がしく話し合っていたのもつかの間、思わぬ乱入者に一同はハッとなって声の方を見る。


「ありゃ~、噂をすれば、ですね」

「後藤先輩っ……!」


 火蓮と浅葱はそれぞれらしい反応を見せるが、サンゴの注意はそちらには向いていない。七曜がここを歩いていると言うことも驚きではありながら……その後ろから、ずっと不機嫌そうな無表情を浮かべている女性が真っ先に目に止まったのだ。


「なんの話してたの?」

「おい後藤。こんな所で油売ってないで早く連れて行け」


 癖のない長い髪の毛は女性であるサンゴから見ても憧れる。スタイルに関しても、スラリとしている割には出るところは出ているし引っ込むところは引っ込んでいる均整の取れた体つき。人の美をこれほどまでかと突き詰めた先にありそうな少女だった。火蓮や浅葱と同じ制服に身を包んでいることからも同年代なのだろうが……とても同年代には見えない。大人びた風貌、という意味であれば浅葱とてそうなのだが、しかし彼女とは違って雰囲気もまた大人の如き落ち着きをもっている。仕事ができるクールなキャリアウーマンと言われた方がしっくりくる少女を見て、しかしサンゴは不思議と既視感を覚える。


「……ほう、これはこれは……」


 自分の目線に気付いた少女もまた自分を見つめる。切れ長の目を更に細めながら睨み付ける少女の迫力は……音和による剥き出しの狂気とはまったく違う。研ぎ澄まされた氷柱を首元に突き付けられたかのような……鋭く、冷たい敵意だった

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