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名もなき物語  作者: 白カギ
《衝突の物語》
31/85

Part.10-2 魔術

 どれだけ時間が経ったかは分からない。魔力の大半を失ってしまい、今一つやる気が出ない一樹はただぼんやりと本に目を通している。本を読むのは割と早い一樹だが、今日ばかりはゆっくりと目を通しているし、何より内容がろくすっぽ頭に入ってこない。俺も寝たいなぁ、いっそ添い寝してやるか? と不埒なことを考えながら眠っている音和を眺めていた一樹は、不意にもぞもぞと動き出したのを見てハッとする。


「……烏飼さん?」

「よぉー、起きたか?」

「はい……ちょっと、ぼんやりしてますけど」


 ふと時計を見れば、それほど時間が経っていないことが分かる。手持ちぶさただったから、体感時間が長く感じただけだろう。この短い時間で昏睡から回復するというのはサンゴが施した魔術もあるのだろうが……恐らく"魔物狩り"で日々鍛えている賜物なのだろう。

 とは言え、今の音和は"魔物狩り"の狩人らしい活気に満ちているわけでもなければ、"殺戮者"としての殺気に溢れているわけでもない。先ほどの戦闘で憔悴しきっている姿は、控えめな笑顔と折り目正しい言葉を繰る常の姿と相まって、病気に罹った令嬢を彷彿とさせる弱々しさしか感じられなかった。


「具合は大丈夫か? 治療はさせたんだが……」


 自分の失言に気付き、一樹は口を押さえるも時既に遅し。音和は「させた、ですか」と短く呟き額を抑える。


「うっすらと記憶にあります……雨宮さんと言い烏飼さんと言い、あたしに教えなかった理由って、今回の件が魔人絡みだったからなんですね?」

「そうだ……魔人と協力関係を結んでるし、なにより相手を殺せば良いと言うわけでもないんだよ。だから、お前には頼れなかったわけだ」

「やっぱり、そうだったんですね。納得です……」


 力の抜けたか細い笑いを漏らして音和は体を起こす。か細い笑いはすぐさましかめられ、申し訳なさそうに俯いてしまっていた。目には後悔と反省の色が伺える。間違っても、先ほどまでサンゴを相手取っていた時のような狂気じみた色ではない。魔人の話をしても音和が豹変しない所を見ると、どうやら音和に事情を話さなかったのは失策だったようだ。音和がどこで"殺戮者"となるのか、一樹はおろか八雲でさえよく分かっていない。今までの経験から魔人を見てからなのではないかとおよその察しをつけてはいたものの、もしかしたら話を持ち出しただけで彼女は暴れ出すのではないかと危惧していたのだ。目の前にいる大人しい音和を見る限り、その心配は杞憂だったなと一樹は一段落する。あの状態になった彼女を1人で押さえ込むのは容易ではないのだ。


「どうしてあそこまで暴れちゃうのかな……視界に魔人が入ると、頭が真っ白になっちゃうんですよね」

「さぁな……それこそ、お前の過去に原因があるんじゃないか?」

「過去……そうですね。魔人が許せないって思いは昔から……あっ、ごめんなさい」


 一樹の方から過去に関する話題を振ったにも関わらず、音和はなにかに気付いた様子で口を止める。そんなこと意識してんじゃねぇよと音和の生真面目な所に少しだけ腹が立つが、心遣いの気持ちはありがたい物だった。


「……いや、記憶喪失なのイジられれば俺もキレるが、そんなことぐらいなら別に気にしねぇって。……んっ、待てよっ!?」


 記憶喪失について考えながら音和を見ていると、ふと"あること"に気がつく。怠惰な性格の一方で、一樹は思い立ったことは比較的素早く行動するタイプの人間なのだ。聞きたいことがあり、なおかつその事実に気付いた興奮もあってか音和に向けて顔を寄せる。急に近寄ってきた一樹の顔に音和は驚き、顔を赤くしていた。

 

「ななっ、なんですか急にっ!! ままっ、まだ心の準備ができてないんですよ雨宮さんっ!!」

「はっ?……いや、一樹だけど」

「えっ!? あぁ……ごめんなさい」


 一樹の知ったことではないが……局部に違いはあるとは言え、顔のパーツは一樹と八雲でとよく似ているのだ。未だぼんやりとしている音和は、想い人に顔を寄せられたと錯覚したのであろう。高鳴る心臓を押さえ込みながら音和は少しガッカリしながらも、「なんでしたっけ?」と聞き返す。


「気になってたことなんだが……喜多村、なんでお前の"解除"って俺の記憶喪失には効かねぇんだ?」

「……あー、そのことでしたら多分こういうことじゃないかなと結論は出てますよ」

「本当か!? できれば説明してくれると……」

「分かりました。えっとですね、あたしの"解除"ってその名の通り魔力配置を"解除"してるだけで、"術式"や魔力そのものを無効化してるわけじゃないんですよ」

「ん? 言いたいことがよく分からねぇけど。"術式"だの魔力配置だの小難しくて訳の分からない単語を並べるな」

「えっ。"裏"に関する基本的な知識なんですけど……?」

「…………生憎、詳しいことなんざ知らねぇまま育ってきたんでねぇ」


 吐き捨てるように呟いて一樹は罰が悪そうに顔を背ける。その姿に音和は「いじけないでくださいよー」と微笑みを見せ、


「でしたら、一から説明しましょうか? 長くなりますし、感覚的に分かってくれればそれで良いと思いますけど……」

「頼む」

「はい。まず"魔術"と言うのは、"術式"に魔力を流すことで発現するもの、と言うのはご存じですか?」

「なめるな、もちろん……」


 知らなかった、などとは己の小さなプライドにかけて言えない。七曜が呟いているのを耳にしたことはあるが、その度に面倒で聞き流していたこと、自分にとって魔術の師にあたる人物からは『道理など知る必要はない! 我も知らぬからなっ!!』と豪語されたこともあって一樹は魔術を理論的に学ぶことなどしてこなかったのだ。実際、身の回りにある科学製品や医療技術についてどうして動くのか、どうして体に効くのかすべて理解した上で使っているわけではないのと同様、あくまで便利な物としてしか使ってなかったのである。


「失礼しました。烏飼さんもご存じの通り、"魔術"を発動させるプロセスとは、まず"術式"を描き、その"術式"に自分の魔力を流すことなんです」

「も、もちろん知ってるさ……しかし、俺は"術式"なんざ全然知らんぞ?」


 一樹も魔術をいくつか使える。だが、"物質の重さを変える魔術"にせよ、風の刃を生み出す"風刃"にせよ一樹は特に意識して"術式"を描いてなどいない。しかし、それでも事実魔術は発動していたのだ。


「"術式"を実際に絵などに表す方もいるみたいですが、多くは無意識の内に描いてるそうですよ。"魔術"を使う際、自分が思い描く強さの象徴。それが自然と"術式"に変わるみたいです」

「ほう、都合の良いものなんだな」

「そうは言いますけど、"術式"を発現するだけでも大変みたいですよ? "術式"に見合う魔力を持ち、なおかつ術者が魔術を発動させたいと言う強い意思を持たない限り生み出せないみたいです」

「意思と魔力がないとできねぇってことか? 魔力を持っていながら、"表"の人間や魔術の知識しか持たない"裏"の人間が魔術をポンポン出せないのはそう言う理由なのな」

「そうですね。意思と魔力がない限り魔術は生まれません」

「……願望と才能ってわけか」

「その才能(まりょく)も生まれつきに差はありますけど、いくらでも伸ばしていくことは可能なんですよ? とは言え、あたしのような超能力者には不可能なことなんですけどね……」


 言われてみれば……音和は超能力者でもあり、魔力を持たない人間である。そんな人間に魔術の事を教わるとはなんとも情けない気分になる一樹だった。七曜が自慢げに呟いてくるのもそれはそれで腹が立つが、だからと言って実践することが不可能な人間に話されるのもどこか釈然としない。


「"術式"を発動させるのも困難ですが、"術式"に魔力を通すのも難しいらしいですね? 烏飼さんも慣れるまで相当苦労されたのではないですか?」

「……確かに」


 かれこれ記憶を失って以来5年ほど修業を繰り返しているが、現状でもまだ完全にこなせていないのは事実である。最近は使っていないが、"重さを変える魔術"は日常生活の中でも意識的に使っていた(修業の一環としてまずそちらを完成させることを"師匠"から言われていたためだが)こともあり、使うのには慣れている。しかし、"風刃"に至っては今朝にもサンゴに「魔力形成がなっていない」と言われるレベルである。だいぶ安定するようになってきたが、未だに100%の力を発揮することができないのだ。


 魔力が少なすぎれば"術式"は弱くなるし、

 魔力が多すぎれば"術式"は壊れてしまう。


 実体験から一樹もそのぐらいの事は学んでいた。


「それで、魔力配置を"解除"する、ってのはどういうことだ? "術式"に流した魔力の配置をばらけさせる、って事で良いのか?」

「その通りです。"術式"に魔力を流すことで、魔力は"術式"に沿って配置されます。すると、"術式"は魔術へと変わり……例えば、烏飼さんの"風刃"であれば、風の刃が生じるわけです。この風の刃は"術式"通りに配置された魔力の塊なんですよ」

「そこに喜多村の"解除"を当てることで、"術式"通りに配置された魔力は文字通り解除される、と」

「はい!! 解除されて個々の魔力に別れるんですよ……それがあたしの"解除"のシステムです」


 ひとしきり説明を終えて音和は一息つく。一樹は「となると……」と頭を働かせて今までの情報を整理する。


「魔術によって傷つけられた傷が"解除"で元に戻らないのと同様、既に入れ替わっている記憶に向けて"解除"を叫んだところで無意味なわけか」

「その通り、流石です烏飼さん!」


 教えたことを素直に吸収してくれて嬉しいのであろう。音和はニッコリと笑顔を見せる。タイプではないとは言え、目鼻立ちは整っている音和に笑顔を向けられて決して悪い気はしない。自分の周りにいる女子達はサンゴや火蓮を始め、明るい子が多いこともありこういう笑顔は新鮮だったが……この笑顔を直接見て、割とありだなぁと一樹は思う。


「補足ですが……何らかの魔術が現在烏飼さんの脳内で発動していて、記憶が思い出せない状態にあるとしても、やはりあたしには"解除"できません」

「と言うと?」

「はい。詳細に検証したわけじゃないですけど、あたしの"解除"ってこの声を直接魔術に当てなければ効果はないんですよ。ですから、今ここで烏飼さんの脳みそ開けて"解除"と言えばもしかしたら記憶戻るかもしれないですけど……試してみますか?」

「それ、冗談か本気かどっちだ?」


 おそらく冗談だろうが……どうにも冗談に聞こえない。マジメなだけあって、冗談と本音の線引きがよく分からないのだ。マジメすぎてどこか物騒な少女……それが喜多村音和なのである。こういう所には、どうにも魔人を見た時の恐ろしい彼女が垣間見える気がする。


「遠慮しておくわ……仮にできたとして、その後戻せるんだろうな? 植物人間になっちまったらなんの意味もねぇんだぞ?」


 音和が、というよりは"解除"が手段とはならないことを確認して溜息をつくも、"魔物狩り"に頼み込んで頭を解剖した後、音和に"解除"を当ててもらうのもある意味合理的ではないかと一瞬だけ思ってしまう一樹である。とは言え無駄足に終わる可能性の方が高そうであることもあってその選択肢を即座に捨てる。音和も冗談として言っていたのだろう、即座に「ですよね」と笑いながら言い、


「さて、っと……そろそろ失礼します」

「ああ、日本支部まで帰るのか?」

「いえ、今日は駅前のホテルで一泊していく予定ですよ。名目上、溜まっていた休暇の消費で来たんですけど、ちょっと佐久間(さくま)さんに頼まれてることがありまして」

「佐久間って言うと永江(はるえ)さんのことか? あの人の頼み?」


 言われて一樹は見た目小学生、実年齢三十路近くの女性の顔を思い浮かべる。佐久間永江とは、一樹や八雲にとって並々ならぬ大恩人であり、"魔物狩り"を引退しているが今なお"魔物狩り"の上層部に君臨する女性だ。あどけない容貌とは裏腹に、かなり頼りになる敏腕女性である。


「はい。日浪市でちょっと見てきてほしい物があるみたいで……それもありますので、今日はお暇します」

「そっか。あの人の頼みか。なんなら手伝うぞ?」


 珍しく目の色を変えて他者の手伝いを申し出る一樹。そのぐらい永江には恩情を感じているのだ。記憶を失った直後、八雲の母親である八重は夭折してしまったわけだが、その八重に代わって自分達が路頭に迷わないよう手回ししてくれたのが他ならない永江なのである。いつまで経っても、彼女には頭が上がらないのだ。


「そんな大変なことじゃないですから大丈夫です。片手間に終わることですからお気になさならいでください」

「わかった。……ところで、駅まで行くのか? ちょっと用事もあるし、送ってくよ」

「いえいえ、そんな恐れ多い……1人で行けますから大丈夫ですよ」

「いや、用事あるのはマジだから送るって」


 元々、サンゴと待ち合わせをしている場所が駅に近いのだ。であれば、サンゴと落ち合うためにも、そして万が一サンゴと音和が鉢合わせてしまった時のためにも自分も一緒に行くのがベストだと判断したのだ。


 ――ちょっと遠回りしていくか……


 田んぼ道を通る最短ルートを以前サンゴに教えていたが、ここを通って音和とサンゴが鉢合わせることは避けたい。道が狭いことを除けば、駅まで近い上に人目も少ないため一樹は重宝している。公道を通ると少し遠くなるが今回ばかりは背に腹は代えられない。こちらにサンゴが歩いていたらどうしようもないのだが、少しでも確率を減らすためならそうするしかないだろう。「そう言うことでしたら分かりました、一緒に行きましょう」と音和も了承し、2人は烏飼家を後にした。

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