Part.10-1 魔術
「……で、色々と説明してもらいたいわね?」
先の一戦の後、押し入れから布団を出しながらサンゴは不満そうに口を叩く。「ちょっと待ってろ」と背負ってきた音和を布団に寝かせた後に、一樹は「そうだな……」と腕組みをする。
「俺がお前と喜多村を会わせたくなかった理由ってのは分かっただろ? 朝にしっかりと説明しておけばよかったな。本当に申し訳ない」
一樹は手をついて頭を下げる。サンゴに命を脅かしてしまったというのは事実であるし……具体的に音和のことを話してさえいれば、そもそもこの事態に陥らずにすんだのだ。実は八雲から音和のこのことをなるべく口外しないでほしいと頼まれていたが故の行動だったのだが……それを踏まえても、やはり伝えないことを選んだのは自分である。謝罪の意思をはっきりと伝えるように、一樹は土下座の姿勢を見せる。
「それは……まぁ、別に良いわよ。あたしだって悪くないわけじゃないし」
「顔を上げなさいよ」と言われたのを機に一樹は顔を上げる。サンゴを見れば、納得できたようなそうでないようなと複雑そうな表情を浮かべていた。
「治癒には時間かかるわけだし、ちょっと説明してくれないかしら?」
サンゴは【アプソル】をハタキほどの大きさに短くして自身に突き刺す。先ほど、一樹の魔力を限界まで【アプソル】に吸わせたこともあり、彼女は魔力を躊躇いなく使っているようで、見る見る内に傷口が塞がっていく。強力な魔術を放つことのできる、魔人にのみ使用を許された魔宝具である【アプソル】だからこそ、ここまで素早く確実に傷を治すことができるのだろう。七曜に以前聞いたことだが、傷を治す魔術は思っているほど即効性があるわけではなく、【アプソル】の治癒力はそれこそ段違いなのだそうだ。
「先に言っておくが、俺も喜多村のすべてを正確に知ってるわけじゃない、ってことだけは頭に入れておいてくれ」
一樹と音和の関係を簡単に言い表せば、友達の友達ぐらいの距離である。一樹と音和の仲は決して悪くはないが、頻繁に連絡を取り合ったりしているわけでもないのだ。知り合い以上友人以下の関係であるし、そもそも音和本人から詳しく事情を聞いたのではなくすべて八雲からの伝聞なのである。その言葉にサンゴは「分かったわ」と短く答える。
「普段はこの通り大人しい奴だ……虫も殺せないような穏やかな顔しながら"魔物狩り"で働いている、というギャップはあるが、良識的で人当たりの良い才女ぐらいのイメージしかないだろ?」
「確かに。落ち着いた雰囲気がよく似合う、優しそうな人に見えたわ。それこそ、アンタによく似合いそうな……」
「なんか言ったか?」
「なっ、なにもっ!!」
わざと聞き返して言わせてみたかったのだが、サンゴは聞き逃していたことに安心したのか手を振って誤魔化している。ちなみにだが一樹の好みの女性は……聞かれてすぐに答えることはできないが、少なくとも音和のような大人しいタイプはあまり好みではない。一種の同族嫌悪なのか物静かな人間よりも騒がしい人間の方が一樹は好きだったりするのだ。そう言う意味では、サンゴは割とタイプだったりする。
――ただ、体がなぁ……。
「……そう言えば、後で刺すって公言してたわよね? なんか今無性に刺したくなったんだけど」
「さっき魔力やっただろ? そん時刺したじゃねぇか……それで、だ。そんな喜多村だが、魔人を見ると性格が変わる。先ほどのように凶暴化するんだ」
「…………」
「サンゴ?」
サンゴの顔に曇りがさす。俯いた彼女の顔を覗き込むが、目が合った直後にサンゴはハッとして「ごめん、続けて」と先を促す。なにか思い当たることがあったのだろうか? 一樹にはその心当たりがつかず、先を進める事を選ぶ。
「その恐ろしい姿に、"魔物狩り"では"殺戮者"の異名で恐れられているそうだ。そうなったらこの通り意識が飛ぶか、相手が目の前から逃れるか……相手を殺戮するまで普段の喜多村に戻ることはない」
「みたいね。それは身をもって経験したわ」
身震いしながらサンゴは音和を覗き込む。一瞬、音和が寝返りを打った拍子に「ひっ!」と身を引いていたが、音和の恐怖がしっかりと刷り込まれてしまったのだろう。
「喜多村の機動力もさることながら、超能力の"解除"で魔術を無効化し、体中に仕込んだ暗器を用いて魔人をただひたすらに追い詰める。自身の魔術は効かないくせに、相手は先の読めない攻撃を繰り広げていくわけだ。並の魔人なら……逃げることすらままならねぇだろうな」
「……あたしも無理だったわね。本当に、恐かったし……」
「俺も一度喜多村が"殺戮者"となったときの姿は見ている。凄まじい殺気を振りまく喜多村はマジ恐いよな」
「…………くせに……」
「えっ? なんだって?」
今度は本当にしっかりと聞き取ることができなかった。聞き返すが、サンゴは「別に」とそっぽを向いて【アプソル】を抜き、そのまま音和へと突き刺す。【アプソル】を治癒に使う場合、痛みを感じないというのは一樹も先日身をもって経験している。その痛みで音和が目を醒ますことはなかったが、しかしサンゴは「あれ?」と首を傾げている。
「……魔力が吸えない?」
「あー、言ってなかったな。超能力者って分かるか?」
「聞いたことならあるわ。魔力を持っていない特異な人間でしょ? 魔術を使えない代わりに、唯一無二の超能力を使える……なるほど、度々叫んでた"解除"って超能力だったのね。確かに魔術を無効化するなんて、魔術でできるとは思えないし」
溜息をつきながら、サンゴは【アプソル】に籠もっている魔力を使って音和の傷を癒していく。サンゴと違って直接的な負傷は少ないのだが、念のために治癒の魔術を流している。元々一樹が頼み込んでいたことであり、サンゴは治癒することに渋々同意していたが……無理はないだろう。
「なるほど、だからイツキはあんなに多く魔力をくれたわけね」
「その通り…………はぁ、なんか怠いわ」
一樹も詳しく知っているわけではないが、音和は超能力者と言われる物である。といっても、物を浮遊させたりハンドパワーがあるといった超能力者ではないし、そう言った超能力が使えるわけではない。魔力をまったく持たずに生まれてきた人間、それが超能力者である。彼らは魔術を使うことができない代わりに、他の方法では再現不可能な特別な能力、超能力を持つ。音和の"解除"もその超能力の1つであるのだ。
「だから、そんなに疲れてたのね。ハイエナしかしてない癖に」
「その通り……もうくたくたでな、動くのも怠い」
人間は生きるのにも無意識のうちに魔力を用いている。魔力が減少すればその分疲労は溜まっていく。そう言えば、音和達超能力者は魔力を持たないらしいが、どうやってその魔力を補っているのだろうか? 一樹は少しだけ疑問が沸くが、サンゴは「はいはい」と軽くあしらいながら槍を抜き、立ち上がる。
「余った魔力は迷惑料としてもらっておくわ……それじゃあ、少し出てくわね」
「どこ行くんだ?」
「どこ行くって……当てはないけど、オトワのいないところに。目醒まされて殺されかけるのはもうゴメンよ」
襖を開けたサンゴは立ち止まり、一樹の方だけを見る。音和を見たくないという気持ちは一樹にはよく分かる。ああなった音和を初めて見た後はしばらく敬語を付けて接してしまったほどだったのだ。その殺意を直接向けられたとすれば……話すことはままならないとは言え、視界に入れることすら躊躇うレベルだろう。
「分かった。駅の方に行ってくれないか? 夕飯、七曜のバイトしてる店で食おうと思ってるんだ」
「了解……それじゃあ、また後でね」
どこか刺々しい態度が気にかかるが、音和への恐怖がまだ抜けず彼女から早く離れたいと思っているのであろう。ついに音和の方を見ることなくサンゴは部屋を後にする。廊下を歩く足音がどこか急いでいるようにも感じられた。




