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名もなき物語  作者: 白カギ
《邂逅の物語》
3/85

Part.2 両者の戦法

「うおらっ!!」


 機先を制したのは一樹だった。強い一歩を踏み込みながら、剣道における面の要領で日本刀を振り下ろす。脳天目がけて真っ直ぐに叩き付けられる一撃を少女は槍で受け止めた。思い切り振り切った面の割に衝撃は軽く、少女は小さく吹き出してしまう。


「拍子抜けねっ! 小手調べにしても弱すぎじゃないの?」

「はっ、可愛い顔に傷を負わせたくねぇだけだっての。この後のこともあるしねぇ」

「だから、物の言い方を考えろっつってんの!!」


 言葉の勢いを槍に乗せて、一樹の刀は押し切られる。押し出された勢いに任せながら一樹は後ろに飛び退って距離をとる。刀を再度構え直す一樹だが、既に少女は駆けだしていた。


「はぁっ!」


 一歩踏み込んで突きを繰り出す。迫り来る穂先を、一樹は刀ではじく。眉間目がけてまっすぐ放たれた刺突の正確さと、その素早さは槍と言うよりは銃弾に近い。一樹は少女の実力を改めて思い知る。

 刺突をいなされて少女は前のめりに体勢を崩してしまう。絶好の隙に見えたが、しかし少女は即座に大地を蹴ったのだ。足を話して錐もみ状に空を舞いながら、胴を狙った一閃。なぎ払いを、一樹は刀で防ぐ。刀にのしかかる衝撃は空中ではなったにしては大きく、一樹の腕を痺れさせる。少女は反作用の力を利用する。槍を起点として体を捻り、大地に足を付けたのだ。付けた後に少女は槍を引き戻し、再度刺突を繰り出す。


 ――喉元かっ!!


 少女の目線と槍の軌道から狙いを読み取り、一樹は攻撃を予測。痺れる腕をなんとか振り上げ、槍をはじき飛ばすことで刺突を防いだのだ。手を離れて空を舞う槍を見ながら、少女はにやりと笑みを見せる。


「へぇっ、やっぱりそういうことね……」

 ――っ!?


 見透かしたような言葉とあどけない微笑みは一樹の心を射貫く。少女は跳び上がって槍を手に掴み、下にいる一樹に切っ先を向ける。


 ――この反応……もう読まれたか。


 一樹は刀を振り上げ、今度は少女ごと攻撃を弾き飛ばす。少女は空中で体勢を立て直し、大地に着地。最初に向き合った時と同じぐらいの距離を取って向き合った。あれだけの動きを見せ続けながら、少女は息1つ乱すことなく、威風堂々と屹立している。


「今のやりとりで、いくつか分かったわ。一つ目。アンタ、実戦経験そこまでないでしょ?」

「はぁ……ご名答……」


 対して一樹は重い吐息と共に答えを返す。肩で息をする所までは行かないものの、少女に比べて消耗していることは見て取れる。


「魔獣含めて、闘った回数はまだ両手で数えきれる。対人戦の実践なんざ、これが3回目だぜ?」

「やっぱりね。着いていけるのは褒めてあげるけど、それで精一杯って感じだもん」


 最初の一撃を除けば、防戦一方の動きしかできなかったのだ。一樹の実戦経験を見抜いた上で、少女は構えを解かない。油断をしない性分なのか、はたまた自分を買っているのかはわからないがその気骨は一樹にとって複雑だった。

 剣の腕だけで言えば、この少女と比べて大きく劣る。そんな一樹が着いていけるのはある"からくり"によるものだが、恐らくこの少女はそちらにも気づいているのだろう。人差し指と中指を立てながら、少女は口を開く。


「二つ目。あんたの魔術ね」

「ちっ、やっぱり読まれてんのかよ」


 一樹は辟易するように舌を打つ。一樹はなにも"体力"的に疲労している訳ではないのだ。むしろ"体力"だけであればここまでの戦闘で息を切らさないだけの自信がある。

 ではなぜ息を切らしているのか。それはひとえに、"魔力"を使っているからである。


「そう考えると最初の振り下ろしの弱さ……というよりは、"軽さ"ってのも納得がいくわね」

「っ……」


 図星を突かれて一樹の眉がピクリと動くのを少女は見逃さない。些細な反応に追い打ちをかけるべく、少女は自分の突き止めた真実を突き付ける。


「最初の攻撃の"軽さ"と、さっき武器を弾き飛ばした攻撃の"重さ"。刀を振る直前のアンタの状態を鑑みると、明らかに不自然じゃない。アンタ、重さを変えることができる魔術かなんか使えるんじゃないの?」

「……やれやれ」


 嘆息を肯定とみなし、少女はしてやったりと言いたげな表情を浮かべる。


 最初の打ち合いから幾度か使っている一樹の魔術、それは少女の指摘通り物体の重さを変えるものだ。

 細い刃渡りや時代劇で軽々と振るう印象から軽い物だと思われがちだが、実際の日本刀は1kgほどの重さがある。一樹がこの刀を振るってからそこそこ長い年月が経つとは言え、それでも軽々と振り回すのは決して簡単なことではない。先手を取るためにも、一樹は刀を"軽く"して武器の重量を軽減。そのまま振るったため、彼の初撃はそこまで重いものではなかったのだ。

 逆に先ほど武器(やり)を、そして少女を弾き飛ばしたときは、完全にはじき飛ばせるように"重く"した。刀の重さが一様であれば、まず出すことのできない大きな力で弾き飛ばしたのである。

 この魔術で消費する魔力はそこまで大きくない。しかし、元々魔力の貯蔵量が高くない上に、魔術の才能に乏しい一樹にとってはあまり回数をこなせる魔術ではないのだ。こればかりは生まれつきの才覚が大きく影響するために、鍛練を積んだところで大きく変えられるものではない。重さを変える度に魔力を多く消費してしまうし、特に重くした場合刀を振るうためにも体力も大きく消耗してしまう。重さを自在に変えられるように繰り返し剣を振るっては来たが、少女の素早い動きも相まってその消耗は修行中の比ではない。


「完璧……猪突猛進タイプかと思えば、案外賢いじゃねぇの。そう言う女好きだねぇ」

「もうセクハラは良いわ、ツッコまないから」

「別に世辞じゃねぇさ。手札を読まれちまったことへの素直な賞賛だ」


 一樹は自嘲の笑みを浮かべる。どこか暗さのある顔に浮かんだその微笑に、まだなにか切り札を隠しているような印象を少女は受けた。なにより、ここまで手の内を明らかにしても道化ぶった態度が変わらないところに違和感を覚える。


「食えないヤツ。なんかまだ手があるの?」

「ねぇよ? ねぇからそっちの手を教えてくれよ。槍の長さをいじれる能力なのか? その割にはこの攻防中にはリーチが変わってないようだが……」


 しれっとした表情で平然と言ってのける一樹に、少女は一瞬闘志が萎むのを感じる。


「いやよ、せいぜい自分で見つけてみなさい!!」


 言葉と共に少女の方から直後に鋭い風切り音が響く。一樹に向かって飛びかかるのではなく、手にした槍を投げつけてきたのだ。


 ――確かに、槍は突く、払う、切る……そして投げるっつー多種多様な攻撃手段があるよな。


 放たれた槍は真っ直ぐに一樹の頭に向かってくる。一樹は一瞬のうちでどう避けるべきかを判断。身をかがめて、少女に向かって走り出す。槍をくぐった先には、こちらに向かってくる少女の姿。


「おっと、やっぱりそこに――!?」


 最初、一樹は少女が徒手空拳でかかってくると思い込んでいた。そこを一樹は刀で迎撃。そんな作戦を立てていた。

 だが、実際に少女を目の当たりにして一樹は目を疑う。

 一直線に駆けてくる少女。その右手に持っているのは、


「これは予想できたかしらっ!?」


 少女の身長ほどはありそうな槍。鋭い切っ先が先端に付いたそれも、今頭上を過ぎ去ったそれも紛れもなく彼女の槍だった。


 ――くそっ、避けきれねぇ!!


 一樹はすんでの所で身をよじり、直前で読んだ軌道に合わせて"重くした"刀を当てる。しかし、刺突は予想していた軌道よりも内側に繰り出されていた。弾いた切っ先により直撃こそ避けられたが、その切っ先は一樹の脇腹を抉る。鋭い痛みに、一樹の顔が歪む。


「……だが、これでいい」


 短い呟きと共に、一樹は口角を上げる。左手で自分の脇腹を抉った槍を掴み、"重さ"を変える。


「……えっ!?」


 急に握りしめていた槍が軽くなったことで、少女の力が緩む。一樹はその瞬間を狙って一気に槍を引っ張った。

 槍にしがみついたままだった少女と衝突する直前、一樹は口を開く。


「ねぇって言ったな。あれ、半分嘘だ」

 ――半分は嘘じゃない……自信がねぇ、つまりまだ"手札"じゃねぇんだよ


 一樹は内心で自嘲気味に自分にツッコミを入れる。右手に握ったままの刀を大地と水平に構える。少女はそれを見て咄嗟に手を離して距離を取るが、その動きに合わせて一樹もまたついて行く。刀身の輪郭を蜃気楼の如く歪ませる魔力の流れに少女は気付いた。渦巻くように刀の周りを覆っているのは、"風"。


 ――やっぱこんぐらいの距離じゃねぇとまだ撃てねぇな。


 一樹は魔力を操作し、刀を覆う"風"を刃の方に集中させる。魔力は、風で出来た薄い刃を形作る。


「"風刃(ふうじん)"」


 小さな呟きと共に、刀を振るう。刀自身は空振りをしながらも、纏った風の刃は勢いよく少女の方に放出されていく。一樹自身の勢いと、直前で"軽くした"刀の素早い振りによって放たれたその刃は少女の腹に直撃し、その小さな体を吹き飛ばしたのだ。

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