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名もなき物語  作者: 白カギ
《衝突の物語》
28/85

Part.8 "解除"

「カハッ!」


 背中を叩き付けられた衝撃で一瞬呼吸が止まってしまう。応接室に入り、音和と言う少女と目を会わせた直後……サンゴの小さな体は、裏庭の大きな木の幹まで吹き飛ばされていたのだ。肺に溜まった空気を吐き出し、咳き込む。


「ゴホッ、ゴホッ……はぁ、はぁ」


 呼吸を整えながらなにが起こったのかを考えようにもサンゴ自身、なにが起こったのか分からない。気付けば後ろに吹き飛ばされていた、と言うただそれだけだった。


 ――多分、オトワってヤツに吹き飛ばされたんだろうけど……でも……


 直後に押し寄せてきた、怒濤の如き大声にサンゴの詮索は止まる。


「魔人か、貴様ァァッッ!?」


 いや、正確には、


 ――……――


 その姿を確認した瞬間、サンゴは何も考えることができなくなってしまった。


 サンゴの目に写るのは、自分へと突っ込んでくる一人の少女。姿形こそつい先ほどまで一樹と和やかに話していた音和だが……。


「ぶち殺すッ!!」


 敬語を欠かさない丁寧な口調は口汚くただ相手への敵意を吐き出している。血走るほどに見開かれた目や、笑顔のように噛みしめた歯を剥き出しに憤怒や憎悪に駆られている。殺意の塊となった音和が、サンゴを仕留めるべくナイフを手にして突っ込んできていたのだ。思いがけない行動と鋭すぎる殺気に、サンゴはただ目を見開いたまま動くことができない。


 ――……――


 弾丸の如き早さでまっすぐにサンゴへと突っ込み、そのまま胸元を抉り、頸動脈をかっ切る。

 間歇泉のように血は勢いよく吹き出し、大地へと血の海を作り出していき、首を掻ききられたサンゴは大地へと倒れ込み……


 ――はっ!?


 そんな自分が脳裏に過ぎった所で、意識が残る。急いで首元を触って見れば、傷はどこにもない。だが、音和の殺気に当てられた影響なのか、その首筋には驚くほど血が通っていなかった。そんな幻影を見せるほどに音和の殺気は色濃いものだった。これまでいくつもの死線をくぐり抜けてきたサンゴが感じた事もない死の恐怖が徐々に近づいてくる。


 ――……恐いっ!!


 思考が戻ってきた時、胸を打つ鼓動は早くなり、体中から汗が噴き出す。見開かれた目を閉じることなどできず、どうするかを考えている間にも音和はどんどん距離を詰めてくる。


「殺すッ!! 殺す殺す殺す殺す殺す……ッ!!」

 ――死ぬっ……


 自分を試しているだとか挨拶代わりの手合わせだとかそう言う気配は微塵も感じられない。彼女は協力に来てくれたのであろうが、それを理由に躊躇していれば、先の幻覚はそのまま現実へと変わるだろう。


 ――このままじゃ、死ぬっ!


 死への恐怖が彼女の心を駆り立てる。サンゴは立ち上がり、右手に【アプソル】を召喚して、2本に分けた。両の手に1本ずつ握りしめた【アプソル】を構え、突っ込んできた音和へと向ける。


「死に晒せェッ!」


 槍のリーチ差を考え、接近戦は不利と判断したのだろうか? 音和は握っていたナイフを投げつける。乱雑に投げたように見えるが、助走の勢いと共に放たれたナイフはまっすぐに喉元へと向かっていた。その卓越した投擲術と素早く的確な判断力は、度を外れた殺意に動きが単調になっているのではないかと言うわずかな期待を打ち砕く。サンゴは避けようとするが、しかし恐怖に体がすくんでしまっている。


 ――避けなきゃっ!! 動きな、さいよっ!!


 太ももを殴りつけて自分に喝を入れる。即座に右へと避けようと体を動かすが、その動作の中で見えた音和の行動に目を見開く。


 見れば音和の両手には、先と同じナイフが2本ずつ握られている。いつの間に現れたのかを考える暇も与えずに、音和はそのうち2本のナイフを右側へと、つまりサンゴが避けようとしていた方向に投げつける。自分の構えを見たその瞬間に判断してナイフを投げていたのだった。


 ――死んで、たまるかぁぁああっ!!


 先に投げられた2本のナイフを避けた後、サンゴは右手の【アプソル】を振るって後から飛んできたナイフを払い落とす。着地と共に、サンゴはそのまま腰を落とし、刺突の構えを作る。


「はぁあっ!」


 それまで感じていた恐怖ごと打ち砕くのように、両手に握った【アプソル】を勢いよく突き出す。音和は両の手に握り込んだナイフの刀身で槍を抑える。つばぜり合いの状態になり、自分をしかと見定めている音和の血走った双眸、殺気だった相貌と向かい合う。間近少しでもこの殺気に押されて力を緩めれば、ナイフに込められた力は槍を弾き飛ばしてそのまま自分を刺し貫くに違いない。虚勢かもしれないが、彼女に負けじと声を張り上げる。


「ちょっ、ちょっと落ち着きなさい! あたしがなにしたってのよ!」

「きたねェ声を耳に入れさせんな、魔人風情がァ!」

「魔人……」


 音和の口元が動き、小さな風切り音が聞こえる。

 次の瞬間、サンゴの額に激痛が走った。


「ぐっ!?」


 【アプソル】を押しだし、サンゴは。手の甲で額に触れてみれば、チクチクとした感触が強くなる。


 ――含み針!? 味なマネを……!?


 相手の武器におよその見当をつけた直後、息もつかさず飛んできたナイフをサンゴは弾き落とす。

 槍を振るって視界が開けた時、音和の凶暴な笑みが目の前まで迫っていた。


 ――まっ、負けるかぁっ!!


 その笑みを拒むように左手に握っていた【アプソル】を振るうも、音和はそれを右手で防ぐ。リーチが長いとは言え、所詮槍である。懐に潜り込まれては柄の部分で殴るほかなく、そして音和とサンゴの距離は10センチもない。振るった長槍も大した威力を発揮できず、いとも容易く受け止められてしまう。

 そして、音和の行動はそれだけで終わらない。【アプソル】を受け止めた右腕をくるりと回し、【アプソル】を握りしめる。音和の左手に気付けば現れているナイフを確認したのもつかの間、音和は勢いよく【アプソル】を引っ張る。


 ――それは前、イツキにやられたわっ!


 サンゴは慌てることなく、左手の【アプソル】を手放し、後ろへジャンプ。1本失ってしまうが、右手の【アプソル】さえあれば手元に呼び寄せることができる以上、固執する理由はない。


 ――話が通じないし……魔力を吸収して気絶させるのがベストね。


 サンゴの背後には、先ほど背中を強打した大樹がどっかりと構えている。サンゴは大樹の幹を蹴り飛ばし、その反動で更に上昇。含み針がどこまで届くのか、そもそもまだ仕込んでいるのかは分からないが、この距離ならば直撃は免れる。そう判断し、サンゴは音和の手元にある【アプソル】を呼び寄せた後、空中で1本の大槍へと合成。サンゴの倍近い長さを誇る【アプソル】を振るう。


 その状態の【アプソル】のリーチですら音和に届かず、空振りするだけであったが……槍の振るった軌跡は、空に残り、1本の線を描いている。


「"軌槍(トラック)"っ!」


 サンゴのかけ声と共に、軌跡は球形へ収束。球は槍の形をして音和に向けて伸びる。【アプソル】の切っ先に魔力を残し、振るった魔力の軌跡を槍へと変える魔術……先日、ヴァンを仕留めるときに身につけた魔術である。魔術で生まれた槍は、【アプソル】同様対象の魔力を吸収することができる。


 ――これで魔力を吸収してやれば――


 そんなサンゴの目論見は、次の瞬間に吹き飛ばされる。

 音和は光の槍を避けるでも防ぐでもなく、そこへ向けて突っ込んできたのだ。"軌槍"に真っ向から立ち向かうかのように音和は大地を蹴って跳躍する。


 ――えっ!?


 互いの速度を増しながら、音和と槍の距離は狭まっていく。

 音和の顔へと槍が突き刺さる瞬間、音和は口を開く。


「"解除(ディスペル)"」


 サンゴの耳元まで聞こえたディスペルというただ一言。その一言の後、サンゴが生み出した光の槍は消え去っていた。

 理解が追いつかないサンゴの目の前に、飛び上がってきた音和の狂気に歪んだ顔が。


「死にさらせッ!!」


 音和の握りしめたナイフがサンゴへと突き付けられる。何の迷いもなく心臓目がけて放たれる一撃に気付いてサンゴは我に返る。


 ――やばっ!


 サンゴは一瞬のうちに【アプソル】を短くし、左手へと持ち替える。自身の心臓を護るように【アプソル】の柄をナイフの切っ先に当てるも、軌道をずらしたナイフはそのまま左手の甲へと突き刺さる。痛みに顔をしかめるが、音和の猛攻は終わらない。彼女の右手に握りしめられている得物を見て、思わず「え」と間抜けな声を小さく漏らす。


 彼女の右手にはナイフの柄ではなく……短銃のグリップが握られている。右袖に仕込めるような小さな銃。射程距離こそ短い物の、この近距離であれば関係ない。


「中身抉れて死にさらせやぁっ!」


 いつの間に握られたのか、などと言うことを考える暇などサンゴにはなかった。


 乾いた音が広い空へと鳴り響く。

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