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名もなき物語  作者: 白カギ
《衝突の物語》
27/85

Part.7 危惧

「――改めまして、お久しぶりですね、烏飼さん」

「そうなるな、喜多村(きたむら)


 元々なんの部屋だったかは知らないが、おそらく一樹が今使っているように応接室として使われていたであろう八畳の和室。縁側に張り出した棚の下部は地袋、上部には明かり障子が立てられている一般的な付書院(つけしょいん)があり、床の間を挟んで床脇がある。所謂「本床の間」であるが、一樹にはその価値がよく分かっていない。床の間にせいぜい生け花が飾られているぐらいで、床脇になにかを置くわけでもないどこか物足りない和室になっている。だが、この家に客人が訪れることは相当稀であり、来たとしてもせいぜい一樹の友人ぐらいである。友人達の中でも博識で通っている一樹でこれなのだから、他の友人達もまた和室に通じているものなどいなかった。それは机を挟んで向かい合っている少女もまた同じであった。


「もしよければ、音和(おとわ)って呼んでくださいよ。なんていうか、同年齢の人に名字で呼ばれる事って滅多になくて少し戸惑うんです」


 湯飲み茶碗を両手で持ちながら困ったような笑みを浮かべる音和。敬語で喋っていながらも、表情豊かな彼女の顔と聞き取りやすく耳に優しい声からそこまで堅苦しさは感じない。この柔和な態度とは裏腹に、八雲と同じ"魔物狩り"と言う荒っぽい仕事に就いている少女だ。"魔物狩り"とはその名の通り魔物を狩るのが主な仕事だが、それだけではない。なにかしらの原因で違う六道へと流れ着いてしまう、いわゆる"神隠し"と呼ばれる事例の対処、はたまた"裏"での犯罪行為の取り締まり……要するに、"裏"の仕事ならなんでもこなす稼業なのである。


「じゃあ俺の事一樹って呼べよ。俺も名前のが慣れてる」

「いえいえ、そんな恐れ多い!……こんなこと言っておいてなんですけど、同年齢の異性を名前で呼ぶって抵抗がありまして」


 照れながら手にしていた湯飲み茶碗を戻す……無意識のうちに、一樹もその手の動きに釣られてしまい、机と彼女のスキマに見えるふとももが目に止まる。


 凹凸の少ない……というよりは、凹凸がない体つきだが、音和はその分足に磨きがかかっている。黒いニーソックスとのコントラストが美しく照り映える真っ白な肌。細すぎず太すぎない肉加減に加えて、日々の運動の賜物からか見ても分かるしまりの良さ……こと肉付きという意味に限定した場合、女性としての魅力はふともも以外には皆無だが、すべてを帳消しどころか超越するほど彼女のふとももは魅力的なのである。


 ――勝手に目が行ってしまった自分に腹が立つ。八雲がコイツを落とそうと思えば落とせるところに余計腹立つ。


 本人は隠しているつもりらしいが、音和が八雲に恋心を抱いていることは周囲の人物から見れば明らかなことである。隠し通せているつもりなのは音和だけ、隠し通しきれているのが八雲だけと言う第三者から見ればもどかしいような、面白いようなと言う膠着状態である。いとこへの苛立ちを目の前の少女にぶつけて解消させようと一樹は茶を一口すする。


「だから八雲との距離も詰められないんじゃないかねぇ?」

「……っ!」


 音和は慌てて口を塞いでそっぽを向いてしまう。なんとも分かりやすい反応だった。


「あっ、雨宮さんは関係ないじゃないですかっ!」

「出会って2年だったか? まだ雨宮って呼んでるのな。八雲はどうせお前の事"音和"って名前で呼んでんだろ?」

「うぅー……」


 残念そうに落ち込む音和。ベクトルこそ逆だが、サンゴ同様の素直すぎる反応に少しだけ一樹の心は晴れるが、しかしここで無駄に時間をかけると厄介ごとが起こる可能性が増すだけとなる。名残惜しいが、一樹は次の話題を切り出す。


「ところで、最近どうなん? 八雲から聞いたが新人が入ったんだってな?」

「入りましたね。先月の終わりのことなんですけどこれがまた可愛くて!」

「良い後輩みたいだな」

「同年齢ですし、なにより実力者ですから後輩、って感じはあまりしないんですけどね。なにが可愛いって――」

「あぁー、また後で良いわ……」


 一樹は手を広げて音和を制する。興味がないことはないのだが、話している内にとんでもない脱線を繰り広げてしまい、彼女が居座る時間が増えてしまう予感がしたのだ。その事はいずれ八雲なり音和なりに聞けばいい。大事なのは今現在、一樹だけが危惧している状況である。


「そうですか? 最近こっちは活気づいてきてて楽しいのですが……そちらはそうでもないみたいですね?」

「まぁ、ちょっと大変だな……八雲からどのぐらい聞いて来た?」

「どのぐらいと言われましても。『いっちゃんが手錠欲しがってるけど、ちょっと手が離せないから頼んで良いか?』としか聞いてませんから、なにも分かってないですね。なにかあったんですか?」


 音和は懐から手錠を取り出して一樹に差し出す。先日サンゴがヴァンにかけた物は、魔石が散りばめられた如何にもと言うべき手錠であったが、音和が持ってきた物はとてもシンプルである。人間界で生まれた手錠だからであろうか? 2つの拘束具とその間を繋ぐ鎖があるだけというきわめてオーソドックスな手錠であり、警察が常用している(と言うイメージが強い)手錠と並べてしまえばどっちがどっちか分からなくなるだろう。


「サンキュー。なんだ、ちょいと別の六道からの来訪者が暴れててな」

「なるほど。日浪市に潜伏している彼らを調べていらっしゃる、と言うわけですか?」

「おおよそその通りだ」


 あえて一樹はこれ以上深く説明することをしない。首を傾げている音和に多くを語ることなく一樹は結末へと話を進める。


「そいつらを追い返すために手錠がいるわけだ。忙しい中、すまなかったな」

「いえいえ。もしよければ、ご協力しましょうか? 流石にずっと滞在する、と言う事はできませんけど今日明日ぐらいなら……」

「いや、良い。人手は充分ある」


 迷うことなく一樹は即答する。無論、人手に関しては嘘八百であり……当事者であるサンゴ、彼女と約束をした一樹、親友である七曜、この3人しかいない。増援は喉から手が出るほど欲しいため、普段であれば迷うことなく逆の返事をするのだが、こと彼女に関しては首を縦に振ることはできなかった。


「お前にもお前の仕事があるんだろ? だから頼むのは気が引ける。もし手伝ってくれるのであれば、こっちは俺達に任せて八雲と一緒にこの事件の裏側について調べてみてくれ」

「裏側、ですか。確かに、別の六道から人が来たにも関わらず"こちら"に連絡が来ないのはおかしいんですよね。でも、どうしてなにも教えてくださらないんですか?」


 音和が顔を近づけてくる。仲間はずれにされているみたいでつまらないと思っているのか唇を尖らせている彼女に迫られて、一樹は少なからず動揺するが、ぐっと堪えて押しのける。


「あのなぁ、喜多村、この件は――」


 ゴトッ!

 一樹の言葉を遮って、裏庭に通じる障子から音が聞こえた。音の正体に一樹は"2つほど"心当たりがある。その2つ以外であれば泥棒の類であろうが、今の状況においてはむしろその方がありがたいのだ。しかし、すぐに逃げだそうとしないことからもどうやらその心当たり、それも一番恐れている方であることがうかがい知れる。

 逆に、音和は特に心当たりなどないだろう。一人暮らしの一樹の家から不穏な物音がすることに疑問を抱き、当然のように首をそちらに向けようとする。


「ん? なにがあったんで――」


 そちらへと目を向けようとした音和の顔を、両手で挟み込むことで一樹は動きを制する。とんでもないボディタッチだが、そんなことを気にしている暇はない。


 ――"ああなる"ぐらいなら変態の汚名を被った方がマシだ!


「烏飼さんっ!? 急になにを!?」


 一樹の当然の行動に音和は驚く。弾力のある柔らかい頬の感触が手を覆い決して悪い感覚ではない。浸っていたい感覚ではあるが、そんなことに意識を向けることなく、一樹は音を出した主へと大声を出す。


「バカ野郎、今すぐ部屋に戻れっ!」

「なにがバカ野郎よっ! バカって言う方がバカに――」


 もうバレてしまっては元も子もないと判断したのか、サンゴはふすまを勢いよく開けて姿を見せる。怒りで顔を真っ赤にしながら声を荒げるサンゴを一樹は無視して言葉を続ける。


「なに言われようが知ったことじゃねぇが今は聞いてる暇がねぇ。後で不満でもなんでも聞いてやるから今すぐ戻れや!!」

「えっ……」


 一樹に大声を上げられたのがショックだったのか、口を半開きにして立ち止まってしまうサンゴ。いつにない大声を出したことで喉も痛くなっていたが、そんなこと"最悪の事態"を想定すればなんの苦でもない。とりあえずこの場でサンゴの動きを止められたのならば、後から謝れば良いかと判断するも……あちらを立てればこちらが立たず。


「離してくださいよっ!」


 音和は一樹の両手を払いのける。"魔物狩り"で日々戦いに身を置いているだけあって、穏やかな見た目に反して彼女の膂力や不測の事態への対処する力は常人など遙かに超えている。一樹の拘束が一瞬緩んだ瞬間を逃さずに、振りほどいてしまったのだ。メガネを直しながら不平の声を上げる音和は、偶然にもまだサンゴの方を見ていない。


「もう、急になにをするんですか!」

「わかった、謝るからあっちを見るな」


 一樹は制止の声をかける。手を前に突き出し、細い目をぎらつかせてまで呼び止める一樹の姿に音和もまた動きを止めてしまう。そこまでして見られたくないものがなんなのか? 察しがつかない思いは音和の口から零れる。


「えっ、それはどうして……」

「しゃーねぇ、後で会いに行くから今日の所はこの辺で……」


 一樹からすれば、この件の礼をまだしっかりと言えていないから、と言うニュアンスで放った言葉だった。

 しかし、最初から違う情報を刷り込まれていたサンゴは、まったく違うニュアンスでその言葉を受け取る。


「後で会いに行くってなによ! やっぱりあんた達そういう関係なの!?」

「そう言う関係って烏飼さん、どんなこと吹き込んだんですか!?」


 怒りが頂点に達し、一樹達の所へと向かってくるサンゴ。

 訪れた者に対し、どうしても意識が向いてしまった音和。


 二人が、目を会わせてしまうことは避けられないことで……その宿命に惹かれあうように、サンゴと音和は目を合わせてしまう。


 一瞬の静寂が場を包んだ。

 一瞬の静寂の中で、一樹は額を押さえる。


 その次の瞬間ビュウッ、と強い音を立てて風が吹き付ける。


 轟風はふすまはおろか窓ガラスをも突き破る。外から急な風が吹き付けた……のではない。突き破られた残骸を見れば、すべて外に向けて壊されている。

 額を抑えていた手をどかした一樹の視界に、二人の姿はなかった。


 ――修羅場到来、か……めんどくせぇ……


 溜息をつきながら、一樹はがっくりと肩を落とす。

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