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名もなき物語  作者: 白カギ
《衝突の物語》
25/85

Part.5 転校生

「おーい、お前ら席に着け」


 机に突っ伏して眠っていた七曜は担任の言葉にはっと目が覚める。朝早くに登校し、そして始業の時間ギリギリまで自分の机で眠るのが彼の基本的な生活スタイルであり、このおかげで深夜にバイトを入れながらも遅刻せず、授業中も眠ることなく学校生活を送っているのだ。


 今日もまたいつもと同じような素晴らしい1日が始まるに違いない……そう思っていた七曜は、しかし周囲の級友がいつも以上に浮きだっている様子が目に止まる。比較的マジメな生徒が集まる落ち着いた学校であり、ホームルームが始まる頃にここまうるさいことは珍しい。焦って詰め込みをしているテスト直前のような慌ただしさがある。まさか抜き打ちテストがあるのではないかと七曜は警戒するが、しかし期末テストは先日に終わっており、今や夏休みを待つばかりである。その証に、慌ただしさの興奮にはどこか喜びが含まれているように思うのだ。


「ねー、なんかあったの?」

「そっか、お前ずっと寝てたもんな。それなら見てのお楽しみにしとけ」


 クックックと意地悪く笑う級友の姿を見て、疑問はさらに深まり、首を傾げる。級友に詰め寄っていると、担任が大きな声を張り上げる。


「えー、もう知ってる者もいるとは思うが今日から転校生が来る」


 その一言に野太い声が歓声を上げる。共学の高校で、そして女子の方が多い文系のクラスで何故ここまで勇ましい声が響くのか。加えて、級友のニヤニヤとした笑み……すべてが彼の頭の中で1つになり、七曜も表情を明るくする。


「そうか、女の子ってことだね!?」

「おうよ! それもかなりの美人らしいぜ!?」

「本当に!? ちょうど、僕の隣の席が空いてるけどなにかの運命なのかな!?」

「じゃあお前がそっち移れ! 俺の隣に来てもらうから!!」

「えー!? あ、でも結局僕は隣になるじゃん!!」

「あ、それもそうか! じゃあお前はその窓から出ていけぇ!」

「酷いどころじゃないよそれ!?」


 日常を彩る非日常と言うスパイス。新しい刺激に出会えること、そして何より美人に出会えると言う事実に、寝起きの不愉快な気分はどこかへと飛んでいき、いつも通りの高いテンションが舞い戻る。クラス中が騒ぎ立て、転校生への期待が高まる中、最高のムードになった時を見計らって担任は呼びかける。


「それじゃあ国柴(くにしば)さん、入っておいで」


 その瞬間、異変は起きる。

 異変と言ってもなにかアクシデントが起こったわけではない。転校生が声に従って教室に入ってきた、ただそれだけのことである。


 だが、その一瞬でそれまで騒がしかった教室は嘘のように静まりかえってしまったのだ。興奮状態にあった男子は言うまでもなく、特に関心を払っていなかった女子や一部の男子に至るまで、全員が彼女の姿に釘付けとなってしまった。当然、七曜もまた言葉を失って彼女の姿に見入っている。


 ――綺麗、って言葉がここまで素直に出てくるのは初めてかも。


 腰まで伸ばした癖のないロングの黒髪と、雪を思わせる真っ白な肌。一見すると深窓の令嬢を思わせる儚げな見た目だが、令嬢と言うにはその顔は機嫌が悪そうにムッとしかめられすぎている。花のように可愛らしい口元は険しく結ばれ、切れ長だが奥行きのある目は心なしかつり上がっている。整った顔立ちをしかめたまま入ってきたその女子……いや、女子と表現して良いのだろうか? 男子高校生の平均身長を超えている七曜に迫らんとする背丈や、プロポーションの取れた抜群のスタイルに加えて、大人びた顔立ちもそれだけで色気が感じられる。女子と言うよりは女性と表現した方がしっくり来る転校生は、クラス中を眺めている。


「…………」


 緊張で萎縮している、と言うわけではなさそうだ。生徒1人1人を値踏みするかのように彼女はゆっくりと目線を動かしている。ひとしきり眺めた後、視線を逸らして小さく溜息を漏らしていた。その顔はしかめ面から気怠げな表情へと変わっていることを七曜は見逃さない。


「えー、彼女は……」

「先生、自己紹介ぐらい自分でできる」


 転校生は担任を言葉ごと押しのけ、自分自身が教壇に立つ。クラスの視線を一点に集めながらも、少女は動じることもたじろぐこともなく、平然とした声で言葉を放つ。


「これからお世話になる国柴六花(くにしば りっか)だ。名字で呼ばれるのは嫌いなので六花と呼んでくれて構わない……7月、それも夏休み直前という奇妙な時期に入る事になったがちょっとした家庭の事情だ。あまり聞かないで欲しい」


 同年齢とは思えない堂々とした口ぶり。どこか高圧的で不遜な物言いではあるが、大人びた外見と張りのある声によく似合っているからか、そこまで不愉快な感情は抱かせない、と言うのが七曜の所感である。それこそ、昨晩あったコンビニでの一件ではないが個性の1つなのであろう。敵を作りそうな物言いだが、おそらく悪気はないのだろう。


 あくまでここまでは、であるが。


「正直なところ、クラスに馴染めるかどうかと言う事は心配していない。私に話しかけなくても良いし、こちらも特別話すつもりはないからそのつもりで頼む」


 続いて放たれた言葉に担任を含めたクラス中が固まる。雪を思わせる儚げな少女は見た目でクラスを黙らせただけにとどまらず、ブリザード級の爆弾発言で完全に凍り付かせてしまったのだ。その一言と共に六花は頭を下げ、呆然としている担任に席を確認する。


「先生、私の席はあそこで良いのだな?」

「あ、ああ……まーその、なんだ。みんな、仲良くしてやってくれよ?」

「その必要はないと言っただろう……」


 舌打ちと共に短く吐き捨て、六花は自分の席へとまっすぐに向かう。自分がクラスになにを言ったのか分かっていないのか……いや、むしろなにを言ったのか熟知しているからなのか、凍り付いたクラスメイトに特別注意を払うことなく自席へと向かう。その途中、自分の隣にいる七曜の前で足を止める。


「むっ……お前、後藤とか言ったか?」

「えっ? ああ、そうだよ?」


 切れ長の目で射竦められて七曜は彼女の威圧に怯むが、しかし同時に長い髪から漂う彼女の色香に魅了されてしまう。美人に目がなく、そして実際に何人かと遊んでいる七曜からしても、彼女の美しさは今まで出会ってきた美少女達すべてを超越したものだった。圧力と魅力、彼女の持つすべてに飲まれそうになりながらも、なんとか平静を取り戻して笑顔を作る。


「どうしたの? なにかわからないことでも?」

「…………いや、別に」


 一瞬言葉に詰まったが、次の瞬間にはなにもなかったように冷静なすまし顔で言葉を返す六花。じっと自分を見つめている気がするがなんなのだろうか? 自意識過剰気味かなと自嘲するが、六花は中々目を逸らさない。切れ長の目から放たれるその視線は、どうにも七曜への興味が含まれているように感じてならないのだ。


 ――さっきクラス中を見回してた時、間違いなく僕と目が合っているしその時は無視していた。だから、僕に惚れたとかそういうのはないだろうけど……


 表情を動かすことなく、ただじっと七曜を見つめ続けている六花。ふと担任の顔を見れば「席に着かせてやってくれないか?」と言いたげに目配せしていた。七曜としても授業が滞ることは避けたい。担任の言い分に素直に従うことにした。


「国柴さん? 真剣な顔してどうしたの? もしかして、僕に惚れちゃったり……?」


 冗談半分の一言に六花は深く溜息をつく。額を抑えて首を振り、先ほどまでの不機嫌そうな顔に戻し、冷ややかな目線を投げかけながら七曜に向き直る。


「自惚れるな……いや、別になんだと言うことはない。名字じゃなくて名前で呼んで欲しいことと、隣の席らしいが私にあまり関わるな、と言う事だけ釘を刺しにきただけだ」


 そう言い残して六花は七曜の隣の席に腰掛け、肘をついて窓の外へと視線を移してしまう。有無を言わせぬ彼女の迫力から逃れられたことに、七曜は安堵の溜息を漏らす。


 ――冗談通じないなー……しかし、なんなんだろうね、彼女は?


 5分足らずでクラスに広がっていた歓喜の声を寒気の場へと変えてしまった六花を七曜は訝しむ。その後担任が連絡事項を伝え朝礼が終わっても、六花は窓の外を見たまま微動だにしなかった。最初の挨拶が功をなしたのか、はたまた近寄りづらい雰囲気を醸し出しているからなのか、六花に近づこうと画策する者はいたが、実行したものはいなかった。かく言う七曜も何度か話しかけようかと思ったが、社交的な彼をしても話しかけるタイミングを見定めることができなかったのだ。


 窓の外をじっと睨み付ける彼女はなにを思っているのだろうか……七曜はその心中を推し量ることはできないが、ガラスに映るその顔はどこか悲壮を帯びていて、物憂げなままだった。


 ――仲良くなれると良いなー。まー、その内緊張もほぐれてくるでしょ。


 あくまで前向きに、七曜は転校生というスパイスを一旦忘れて日常の中へと戻っていった。


 ***


「転校生、ねぇ……」

「はい、転校生です!! なんでもとんでもない美人らしいですよ? もうご覧になりました?」

「いや、まだご覧になっちゃいねぇけど……なんでお前が一個上の転校生を知ってんだよ」


 昼休み。いつものように昼ご飯のパンを買いに購買へと向かった一樹はたまたま出くわした火蓮と退屈しのぎに会話をしている。学校でも相変わらず分厚いマフラーを首に巻いているが、この学校が割と自由な校風であること、根はマジメでありマフラー以外では特に制服を着崩すこともない品行方正な少女であること、軽いノリで先生方への愛想もよい事、成績が良いこと、なによりマフラーについて叱りつけると彼女のマフラーへの愛を盾に反論されることもあり、マフラーに関しては不問に問われているらしい。教育現場としてそれで良いのかと思わなくはないが、一樹の知ったことではないし、遠くからでも彼女と一目で分かるのはありがたい。先ほどそのマフラーを見つけて話しかけた際、火蓮の友達である水山浅葱もいたのだが、浅葱は「図書館に行きますので失礼します」と足早に去ってしまった。一樹を見た時どこか残念そうな表情を浮かべていたが、七曜がいないことが少し不服だったのだろう。あんな奴のどこが良いのかと一樹は内心で彼への僻みを入れる。


「むしろセンパイなんで知らないんです?」

「学校来てからずっと寝てたし……そう言や、ダチがなんか騒がしかったな。そう言うことだったのか」

「寝てたって、高校なんだと思ってんですかね!?」


 高校をなんだと思っているのか、と言う質問に一樹はふと思い返す。

 彼のいとこにして唯一の肉親である雨宮八雲が"魔物狩り"で働いている一方で、一樹は普通の学生生活を繰り広げている。日浪市で記憶を失ったこと、記憶を失った直後の中学時代はまだ"裏"の知識を持っておらず、戦闘に参加するにも実力不足であったと言う2つの理由で"魔物狩り"に入らずに地元に残ることを考えていたのだった。八雲はそのことを快く了承してくれて、今でも"魔物狩り"で働いてはこちらに仕送りをしてくれている。

 無論、そんな身の上話を"裏"の人間でもない火蓮に繰り広げるわけにはいかない。「んー」と適当に答えを考え、


「日中の時間を適当に潰すための場所?」

「後藤センパイに聞いたら怒られそうですよ!!」

「アイツはアイツ、俺は俺だ」


 普段は明るく振る舞っているが、七曜の境遇は輪をかけて悲惨な物である。様々な理由が絡み合って日浪市に落ち着いているが、天涯孤独の身である彼は食い扶持を自分で稼がなければならない。それでも学校に行きたいのか、苦労をしながら学校生活をしているのだ。そんなことをカケラも感じさせない彼の明るさと気さくさは自分にはマネできないとその点で言えば一目置いている。


 ――そういう実直なところに惚れるのであれば、まぁ俺もとやかく言えねぇわ。


「まーかく言うアタシも通わせてもらってる身ですし、結構適当に生活してますけどね」

「学生なんざほとんどがそう言うもんだろ?」

「言えてますね!」


 ようやく自分達の番が回ってきた。既に大半のパンが売り切れていたが、かろうじて残っていた総菜パンを適当に引っつかみ、一樹は混み合った購買を抜ける。次は飲み物かと自動販売機を見ればこちらにも長蛇の列が。飲み物を買うべく並んでいると、後ろから火蓮が追いついてきた。


「さっきの話の続きなんですけど、」

「ん?」

「なんて言いますか、平和な生活って言うのは、そう言う当たり前なことを一切考えなくても良い生活のこと、なんでしょうね」

「……あー、まーそうなんだろうな」


 珍しくマジメな話題を振ってくる火蓮に驚く。火蓮はそれだけ言い残して帰って行ったが、一樹は彼女の最後の言葉を頭で反芻しながら、自分の境遇と……七曜のことを考える。


 ――当たり前なことを……当たり前な幸せを感じなくても良い生活、か。アイツは、どうなんだろうな……


 自分のことを友人でありながらも、恩人とも思っている七曜のことを考えるが、「野郎の心配なんざいらんか」と一蹴して一樹は自販機のボタンを押す。


 出てきたジュースは2本。どうやら当たりを引いたみたいで、一樹は少しだけ上機嫌になりながら購買を後にする。

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