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名もなき物語  作者: 白カギ
《衝突の物語》
24/85

Part.4 軋轢

「はっ、やっ、はぁっ!」


 朝の柔らかい日差しが照りつける烏飼家の裏庭。僻地に家を構えていることもあって周囲に民家はなく人通りも少ない。そのため、烏飼家と山に囲まれたこの裏庭は現世から隔離された空間となっている。だからこの庭でサンゴが無我夢中に槍を振るい続けても人目につくことはないのだ。


 ――昨日の敵と言い、残ってる脱獄囚と言い……そう、こっからが本番なんだからっ!


 内に燃える情熱の炎に突き動かされ、彼女の素振りはよりキレが増している。一欠片(ひとかけら)の無駄な動きをも挟まず、流れる水のように自然な動きを見せながら槍を振るその姿は、地上に降りた天女が見せる舞踏を連想させる。美しさだけではない。渾身の力で放たれる刺突の鋭さは彼女の並み外れた膂力を感じ取ることができる。美しさと強さ、相反する要素を融合させた戦乙女の姿を彷彿とさせる彼女の素振りは、雑草が伸びっぱなしになっている殺風景な烏飼家の裏庭を彩るには充分すぎる物だった。


「はぁっ!」


 勢いの良いかけ声と共に、彼女は後ろに向けて槍を振り払う。


 キンッ


 彼女の規則正しい呼吸音のみが聞こえた物静かな空間は、鋭い金属音によって壊される。本来起こりえない音ではあるが、彼女は背後から誰かが忍び寄っているのを気付いて槍を振ったのである。抑えられた槍に力を加えながら幼い顔にそぐわぬ力強い笑顔を浮かべて、サンゴはその人影に言い放つ。


「随分早いお目覚めね、イツキっ!」

「ふぁ……精が出るじゃねぇの」


 脱力感漂う彼の声はそれまでサンゴが作り上げていた厳かな修練場の空気をも盛り下げる。修練により練り上げられた集中力に水を差されてサンゴは顔をしかめるが、一樹は知ったことかと欠伸を漏らして、気怠げに声を上げる。


「朝っぱらから精が出る、ってどことなくやらしいな」

「……なんでアンタってそういうことしか言えないの、よっ!」


 下ネタを言われるとどうしても抵抗してしまうのが自分の性分であることはサンゴも自覚している。その時に一樹が浮かべるいじめっ子のような表情が腹立たしい一方でどこか好きであり、釈然としない想いはあるがこうした交流は決して嫌いではない。嫌悪感と好感を同時に味わいながらサンゴは日本刀を弾き、くるりと一回転して腰を落とす。力を溜める動作を一瞬、下ネタへのせめてもの抵抗に、そして一樹への挑戦に爛々と目を輝かせ、空気ごと貫くような鋭い刺突を一樹の首元へと繰り出す。

 対する一樹は「マジで殺す気かよ」と言いたげに目を見開いて、彼の日本刀"風月"の刀身を切っ先に当てることで防ぐ。


「悪い、今のはただのセクハラだ。気にしないでくれ」

「そう、セクハラなら仕方が、ってセクハラのつもりだったの!?」

「お前はこのネタでイジると反応が面白いんで、つい」


 低血圧……かどうかは知らない物の、朝の一樹はどうにも機嫌が悪い。元々無表情に近いしかめ面だが朝は明らかに不機嫌さを感じさせるのだ。「面白い」と言う割には表情を少しも変えずに一樹は"風月"を押し出してサンゴを飛ばす。不意に弾き飛ばされた事にサンゴは驚くがそれも想定の内。さも実戦の最中のように受け身をとって一樹との距離を開けるが、目に入った彼の動向にハッとする。人間道に来てすぐに刃を交わした時同様、一樹は刀へと魔力を込めていたのだ。刃を伝う魔力は徐々に"風"となり、"風"は刀身に沿って刃の形を取る。


「ちょっ、ちょっと待ちなさい!! こ、こんなところで!?」

「おう、避けろよ?」


 言うが早いが、横一文字に刀を振るい"風刃"を放つ。プロ野球選手の豪速球(ストレート)を思わせるまっすぐな弾道でサンゴの体へと向かう。サンゴがどうして良いのかを悩む暇も与えず、"風刃"はどんどん突き進み……


 ***


 突き進みながらも、刃が徐々に形を失っていくのを後ろから眺めて一樹は辟易する。突き進み


「……こんぐらい距離があっちゃやっぱりまだダメか」


 一樹の呟きは、"風刃"のなれの果てである猛風を吹き付けられたサンゴの耳には届かない。見れば、暴風を真正面から浴びて前髪をはためかせてでこを露わにしているサンゴの笑いを誘う姿が。与えたダメージはせいぜい強風に吹き付けられたのと同等で、相手を怯ませるのに使えるぐらいの微々たる効果である。風の勢い自体は大きかったのか、風が消えても尚サンゴはしばらく目を閉じたままだったが……正面から風を吹き付けられた不快感を一息に、いや一言に込めて爆発させる。


「刃が崩れるって、避けるまでもないじゃない! 魔力形成がまだなってないわ!」


 事実数日前、この"風刃"の直撃をサンゴに放ったときでも直前で刃の形が崩れ大きな風の塊としてサンゴの腹を叩き付けただけに終わっている。腹を殴られたダメージには変わらないため、戦闘の場において決して失敗ではないのだが……刃の直撃と比べるとどうしても威力が落ちてしまう。一樹は魔力の扱いが下手であり、この"風刃"を安定させるだけでも数年かかっているのだ。小さい"風刃"であったり、至近距離で使うのであればなんの問題はないのだが、前者はどうしても威力不足でせいぜい牽制用、後者はせいぜい防御にしか使うことができない。日本刀のリーチ外の相手に"風刃"を喰らわせることを目的としている一樹からすれば、未だに満足のいく結果ではないのだ。


「魔力形成ねぇ。なんかコツとかないのか、"魔人"様? お前もその……【アプソル】って槍か? それで魔力を槍の形に変えてるじゃねぇか」

「コツなんて特に考えたこともないわ。と言うよりも、正直あたしの場合この【アプソル】使わなかったらできないし……」

「"魔人"のくせにか……」


 「うぅー」と唸ってバツが悪そうに目を逸らすサンゴ。一樹の魔力形成が下手であることを指摘しておきながらも、決してサンゴも得意というわけではない。彼女の得物である魔宝具【アプソル】を媒体とした魔術を使いこなす反面、槍に頼らなければまともに魔力を構成することすらできないのだ。この事実は、仮にも魔力を生活の基盤とする魔人にとって大きな屈辱であるであろう。


「にっ、"人間"だって全員が全員同じ事ができるわけじゃないでしょ!?」

「道理だねぇ……魔力形成、練習しとかなきゃな」


 やれやれ、と呟きながら一樹は腕時計に目を落とし、刀を"しまう"。サンゴもそろそろ切り上げるかと【アプソル】を"しまい"、一樹の元へと駆け寄る。


「しときなさいよ。それで、どうしてこんな朝早くに起きてきたの? いつもこの時間寝てるじゃない」

「ん? あぁ、今日学校だしな」

「昨日も学校だったじゃない。ギリギリであたしが起こしてあげたこと、忘れたとは言わせないわ」


 一樹は言葉を失いながら昨日の朝のことを思い返す。


 最初はサンゴに「起きなさいよ」と揺らされ、

 次に「さっさと起きろ、このバカ」と布団を引っぺがされ、

 それでも起きなかったので「いっそずっと寝てなさい」と窓から裏庭へと投げ出されかけたことを。


 危うく大けがをする所だった事を思いだして身震いする。


 ――この話、七曜にしたら羨ましそうにしてたな。変わってやろうか、最後だけ。


「……そーだったな」

「忘れてたの!? 命の危険を忘れるって平和ボケしすぎじゃない!?」

「命の危険って自覚があるならやめてくれや。今日早く起きたのは、朝の内にお前に伝えておきたいことがあるからだ」

「伝えておきたいこと?」


 サンゴは小首を傾げる。先ほどまでの戦乙女を思わせる凛々しさから一変、小さな背丈によく似合う子供らしい所作であるが、一樹はどちらかと言えばこちらの方が好みである。生まれてから戦闘絡みのことしかしていなかったと聞いていたが、戦闘以外のことに関しては色々と知識の疎い彼女らしいかわいげのある動作に一樹は口角が上がる。


「おう。今日、夕方ぐらいからちょっと客人が来る」

「お客さん? 珍しいわね、誰なの?」

「誰って八雲(やくも)の……八雲って覚えてる?」

「覚えてるわ、アンタのいとこでしょ? それ以上は知らないけど」

「そいつの部下だ。魔界に囚人送り返す手錠持ってきてくれるらしい」

「本当に!? やった!」


 その知らせにサンゴは顔を明るくする。魔界から充分な準備をすることもなく飛び出してきたと言うこともあり、先日脱獄囚の1人、ヴァンを捕らえた時に手錠を使い果たしてしまっているのだ。今後ターゲットを見つけたらどうしようかと悩んでいたサンゴに向けて、一樹は「そんぐらいなら任せとけ」と自信満々に言い放ち、即座に八雲へと電話を入れたのだった。その時サンゴが浮かべていた、「頼りになるのかならないのか分からないわ」と言いたげな複雑な表情を一樹はよく覚えている。


「じゃあ、その人に挨拶しなさいってことね? 言われなくても――」


 手錠が手に入ることがよほど嬉しいのだろう。嬉々として話すサンゴに対し、一樹は「あー」と言い淀む。


「いや、逆だ。頼むからそいつに会おうとか考えるな。できれば家から出てて欲しいが、そこまでは言わん。ただ、客間に来るな」


 一樹の言葉の意味が分からないと言いたげにサンゴは「はぁ?」と不機嫌そうに顔をしかめる。感情のオンオフの差と切り替えが激しい事はこの数日間でよく分かっていた。根本的に彼女は頭に血が上りやすい質であり、自分に気にくわないことがあれば普段の人当たりの良い性格はどこへやら、不機嫌を露わにして相手に噛みつく。今回もその例に漏れないようで、自分を見上げながらも大人顔負けの眼力を向けて睨み付けている。


「なに言ってんの、お礼を言うのは道理じゃない!」

「俺から伝えておくから気にするな」

「イヤよ、こういうのは直接言わないと気が済まないタイプなのよっ! どんな人なのか気になるし、顔合わせぐらいいいじゃない!」

「どんな人って……女だよ、女」

「おっ、女!?……なによ、もしかしてアンタ、疚しいことがあるから来て欲しくないだけじゃ……」

「……」


 決してそんな事はない。そんなことはないのだが……サンゴの言葉を受けて、一樹は時計に目を落とす。気付けば遅刻ギリギリの時間。昨日は結局遅刻をしてしまったこともあり、二日連続の遅刻はまずいだろうとすぐに話を切り上げる事に決める。


「あぁ、そうだ。色々やらせてもらう予定だからな」

「えっ……」


 サンゴとしては冗談のつもりで放った言葉だったのだろう。それまで怒りに染まっていた彼女は口を開いて固まってしまっていた。

 朝の機嫌が悪いと言うこともあり、一樹の頭はサンゴの配慮まで回ってはいない。学校に遅れたくないと言うこともあり、彼女の気持ちを無視してでも一気に畳みかけることに決めた。


「だから覗くな。覗かれると気が散るんだよ……んじゃ、時間ねぇし学校行くわ」

「……そうなの……わかったわ」


 言葉尻にも勢いがなく、今にも泣き出しそうに目を伏してしまったサンゴを見る。痛いほどに伝わってくる彼女の心情に、一樹も言い過ぎたかと良心の呵責を感じるが、


 ――最悪、嫌われても全然構わねぇよ……そっちのが後々利用もしやすいだろうし、な。


 不器用な少年は自分の行動を無理矢理正当化させ、短く「学校行ってくる」と言い残してそのまま立ち去っていく。


「なによ……なによ……っ!」


 ここは現世から隔離された烏飼家の裏庭。一樹の背中が完全に見えなくなってから叫んだサンゴの悲痛の言葉は誰にも届かない。

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