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名もなき物語  作者: 白カギ
《衝突の物語》
23/85

Part.3 日常

 ちょうどサンゴが蛇と戦っていた頃に時間は戻る。戦場からそこまで遠くは離れていないコンビニエンスストアにて、レジに立っている少年がぼんやりと天井を眺めていた。


 ――誰も来ないってのも中々暇だよね……


 日浪市は飲食店やアパートが並ぶ都市部と、畑や田んぼが広がる田園地帯では夜の明るさに大きく差が出る。田園地帯寄りのここら一帯は11時ともなれば暗闇の世界となる。近くには墓地と小さなお寺があり、夏休みには心霊スポットとして肝試しに来る若者で賑わうが、今はまだ7月上旬。夏休みの到来にはまだ早く、せいぜい近くに住まう人が訪れるぐらいの寂しい場所である。現に先ほど残業上がりのサラリーマンが去ってからしばらく経つが誰も来ない。バイト中と言う事で首から外しているが、ポケットに忍ばせている球形のネックレスを指先で撫でながら後藤七曜(ごとう しちよう)はあれこれと考える。


 ――テストも終わったし後は夏休みを待つだけかな。にしても、サンゴちゃんが来るのがもう少し早かったら大変だったなぁ。今年の夏はどうなるだろう? 遊びに行ければ良いけど一樹がもしかしたら本格的に動くかもしれないし……っと。

「いらっしゃいませ~!」


 即座に体を起こし、頭を下げながら威勢の良い声で客を出迎える。いくつもバイトをこなしながら生活していることもあって、挨拶の声量と笑顔であれば誰にも負けない自信がある。マニュアル通りと言われればそれまでかもしれないが、基本を忘れず誠実に仕事をこなす、と言う仕事意識をもっている七曜からすれば、頭を下げて相手を迎え入れるべきだと思っているのだ。顔を上げたとき目に入った、よく見知った姿に彼の顔は綻ぶ。


「やぁ、火蓮ちゃんと…………えーっと?」

「いくらあまり会わないからって人の名前忘れるのは失礼ってもんですよ、佐藤センパイ!」

「僕らほぼ毎日会ってるのに間違える方が失礼なんじゃないかな!?」


 ツッコミを入れつつ、親しげに話しかけてきた木下火蓮(きのした かれん)ではなく、もう1人の少女の方へと七曜は目を向ける。褐色と表現できなくもない、少し黒く染まった肌と、長い髪をみつあみにしてカチューシャのように巻き付けている髪型。なにかとハデ好きな火蓮とは対称的に落ち着いた雰囲気ではあるが、彼女と勝るとも劣らない美貌を持つ少女だった。女好きを自称するクセして女性の名前が出てこないとは何事かと七曜は躍起になって考え込み……ようやくその名前に辿り着く。


「思い出した、浅葱ちゃん……だっけ?」

「はい、水山浅葱(みずやま あさぎ)ですよ、後藤先輩。お久しぶりです」


 控えめな笑顔を浮かべて浅葱は軽く会釈をする。よく火蓮と一緒にいるのを見るのだが、それでも七曜と絡んでくることは滅多にない。友達の友達は友達と言うが、世の中そんな単純ではないのだ。先輩後輩ともなれば、なおさらその等式が成り立たないことが多くなるだろう。浅葱は「烏飼センパーイ、後藤センパーイ!」と火蓮が駆け寄るのを見ると、「失礼します」と自分からどこかへ行ってしまうこともあり、七曜も彼女と言葉を交わしたことは今までほとんどないのだ。落ち着いた物腰で、少し引っ込み思案な所が印象深かったとかろうじて記憶している。


「久しぶりだね。今日は火蓮ちゃんのお目付役?」

「そんな所ですね。レンちゃん、放っておくと変なことしますから」

「みーちゃん、どうしてそんなこと言うんですかね!? アタシのどこが変なんですか!」


 言葉に不満があったのか、頬を膨らませて浅葱に詰め寄る火蓮。そう言われて、七曜も浅葱も彼女の首もとへと目を下ろし……今が夏だという季節を鑑みて、ますます違和感が強くなる。

 "そこ"以外で彼女に目立つ所はない。いや、スタイルの良い体つきや整った顔立ちは異性も同性も惹き付ける魅力を持っているため、人目を惹く、と言う意味において彼女は目立つ。だが、そう言う意味でなく純粋に目立つ部分……彼女の首元に巻かれている、季節感を無視した分厚いマフラーには劣ってしまうのだ。今は7月、半袖でなければ生活するのも億劫になるほどに熱くなっているこの時期に、いくら深夜で少し冷えてはいるからと言ってマフラーを巻いたりはしない。頭に付けたアゲハチョウの髪飾りと春夏秋冬欠かさず巻き付けているマフラー以外は特に飾り立てていないが、その2つ、主にマフラーがすべての感想を持っていく少女である。私服との着こなしにおいては持ち前のセンスの良さを発揮しているのか申し分ないが、だからと言って厚手のマフラーを夏にしていることがおかしいと言う言い訳にはならない。

 しかし、ここで変にマフラーについて言及しよう物なら彼女の口から途切れることのないマフラーへの愛を伝えられることは、火蓮と接する者すべての共通認識である。ツッコミを懸命に抑えながら、2人はそれぞれ別の理由をでっちあげる。


「こ、小悪魔系なところとかかな? ほら、よく僕らに構っては避けてって感じじゃん?」

「小悪魔ですか~。サタンですか、ルシファーですか?」

「レンちゃん、それ結構偉い悪魔だから! 小悪魔かどうかはともかく、わたしをみーちゃんって呼ぶ辺り変だよね」

「えっ、変って? 水山だからみーちゃんなんじゃないの?」


 火蓮が浅葱の事をみーちゃんみーちゃん言っているのは何度か目にしている。先ほど浅葱と出会った時も、「みーちゃん」と言う渾名から本名を連想しようとしていたため中々出てこなかったのだ。


「そうじゃないんですよ。昔は浅葱と言う漢字からアサネギって呼ばれてたんですけど、そこからなにを思ったのか……」

「朝のネギと言えば味噌汁じゃないですか! そこから、味噌汁のみーちゃんです。どうです、上手いでしょう!?」

「これが本当の手前味噌だね? なんちゃって!」


 七曜の言葉に火蓮は「なんですかそれー」と大笑いし、浅葱も釣られて笑ってしまう。どちらも綺麗な笑顔ではあるが、火蓮の太陽を思わせる笑顔と浅葱の物静かな微笑みは対称的で、それぞれに違う可愛さがあった。火蓮は上機嫌に話を続ける。


「納豆のなーちゃんでも良かったんですけど、名字にかけられるみーちゃんにしたんですよ」

「うん、納豆のなーちゃんって、軽いイジメじゃないかな!?」

「なに言ってるんですか先輩! 納豆大好きだから、どっちかというとそっちの方が嬉しいです!」

「浅葱ちゃん、それ本気で言ってるの!?」


 ちなみにだが、七曜は朝のネギと言えばどっちかと言えば納豆が出てくるタイプではある。なーちゃんと呼んでみようかなと思ったものの、流石に女の子を納豆呼ばわりするのは抵抗がある。本人が望んでいるならばそれも良いのかもしれないが、それでも七曜には許せない所があるのだ。


「本気ですよ? 納豆が常食として食べられるようになったのはわりかし最近とは言え、戦国時代や戦争の時代には軍事食として用いられた程に栄養豊富なんです。それを嫌うなんて勿体ないですよ!」

「それでも納豆って好き嫌い別れるじゃん? ねばねばのイメージが強いし、匂いもキツイし」

「センパイ、セクハラで訴えますよ?」

「待って、今の話のどこにセクハラ要素あったの!?」


 自分の言葉を思い返し、言われてみればと思わなくもない七曜。それとは対称的に「どこにあるの?」と浅葱は首を傾げて火蓮に聞くが、火蓮はばつが悪そうに咳払いし「まーそれは置いておいて……」と軌道修正を図る。


「ねばねば含めて、確かにアタシも納豆好きですけどね。健康にも美容にも良い、乙女の大敵どころか味方ですからよく食べてます。納豆食う人、色白美人なんて言いますからね」

「っ!! れ、レンちゃんそれ、わたしのことからかってるの? 気にしてるのに……」


 口を尖らせて火蓮に反論する浅葱。日本生まれにも関わらず、そして特に室外で運動をしているわけでもないのに昔から体が黒いんです、と以前ぼやいていた事を思い出し、肌が黒いことは浅葱のコンプレックスなのかと七曜は思う。冗談めかしたまま火蓮は謝るでもなく言葉を返す。


「にゃはは~、さっきの変人って言葉への軽い仕返しですよ!」

「酷い……ちょっと言い過ぎたかな、って思ったけどそんな身体的特徴を挙げなくても言いんじゃないかな?」

「そんなマジになって怒らないでくださいよ~。冗談に決まってるじゃないですか」

「冗談でも言っていいことと悪いことがあるって……知ってて言うなんて酷いよ!」


 このまま放っておくとケンカに発展してしまいそうな事を察し取り、七曜は「まーまー」と2人を宥める。


「火蓮ちゃん! 身体的特徴を揚げ玉に取るのは良くないよ? それは浅葱ちゃんに謝るべきだと思う」

「うぅー……そうですね。でも、アタシだって変だって言われて少し思うところがあるんですよ? センパイだって変だって言ってたじゃないですか」


 マフラー巻いてるのは事実変だよ、と言いたいのだが……それこそ、火蓮の個性なのだろう。彼女のマフラーへの愛は本物ではあるし、実際何度かそのことを指摘したことはあるものの、彼女はそれでもマフラーを巻きたいらしい。自分も変だと言ってネタを出してしまったことは軽率だったかなと後悔し、素直に頭を下げる。


「確かにその話を振った僕にも非がある。ごめんね」


 言葉こそいつもと変わらない軽い口調だが、しっかりと頭を下げる。すると火蓮は「センパイ、いきなり頭下げないでくださいよー!」と困ったような声を上げて、


「確かに、アタシも少し言い過ぎました。みーちゃん、ごめんなさい」

「レンちゃん……ごめんなさい、わたしも言い過ぎたよ」


 火蓮に釣られて浅葱も謝りの言葉を入れる。素直に自分の言葉を聞き入れてくれた後輩二人に、七曜は顔を上げていつもと変わらない笑顔を浮かべる。


「うん! そして浅葱ちゃんも、肌について気にしすぎない方が良いとは思う。色白だけがすべてじゃないよ? 真っ白な子よりも、少し黒いぐらいの方が健康的なイメージも相まって僕は好みかな?」

「本当ですか!? じゃあ明日から真っ白になってきますね!」

「火蓮ちゃん、僕のこと大嫌いなの!?」


 正直白色でも黒色でもそれは見た目の話で、女性……に限らず、人と接するときは内面を重視している七曜からすればどっちでも良いと言うのが本音である。火蓮と肌の色についての話を繰り広げていると、浅葱が「あのぉ……」と口を挟む。


「先輩は黒い肌の方がお好きなんですか?」

「えっ? まー、そうだよ。白い子も好きだけど、ちょっとぐらい日焼け気味の方が良いかな」

「そう、ですか……」


 心なしか笑顔の色が強くなっている浅葱だが、七曜はその笑顔の真意がよく分からない。真意を見定めようとじーっと浅葱を見つめていると、見る見る内に彼女の顔は赤く染まっていき、「ところで、」と話を切り出す。


「さっきの納豆の話ですけど、味噌と言い納豆と言い、豆を腐らせるものって日本人好きですよね」

「本当ですね~。大豆って栄養豊富ですし、発酵させてより栄養を引き出したかったのでしょうか?」

「豆を腐らせる……ゴメン、なんでもない!!」


 ふと思いついたネタを即座に引っ込めて七曜は黙る。浅葱はなんのことだか本当に分からなかったみたいだが、火蓮は「あー!」と思いついたみたいで、


「センパイ、本気でセクハラで訴えますよ? 腐女子バカにしてるんですか?」

「今のは僕が悪いけど、一々その反応を見せる君も大概だからね? 火蓮ちゃん」

「あの、今のと言い、さっきのと言いどういう意味なんでしょうか?」


 1人、本当に思い当たる節がなかった浅葱は無邪気な笑顔で2人に問いかける。あまりにも純粋なその疑問に、2人は顔を見合わせ言葉を詰まらせる。


(こ、ここはセンパイとして後輩に教えてあげてくださいよっ!)

(いやいやいや、ここは友達として友達に教えてあげようよっ!)

(どちらもセンパイが言い出したことじゃないですか! みーちゃんそう言うの疎いんですよ!!)

「と、ところで浅葱ちゃん達はなにを買いに?」

(逃げましたねー!?)


 いくら今の時間帯が深夜だからと言って、女の子に下ネタの話をするのは流石に気が引ける。店員という立場を活かした話題を切り出すと、浅葱は「あっ!」と手を叩き、


「そうそう、レンちゃん! 限定の城もんカード、探さなきゃ!」

「そうでしたっ! 後藤センパイに構ってる暇なんかありませんよー!」

「城もんカード? あー、それならちょっと前に売り切れて――」

「次の店行きましょう!」

「そうだね! 後藤先輩、お邪魔しました!」


 言うが早いか、火蓮と浅葱はすごい勢いで自動ドアへと駆け込み飛び出していく。最近所謂「歴女」をターゲットにしたマスコットキャラが流行っており、そのキャラクターをモチーフにしたカードが流行らしい。現にこのコンビニでも飛ぶように売れたばかりで、七曜からすればその価値がよく分からないが、限定物と流行に弱い日本人の隙をついた巧みな戦術だよねと舌を巻く。


 ――話題あわせになりそうだし、帰ったら少し調べてみようかな? にしても……


 人がいなくなった店内を見回して七曜は眼を細める。先ほどまでの騒がしさが嘘のように静まりかえった空間。物寂しさこそあれ、何事も起きないと言う平凡な日常を噛みしめるには充分すぎる空間に、七曜はふと口から一言漏れる。


「平和だなぁ……」


 口元に浮かべた微笑には普段彼が女性や親友に向けるような明るさは含まれていない。それとは対称的な物憂げな微笑は、彼自身の温和な顔つきによく似合っている。見る物が見れば魅了されてもおかしくない笑顔だが、しかし今は誰も見る物はいない。七曜自身、そんなつもりで浮かべた笑顔ではないのだ。


 ――そう、平和だ。……昔は思いもしなかったなぁ。


 ほんの数年前までの自分の生き方を思い出し、過去に思いを馳せようとするも……来客を告げるチャイムに断ち切られ、意識を戻す。


「いらっしゃいませー!」


 いつものような笑顔で、

 いつものような大声で、

 いつものように値段を告げて、

 いつものようにおつりを渡す。


 平凡でありきたりな生活。"彼"と出会ってからの4年間で何度も何度も繰り返してきたこの作業だが、七曜はこの作業にすら幸せを覚えるほど、代わり映えのない生活に心から幸せを感じているのだった。

 信頼できる友達がいて、その友達とバカ騒ぎを楽しむことができて、何事もなく1日が終わっていく……"裏"に関するできごとが嫌いなわけではない。折角身につけた力でもある魔力を使いたいと思うことがあるし、"彼"のいとこである雨宮八雲(あまみや やくも)に頼んで"魔物狩り"でバイトをすること……よく勧誘されるのだが、彼は特に働くつもりはない……もある。それでも、七曜は今の生活が大好きなのだった。


 ――本当、一樹には感謝してもしきれないよね。


 そして、そんな生活を作ってくれた親友にして恩人である"彼"……烏飼一樹に、やはりいつものように心の中で感謝する。この30分後にその一樹"裏"のことで呼び出されるが、それはまた別のこと。"裏"のできごとは平凡な毎日への味付けにはちょうど良いスパイスなのだ。

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