Part.1 再戦
――群体を相手取るってあんまりしたくないのよねっ、っと!!
迫り来る影に向けて少女は槍をなぎ払う。振るう勢いにより、穂先にへばりついた細長い胴体は真っ二つに分かれ、空へと消えていく。物の比喩ではなく、槍を離れた直後に影は虚空へと消えていったのだ。非現実的なことだが、そもそも年端もいかない少女が夜の公園で槍を振るっていること自体、まず現実でお目にかかることではない。細い影が消えていった事に少女は特に関心を示さず、槍を旋回させて構え直す。
――結構斬ってきたけど、もうちょっといる感じよね?
街灯を背に少女は目の前を睨むが、彼女の目線の高さには特になにも見られない。滑り台やブランコと言った昼間は子供の集会所となる遊具や、ベンチや土管と言った夜間にはカップルの逢い引きスポットとなる場所……かどうかは知らないが、少女がここに来たときには3組ほどそんな2人連れを見たように思う。見せつけてんじゃないわよ、と年頃の少女として嫌悪や憧憬を抱かないことはないのだが、使命に燃える戦士としての側面を持つ彼女はそんな雑念に縛られている場合ではない。既にそう言った人々はどこかへと逃げていたため、巻き込む心配はないため、彼女は目の前の的に集中することができる。眼界に広がる無意義な光景を意識の外に追いやり、彼女は少し目線を下げる。
――前も思ったけど、おぞましいって感想はこういうときに言えば良いのよね?
街灯に照らされた大地にいるのは、鎌首を上げて少女に向き合う蛇の姿。正確に敵を見定める必要がある戦闘の場にあって、把握するのも億劫になるぐらいの頭数を誇る蛇の群れを見て、背筋にその内の1匹が這い上がってきたかのような気味の悪い寒気を覚える。爬虫類の類は決して嫌いではない。むしろ好きな部類に入る少女をもってしても、これだけの数がいれば話は変わる。1匹だけなら特に嫌悪感を抱くこともないだろうが、無数の大群から注目を浴び、時々大地が蠕動するともなれば愛らしさよりも気味の悪さが上回る。それも、蛇から向けられる目は間違いなく標的を見定めた鋭い視線だった。
――そう言えば、前回は"アイツ"を庇って噛まれたんだっけ?
ゆっくりとこちらに寄ってくる蛇を少女は落ち着いた様子で迎え撃つ。一歩たりとも引くことはせず、腰を少し落として臨戦の構えを見せながら、少しだけ先日のできごとを思い出して口角を上げる。
――前回と同じ轍は踏まないけど……前回の戦法は使うべき、よね?
舌を鳴らしながら蛇は少しずつ自分へと這い寄る。先ほどのように飛びかかってくることはしない。全体が1つの意思を持っているようにまとまった動きを見せながら着実に距離を詰め、少女との間合いを計っている。
しかし、それは少女もまた同じであった。未だ魔力が回復しきらないこの体だが、現在槍から魔術を発動させるだけの魔力ぐらいは戻っている。勝負は一度きり。この一撃を外せば残りは槍を使った白兵戦を繰り広げるしかない。だが、この一撃さえ決めることができれば……逆に、彼女は攻撃に転じる事ができる。
――どーせコイツら、1匹の蛇なんでしょ?
にじり寄ってきた蛇たちが一斉に少女へと飛びかかる。無数の大群でありながらも相打ちを避け、少女だけを狙い澄まして多段に攻め寄せる。先日似たような蛇と敵対した時から少女は気付いていた事だが、この蛇たちは野生の群れなどではない。元は1匹の大蛇なのだ。1つの頭脳と無数の肉体。その事実がこのような多段攻撃を可能とさせるのだ。背後からも迫り来ていたのか、全方位から襲いかかる避け場のない噛みつき攻撃。単純だが、その分対策をしづらい攻撃を、少女は不敵な笑みと共に迎え撃つ。
「ふっ!」
少女は一息に跳躍する。蛇の多段攻撃の唯一の死角、それが頭上である。無論、生半可な跳躍では決して逃れることはできない。少女の倍以上の高さから蛇たちは少女に押し寄せてきているのだ。
だが、少女の跳躍力は蛇の包囲を文字通り上回る。背丈の倍はおろか、後ろにそびえ立つ街灯の頂上に迫る勢いで上昇していく。その途中、少女は手に握りしめていた槍を更に強く握り込み、
「はぁああっ!!」
真下に向けて投げつける。先ほどまで少女が立っていた大地へと突き刺さり、それに巻き込まれて何匹かの蛇が串刺しになる。巻き込まれたのは片手で数えられる程の数匹だが、彼女の目的はそんな小さい所にはない。街灯の頭へと着地して地面をを見下ろす少女は得意げに声を放つ。
「一網打尽、ってねっ!」
彼女のかけ声と共に、槍は緑色に光り輝く。地面に突き刺さった穂先を中心に異界の文字が広がり、蛇の大群を真下から覆う。少女の言葉通り、上から見れば蛇の大群を網の中に捕らえたかのように展開された魔方陣は、槍と同じ緑色の光を放つ。少女の持つ"草"の魔力が放つ緑色の閃光は徐々に輝きを増していき、
「"放出"!」
再度放たれた少女のかけ声と共に、魔力は槍の形を作り出し大地から一斉に表れる。光の槍が蛇の腹を刺し貫く断末魔の悲鳴が無数に聞こえてくる中、少女は体の中に魔力が溜まっていく感覚に目を細める。
――少し同情するけど、その魔術もどうせ罪のない人から取った魔力でしょ? もらったからって返せるわけじゃないけど……必要経費としてもらっておくわ!
少女、サンゴは心の中で勝手にこじつけながらも、体の中に満ちる魔力を享受している。先日おこった激戦の中で彼女が身につけた新しい魔術。否、身につけたと言うよりは引き出したと言う方が適切かもしれない。母親から受け継いだ得物、【アプソル】に備わっている"吸収"と"放出"の魔術。それまでは"吸収"と"放出"を分けて使っていたのだが、元の持ち主である母親が行っていたように、"放出"によって生み出された槍の先から魔力を"吸収"すると言う攻撃方法をサンゴもまたできるようになったのだ。攻守一体どころか、相手の力を吸収しつつ自分は使った魔力以上に回復すると言う非常に効率の良い戦法を身につけ、今まさにそれを実践していたのである。まだ覚えたてという事もあり、吸収量は槍を直撃させた時よりも遙かに落ちるが、それでも蛇の数が多いこともあり使った魔力以上の吸収はできている。
――自然回復力はまだ戻らないのはもどかしいけど、それでも上場!
魔力を吸い取られ、徐々に姿を消していく蛇たちを確認して、サンゴは力強く頷く。
――前回と同じなら蛇が1つにまとまっているはず……だけど、魔力を吸収した今なら大蛇と言ってもそんなに強くないはず!
街灯の上から公園を見下ろして少女は敵を探す。以前の戦闘ではこの直後に痛い目を見ているのだ。人を庇うためだったとは言え、完全に不意を突かれたことには変わらない。同じ失敗を繰り返さない、と言う彼女が抱く信念もあって決して油断をしない。
――見つけたっ!
砂場へと落ちる滑り台に巻き付いた大蛇の姿が見える。魔力を吸われて弱っている証なのか、前回感じたときの威勢の良さはまったくない。遠目で見ても分かるほどに疲労した大蛇に向けて、サンゴは上空から迫ることを選ぶ。
――いや、油断しちゃダメよ……いつでも、全力でいかなきゃ。
あらかじめ分割させていた【アプソル】を召喚して、それを媒体にして大地に突き刺さった【アプソル】を手元に戻す。攻撃の準備を万全にして、サンゴは街灯を蹴る。両手に持った槍から魔力を発しながら軌道を調整し、弾丸のように蛇へと突っ込んだ。蛇の頭へと狙いをさだめ、そこに向かって両方の槍を突き立てる。
「っ!?」
が、飛び出してくる人影に気づき、サンゴは意識をそちらへと向ける。その人影は蛇を見て逃げるでもなく、サンゴに向けてまっすぐに突っ込んできている。状況が飲みこめないが、突っ込んでくる人影はこちらに跳び蹴りの要領で足を伸ばしていることもあり、咄嗟にサンゴは槍を用いて防御する。勢いよく蹴られた衝撃はそのままサンゴの小柄な体を吹き飛ばすが、構えていたこともあってか体に遅うダメージは少ない。空中で体勢を立て直し、地面を滑って勢いを殺して着地に成功。
――誰っ!? 脱獄囚……なの、かしら?
謎の襲撃者は落ち着いた様子で大地へと着地し、かすかに起こる風は腰回りの布を舞い上げる。暗くて顔はよく見えないのだが、襲撃者の身につけているその布と、丸みを帯びた体つきはサンゴに信じがたい事実を突き付ける。
――スカートはいてるって、女ってことよね? えっ、脱獄囚に女はいなかったけど、女装してるってこと? こっちに顔は割れてるからそんなことしても意味はないんじゃ……残りの2人はかなりの有名人よ。そんな女装癖がないことぐらい知ってるハズだし……
知っている事実と目の前の事実が噛み合わない。頭の回転は決して早くないため、次々と起こる疑問に対処しきれずにサンゴは混乱してしまうが、襲撃者が大地を蹴る音がサンゴの脳内に響く。
――考えるのは後っ! そう言うことは得意なヤツにでも任せとけば良いわっ!
あれこれと考え込むのは自分の性に合わない。両手に持つ【アプソル】を1本の長槍に合わせて走り出した。対面から走り来る襲撃者はサンゴと衝突する寸前に踏みとどまり、
「はぁぁあああ!!」
かけ声を放ちながら横蹴りを放つ。些か低音だがその声色は紛れもなく女性の物であり、声の質からしてサンゴとそこまで変わらない年頃だと思われる。しかし、蹴りの早さは同年代の女子が放つことのできる蹴りのレベルを一回りも二回りも凌駕している。少しでも力を加えれば折れてしまいそうな細長い足だが、それを振るう早さから来る風圧の強さから、丸太を振るわれたのではないかと錯覚してしまう。そうでなくとも自分を飛ばすほどの蹴りを放つことのできる少女である。それほどまでに威勢のある蹴りを、サンゴは受け止めるのではなく、しゃがむことで躱す。
「ふっ!」
蹴りを頭上でやり過ごし、サンゴは片足立ちの少女に向けて槍を突き出す。隙だらけの無防備な足へと穂先が届く瞬間、サンゴは目を見開く。
「なにっ!?」
目の前のできごとにサンゴは驚くと共に、この少女が敵であることを確信する。彼女の槍、【アプソル】の切っ先は足に当たる直前で砂によって固められているのだ。偶然にしてはタイミングが良すぎる上に、引き抜こうにもびくともしない。自然現象ではあり得ない、魔術を用いたものであることは疑いようもないだろう。槍を分裂させていれば、先ほど蛇の大群相手にやったように、後退してから呼び寄せることもできる。だが、先ほどサンゴは槍を1本にまとめてしまったため、その手段を使うことはできない。得物を手放してしまうことはなんとしても避けたいと言う意識から槍に注意を払うが、
「やばっ!?」
はっとなって顔を上げれば、足を振り上げている少女の姿。サンゴが槍を引きはがそうとしている間に足を下ろし、再び攻撃の態勢に入ったのだろう。サンゴは槍を諦めて後ろへと飛び退ろうと大地を蹴る。
「えっ――」
しかし、足が思うように動かずに体勢を崩して後ろへと倒れ込む。強く打った背中に一瞬呼吸が止まってしまった。その隙を逃すまいと少女の足は振り下ろされる。なぜ足が動かなかったのか、そんなことを考える暇すら与えられずサンゴはただ呆然と見つめることしかできなかった。断頭台のギロチンを思わせる足がサンゴの首筋へと落ちてくる……
――ここで終わり、なの……? いや、まだ……っ!!
諦めない強い思いが彼女の手を動かす。だが、防御をはかるには判断が遅すぎた。防御が間に合わない事を悟った彼女は悔しそうに目を瞑る。




