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名もなき物語  作者: 白カギ
《邂逅の物語》
18/85

Part.17 友情の証

「あれはなんだったんだ?」

「あれって、どれよ?」


 魔力でできた槍に刺し貫かれ、意識を飛ばしているヴァンにサンゴは【アプソル】を刺す。完全に伸びているが、先の失敗を思い出してヴァンへの警戒を忘れずに魔力を吸収しているサンゴに向けて、一樹は寝転がりながら質問をする。ヴァンの意識が飛んだ証なのか、彼が"焼き付け"ていた魔力は一樹の網膜から消え去っていた。ここに七曜がいれば、そこかしこに"焼き付け"られていたヴァンの魔力がすべて消えていることが分かっただろう。


「最後の魔術だ。ありゃなんだ?」

「あれのこと? あれは、実はあたしも初めてやったんだけど……【アプソル】に魔力を込めて、切っ先の残像を残したの。死ぬ気でやったから、もう魔力がカラカラだったわ」

「切っ先の残像……もしかして、残像にも魔力を吸収する効果があるってことか?」

「そうよ。でも、魔力の消費量が半端ないからね。いわゆる、奥の手ってヤツになるのかしら?」

「なるほどねぇ……そんで、その残像から魔力で形成された槍を作る事も可能、と。チートじゃねぇか」

「そりゃ、魔宝具だしね……武器に助けられてる、ってそんだけよ」

「魔宝具……? 俺の"風月(ふうげつ)"や七曜の鉄線みたいなやつか?」

「"風月"も鉄線も魔術が使われた武器、ってだけよ。強いて言えば魔法具ね」


 どちらも読みは「まほうぐ」であり、 口で言われても一樹には今一つぴんと来ない。


「魔宝具は魔法具の中でも優秀な物。本来上位の魔人、それも"魔王"クラスにのみ持つことが許される物よ」

「だから分かりづれぇっての……って待て、じゃあお前なんでそんなの持ってるんだ?」

「……お母さんの遺産よ。お母さんも別に"魔王"ってわけじゃないんだけどね。あたしとお母さんがかつて仕えていた"魔王"様からいただいたの」

「"魔王"……? 魔界の王様のことか?」


 言葉のイメージから一樹はそう推測する。サンゴは頭を振った。


「人間界で言う王様ってわけじゃないわ。魔界は全体で1つの国みたいな物なんだけど、いくつかの区画に分けて統治されてるわけ。その区画ごとの上に立つのが"魔王"よ。その上に"魔統帥"って言う方がいるから、人間界でのイメージで言えばこっちが魔王に当たるんじゃないかしら?」


 フィクションで魔界は、魔王がすべてを治めている国と言う印象で描かれていることが多い。現に一樹もそう言う政治体制なのだと思っていた。


「……ある意味、"魔王"様はその地区でのトップではあるから、難しいことは考えず、それぞれの国を治める王様、と受け取るのがいいのかもしれないわね」

「こっちで言う合衆国みたいな感じか? アメリカみたいな」

「アメリカってなに、美味しいの? 甘そう、ねっ!」


 ヴァンから【アプソル】を抜きながらサンゴは的外れな事を言う。そのことに突っ込むか突っ込まないか考えていると、サンゴはこちらに顔を向ける。魔力は充分吸収できたようで、頬に見える十文字の紋様も、出会った頃ほどではないとは言えはっきりと見えるようになっていた。


「地区ごとに役割が大きく異なっててね、あたしが今いる地区には大きな監獄があるのよ。そこの"魔王"様……セレン、って言うんだけどね、セレン様がこいつらに傷つけられて、あたしはここに来たってわけ」


 サンゴは足下で伸びているヴァンの頭を【アプソル】の石突で小突く。


「さて、お仕事お仕事、っと」


 限界まで魔力を吸い取ったヴァンに手錠を付ける。すると、ヴァンの体は光に包まれていき、やがて消えていった。その様子を寝転びながら眺めていた一樹は、完全にヴァンの気配が消え去ったことを感じてため息を漏らす。


「一件落着、だな」

「まだ終わってないわ」

「ああ、そういやまだ2人いるのか」

「そう言う意味じゃなく、って」


 サンゴは槍を回し、一樹の腹へと突き刺す。サンゴはしゃがみ込んで、呆然としている一樹に微笑みかける。


「……おい、サンゴ。なんのつもり……だ?」


 【アプソル】を刺された部分から、なにやら魔力が流れ込んでくるのが分かる。体全体に染み渡り、徐々に体全体の痛みが引いていく感覚に、一樹はむしろ怪訝な表情を見せる。サンゴは、しれっと答える。


「なんのつもり、って見たまんまよ。あんたの傷の回復をしてんのよ」


 よく見れば、ヴァンの魔力を吸収してはっきりと見えるようになった紋様が少しずつ薄くなっている。七曜曰く、「別に魔力が多ければ多いほど濃いってわけじゃないけど、一定量を下回ると薄くなるものだよ」とのことであり、この言葉から察すると彼女は吸収してなお、魔力を回復しきっていたわけではないことは明らかだった。


「そりゃ見れば分かる。言いたいのはそういうことじゃねぇよ……折角お前が得た魔力だろ? こんな傷、放っておきゃ治る。だからこんなことに魔力を使わず――」

「うるさい! 理屈だけで物事をはかるなっ!」


 サンゴの大声に一樹は言葉を止める。


「アンタの傷じゃない、それをこんなこと呼ばわりって、なによそれっ!」


 自分の目的のためであれば、敵の攻撃をも利用する……しかも、ヴァンに【夢視眼鏡(シーイング)】を使った魔術を誘発するまでにここまで傷を負ってしまったのである。一樹は『自分の信じた道を突き進むためなら、なに言われても気にしない』と言ってのける程自分の目的……七曜から聞いていたのだが、記憶喪失の原因を突き止め、そしてできることなら取り戻すことに余念がない。


「アンタはもっと自分を大切にしなさいよっ! 自分が死んでも、アンタは記憶を取り戻したい、ってわけ?」


 怒りながらも、しかし確かに悲しみを見せて叱責するサンゴ。一樹は彼女の想いが魔力と共に身に染みてくるのを感じる。


 ――やめろよ、そんな顔見せるな。俺の"手段の1つ"が、迷いを生み出させるな……ちっ、また俺はこんな考え方を……っ!


 心の中で毒づきながらも、その一方で一樹は自分が人を簡単に道具のように見なす自分に嫌気が差してくる。が、嫌気を一樹は即座に断ち切る。少しでも歩むことを迷ったり躊躇いを見せたら……それこそ、自分は記憶を取り戻すことを諦め、今の生活に満足しきろうとしてしまう。それは自分に協力をしてくれている人間すべてを裏切ることになる。歩んできた道を無駄にしてしまう……記憶ではない物の、一樹が最も忌み嫌う考え方だった。


「そりゃご尤もだな……悪かった。でも、本当に良いのか? 脱獄囚を倒すのにだって、魔界に帰るのにだって魔力は必要だろ?」

「そうだけど……でもね、」


 サンゴは一樹に顔を近づける。息がかかるほどに接近したサンゴの頬は、薄くなっている紋様とは逆に朱色が強く刺していた。


「アンタに協力してもらえる、って思ったらそんなに悪くないかな、って思っちゃって」


 童顔に微笑みを浮かべたサンゴの可愛らしい表情を一樹は凝視してしまう。にらめっこに負けて最初に顔を逸らしたのはサンゴの方だった。


「べっ、別にアンタに好意が芽生えたとかそんなんじゃないから! ご飯の心配しないですむとかそう言う合理的な感じだからっ!」


 ベタベタなセリフによる見え透いたごまかしに一樹はため息をつく。一樹はこう見えて他人の好意を見抜くのは得意であり、そして一樹は好意をも利用する人間なのである。しかし、一樹の中に眠る人間らしい部分がためらいを見せてしまうため、できることなら好意など抱かれないで欲しかったのだが、流石に一樹もそこまではどうしようもなかった。もう少し嫌われ役を演じてやればよかったかと少し反省する。


「……本当に良いのか? 俺はこの後にお前を利用しまくることになるぞ? そして俺はその場合一切躊躇をしないつもりだ」


 一樹自身に言い聞かせるような言い回しに込められた意味をサンゴは察し取り、ふとここに来る前の七曜との会話を思い出す。


『一樹はとても頼りがいがあるんだけど……でも、繊細で脆いんだよね……だから、周りにいる僕らは一樹の目的がしっかりと樹立できるように支えたくなるんだよ。支えられる一方で、僕達も支えなきゃってね』


 その言葉の意味を聞いたときは分からなかったが、しかし一樹のそう言う想いと直に接すればよく分かることだった。


「良いわよ。その分あたしもアンタを利用しまくるから」

「つったく、ありがとよ」


 一樹はやれやれと言いたげに笑みを浮かべる。素直じゃない彼を見て、サンゴもまた笑みが漏れる。


「……んっ、」


 一樹の唇へと自分の唇を重ねる。


 ほんの一瞬だけのキス。しかし確かに互いの唇には互いの感触が残っている。


 柔らかく暖かい感触に呆気にとられている一樹に向けて、サンゴは満足げな顔で微笑んでいた。


「なに鳩が豆鉄砲を食ったような顔してんのよ。あたし達の友情を確かめ合っただけじゃない」


 急なキスに一樹は困惑していた物の、サンゴの恥じらいのなさと物言いに一瞬で冷静になり、違和感を覚える。


「……あーっ、一応聞いておこう、このキスの意味は?」


 魔界と人間界の文化の違いがあるのではないか……一樹はそう感じてサンゴに質問を投げかけた。


「変なこと聞くのね? キスなんて友情の証以外に深い意味はないじゃない」

「やっぱりか……ん、待てよ……」


 一樹はその事実に特別落胆することなく、考える。魔界のキスに近い意味を持つ人間界の所作……ふと、それをやったときにどういう反応を見せるかが気になってきた。


「サンゴ、ちょっとお前の手見せてくれないか?」

「えっ、こう……?」


 言われたとおり素直にサンゴは手を差しだしてくる。槍を握る際のサポーターとしての指ぬきのグローブに包まれた小さな手だった。第2関節辺りから見える細くて白い指に、一樹は純粋に美しさと繊細を感じさせる。


 ――舐めてみてぇ……


「……なんか、今変なこと考えなかった?」

「いや、気のせいだ……そう、んで、魔界で言うキスって人間界で言うこれ、なんだろ?」


 一樹は即座にその手を握り込む。すると、サンゴの顔は見る見るうちに赤く染まる。


「なななななっ、何をするのよ!」


 恥ずかしそうに手を払いのけるも、顔の赤みは消えない。耳や首元まで真っ赤にして恥ずかしさを露わにしており、一樹はそんなサンゴがおかしくて笑いを漏らす。


「やっぱりか……サンゴ、人間界でのキスっつーのは、魔界における握手と一緒なんだぜ?」

「えっ……えええっ!?」


 広く閑散とした工場跡地に、サンゴの声が響いた。

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