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名もなき物語  作者: 白カギ
《邂逅の物語》
16/85

Part.15 目的への必要経費

「なんなのよ……あの、過去に対するとんでもない入れ込みは……」

「はぁ、一樹行っちゃったか。……そりゃ、行くよね~」

「シチヨウ? いったいどういうこと?」

「そう聞かれても困るなぁ。んー、言ってもいいのかどうか……」

「言いなさいよ! 内緒にしとくから!」

「あっはは、強気になってるー!……だいぶ回復できたんだね、よかった」

「なによ……正直、本調子とは言えないんだけど、アイツにキレたらなんか少し吹っ切れちゃって……はいはい、どうせ単純ですよっ!」

「良いことじゃん。いつまでも泣いてる女の子を見るのは忍びないからね。そう、泣かないように一晩ぐらいは優しく抱きしめて――」

「アンタも元気そうね……」

「まあ、君と一緒だよ。昔一樹に説教されてね……それで吹っ切れた事もあるんだよ。まったく、頼りがいがありすぎて同い年とは思えないね」

「……それで、イツキの目的ってのはいったい、なんなのよ? 言わないとアンタに槍ぶっ刺して魔力吸収するわよ?」

「辛辣だね……別にされてもいいんだけどさ。じゃあ、教えてあげるよ……あのね、一樹は……」


 ***


 ――つったく、この炎どうすっかな?


 即座に放たれたヴァンの炎を見て一樹は辟易する。七曜から聞いていたヴァンの炎の特性……焼夷弾の如く、魔力を各地に四散させて炎をばらまく魔術だ――一樹の知ったことではないが、ヴァンはこの魔術を「焼夷弾(ブランドボム)」と名付けている――炎に触れただけで彼の魔力は張り付き、魔術が発動してしまうのであれば、必然すべてを打ち落とすしか対処する方法はない。


「こうすっか」


 一樹は得物である"風月(ふうげつ)"へと魔力を流し、"風刃(ふうじん)"を作りだし、放つ。サンゴとの戦闘でもほぼ零距離で打った"風刃"……元々、魔力の操作が苦手な一樹は、近距離まで引きつけておかないとまともに狙いを付けられない。そこで一樹は、"風刃"を少し大きめに作り、命中性の荒さをカバーする。大きくなる分、風刃の刃は更になまくらになる上に、機動性と持続性が落ちる反面このように打ち落とすだけであれば、そこまで問題にならない。大きな"風刃"を、炎へと放ち、はたき落とす。それでも、打ち落とした箇所にまで魔力が貼り付けられているであろう事を一樹は見落とさない。飛散した炎がどこへと向かったのかを一樹は1つ1つ記憶する。


「おおっとと?」


 ヴァンは飛んできた"風刃"を仰々しく避ける。"風刃"は魔力の塊であるが故に、コートに込められた術式を用いて"風刃"の魔力を止めても良いのだが、しかしそれをやると自分の魔力を消費する。術式が既にコートに張り巡らされているため、後はその起動スイッチとして少しの魔力を流せば簡単に魔力を止められるのだが、魔界に比べて魔力の回復が遅いこと、そして先の七曜、サンゴとの戦闘で大きく魔力を消費していることもあり、避けられる範囲では避けておくのが得策なのである。


「もう一発っ」


 続けざまに一樹は"風刃"を放つ。先ほどよりも遙かに小さな"風刃"。威力こそ小さいものの、その分機動力と操作性を増した物である。その後を追いかけるように一樹はヴァンへと走り出す。

 回避の隙を突いて放たれた"風刃"と、その後ろから駆けてくる一樹を見てヴァンは内心で舌を巻く。ヴァンからすれば現在、"風刃"を避ける、コートで受けて一樹を迎撃する、魔術で"風刃"を弾き落とす、の3つの選択肢が浮かんでいるが、このうち"風刃"を避けると言うのは尤も行ってはいけない手だと真っ先に切り捨てる。下手に避ければその後ろで刀を構えて走ってくる一樹の攻撃……それも、魔力を介さない刀の斬撃を受けてしまう。"風刃"をコートで受けてからの迎撃も考えられるが、しかしヴァンは刀に対抗する術を持っていない。コートはあくまで魔術のみを防ぐ物であり、物理的な力を加えれば破れかねない。であれば、必然的に"風刃"を炎でたたき落とし、ついでに一樹を攻撃するのが最適に思えるのだが……ヴァンは先ほど、七曜の記憶に写っていた一樹の戦闘の記憶を思い出す。


 ――シチヨウってヤツの記憶の映像……こいつは、かなり機転が利く。であれば、炎を放ったところで何かをしてくるのではないか? 魔力はまだ取っておくべきだろう。


 一瞬の迷いの内に、既に"風刃"と一樹は眼前に迫ってきている。彼我の距離はあとわずか。ヴァンはコートで受けて、一樹の出方をうかがうことを選んだ。"風刃"がヴァンのコートに触れた瞬間に、魔力がコートに止められ消えてしまう。


「おらっ!」


 向かってくる一樹の腹に向けて鋭い蹴りと共に、靴に"焼き付けて"おいた魔力を炎に変えて発動させる。腹に直接たたき込んで魔力を"焼き付け"ようという算段だったが、


「おっと」


 駆けだしている中で、一樹は一歩踏み込んで止まる。眼前でヴァンの蹴りをやり過ごし、横へと小さく跳ねる。刀のリーチであり、かつ足(+炎)のリーチ外と言う絶妙な位置からヴァンへと迫り、切っ先を腹へと一閃する。


「っと、あっぶねー!」


 一樹の回避行動にヴァンは焦ることなく、靴の先で燃えている魔力を再発動させる。ジェットの要領で自身を後ろへと吹っ飛ばし、一樹の斬撃をやり過ごした。"風月"の切っ先に触れたコートに切り傷が入るが、切断するには至らなかった。


「ふぅ、またすっごい身体能力だなオイ!」


 左の足で後ずさりながら摩擦で減速し、ヴァンは楽しげな笑みを浮かべる。一樹はやれやれ、と首を鳴らしながらヴァンの方を見る。


「今のでダメか。はぁ、本家の魔人様の膨大な魔力、太刀打ちできるのかねぇ?」

「無理じゃないかな? 人間界だと魔力の回復がおっせーからあんま使えないんだけどね」


 ははっ、と短く笑ったヴァン。一樹は「笑えねぇ冗談だな……」と苦笑いを浮かべていると、


 ヴー、ヴー、ヴー


 携帯のバイブレーションの音が響き渡る。3回鳴った後に切られてしまった。


「ん? ケイタイってヤツか。出なくて良いの?」

「別に。こんなときに水差しやがって……」

「水を差す、か。こりゃまた、上手い表現だねっ!」


 笑った後に、ヴァンは右手と左手の裾に"焼き付けていた"魔力を燃やし、一樹へと突っ込んでくる。


「魔力の回復が遅い……? 充分すぎんだろ……」


 苦笑いを浮かべた一樹は、牽制に"風刃"を打ち込む。ヴァンは裾であっけなく"風刃"を弾き飛ばし、


「ほら、これならどうだ!?」


 両手の裾を振りかざして一樹を挟み込む。先の不良との一戦と同じように一樹はしゃがみ込んで裾をやり過ごし、足を切り払おうとするが、


 ――炎……


 その足にすら炎がともっていることに気付くが、時既に遅し。ヴァンは足を振り上げて一樹を蹴り上げる。刀身をつま先の軌道へと合わせて防御をはかるが、それでも威力を多少減少させるだけに過ぎない。


「ぐっ……!」


 燃え盛るつま先は一樹の腹へと吸い込まれていく。再着火によって勢いを増した渾身の蹴りは一樹を吹き飛ばすのに充分な物だった。壁に叩き付けられ地面にへたれ込む一樹の目には、裾を燃やしたまま、追いかけてくるヴァンの姿が写っていた。


 ――痛がってる暇はねぇ、なぁっ!


 一樹を挟み込むようにコートの炎を両横から迫らせてくるヴァン。両側から迫り来るコートの軌道を見切って、一樹は"風月"に魔力を込める。魔力を集めて"風刃"を作り出し、それを放つのではなく刃に乗せたまま、


「おおらっ!」


 自分の前で半月を描くように振りかぶる。"風刃"を纏う刀は、ヴァンの左裾を切ることには成功。燃え盛る左裾は一樹の隣へと落ちる。かなり奥の方に手を入れていたようで、ヴァンの腕を切ることは叶わなかったが、それでも自分に迫る攻撃の威力を少しでも削ぐことはできた。左側から同じく向かってきたコートに、刃を当てた直後に、


 ――できるかぎり、"重く"するっ!


 一樹は"風月"を重くし、重力の力を強くする。振りおろす力を出し切れない一樹の手助けとなるようにして重力は働き、ヴァンのコートの裾へと下ろされる。


「ぐっ!」


 コートへと刃が届く直前に、一樹の体に炎が燃え移る。自分の左半身を燃やす痛みを堪えるかのように、一樹は右手の"風月"を強く握りしめる。必死の覚悟が届いたのか裾は切断され、一樹の左肩に触れていた裾は力なく地面へと垂れる。コートの両裾を切り落とされて唖然としているヴァンに向けて、ニヤリと笑みを見せる。


「なにっ!」

「ダメ押しって、ヤツだ……」


 驚くヴァンに一樹は"風月"を振るい、斬撃と共に零距離で"風刃"をヴァンの腹へとたたき込む。自分の左肩を燃やしながらも放った捨て身の一撃に、ヴァンは魔力を"焼き付ける"隙すら与えられず態勢を崩す。その隙に、一樹は横に転がって消火し、身を起こすが、


 ――くっ、これ以上は――


 がくっ、と膝を地面につく。一樹の決死の反撃もここまでだった。自身を燃やしていた炎を消したのと同時に、一樹の体力もまた限界を迎えてしまう。横たえて力尽き、意識が飛びそうな一樹を、首を捕まれる感覚は許さない。


「ほーら、捕まえた」


 先ほど七曜を掴んだときと同様、ヴァンは一樹の首根っこを掴み上げる。左手にかける力を強めて一樹の意識を飛ばさせない。もがき続ける一樹に、ヴァンは、


「さっきの行動は焦ったけど、ほとんど体力残ってなかったのが幸いだった……正直、死ぬかと思ったよ」

「大げさな……魔人様の体力なら耐えられるんじゃないのか? つーか……」


 ――さっき切った感覚……あれは、なんだったんだ?


 人を切った経験などもちろん皆無に等しい一樹だが、しかしあの感覚はただの人間の肌でなかったことは分かる……その違和感がなんなのかは分からなかったが、やけに切りづらかったことだけは間違いない。魔人が特別切りづらいのだろうか?


「なにか勘違いしてないかい? 魔人だってヒトだ。耐久力は人間界のそれと変わらない、いや、魔力に頼り切りな分むしろ低いぐらいかな?」

「はっ、そりゃ道理だな」

「そりゃ"土"の属性持ちで硬化できるヤツなら余裕だろうけど、生憎オレの属性は"火"なんでね。さて、……お楽しみタイムだ」


 ヴァンの右手には、月の光を浴びて妖しく光る虫眼鏡が握り込まれていた。

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