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名もなき物語  作者: 白カギ
《邂逅の物語》
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Part.13 過去のとらえ方

 工場跡地に向けて走っている一樹(いつき)は、道中の空き地に一組の男女が座り込んでいるのに気付く。今時珍しい公衆電話にもたれ掛かってぐったりしている男と、その隣のベンチの上で膝を抱えて時々嗚咽を漏らしている少女の姿。どう見ても、デートや夜の逢瀬という楽しげな雰囲気ではなかった。修羅場に見えなくもないが、それにしては男の傷は深すぎるし、女性は塞ぎ込みすぎている。レンズが砕け、フレームだけが残った奇抜なメガネをかけている男が、近寄った一樹に口を開いた。


「その魔力……一樹、かい?」


 力なく微笑むその男は、間違いなく一樹の友人である七曜(しちよう)に違いなかった。満身創痍という言葉を体現したようなボロボロの姿。所々服が焼け焦げている所からも、激戦が繰り広げられていたと言う事が察し取れる。


「ああ」

「よかった……はは、メガネ割られちゃった事に加えて、視力……ってか、視界を奪われてね。それも、かなり陰湿な方法で。だいぶ戻っては来たけど、まだはっきりとは物が見られないんだ」


 痛たっ、と両目を七曜は抑える。


「目つぶしか?」

「ある意味そうだけど、それより酷いよ……文字通り、目に記憶を"焼き付けられ"てさ」

「記憶……? どんな記憶を焼き付けられた?」


 一樹の食いつきがよくなる。決して心配しているだけではないその反応に、七曜は心の中で「間違いなく一樹だね」と安堵も含めたため息を漏らす。


「僕の場合は……まあ、あれだよ、あれ。3年前の……」

「……つまり、イヤな記憶を焼き付けられる、ってわけか」


 一樹の口角が一瞬だけ、しかし、はっきりと鮮明にくっきりと克明に判然と明確に……様々な言葉を用いてでも表現すべき確かさで上がる。七曜はそれを見逃さない。


「で、大丈夫なのか?」

「うん、なんとか……僕の場合、一応踏ん切りはついてるからね。むしろ懐かしさを感じたぐらいだよ」


 ははっ、と微笑みを見せる七曜だが、どこか笑顔がぎこちない。一樹はそのことにくだらない茶々入れをせずに、話を進める。


「なら良いが」

「目に焼き付けられた記憶、てか魔術もなんとか取り除けたし、酷いのは見た目だけさ。はははっ、女の子、これで靡いてくれるかな……?」

「さっきよりはワイルドになったしいけるんじゃないか?」

「ははは、心外だね。僕はマイルドで天下を狙ってるんだよ? マイルドでしょ~?」

「言ってろ。無事ならなによりだ」


 力なく口角を上げて軽口を叩く七曜。命に別状がないことが分かり一樹は安堵のため息をつく。


「あれ、心配してくれてるのかい……?」

「あぁ……貴重な手駒なんだしな、傷つけられるのは癪に障る」

「手駒と来たか……君らしい」


 冗談だね、と続く言葉を七曜は飲み込む。一樹の魔力の流れを見れば、"手駒"と言う考え方が本心であり、しかし友人をそう思ってしまう自分に少なからず罪悪感を抱いているのはよくわかる。一樹は自分の目的のためなら他人、それも愛する人を使うことも厭わない。打算的に行動する一方で、優しさを完全に失ってしまっていると言うわけではないのだ。迷わず突き進むために、他人への優しさを押さえ込んでいる、だけど完全に押さえ切れていないと言う境界のハザマを突き進んでいるのが烏飼一樹と言う人間だ。彼の目的を思えば、そんな一樹を迷わせるわけにもいかないと七曜は熟知している。相も変わらず不器用で、正直じゃないヤツだなぁ、と七曜は心の中で毒を吐く。


「まあ、僕という手駒はともかく……サンゴちゃんは、正直僕より重傷だ。見た目だけならむしろ真逆に見えるかも知れないけど」


 視線をずらした七曜に倣うと、そこには体育座りをして俯いているサンゴの姿。いつも纏わせている凛とした雰囲気は完全に消えていて、別人のように塞ぎ込んでいる。七曜が満身創痍を体現しているのであれば、サンゴは意気消沈を体現して落ち込んでいたのだった。


「心の傷、か……サンゴも、その魔術を?」

「いや、彼女は喰らってないけど……でも、どうやら炎になにか思うところがあるみたいだよ」

「そうか……おい、サンゴ」


 一樹はベンチの上で座り込むサンゴの前に立つ。一樹が見ても、彼女にはまったく目立った外傷がない。


「……なっ、なに、よ。そっと、そっとしといてよ……」


 時々しゃくりながら一樹に反論する。彼女の取り柄でもあるはっきりとした口調は今や完全に消え失せている。自分を見下ろしたまま動かない一樹に、サンゴは伏し目がちにぼやく。


「……あたしがブルーになってるの、そんなにイジりたいわけ?」

「別にそういうわけじゃねぇよ……大丈夫か?」


 ぽん、と一樹はサンゴの頭に手を置く。


「あっ――」

 ――偉いわね、サンゴ


 ふと一樹がとった行動が、母親が自分を褒めてくれるときによくやってくれた動作と重なり過去の記憶が蘇る。そして、その懐かしく暖かい記憶が、更に先ほど思い浮かんだ暗い記憶が重なり、強い吐き気がサンゴの中に込み上げる。


「触るなっ!」


 目から涙を振りまきながら、一樹の手を払う。突然のことに唖然として目を見開いている一樹を見て、サンゴは自分の行動を振り返る。


「あっ……ごっ、ごめん……」

「……いや、良いよ。なにか、やっちゃいけないことだったんだろ?」

「そうだけど……でも、他人に当たっちゃうなんて、あたし最低だ……それだけは、絶対にやるなって言われてたのに……」

「…………」


 一樹は昨晩出会ってからのサンゴの行動を思い出す。言われてみれば、脱獄囚に大切な人を傷つけられて慌てて人間界に向かったにしては……彼女からそこまで大きな怒気を感じることはなかったように思う。何度か怒った所は見てきたが、それでも怒るべき対象以外には決して怒りを見せていない。火蓮に見た目から年下扱いされていたときでさえ、怒りの矛先を火蓮以外に向けてはいなかったのだ。まっすぐで分かりやすい性格に見えて、実は八つ当たりをしない性格なのだなと一樹はサンゴを見直す。


「お前、優しい奴なんだな」


 突然の褒め言葉に、サンゴは顔を上げる。すぐ近くには、普段のぶっきらぼうな無表情からは考えられない、慈愛に満ちた柔らかい微笑みを見せる一樹の姿があった。サンゴは顔に火照りを感じるも、すぐさま首を振って冷静さを取り戻す。


「そ、そんなこと……そんなことないわよ……あたしは、最低よ……」

「んなことねぇって。お前、世の中にはとんでもない八つ当たりをするヤツもいてな。具体的に言えば……」

「一樹、具体例ってなんだい、聞きたいな~?」


 口調だけは楽しそうな七曜からは、強烈な殺気が漂ってくる。一樹は言葉を止めて誤魔化しに咳払いを入れる。


「……まあ、なにはともあれ、怒ってる時ってのは無意識のうちに他者への態度がぞんざいになる。それをしないだけお前は立派な人間だろ」

「……違うの……あたし、昔ね……あの、その……」


 言葉に詰まっているサンゴからは、言おうか言わないかを迷っているように受け取れる。一樹はサンゴの肩に手を置いて、その目をしっかりと見る。


「……言い辛いことなら言う必要はないって今朝も言ったろ? 誰だって、人に言えない記憶ってのはいくつもあるもんだ。そこにいる七曜だって今じゃあんな優男だが昔は――」

「い・つ・き?」


 七曜から流れてきた剣呑な雰囲気に、一樹は身震いする。言ったらただではすまないような気がして一樹は口をつぐむ。


「……まあ、そんな風に言いたくない過去ってのはそれぞれあるだろ」

「……アンタは、どうなのよ……?」


 ぼそりと呟いたサンゴの一言。小さな一言の余韻が消えて、完全な沈黙が場を支配する。一樹からの返事がないことを不思議に思ってサンゴは顔を上げる。

 そこにあったのはいつもとなんら変わらない一樹の無表情な顔。無機質な瞳はただ静かにサンゴを見つめている。


「イツキ……?」

「ん……そうだねぇ。確かに俺にはそう言う過去は無いわ」


 「ごめんな、適当言って」と無表情で謝る一樹からはいかなる感情も察し取れない。しかし、サンゴはその理由まで考えられるほどの元気はない。額面通りに言葉を受け取り、ぼやきを続ける。


「……そうなの。羨ましいわ……あたしも、アンタみたいに変な過去がなければ、ってよく思うの」

「サンゴ、それはどういう意味だ?」


 一樹の声色が少なからず変わったことに、やはりサンゴは気付かない。


「そのままよ……自分にいつまでもくっついてくるこんな過去、なければよかったな、って思うことは何度もあるわ…………あたしね、昔すっごい失敗しちゃったの。お母さんの下で働いてたときにね……撤退命令を無視して、現場に飛び出したの。なんでだったんだろ? よく覚えてないんだけど、自分の実力に過信してたのかな?」


 自虐的に笑うサンゴは更に言葉を続ける。


「それで、凄い強い魔物と戦ったの……到底太刀打ちできる相手じゃないのにね。槍も折られて絶体絶命の時、お母さんが助けてくれて……でも、それが原因でお母さんが……」

「……」


 一樹はサンゴの言葉をただ静かに聞く。沈黙が言葉を促すかのように、サンゴはボツボツと言葉を吐き続ける。


「その時の記憶が中々離れないの……立ち直っていかなきゃいけない、ってのは分かってる。だけど、ずっと後悔してるのよ……最近は落ち着いてきたのにね。でも、さっきアイツの言葉を聞いて、全部思い出しちゃって……やっぱり、あんなことなかった方がよかったな、って思って……あれさえなければ、あたしはまた今とは違ったのかな? こんな、最低な――」


「ふざけるな」


 静かな一言がサンゴの言葉を遮る。決して強く放たれた言葉ではない。しかし、それでもサンゴは一樹の出す静かな力に押し負けてしまう。


「い、イツキ……?」


 顔を上げて一樹を見る。夜も更け始めて顔はあまりはっきりとは見えない。しかし、彼の纏う空気は明らかに怒りだった。


「無かった方がよかった? なにふざけたことぬかしてやがるんだ?」


 ふざけたこと、と言うその単語にサンゴはハッとする。一樹の周囲を包む怒りの気も手伝って、彼女の落ち込んでいた心にも怒りの炎が宿る。

 怒るべき対象以外に怒りは見せずとも、

 その分対象に向ける怒気は本物である。


「はぁ!? ふざけたことって何よ! あたしは真剣に悩んでるのよ! あんなことさえなければ、やっぱりお母さんは……」

「真剣に悩んでる事は見れば分かる。母親を失ったのはそりゃとても辛かったろうな。だが、過去が無かったら、なんてことだけは言うんじゃねぇよ」


 サンゴからの反論を許さないとでも言いたげに、一樹は一気にまくし立てる


「過去を悔やんだり反省することは良い。だが、過去って言うのは、現在(いま)と繋がる大切な自分だけの時間なんだよ。どれか一つでも欠ければ、現在のお前はいない……いわば、自分を形作る大切な土台なんだ。それが無かったら、なんてふざけたこと抜かしてんじゃねぇよ。

 その時お前が取った行動を知らないから、俺はそれが間違っていたのかどうかなんざなにも言えない。だが、その選択の果てに今のお前はいるんだろ? 今のお前は最低な奴じゃない。さっきの他人に当たらない、って部分もそうだし、今の境遇……大切な人を傷つけられたから、いても立ってもいられずに未開の地に突っ込んでくるってヤツだ。身の程知らずにも程があるけど、俺はそんなまっすぐなお前は好きだぞ」

「……」


 一樹の言葉を少しずつ受け止めながら聞いていたサンゴは最後の言葉に目を見開いて一樹を見つめる。自分を見つめて言葉を吐き続ける一樹が、サンゴには急に眩しく映ってしまった。


「分を弁えて、正しいことをしているお前は決して最低じゃない。俺はそう思う。もし、自分を変えたいって思うなら……過去の自分がどうだったか、じゃなくてこれからどうしたいのかを考えろ」

「これから、を……?」


 一樹と目が合ってしまい、恥ずかしさから目を逸らすサンゴ。そんな彼女の反応を見て、「しまった、言い過ぎた……」と熱くなりすぎた自分に気付き、自嘲の笑みを自重気味に浮かべる。


「あぁ。過去は変えられない確かな物だが、未来はいくらでも変えられる……なんて安っぽいこと言うのもタイプじゃねぇわ……さて、と少し行ってくるわ。七曜、いけそうか?」

「ちょっと無理かな。今回はリタイアするよ」

「そうか……じゃー、適当に頼むわ」

「了解」


 七曜との短いやりとりの後、一樹はサンゴに背を向ける。


「ちょっとイツキ、どこに行くの?」

「んー? そりゃぁ……趣味(おれいまいり)実益(おれのもくてき)、ってヤツだ。別に無理についてこなくていいぞ」


 去っていく一樹は振り返ることもなく言葉を投げかける。

 言葉の意味がよく分からないサンゴはただただ一樹の静かな迫力に圧倒されて呆然と見送ることしかできなかった。

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