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名もなき物語  作者: 白カギ
《邂逅の物語》
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Part.12 "焼き付ける"の真意

 周囲を焼き尽くす炎に囲まれ、彼女の背後には大きな崖。満身創痍の体に、愛用の槍は見るも無惨に砕け散っている。逃げ道もなければ打開する策もない絶望的な状況で、彼女は涙を流している。


 体中が傷だらけだから泣いているのか?……違う。

 自分の周りを囲う業火が怖いからか?……違う。

 槍が真っ二つに折れているからか?……違う。

 異形の魔物が眼前にいるからか?……違う。


 彼女は恐怖に涙しているのではない。母親譲りの精神力を、更に彼女自身が弛まぬ努力で磨き上げたために齢15にして彼女は強い精神力を持ち、並大抵の物事には動じないようになっていた。


 ――どうして、こんなことをしてしまったんだろう。


 そんな彼女が今失意のどん底にたたき落とされている。目の前で繰り広げられた情景を見て、彼女は激しい後悔に襲われていた。


 ――あたしが素直にお母さんの言うことに従っていれば……こんなことにはっ!


 目の前には、見慣れた背中。憧れを抱いて見つめ、追いかけていた背中。自分を庇うかのように向けられた背中は、今でもまだ大きくて、頼りがいがあって、だからこそ、彼女の心は強い後悔に襲われてしまう。


「お母さんっ!」


 背中から感じられる生気が、徐々に消えていくのを感じる。ゆっくりと振り返った母親は、鮮血を垂らした口元を動かしている。しかし、なにを言っているのか、サンゴの耳には届かなかった。


「聞こえないよ! 怒りたいことがあるなら、いつもみたいにはっきり怒ってよっ!」


 母親が消えていく感覚を間近に受けて、少女の瞳から流れる涙は更に勢いを増す。

 それをあざ笑うかのように、周囲を逆巻く炎もまた怒濤の勢いで燃え盛る。


 ***


「あっ、ああああっ……やっ、ああっ!」

「さっ、サンゴちゃ――」


 顔を押さえて泣きわめくサンゴは、辛いことを目の当たりにした幼い女の子以外の何ものでもなかった。言葉にならない悲鳴を漏らし続けるサンゴへと、七曜は這い寄ろうとする。


「おいおい、回想の邪魔はダメだろ? ゆっくり過去の思い出に浸らせてあげなよ」

「うぐっ」


 伸ばした右手をブーツの裏で踏みつけられて七曜は短く呻き声を上げる。顔を上げれば、心底楽しそうにサンゴを眺めるヴァンの姿。サンゴが漏らす泣き声や悲鳴を、甘美なBGMのように聴き入っている。


「ふざけるなっ……どうして、あんな酷いことをっ!」

「酷いかな? オレ、フェミニストだしさ、女の子に攻撃するのって性に合わないんだよねー。女の子の体が傷つくのがイヤだから、せめて心を傷つけてるんだよ!」


 ブーツに込める体重を強めながらヴァンは力説する。右手の痛みですらどうでもよく感じるようなヴァンの外道っぷりに、七曜は苦虫を噛み潰したような顔で言葉を吐き出す。


「すっ、清々しいまでのゲスだな……お前が刑務所に入れられた理由ってのがよく分かるよ」

「刑務所?……あぁ、まあそんなところだと思ってくれれば良いよ」

「えっ……? 待って、その言葉はどういう――」


 奥歯に物が挟まったような物言いを指摘しようとした七曜は、自分の体が浮き上がる感覚に言葉を遮られる。


「まあ、"男はどっちも傷つけるけどね"。さて、と」


 七曜の首を掴み上げたヴァンの右手にはいつの間にか虫眼鏡が握り込まれていた。魔石と思しき宝石の装飾がちりばめられた奇妙な物だが、目を凝らしてみれば、なにやら大きな魔力が渦巻く虫眼鏡である。ただの虫眼鏡でないことはそれこそ一目瞭然だった。七曜の胸中に嫌な予感がよぎる。


「あっ、この虫眼鏡気になる? 【夢視眼鏡(シーインググラス)】つってね、まあ使い方は教えないけど」


 レンズ越しに見えるヴァンの顔に浮かぶのは子供のような笑顔。しかし、無邪気な、と表現するには溢れんばかりの邪気が込められた笑みだった。既に体力も魔力も残っていない七曜は、せめてもの抵抗に右手から"ストリング"を繰り出し、【夢視眼鏡】を握る右手へと巻き付ける。


「無駄だって」


 しかし、それ以上の動きを七曜はできなかった。"ストリング"を引っ張ったものの、もはやヴァンの【夢視眼鏡】を奪い取る力がない。七曜の抵抗も空しく、ヴァンは【夢視眼鏡】で七曜を覗き込んでいた。


「へぇ~……中々苛烈な人生を歩んできたみたいで。そうか、3年前のあの件の関係者か」

「っ!」


 自分を始め極数人しか知り得ない事実を突き付けられ、七曜は【夢視眼鏡】の能力を察し取り……そして、ヴァンの目的に察しが付いてしまう。

 覗き込んだ物の過去を覗き見る物……そして、ヴァンの魔術、"焼き付ける"と言う表現から浮かび上がる慣用句……


「おっ、もしかしてオレのやりたいことに気がついちゃった? 図星だよ」


 ヴァンは"ストリング"の拘束を引きちぎり、【夢視眼鏡】をコートの裾にしまい込む。コートから出た右手には、【夢視眼鏡】に代わって、2点の明るい炎が灯っていた。人差し指と中指の先端にそれぞれ付いた小さな炎だった。蛍のような儚い綺麗な炎だが……しかし七曜は、その炎を見てヴァンの狙いが予想通りであることに気づき戦慄を覚える。


「シチヨウ、と言ったかい? 中々楽しかったけど、まだまだだったね」

「やっ……やめろっ」


 なにをするかが分かるからこそ、その行動に恐怖を覚えてしまう。

 必死に左手の拘束を振りほどこうとする七曜の心情を察し取り、ヴァンの肩は喜びに震える。


「……もう二度とオレ達を追わないでね?」


 ヴァンは二本の指を七曜の目へと突き刺す。

 否、メガネを突き破った2本の指は、正確には眼球に触れる直前で指先から2つの炎を彼の眼球へと"焼き付ける"。その直後、ヴァンは七曜の首を掴んでいた手を離す。


「オレの十八番……文字通り、記憶を目に"焼き付けた"。君の過去と必死に向き合うが良いさ」

「……やっ、やっぱりこの記憶なのか……っ!」


 両目を閉じても、目に焼き付けられた記憶は消えない。七曜の目に浮かぶのは、自分が今まで経験した中で、尤も嫌悪感を覚えた記憶だった。しかし、七曜はそれを見て呻き声を上げることなく、ただなにも言わずに記憶と対峙している。


「あれっ、反応薄っ! もうちょっと苦しんでよー」


 独り言をもらしてヴァンは背後を見遣る。少し前にサンゴは事切れて、涙を流しただ「ごめんなさい……ごめんなさい……」と寝言でも懺悔を続けているだけだった。


 ――飽きた、帰ろう。


 自分を昂ぶらせる物が完全になくなったことにヴァンの気分は徐々に落ち着いてくる。七曜が落とした携帯電話の画面に映っていた「カレンちゃん」と言う文字に気を止めることもなく、ただ「ブー、ブー」と五月蠅く震え続けるバイブ音を耳障りに感じたヴァンは踏み潰して歩き去っていった。


 ***


『い、一樹センパイ! だだだ、大丈夫ですか!?』

「おー、木下か。ちょうど終わった所だ」

『ええっ!? 後藤センパイ、連絡着かなかったんですけど合流できて倒せた、ってことですかね……?』

「……ああ、そうだ。七曜がいなきゃ危なかったな。悪い、そろそろ切るわ」

『えっ、まだ――』


 火蓮(かれん)の返事を待つことなく一樹は電話を切る。火蓮には余計な心配をかけさせまいと七曜が無事だとウソを付いた一方で、七曜に連絡が付かなかったと言う事態について考える。


 いつでも連絡が取れるようにしておけ、と七曜には言ってあった。しかしそれでも七曜が電話に出なかった。これは、なにかあったと言うことになる。


 ――しかも、携帯のバイブも揺れてない……2人がかりじゃねぇとヤバイ相手と一緒ってことか?


 一樹は携帯を操作して七曜に電話をかける。しかし何回コールをしても留守電センターの録音された声が冷ややかに帰ってくるだけである。舌打ちと共に、一樹は携帯から耳を離す。


 ――まだ戦闘中か……これは、魔人に当たったと考えるべき、かねぇ?


 一樹は目の前で倒れている不良達を見る。先ほど、不良達を全員人目に付かない茂みの中へと隠して寝かせて置いたのだ。やがて彼ら自身が起きて慌てふためくか、警察が起こして事情聴取をするかは知らないが、おそらく自分の所に辿り着くことはないだろうと一樹は判断する。魔力で操られていた時の記憶があるのかないのか知らないが、ないならないで自分には絶対到達できないし、仮にあったとしたら、『工場にいたと思ったら、次の瞬間には路上で武器を持って人を襲っていた』と言う意味の分からない供述を繰り返すだけだろう。一樹の顔を覚えていたとしても、自己防衛ですと言い切ればいい。過剰防衛に当たるかも知れないが、言いくるめられるかもしれない。いやそもそもどこからが過剰防衛になるんだろう、知らねぇな、後で調べるかと一樹は纏め終わった考えを記憶の片隅に放り投げる。


 ――そんなことより、今はサンゴ達の方だな……急ぐか……


 準備運動に足首を回しながら、茂みで眠っている不良達の方を一瞬だけ振り返る。


 ――あんたらも不幸だったな。


 少しだけ同情し、一樹は2人の元へと駆け出す。

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