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名もなき物語  作者: 白カギ
《邂逅の物語》
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Part.11 魔人の反撃

「うがっ……ぐぁあっ!!」

「ふぅ、掌底ってこっちにもダメージくるなぁ……」


 七曜の掌底を喰らってヴァンは地面に蹲る。サンゴから見て、正直そこまで威力がありそうな掌底ではなかったように思える。痛そうに右手を押さえながら、七曜はサンゴに


「僕ももうちょっと体を鍛えるべきかな?」

「魔術士タイプなら、動ける方じゃないかしら? あっ、でもアンタの場合その炎を叩き込む必要があるわけね?」


 ヴァンの罠を見切って尚、自分から突撃すると言う攻撃手段を選んだこと、そして掌底という形で叩き込んだことから推測したのだろうか。サンゴの洞察力に七曜は舌を巻く。


「ご名答。僕の炎は内部で燃焼すると言う性質上、空気に触れられる時間が短いんだよ。攻撃に使うのであれば特にね」


 七曜は右手に小さな炎を灯し、頭上に投げる。頂点に行く前に、炎は消えてしまう。


「でも、この魔術は中々僕に適したものでね? この目で見た魔力の秘穴……簡単に言えば、ツボみたいなものだよ。そこを燃やせば、込めた魔力に応じて今朝一樹にやったみたいに活性化させたり、今みたいに衝撃を与えたりできるんだよ。昨晩、君の体内に流れていた蛇の毒だけを燃やし尽くしたのもこの魔術だよ」


 説明の傍ら、七曜は右手から"ストリング"を伸ばす。魔力の秘穴を刺激された衝撃に蹲っているヴァンに"ストリング"は何重にも巻き付いて、身動きを封じる。


「さっ、彼から魔力を徴収しなよ」

「そうね、絞れるだけ絞って、魔界に強制送還するわ」


 サンゴは右手から【アプソル】を召喚し、もう片方の手でポケットから手錠を取り出す。人間界で見る手錠とほとんど同一の形を取るこの手錠は、束縛された者の魔力を強制的に放出させてゲートを作り出し、そして魔界へと還す魔界の道具である。


「うぐぁああっ……」


 いまだに痛む腹を抱えて呻き声を上げているヴァンの後ろに立ち、サンゴは槍を突き付ける。冷たい先端を首に突き付けられた感触に、ヴァンの背中は強ばる。


「なっ、なななななにをっ!? まっ、負けたんだからせめて魔界に送り返すだけに――」

「黙りなさい!……アンタ達がセレン様にしたこと、忘れたとは言わせないわ」


 サンゴの強い声が狼狽しているヴァンを一喝する。


「セレン……そうか、キミはあの国の……うぐっ!」

「口にするなっ、名が汚れるわ!」


 怒りを露わにしてサンゴは【アプソル】を突き出す。その切っ先はヴァンの首の皮を一枚突き破り、赤い雫を首筋に這わせた。


「ははっ、マジになるなよ。それに、オレを捕らえるのだってキミがやったわけでもな――」

「黙れっ!……できることならあたしが闘いたかったけど、しょうがないじゃない……アンタの魔力、いただくわ」

「魔力を奪う……そうか、その槍は【アプ――」


 サンゴは矛先をヴァンの背中へとそらし、コートを突き破って吸収を始める。槍を通してヴァンの魔力を吸い出し、それを手元で自分への魔力へと変換する……魔宝具【アプソル】の持つ特性の1つである。


「ぐっ、ぐおおっ!?」


 ヴァンの呻き声が聞こえる。サンゴはそんなことを気にせずに、魔力を吸収していく。槍を通して伝わってくる魔力が憎き仇の物だと思うと複雑な気分だが、それでも背に腹は代えられない。


「今のうちに一樹に報告を……あっちはどうなんだろう?」


 七曜も懐から携帯電話を取りだし、一樹へと電話をかける。電話帳から一樹の名前を選択し、電話をかけようとした瞬間、


「なーんてね!」


 底抜けに明るい声と共に、七曜とサンゴの視点は釘付けにされる。


 視線の先には、真っ赤に燃え上がるヴァンの体。

 否、正確には炎に包まれているヴァンのコート。


 燃え盛る炎は、コートに接触している2つの得物へとその手を伸ばす。


 1つはコートに突き刺さっていたサンゴの【アプソル】。

 1つはコートに巻き付いていた七曜の"ストリング"。


 油の塗られた木材を一息に燃やし尽くすように、炎は七曜、サンゴへと勢いよく伸びていく。


「っ!?」


 サンゴは即座に槍から手を離し、後方へと飛び退る。即座に【アプソル】を手放してもう一本の【アプソル】を取り出し、今なお燃えている槍を呼び寄せる。燃え続けながら空に現れた槍にサンゴは少し怯みを見せるも、握っているもう1本の【アプソル】と合成させ、1本の長い槍、すなわち最長の【アプソル】を作り出す。先ほど説明のために2本に分けておいたのが幸いしてなんとか炎による被害を食い止めることができた。

 【アプソル】の効果として、1本でも持っていれば分離している他の槍を召喚することもでき、そしてどちらかの状態……今回であれば、燃えていない状態へと変えた。する必要はないが、燃えている状態の方にすることも可能ではある……へと変えることができる。


「ぐあぁっ!?」

「シチヨウ!」


 しかし、七曜はその動きに対処できなかった。一樹へと連絡を入れようとしていたのが災いとなり、彼が鉄線を切り離したのはヴァンの炎が彼の体を燃やし始めた後だった。一樹に電話をかけようとしていた携帯が落ちる音は、彼の身体が火に包まれる音でかき消される。


「あっはは! このコートは自作した奴でさ。オレの"焼き付ける"魔術を活かして、魔力を表面に止めておくことができる。魔力流してる分しか"焼き付けられない"から、あまり使いたくないんだけどね。お前の炎が体内に入ると分からなければ使わなかっただろうけどさっ!」


 得意げに自慢するヴァンに、七曜は忌々しげに舌打ちをする。七曜は自分の体を焼き尽くす炎に、あらかじめ仕込んでおいた自分の炎を体内から出現させ、はじき落とす。


「ぐっ……攻防一体、恐ろしい炎だね」

「その通り! ていうか、その体内で燃える炎もそうやって防御に使えんじゃん、スゲースゲー!」


 言葉こそ七曜へのまっすぐな賞賛だが、しかしヴァンには余裕の表情が浮かんでいる。すぐさま、ヴァンは大地を蹴って七曜へと駆け出す。なんとか炎は消せた物の、体力と魔力の消耗が激しく、七曜は敵を前にして片膝を付いてしまう。


「お返しっ!」

「ぐはっ!?」


 ヴァンは手のひらに作り出した火の玉を七曜の腹へとたたき込む。七曜の魔術と違って体内に入り込むことこそないものの、燃え盛る炎は七曜の腹へとたたき込まれる。力強い掌底は、それだけで七曜を昏倒させるのに充分すぎる物にも関わらず、腹で燃え盛る炎は意識を飛ばすことを許さない。先ほどとは逆に、腹を押さえて蹲る七曜を見下すヴァン。


「くっ……」

「さて、それじゃ――」

「させないっ!」


 七曜へと追撃を試みるヴァンの背後から、鋭い風切り音が襲いかかる。直前で察知したヴァンは紙一重で迫り来る切っ先を避け、襲撃者と目を合わせる。その目にはありったけの闘気が込められており、見た目の幼さをカケラも感じさせない威風堂々とした姿だった。


「へぇ、やっぱりこの槍は【アプソル】か……一回見たことあるからわかるなー」

「だからどうしたのっ!?」


 サンゴはヴァンに向けて槍を振るう。ヴァンはすぐさま飛び退り、曲芸師を思わせる素早い動きで電柱へと飛びつく。"焼き付ける"魔術で接着しているのか、右手と右足だけを電柱にくっつけると言う、はたから見れば間抜けな、しかし見る者を苛立たせるには充分すぎる姿でサンゴを見下ろす。飛びかかろうと腰を下ろすサンゴに向けて、ヴァンは言葉を続ける。


「どうしたもなにも……その槍にまつわる逸話って凄い有名じゃん? てか、つい最近のことだし」

「逸話……?」


 飛びかかるのを止めて、サンゴは首をかしげる。心底何を言っているのか分からないと言いたげな少女のあどけない顔を見て、ヴァンの胸の内の炎がくすぶる。


「そう言えば、キミは今かのセレン嬢の元にいるんだっけ? 優しいあの人の事だ、そりゃ伝えられないのも無理はないか。他でもないキミの過去に関する事、なんだしね」


 そう言いながら、ヴァンは空いている左手に炎を生み出す。火の玉、と形容するには大きすぎるその炎の塊は、サンゴにある記憶を呼び覚まさせるきっかけには充分すぎた。


「過去……えっ、まさか……?」

「さっ、サンゴちゃん……相手の言葉に、耳を貸さないで……」


 腹を攻撃された痛みに顔をしかめながら七曜は傍らで佇むサンゴに声をかける。しかし、サンゴの耳には入らなかった。サンゴは、ヴァンの手のひらで燃え上がる炎を見て、彼の言葉を思い出してしまう。闘志は不思議と冷めていってしまった。


 ――【アプソル】にまつわる、炎逸話、炎、最近のこと、炎、優しいセレン様が、炎お伝えに炎なら炎ない、炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎、自分の、炎炎炎、炎炎炎炎炎炎炎、過去、炎炎、炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎……


 炎を通じて、サンゴの中ですべてのことが1つに繋がってしまう。


「そのまさか、」


 そんな彼女を見てヴァンは手のひらの炎を落とす。サンゴに投げつけるのでもなく、ただ手のひらを優しく地面に向けて返し、落とす。サンゴはその炎を凝視したまま、何もできない。七曜が顔を上げてみてみれば、怯えた様子で小刻みに首を振るサンゴの姿。


「嫌な予感が……っ!」

 ――あれが地面に着いたら、なにかが彼女の中で起きちゃう気が!?


 考えるよりも先に七曜は鉄線を伸ばす。後先を考えず、がむしゃらに伸ばされた鉄線は勢いよく炎までの距離を詰めていき、残りわずか――


「だよ~」

「ぐっ!?」


 必死の思いで炎を受け止めようとする七曜の鉄線は、電柱から飛び降りたヴァンのブーツに踏まれて動きを止める。その真横に、ヴァンの放った炎が着地し、

 途端に、炎は勢いよく燃え始める。


 ヴァンが七曜へのトラップとして道路に"焼き付けて"おいた魔力へと点火し、炎は一層勢いを増して周囲を包む。


「あっ、あああっ……!!」


 怯えた声を上げながら、サンゴは炎から逃げるように後ずさる。しかし、サンゴは足をもつれさせて尻餅をついてしまった。【アプソル】を地面に落としたことにも気付かずに、なおも炎から逃げようと後ずさるサンゴはなにかにぶつかる。驚いて振り返ってみれば、凶悪な笑みを浮かべてしゃがみ込んでいるヴァンの姿。


「そう言えばぁ~、確かこんなような状況だったんじゃないかなぁ~? んー?」


 ヴァンは怯えきっているサンゴの耳元に口を寄せ、わざとらしく語尾を伸ばしてささやきかける。


「いっ、嫌っ……やっ、やめてよ……」


 サンゴは耳を抑えようとする。必死でか細い抵抗をヴァンは許さない。彼女の手首を握り込み、耳元に口を寄せる姿は、素直になりきれない恋人に愛の言葉をささやきかけるかのような美しさがあって……しかし、どこまでも残酷な言葉をヴァンは紡ぐ。


「【アプソル】の前の持ち主……そいつが死んだときの状況であり、」

「やだ、聞きたくないっ……やめてよっ、やめてよーっ!」


 首を小刻みに振り、大声を張り上げて懇願するサンゴ。抑えている両手を動かそうと力を込めても、ヴァンの拘束を振りほどくことはできない。

 そんな彼女の健気な反抗に、ヴァンは一種の興奮を覚える。見開かれた大きな瞳から零れようとしている涙を見て、囁く口元をいびつに歪める。


「そしてその場を目撃した……いや、語弊があるなぁ。なんと言ってもキミは当事者、だろう?」

「やめてっ!! やめろっ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろっ……やめてっ、くださいっ!!」


 サンゴの脳裏には、かつて自分がいた状況がくっきりと浮かんでいる。あまりにも鮮明すぎて、目を逸らすことがサンゴにはできない。


「だからこの言葉が妥当だろうね。作り出してしまった、キミがいた状況って確かこんなんじゃなかったかなぁ~?」


 最後のとどめと言わんばかりに放たれた言葉に、サンゴの中でなにかが切れる音がする。

 それは過去の情景を思い返そうとする自分を、なんとかして縛り付けていた1本の線が切れる音だった。その音を皮切りに、サンゴは過去の自分を鮮明に思い返してしまう。


 あのときと同じで……周りは炎に包まれている。


「おっ、おかあさ――」

「そう……【アプソル】の前の持ち主にして、類い希なる優れた竜騎士……キミのお母さん、ラルの死に際、だよ?」


 目の前で燃え盛る炎が、かつて自分が見ていた情景と重なる。


 燃え盛る炎、大地に投げ出された【アプソル】、後ろに逃げ道がない状況……


 再現されたかのような状況に、サンゴの目には今ここにない物の、者の姿が見えてしまう。


「おかあさっ……イヤァァァーーーーーッ!!」


 自分を庇うかのように両手を広げて……胸を刺し貫かれる母親の、最期の背中が。

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