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名もなき物語  作者: 白カギ
《邂逅の物語》
1/85

プロローグ 物語の始まり

「見るからに胡散臭いとこだな。聞いたとおりだわ」

『どう、なんかいそう?』

「どうかねぇ? 民家もない僻地だ。特に人の気配は感じないな」

『人目を気にせず騒げそうな場所だもんねぃ』

「できればそう言うアホとのトラブルは避けたいんだがな」

『その点なら大丈夫でしょ。だって、そう言うヤツらが行方不明になってる場所なんだし』

「被害者が被害者だから、"裏"かどうかはまだわかんねぇんだよな?」

『その通り。怪しいってだけで本格的な調査はまだなんだよ』

「で、それをお前が引き受けて、下請(おれ)に任せている、と。良い身分だな」

『確かにそうだけどその言い方はなくない!? 良いんだよ、ぼちぼち"こっち"に就職してくれても』

「断る」

『即答っ!? まあ、最近新入り増えたから、今はどのみち新人研修難しいからまた今度で』

「今も何も金輪際ねぇから。……なあ、八雲(やくも)

『なーに、いっちゃん?』

「ここに手がかりはあると思うか?」

『行ってみなきゃ分かんないんじゃないかな。キミの好きな効率の良い方法じゃないかもだけど』

「そうかねぇ? 何もしないでいるよりは遙かに効率の良いことだと思うが」

『やらずに後悔するよりやって後悔しろってヤツ?』

「後悔はできればしたくねぇけどそんなところだ。むしろ、こうやって電話してる方が効率が悪い」

『酷くない!? 折角協力してんのに!』

「冗談だって。んじゃ、なんかあれば連絡する」

『はいよ。オレも残ってる仕事片してくるわ。そんじゃ気をつけてね』


 ***


 日浪市(ひなみし)の外れに位置する寂れた工場。かつてはここら一帯を中心に工業団地が発生していたが、それも昔の話。企業が撤退してからはベッドタウンであった日浪市が栄え、かつての栄華を感じ取ることもできないほどに風化された建物がまばらに残るだけとなってしまった。人里離れた地にあるその跡地は、昼間であれば腕白な子ども達が遊びに来るのかもしれない。夜の帳が降りればそれも変わる。薄汚れた廃墟になど、まともな感性を持っている者ならばまず近づかないだろう。

 しかし、日付が変わらんとしている深夜現在、不気味にたたずむ工場の前には、1人の少年が立っている。


「ほどほどに頑張るわ……おやすみ」


 携帯電話をポケットにしまい込む。少年は建物を一瞥すると、物怖じすることなく工場へと歩き出していった。街灯に照らされた顔に浮かぶのは無表情。睨み付けているような印象を与える細い垂れ目は無感情に建物へと向けられている。今日は1日快晴だった。夜空には雲一つなく、青白い月明かりが工場全体を不気味に照らしている。見る限り、工場の内部に電気が付いてる様子はない。


 ――人はいなさそうだな。よかったよかった。


 ふぅ、と安堵の溜息を漏らした少年、烏飼一樹(うかい いつき)は外れっぱなしの扉をくぐり抜ける。入り口の横にはスイッチが取り付けられていた。工場近くの街灯がついているから、電気は流れているはずだ。電気をつけるかどうか迷ったが、しかしこれから相手取るだろう"対象"を考えれば、無駄な灯りは自分の存在を知らせ、場所を教えるだけの足かせにしかなり得ない。幸い、一樹は暗闇でも目が利く方である。窓から差し込む月光で充分だと判断し工場の探索を始める。


 ――探す手間が省けるからそれも良いんだが、奇襲受けて死んだら元も子もないしな。


 広い作業場を越えた先には、汚れきったテーブルと椅子が乱雑に置かれている食堂があった。生ゴミ特有の強い臭いが文字通り鼻につく。扉の脇には弁当のトレイや、ペットボトル、たばこの吸い殻に酒瓶、果ては使用済みと思しき避妊具(ゴム)などのごみが散乱していた。目を背けたくなるゴミの山の中には、つい最近目を通したティーンズ向けの雑誌も混ざっていた。ここがたまり場になっていたのはそこまで昔のことではないのだろう。


 ――良いよな、隠れ家。不法侵入だけど、こうもうってつけの場所があれば俺だって活用したい。


 一樹とて年頃の高校生。羽目を外し好き勝手に暴れたい、と言う気持ちは些か以上に分かる。ここで遊んでいた連中も、まさか予想だにしない事件に巻き込まれるとは夢にも思わなかっただろう。同情しながら、一樹は周囲を見渡す。


 ゴミの集中具合から言っておそらく不良達の本拠地はこの食堂近辺である。であれば、この食堂にて事件に巻き込まれた輩も何人かはいるはずだ。未知なる相手に関する何かしらの手がかりがあるかもしれないと捜索を続ける。


 ――八雲の情報なら、相手は人じゃない。連れ去るってことはないだろうから、どこかに遺体なり重傷のヤツなりいると思うんだが。


 机の下や物置の影など、細かく探すも埃やゴミが見つかるばかりだ。手がかりになりそうなものは何1つ存在しなかった。


 ――全員食われたんだとしても現実の"ソレ"から考えるに全員丸呑みか? 考えたくもねぇ。


 人気のない建物に1人で入る事には一切の躊躇いがない一樹でも、流石に今の考えには背筋が凍る。


 しかし、その割にはこの部屋全体に荒らされた気配が見当たらない。


 ――……となると、やっぱり集団で不良共がなんかやらかしてるとかじゃねぇのかねぇ? どっかに遠出したとかそう言うのだろ。……もうちょい探したら帰るか。


 眠そうに欠伸を漏らし、一樹は食堂を後にする。彼はなにも正義感から来る義憤やら、仕事として課せられた義務からこの工場に足を運んだのではない。すべては自分のある"案件"に繋がらないか、ただそれだけを目的にしているに過ぎないのだ。"案件"に関連がありそうな事態があれば何にでも食いつく反面、それがないのであれば一切関与する気はない。不良達の勝手な騒動など一樹からすれば明日の夕飯をどうするか、と言ったことにすら劣る些細な問題である。


 ただっぴろい作業場へと再び足を運ぶ。機械はすべて取り払われており、陸上競技で使われるトラックがすっぽりと入ってしまいそうなくらいに広くて何もない部屋。不法使用者達(ふりょうども)は駐車場として使っているのか、何台かバイクが止められていた。


 ――バイクが置きっ放しなのは行方不明になったのか、別の交通手段でどこかに行ったのか……可能性はいくらでもある。証拠にはなんねぇな。


 ここを見たら眠いし帰るか。それぐらいの心意気で一樹は周りを見渡す。特別期待をしていたわけではなかったので、落胆しているわけでもない。ぼんやりと緊張感もない彼の目に、小さな影が入り込む。見間違いかと思って二度見をすると、そこには間違いなく人影があった。向けられる怪訝な視線は、死んでいる人間が出せる物ではない。声を上げられて人を呼ばれては面倒くさい。ここに来るような人間だ。何かあればすぐに仲間を呼んで囲い込んで威圧を与えながら、自分の安全を確保しようとする性質を持っているだろう。機先を制するに限る。


「……悪い、邪魔したな。すぐに帰るから黙っていてくれ」


 しかし、その影はきょとんとしたように首を傾げる。人がいるのであれば、そしてそれが無事であるのなら自分がいる意味などない。驚いている隙に逃げだそう……背を向けた矢先、声をかけられた。

 薄汚いこの場に相応しくない、とても綺麗な声だった。


「別に帰る必要はないわよ。特に用がないなら少し話を聞かせて?」


 若い女性の声、と言うにはあどけなさがが残る少女声。軽さこそあれ、どこか品のある清らかな声に一樹の足は自然と止まっていた。声の主に背中を向けたまま言葉を返す。


「用事はねぇけど、眠いんだよ」

「仮眠室があったしそこでも良いわよ? そっちのがゆっくりと話せるでしょ?」


 女性の無邪気な声に一樹はため息をつき振り返る。先ほどまでと変わりなく、窓際によりかかる影はそこにあった。


「……そう言う相手ならここに来るバカなヤツにでも頼め。童貞の俺よか、テクニシャン揃いだとは思うぞ」

「ちょっ、なに考えてんのよ!! 残念だけど、アンタが期待してるような話じゃないわ」

「ん? それは――」


 ヒュッという風切り音が一樹の頭上から降り注ぐ。はっと見上げた目に入ってきたのは、月光りに照らされてまばゆくきらめく鋭い切っ先。夜空の星を思わせる小さな煌めきだが、貫かれるまでの時間は四半秒と残されていない。足を動かすことすら敵わない時間の中で、一樹は目を見開くことしかできなかった。


 閑静な作業場に、大きな音が響き渡る。


「えっ!?」


 しかし、その音は人の体を刺し貫いた鈍い音ではない。

 金属同士がぶつかり合って響き渡る、鋭い音であった。


 驚きの声を上げたのは少女。あり得ない音を立てた場所の、あり得ない光景に目を丸くする。


「あぁん? 俺が期待してるような話じゃねぇかよ」


 そこにいるのは誰でもない、烏飼一樹その人である。しかし、その体には傷1つ付いていない。奇襲を仕掛けられる前となんら変わりない無傷の姿でそこに立っていた。


 いや、少しだけ違う。振り上げられた右手には、一振りの日本刀が握られている。


「眠気も吹っ飛んだ。そういう相手なら、大歓迎だぞ?」


 自分の得物を肩に担ぎながら、垂れている目が輝く。

 ゴミ袋の中にようやく光り物を見出したカラスの如く。


 ――ようやく、見つけた。

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