旅のはじまり
カイトと私は一緒に旅をすることになった。
旅とは言っても、全くもって楽しいものじゃないのだけど。
なにせこの宮殿を出るだけでカイト私に三度も剣を抜き、同じく私も三度イフリートの召喚を杖に願った。 しかしそれは叶わなかったのだが……。淡々と話す杖に、本当に今呼び出しても良いのか、本当に今イフリートが必要な時なのか、とやたら問われ、冷静さを取り戻す……という繰り返し。
とにかく、先が思いやられるとはこのことだ。
けど、海斗とだったらこんなに喧嘩ばかりするのかーー? なんて事考えたりもしたけど、カイトとの方が言い合う回数は多い気がする。
逆にカイトとミアだったらどうか。ーーそれはきっと、言い合いにすらならないのだろう……。
元々の間柄や人間関係があるかないかで、人との関係性というのがこんなに違ってくるものなのだろうか……と、そう考えると、やっぱり不思議だなと思う。
私とカイト。本来交わる事がなかった私達。だけど世界が違って、間柄や人間関係の構築なんてものが全くなかったら、私達はこうなるのかもしれない。……そう思うと、やっぱり不思議だ。
「ねぇ、迷宮の森ってどこにあるの?」
「……」
ーーカチン。
私の脳裏のどこかで火付け石を叩くような音が鳴った。どうやらカイトはその表情だけで、私を苛立たせる特技を持ってるみたいだ……。馬鹿っぽく口を少し歪ませながら、片眉を落として、眉間にも額にもシワを寄せて、へっ、っと息を吐き出すような表情。そんな事も知らないのかとでも言いたいのだろうか。どっちにしろ、ものすっごく腹立たしい……。
「……なにその表情。ものすっごく不細工なんだけど」
「お前に言われたくは無いがな」
「あーそう! でもそれってミアも不細工って言ってるようなもんだよね」
「馬鹿か、一緒にするな。あの方とお前は月とスッポン、湖と肥溜めくらい違う」
ーーコイツ、マジで腹立つな! さっきまでは私の顔にミアを重ねてたくせしてっ。
カルシウムがどんどん無くなってく気がするから、もう静かにして道はカイトに任せよう。どうせ目的地は同じなんだし……。
そう思ってた矢先、今度はカイトから声をかけてきた。
「おい、お前。魔法はどの程度使えるんだ?」
「……」
ーー少しシカトしてみよう。うんうん。そうだよ、私が話してしまうから喧嘩になるんだ。コイツ発言なんて無視しちゃえばいいんだよ。
そうしよう、そうしよう。
「聞いてるのか」
「聞いてない」
「なんだそれ……聞こえてるじゃないか」
ーーはっ、馬鹿だ私。つい海斗ともこういうやりとりするから癖で答えてしまった……。さっき決めたばっかなのに、癖とはいえもう答えちゃうとか、それはさすがに馬鹿すぎでしょ……。
「あー、もう! カイトのこと無視しようとしたのについこの口がっ」
「ふっ、なんだそれ。ほんとお前は馬鹿だな」
反論しようと顔を向けた先で、私の口は固まった。いや、固まったのは口だけではない。目も顔も体の機能全てが固まってしまった。だってそこには、笑ったカイトの顔があったから。
嫌味ったらしいニヤリとした表情では無く、ほんのり口角が引き上がったものでもなく、大口を開けて目を細めて笑っている。
ーーあっ、笑った顔も同じなんだ。
キュウゥゥ……なんて胸の軋みを感じる私はーーマゾか……? って、本気で自分で自分を心配してしまいそうになってみたり。
でも、笑うとすごく幼くなるんだな……海斗と同じくらいの身長だから、カイトもきっと私達と同い年じゃないかと思う。なのに普段はどこか自分を大人っぽく見せようと背伸びをしているように見えるのはなぜなのか。
「……で、どの程度魔法が使えるんだ?」
「どの程度って……? だから私は使えないって昨日言ったよね?」
「じゃあ、あのイフリートは誰が呼んだっていうんだ」
「だからそれも、昨日カイトに言われるまま杖に願っただけ。願っただけで私は何もしてないし」
そう言うと、はぁ……という溜め息が盛大に私の耳に届いた。
けど私に言わせると、こっちもカイトの言いたい事が分からず、溜め息をつきたいと思ってるところなんだけれど。
「お前は本当に魔法が何なのかすら分かっていないんだな。一体どこから来たらそこまで知らずに生きてこれるんだ?」
ーー別の次元で育てばこうなるんだよ。
なんて口を挟もうと思ったけど、また話がややこしくなりそうだからやめる事にした。代わりにただ黙ってカイトの話に耳を傾ける。
「確かに俺はお前に杖を渡した時、それで使い魔を呼び出せと言った」
ーーうんうん、言ってた。だから私は無我夢中でやり方もわからなかったけど、杖の方が私に問いかけてくれたから、そのお陰で結果的にイフリートを呼び出せたんだ。
「俺がお前に杖を渡したのは単なる賭けだった。お前が本当に魔法が使えないのか、本当は少しくらい使えるんじゃないのか……そう疑っていたからな」
ーーうん、さすがにそれは気づいてた。困った時に藁にもすがる思い、っていうあれと同じようなものだろうって。カイトは私に負けてほしくは無いんだろうし、私だって負けて濡れ衣を着せられたら困るし。だから最悪こん棒くらいは役立つかなって思って、受け取った。
「さっき総帥様が言っていた通り、その杖は昔ミア様が使われていたものだ。だからもしかしたら、ミア様の力がその杖に残っているかもしれないという淡い期待も込めてそれをお前に渡したんだ。なのにお前が呼び出したのは、炎の魔人イフリートだったんだ」
「なんで? それはなにかマズいの?」
じれったくなって、つい口を挟んでしまった。馬鹿な質問と思ってまたイライラさせられるかなとも思ったけど、馬鹿になどする様子も無く、歩く足をピタリと止めて私に向き合った。
「ーー大いにある。ただの使い魔ならば、大した力など無くとも呼び出す事は可能だ。けれど魔人ともなれば話は別だ。力がなければ呼び出す事など到底不可能。万が一呼び出せたとしても、呼び出した相手に力が無ければ、そのまま魔人に食い殺されるからな」
そこまで聞いた時、昨日の情景がフラッシュバックして一瞬だけ背筋に悪寒が走る。イフリートの大きな口。鋭く尖った歯。喉の奥からマグマのような炎が覗き、私が落ちてくるのを今か今かと待っていた……。
この世界に来て何度も死ぬと思った事はあったけど、あれが一番恐怖だった。熱くて、痛くて、そばで私を捉えるイフリートの瞳は十三年間生きてきた中で、未だかつて出会ったことのない猟奇的なものだった。
「……でも、私にそんな力は無いと思うんだ。だからカイトがさっき言ったように杖にミアの力が残っていたんじゃないかな?」
ーーだって魔法なんて空想の話だと思ってたし。あっちの世界では使えた試しなんて無いわけだし。
じゃあそうなると、私はもうイフリートを呼び出すことが出来ないんじゃ……? っていう考えに行き着くわけだけど。
確かにあの魔人、初めはすごく怖かったけど、最後はいいヤツっぽかったんだけどなぁ? ……なんか犬みたいな目で私を見てた気がして、一気に親しみを感じたから。
「……いいやその線も無いな。いくらミア様が強い力の持ち主だと言っても、本人の手を離れて何年も経った杖にそこまでの魔力が宿っていたとは考えにくい」
「えっ、でも……それじゃあ……?」
言って全てを言葉には出さず、飲み込んだ。いいや言葉が出なかったという方が正しい。
カイトも、ただじっと私を見つめるだけ。それは口には出さなかった私の疑問に対する肯定のようで、さらなる戸惑いが私の中に沸き起こる。
ーーそれじゃ、本当にあれは私の力だっていうの?
『ーーそうだ』
「わぁぁぁっ!」
突然脳を揺らす、声。勝手に脳を揺らし、声がする様に慣れず、思わず声を上げてしまった。
「どうした!」
私の声に驚いて、条件反射から剣の柄を握ったカイト。そんなカイトに向かって、両手を向けて制した。
「ごめん、何でもない! 突然杖の声がしたからビックリしただけなの」
「……はぁ。お前、いい加減慣れろよ」
「いや、分かってるんだけど、常に話してる訳じゃないからどうしても慣れなくって……」
呆気の表情で歩きだすカイトの背中を追って、私も歩き出す。その間も杖と会話をしながら。
どうやら杖の声は私にしか聞こえていないようで、こうやって杖の声に反応する度、カイトがうんざりした顔を向けてくる。それはまぁ、無理も無いとは思うけど。なにせさっき言い合いになってイフリートを呼ぼうか悩んだ時も、突如現れる杖の声に驚いて叫んでしまうからだ。
(ねぇ、話しかけてくる時は何か合図送ってからにしてくれないかなぁ)
『……合図……どういったものをすればいいのか……』
(そうだなぁ……例えば話しかける直前に石を光らせてくれるとか、杖を震わせるとか……)
『……承知した』
意外とあっさりサインが決まった。もうこれで、今度からは驚く事も無くなるだろう。
……でも、それよりも。
「ねぇ、さっき私の疑問に対してーーそうだ、って言ったよね?」
さっきの会話の続きだ。今度はカイトにも聞こえるように、声に出して聞いてみた。聞いた答えはカイトに聞こえないが、私の反応でなんとなく会話の流れは汲み取れるかと思っての行動だ。
『……ああ』
「それって、じゃあ、本当に私にはそういった力があるって事なの……?」
『……そうだ』
「でもさ、それはありえないと思うんだよ。だって私は魔法なんて使った事は無いし、存在すらしないような世界で生きていたんだから」
宮殿の建物を出たとはいえ、ここはまだ宮殿の敷地内。広く高い壁の中だ。黒々しい宮殿の庭には意外にも緑が多い。そしてその草木の生える庭から視線を上に持ち上げると、空にはカラフルに彩られたマーブルカラーの惑星のようなものがたくさん浮いている。それはここに来る途中にも見ていたもの。遠い空にも近くの空にもたくさんそれは浮いていた。
手に届くような高さではないが、そのひとつひとつが同じ柄や同じ色のものは無い。それを見やる私は、それを楽しむというよりも確認するかのように空を見上げ、考えた。
ーーもし本当に魔法の力があるのだとすれば、それはいつからあったのだろう。……生まれた時? それともこっちの世界に来た事によって開花したのか?
どちらにしても、魔法を使った感覚すら無い。魔法を使うというのはそういうものなのだろうか……?
『元々はわからない……しかし……我と会った時……既に力はあった……それは……ミアと同じ力……』
「ミアと同じ、力?」
その言葉にはカイトの耳も反応した。チラリと背後を見やるその目は、興味津々だ。
『……そうだ』
「それって……平たく言うと、どーいう感じ?」
『……同じ魔力の波長』
「同じ、魔力の波長……?」
ーーその表現って、平たくなってんの?
再びこんがらがった私の脳内でさらに杖の声が脳みそを揺らすものだから、余計に考えが纏まらない。腕を組んでうーんと唸る私を見やり、前を向いたままのカイトが話を受け継いだ。
「……聞いた事が無いから違うとは思うが、お前ってミア様と姉妹ではないよな」
姉妹……それは違う。けどーー
「うーん……もしかしたら似たようなものかもしれない」
「はぁ? 分からないのか?」
「まぁ、確固たるものも無いし……?」
ーー多分私はミアと同じ魂を持っている。けど、その確固たる証拠は何にもないんだよね。なにせまだ本人に会えてないわけだし……。
カイトに本当の事を言ってもいいんだけど、でもこんな話を信じてくれるとは限らないし。それに下手な事言って、またカイトに疑われて切り捨てようとされたら厄介だし。面倒だし。何より、ウザいし。
カイトの目が明らかに私を疑って探ってるみたいに見えるけど、とりあえずミアに会うまでは伏せておこうと思う。
「とにかく、迷宮の森まではここからかなりの距離がある。お前に魔力があるというのなら、この城壁を出た後、お前の魔法で移動するぞ」
「えっ、なんで? 宮殿内に移動した時みたいに、その剣でバサッと切ってズバッと移動すればいいんじゃないの?」
疑問符を投げかけている間に、宮殿を囲う城壁にたどり着いた。
相変わらず壁には一切の戸口も見当たらず、上を見ても横を見ても壁の終わりが見えない。そんな壁の前に立ち、カイトは剣を取り出した。
「魔法は無限の力じゃない。力には限界値があるんだ。この場所から宮殿内に入る距離であれば問題無いが、それ以上に迷宮の森までの道のりは長い。それに俺は万が一の事態に備えて力はなるべく温存したいからな」
「万が一の事態……?」
ーーなにそれ、なんか嫌な予感しかしないワードじゃない。
カイトは剣の先を壁に向けて掲げる。すると、入ってきた時と同様に壁は口を開いた。
「ああ、森だけでなくそこへ向かうルートはあまり治安のいいところとは言えないからな」
「えっ、なにそれ! そんなの自分だけ力を温存するなんてズルい!」
「そんなもの、情報提供代に決まってるだろ。それに道案内までしてやるんだ、安いもんだろう」
「人でなし!」
喚く私を置き去りにして、再びカイトは歩き出す。開いた壁をくぐり抜け、視界に広がるのは砂漠。けれど壁の外に出ようとしない私を見て、剣を収め、溜め息のおまけと共に頭を掻いた。
「だからさっきから聞いてるだろ。お前はどの程度魔法が使えるんだって。なにも全て使えって言ってる訳じゃない。力の一部だけを利用して移動出来るところまで移動しようって言ってるんだ」
「だからそんなの分かんないんだってば」
まだカイトを睨み続け一歩も歩き出そうとしない私に、今度は呆れた様子で頭を掻いた。
「それならその杖に聞いてみればいいだろ。お前の力と意志を元に魔法を使うんだから」
ーーなるほど! カイトにしては冴えてるじゃん。
古典的にも、ポンと手の平を叩き納得した。
(……ねぇ、迷宮の森までパッと移動出来たりする?)
『……容易だ』
(それって、力をたくさん使っちゃわない? 力は少し残し気味にしてて欲しいんだけど。あと、カイトも一緒に移動して欲しいし……)
『……問題無い』
ーー問題無い……? えっ、あれ? 本当に私ってすごい力持ってるの……?
なんだかよく分からないけれど、杖がそう言うのなら大丈夫だろう……。そう思ってとりあえず会話そのままをカイトに伝えた。
すると、さすがにカイトも驚いた様子で、ボソリと言葉を零した。
「……お前、本当にミア様と姉妹なのかもな……」
そんなひとりごとを、私は聞き漏らさなかった。
これできっと私に対する態度も改めるかもしれないな、なんて陽気な事を思いながら、軽い足取りで城壁を潜り、外へ飛び出して。




