色彩のなか
僕と樹と祖父の物語
ピーナッツの殻を剥く。口にいれる。
体が吸収していく。
のまでを感じられるわけじゃないが、今確かにピーナッツは僕の喉元を通り抜けていった。
1月、冬真っ只中のこの時期のこたつは先人の知恵の結晶だと思う。
その温もりのなかに体を預けて、うつ伏せのまま眠りこみ、時刻は深夜の一時をまわってしまったみたいだ。
体を起こして、机上に広げた新聞紙に散らばった殻をまとめる。枯れた音がする。虚しい。
あと3日もすれば新年も終わりだ。
みんな日常に戻る。
母さんも元気そうだったし、父さんは…まぁきっと母さんがついていれば大丈夫だろう。
祖母は亡くなった。
三年前だ。
幸せだったんじゃないかと思う…。
のは僕だけだろうか?
たくさんの親戚に看取られ昇っていった。
癌だった。
祖父はといえば、
年はとっても、今もいたって健康体で、地元の話じゃ朝は独りでラジオ体操なんてしているらしい。
元気で何よりではあるが、やはり家族を失った空白は埋められないようで、寂しいだろうと思う。
少し痴呆もはじまりかけていた祖父ではあるが、僕はこよなく祖父が大好きだ。
それはまだ僕が小学生だった時、祖父は庭で穴を掘っていたんだ。
そんなに大きいものじゃあない。
6月の雨に濡れた真っ黒な土は、少しばかりぬかるんではいたが、そんななかで蒸し暑さの中、綺麗な円を形どったそれを、額に汗を光らせながら掘り続ける祖父の姿は、小学生の僕にはなんだかとても輝いて見えて眩しかったんだ。
次の日も、僕が学校から帰ると、庭で土をいじる祖父がいた。
苗木を調達してきたようで、樹木には詳しくなかった僕はただじっと見つめていた。
学校の無い土曜日。
祖父は僕を連れ、近所の用品店へ…。
父は忙しく、僕はもっぱら休みは祖父と遊びに出掛けていた。
遊びというか
河原で石を拾ったり
将棋の道場に連れて行かれたりで、周りの友達と話があわない僕を心配してか、祖母や母はいろいろと祖父に言っていたようだが、僕の毎日は十分すぎるほど充実していた。
用品店では、じょうろを買った。
僕にはとても大きくて
抱きかかえて持って帰ったのを覚えている。
家に着いたら祖父はアイスをくれたんだ。
それはとってもおいしかった。
祖父はそれから地元の友達と長期の旅行にでかけてしまったので、僕が毎日樹に水をあげた。
樹は水分をたくさん吸収して、すくすくと成長し、僕を追い越していった。
こんな事言ったら笑われるかもしれないけれど、僕と樹は、ある意味で家族、だったんだ。
祖父はしばらくして帰ってきて、樹をみてびっくりしていた。
実は、拾い物だったらしい。
さすが祖父だ。
樹がようやく立派な大きさになる頃には、父も母も祖父も祖母も、樹を家族として可愛がっていたんだ。
樹はそれに答えるかのように、どんどん大きくなって地元の番組に流れたりもした。
葉は緑。実はならない。
友達からはただの樹じゃんって笑われたけど、
『これは僕の家族だ。』って胸はって言ってやった。
友達はそれ以来僕をからかってくるようになった。
僕は悲しかったけど、
別に良かったんだ。
家に帰って、庭に逞しく根を張った樹に抱きついて、その中を流れる水の鼓動を聴くと、不思議と安心出来たんだ。
大学を卒業して、都内で就職。
夢が叶った僕だったけど、家族と離れて暮らすのは寂しかった。
寂しさを乗り越え
僕は今日まで頑張ってきた。
今、僕の視界は七色でいっぱいなんだ。
ふと、つけてみた深夜の番組…
何かの再放送。
家族が映っている。
過去に、
枯らせてしまった僕の家族が…
溢れる涙を必死でこらえて、僕は一生懸命見つめた
樹は僕が上京してすぐに枯れてしまったんだ。
あれほど大きく成長していたのに…
そんなのは理由にならない。
根が腐ってしまったのだという。
画面の中に映る樹は
秋の日差しを浴びて優しく輝いていた。
眩しかった。
ごめんねって心から叫んだ。
でも、思いは届いたのかな?
ごめんなさい…
…心から
キミの最期会いにゆけなくて…
ごめんなさい
画面の風景は移りゆく
僕は家族に電話しようと思いたった。
樹がそう思わせてくれたんだ。
プルルルルッ
プルルルルッ
ガチャッ
深夜だったけど
母さんがでてくれた
別に理由なんてないのに…この前会ったばかりなのに…胸が苦しくなった。
母さんに樹のことを話した。
母さんは教えてくれた。
接ぎ木というものを
したらしい。
というかやっとできたのだそうだ。
別の樹に僕の樹の枝をさしこんで…
というものだそうだ。
何で教えてくれなかったんだ。
母さんは言った。
祖父に内緒にしていろと 口止めされていたらしい。
誕生日…
そういえばもうすぐだった。
正直忘れてしまっていた。
改めて、祖父の懐の広さを僕は知った。
お返しはどうしようかとかんがえて、
やっぱり、僕は
祖父が大好きだ。
と思ったんだ。
3日後、雪が降った。
白くてとても綺麗だった。
輝いていた。
祖父が亡くなった。
僕の瞳は、
また、
あの、虹色を映した。
最後まで読んで頂きありがとうございましたーっm(_ _)m