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三題噺 映画・ジェット機・ドーナツ

作者: のーべん

 私は、移動用のジャンボジェット機の窓から、雲を眺めていた。

 白い雲は、大きな大きな輪を作り、まるでドーナツに見える。ただ、輪っかの部分から何が見えるかといえば、一面の海である。

 機内に目を戻す。私の前のテーブルには私のノートPC、そして、クリスピードーナツが置いてある。それを手につかみ、そしてたまたま視界に入ったインターネットサイトを閲覧する。

 日本語で書かれている。私は漢字というものはまだあまり読めない。勉強はしたのだが、複雑に過ぎてまだマスターしていない。

 ただ、ひらがなとカタカナはわかる。そして私の、いや私たちの国民性からいって、もし日本語がわかるかと聞かれれば、ほぼ完璧だ、と答えるだろう。

 私は苦笑する。ブラウザに映ったインターネットには、私がかつてのチームメイトとともにトロフィーを掲げた画像が貼られている。

 数年前、私がヨーロッパの頂点に立った時の写真だ。そして見出しには、ドーナツというのが読み取れる。

 私の人生はつくづくドーナツが付いて回る。私は幼いころからフットボールとそして、ドーナツが大好きだった。

 今でこそポルテーロ(ゴールキーパー)として知られているが、幼いころは長身痩躯ということもありデランテロ(フォワード)を務めていた。

 ボールを追いかけまわし、ボールを蹴り、ボールとともに汚れて帰宅し、そして家でフットボールを眺めながらドーナツを食べていたのだ。

 フットボールのスタジアムも、陸上競技兼用とフットボール専用の二種類がある。私は陸上競技兼用のピッチが、時折ドーナツに見えて垂涎していた、というのはいまだインタビューでも語っていない、私だけの秘密だ。

 インターネットといえば、私はどうも日本のファンからドーナツというあだ名をつけられていることを知った。

 前述のドーナツもインターネットからであろう。私は無類のドーナツ好きであるし、もう一つ、有名なエピソードがある。

 私は二十そこそこにして母国を出、イングランドの名門へ移籍した。素晴らしいスタジアムに素晴らしいサポーター。それに素晴らしいチーム。フットボーラーならだれもが喜んで働きたくなる場所で、事実私も仕事面では何一つ不足はなかった。

 七万を超える数のファンの声援。偉大な監督。偉大なチームメイト。タイトル。栄誉。金。そこには求める全てがあった。

 ただ、私は当時二十そこそこだ。世界的な名門ということで幾度も大きなプレッシャーにさらされた。

 潰されそうになったこともある。ポルテーロの仕事というのは、わずかなミスも許されない。十回のイージーなシュートを打たれれば、十回とも防がねばならず、十回のスーパーシュートがあれば七回は防がねばならない。

 そしてなんといってもビッグクラブだ。最前線から最後列まで、すべての選手に最高の働きが求められる。

 何より、私の故郷マドリーと、新天地マンチェスターでは生活環境に大きな差があった。

 マンチェスターは年中どんよりとし、じめじめし、薄暗い空模様に閉ざされていた。

 娯楽はマドリーなどより遥かに少なく、休みはたいていテレビゲームやスタジアム近くのショッピングモールをうろつくかだったものだ。

 恥ずかしい話だが、渡英して数か月して、私は無性に故郷が懐かしくなった。

 そんなある日、モールをうろついていると、ふとドーナツが目に入った。それは子供のころよく口に運んだクリスピードーナツだった。

 思わず私は、それを手に取り、代金も払わずに店を出て食べてしまったのだ。窃盗は立派な罪ではあるが、その時は罰金で済んだ。

 もっとも私自身は当然謹慎という形で、しばらく試合に出られなかったのだが。

 一部のウェブフォーラムではいまだこのネタを引き出して話す人もいるらしい。当時であればともかく、今の私はそんな反応を喜んでいる。

 国を超えて私の名前は知られ、ユニークな愛称までつけてもらっているのだ。こんな幸福なフットボーラーはそうそういないだろう。

 あれ以来、私は自分とより向かい合うようになり、数々のタイトルを獲得するに至った。この出来事がなければ、もしかしたら私はこれほどのタイトルを手にできなかったかもしれない。

 もっとも、謹慎中も支えてくれたサポーターの声がなければ、どちらにせよ私は落ちぶれてしまっただろう。

 目の前のウェブサイトにあるドーナツの文字が再び目に入る。笑みがこぼれる。私の乗るジャンボジェットの行先は日本だ。

 私の半生を描いた映画の日本でのタイトルを思い出す。「アンドレス・デ・カストロ ~ドーナツとタイトル~ 」

 ドーナツが入っていたので思わず通訳に意味を訪ねてしまったものだ。

 私は環境だけでなく、このタイトルにも惹かれ、現役の最後を日本で過ごすと決めたのだ。私をドーナツと呼んでくれる素晴らしいファンの待つ国へ。

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