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神無月のRiot

作者: 甘美友姫

 「わわ!っと!ふぅ~セーフ。」

本殿の掃除中、大事な儀式の神具を危うく落としかけた見習い巫女、芳野(よしの)つばめは安堵のため息をついた。

「おいおい、気を付けてくれよ。昼からの神儀に使うんだから」

つばめの父が神器を並べながら苦笑した。

芳野家は代々、愛媛の山奥にある磨比輪(まひわ)神社に仕える家柄で、現在はつばめの父、芳野斑鳩(よしのいかる)が神主を務めている。60歳間近の白髪の混じる短髪にメガネをかけ、朗らかな笑顔を絶やさないのんびり屋である。背はそんなに高くないが、居合道を極めたその物腰は動きに無駄がない。

「あぁ、袴の裾ふんじゃった。もぅ、これ動きにくい!」

17歳のつばめはとにかく活発で、巫女やってるなんて学校で言ったら、全然似合わない、なんのコスプレよと友達に笑われる始末。巫女という言葉から連想する清く正しく神々しくからはまったくかけ離れている。とは言え、決して可愛くないわけではなく、意思の強さを感じさせる大きな目に元気な笑顔、少し癖のあるショートボブが良く似合っていて、クラスの男子からは人気が高い。まぁ本人はそんなこと全く気付いてないけど。

つばめは神具をもとの位置に戻すと、長ったらしい朱色の袴を半ば蹴飛ばすように歩きながら、父の並べている神器を覗きに行った。

そこには、かなりの年月の経過を思わる、古びた鏡や勾玉、剣などが置かれている。

「ん?あれ?」

興味深げに鏡を覗きこんだつばめが首をかしげた。

「どうしたんだい、つばめ?」

いろんな神器を配置しながら斑鳩が聞いた。

「いや、今、なんか鏡に写ったような…。一瞬ふっと黒い影が通りすぎたように見えたんだけど…気のせいかな。」

斑鳩が覗き込むと、そこにはつばめと斑鳩の顏が曇ってぼんやり写るのみ。

「へぇ」

片眉を少し上げながら、斑鳩はちょっと嬉しそうに笑った。

「何?お父さん」

「いやいや」

斑鳩何か言いかけた時、

「お昼御飯ですよ~」

と、母屋の方からご飯を知らせる母の声が響いてきた。

「あ、ご飯だ。やった。お腹すいたぁ。」

先ほどのことなどなかったようにけろっとして、母屋へ駆け出していくつばめ。

その様子をやれやれと言った風に見送り、斑鳩はぽそっとつぶやいた。

「やはり、血は争えない、かな、これは。」


「今日はつばめちゃんの大好きなカニクリームコロッケよ」

ダイニングに駆け込んできたつばめは、母木葉(このは)の得意げな目線の先を追って、目を輝かせた。

「やった!さすが木葉ちゃん。」

お母さんとは呼ばず友達みたいに名前でよばれた木葉は嫌な顏一つせず、にっこりとほほ笑んだ。

ゆるやかにウェーブのかかった長い髪をゆったりとシュシュでとめ、無造作に前へ流し、すらりとしてバランスの良いプロポーションに、透明感のある優しいオーラをまとっている。

はっきり言って、友達みんながうらやむ美人である。どう見ても40代くらいにしか見えない木葉は実は後妻で、つばめが10歳の時、この芳野家に嫁いできた。7歳の誕生日を迎える前にいなくなった生みの母との記憶は薄い。つばめは木葉が大好きだったが、お母さんと呼ぶのはなぜかためらわれ、いつしか名前で呼ぶようになった。木葉もつばめの気持ちを察し、特に何も言わない。

「いっただっきまーす。」

父斑鳩もそろい、賑やかな家族団らんが始まった。

蝉のけたたましい声がようやく静まったものの、まだ夏の暑さが残る土曜の昼下がり、さして面白くもないバラエティ番組の笑い声がダイニングから聞こえてくる。

「今日は昼から大切な神儀があるから、つばめも手伝ってくれよ」

斑鳩が話しかけるも、つばめは至福のクリームコロッケを味わうのに忙しい。

「えー昼から出かけようと思ってたのに~。ま、いっか。どんなことやるのか興味あるし。木葉ちゃんはやらないの?、巫女」

「ええ、巫女っていうのはね、未婚の女性じゃないと出来ないのよ」

お茶を入れながら、木葉は説明した。

「ふぅん、そうなんだぁ。似合いそうなのにね。お客さん増えるかもよ。」

出されたお茶を飲んで一息ついたつばめがのん気に言う。そう言われてみれば、木葉が巫女の恰好をしているのを一度も見たことがないなとつばめは思い出した。お正月の繁忙期だって、木葉は決して表には出ない。いかにも巫女さんっぽいのにもったいないぁと思わずにいられないつばめであった。


やがて夜の虫がささやかな音色で歌いだし、満月が天空に昇る頃、太陽が傾き、正装したつばめと斑鳩(いかる)は本堂にいた。

そこには、午前中に準備した様々な神具がひっそりとただすんでいる。

「さてと、つばめちゃん」

しばらく祝詞を唱えていた斑鳩は、少し改まってつばめに向き直る。

「いいかい?これから話すことをよく聞いてくれよ。」

ふんふんと素直にうなずくつばめ。

「暦ではもうすぐ10月に入るよね。」

「うん、そうだね。」

「10月といえば神無月だ。つまり、神様が無い月になる。わかるかい?」

「うん、何かそんな風に言うよね。」

「ということはだ、この磨比輪(まひわ)神社の神様もいなくなるってことなんだ」

「ふ~ん、そうなんだ」

「さて、神様がいないとこのこの神社はどうなるでしょう?」

「う~ん、ますますお参りする人が来なくなる?まぁ、もともと少ないからかんけーないか」

からからと笑い飛ばずつばめ。

「ま、まぁそれは置いといてだね」

ずり落ちそうになるメガネを抑えながら、それでも笑顔を絶やさず気を取り直して説明を続ける斑鳩。

「いいかい、つばめ。この神社は神様に護られてるんだ。神社だけじゃなく、この土地に住む人達もね。その神様がいなくなるってことは、要するに結界がなくなるということなんだ」

「結界?」

「そう、すると、今まで入ってこられなかった悪い物の怪達が入ってきてしまうんだよ。」

「物の怪??よくアニメとかで出て来るような?」

「そう、物の怪は光る物が大好きだ。つまりここの宝物と言われる神器が欲しくて仕方ないのさ。」

「ふ~ん、そんなに光ってないと思うけど?古そうなのばっかだし。」

「人間の目から見たら確かにそうかもしれない。でもやつらにとってはエネルギーの源に変える事が出来る貴重な物なんだ」

「へぇ~それは大変だねぇ」

まるっきり他人事だ。気にせず斑鳩は先を続ける。

「でだ、神様がいない10月中、我々は何としてでも、この神社を護らねばならないんだよ。」

「物の怪から?」

「そう」

「この神器を?」

「そう」

「どうやって?」

「どうやってってまぁ、とにかく頑張ってだ」

「…ふぅん」

つばめにとっては寝耳に水、アニメの世界の話としか思えなくて当然である。

「そうやって芳野家は代々この神社を護ってきたんだよ、わかるかい。」

「う~ん」

わかるかいと言われても、返答に困ってしまう。あらそうなのとしか言いようがない。

父は嘘を言うような人ではないし、きっとそうなのだろう。

「つばめももう17歳だ。巫女として神様にお仕えする身になったのだから、私と一緒に護り抜かないといけないんだよ。」

「私もやるの?」

「そうだよ」

「どうやって?私何もできないよ」

「この日のために、お前に弓道や剣道を習わせようとしたんだけど、何しろお前ときたら飽きっぽくて全部途中でやめてしまったからなぁ」

「いや、そういうことなら最初から言ってよ…。」

戦う術を持たない私にどうやって物の怪と対抗しろというのだろう。いきなりなんかすごい超能力に目覚めたり…なんか、しないよなぁ。

さして困った風でもなく、やれやれとため息をつくのん気な斑鳩を横目に、つばめは頭を抱えたくなった。

「とまぁ、そんなわけで、そろそろ神様の出発の時間だ」

「ぅええっ?!」


祭壇の方に向き直ると、祝詞を唱えはじめる斑鳩。そして―

パンッ!

と柏手を打つと、祭壇の扉の奥が光を放ち始めた。

「っ?!」

ただ茫然と成り行きを見守るつばめ。

ついに、神様到来か!この目で見れるのか!

畏敬と憧れの念を抱きながら、扉が開くのを待つ。

光はますます強く輝き、ゆっくりと扉が開いた。

「うわ~神様だぁっ!」


ぽんっ


「ぽん?」

光が弾け、中から飛び出してきたのは、確かに神様-に見えなくもないが…。

「ちっさっ!」

出で立ちこそ、ヤマトタケルノミコトのような恰好をしているが、サイズが半端なく小さい。

耳のような縦髪とふっくらと膨らんだ白衣装は、まるで子ウサギのように見えなくもない。

ふわふわと落ちてきたそれは、思わず差出したつばめの手の平にちょこんとおさまった。

「なにこれ…?」

「こらこら、失礼なことを言うんじゃない、つばめ。真比輪神社のれっきとした神様、倭文神しずのかみなんだよ」

たしなめるように斑鳩が言う。

「しずのかみ?」

大きな目をさらに見開いて、手のひらに乗った豆大福のような物体を見つめるつばめ。

「久方ぶりじゃのう、斑鳩。息災のようで何より」

くったくなく笑う倭文神に、すっと頭をさげる斑鳩。

「つばめも大きくなったの」

まるで孫を見るかのようなまなざしでつばめを見上げる倭文神に、つばめは驚きを隠せない。

「えっ私のこと知ってるの?」

「もちろんじゃ。何百年もの間、芳野一族とは懇意にしてきたからのぅ」

「へぇぇ~すご~い」

何がすごいのかよくわからないが、好奇心旺盛なつばめは目をきらきらさせて、倭文神を見つめた。

「じゃ、わし、行ってくるし。お土産ある?」

「はい?」

「もちろん、こちらに用意してあります」

目が点になったつばめをよそに、祭壇の右横をしめす斑鳩。

そこには、供物用のお酒や果物、お菓子類が山のように積み上げられていた。

「さんきゅーさんきゅー」

つばめの手のひらからふわりと舞い上がると、自分の同じ大きさの布袋をとりだし、その供物をほいほい詰め込み始めた。

小さな巾着のようにしか見えないその袋に、吸い込まれるように大量の供物が消えていく。

「じゃ、あとよろしく♪」

「ええぇぇっ!ちょっとぉ!」

しゅたっと片手をあげ、煙のように消えていきそうになる倭文神をつまみあげるつばめ。

「なんじゃつばめ」

「いやいや…あのさ、なんか結界張っていくとか、式神置いていくとか、そういうのないの?私なにもできないよ…」

「しめ縄なら貼ってあるじゃろう。それに護りはちゃんとおるぞ。」

「えっ?そうなの。なぁんだ、よかった。」

「そんな心配せずともよい。斑鳩がおるじゃろう」

「お任せください」

にっこり笑って恭しく頭をさげる斑鳩。

「よい会合を」

「うむ」

っとうなずいたかとおもうと、今度は本当に消えてしまった。

まるで夢でも見たかのような一瞬の出来事であった。

「神様、どこに行っちゃったの?」

「出雲大社さ。」

「あの、島根にある?」

「そう、すべての神様が出雲に集結して、これからの日本の行く末を話し合う、大事な会合なんだよ」

「お酒とお菓子もって?」

「ま、まぁ、そういうこともあるんじゃないかな」

はははと明後日の方向を向きながら答える斑鳩。

「神様って…意外とのん気…」

「ずっとこの土地を護ってくださってるんだ、10年に一度の会合は神様にとったらいい気分転換なんじゃないかな。」

「ふぅん」

まぁ、行ってしまったものは仕方がない。

「まぁ、お父さんがいるから安心だよね。」

「そうだ、守り人を起こしてこなくちゃ」

「守人?さっき神様が言ってた?」

「そうだよ」

「どこにいるの?」

「いつも神社にいるよ。おいで。」


月が頂点に差し掛かるころ、つばめと斑鳩は神社の入り口に立っていた。

斑鳩の手には家を出るとき、木葉が渡したタッパーが握られている。

「さてと、これが守人だよ」

斑鳩が示した方角には、2体のお稲荷さんが鎮座している。

「これ…って、キツネさんだよね?」

いまいち父の意図をくみ取ることができない。

「まぁ見ててごらん」

片目をつぶると、おもむろにタッパ―の蓋をあける。

つばめが覗き込むと、しっかりとダシの沁みた大判の油揚げが、ぎっしりと詰まっていて、芳しい香りを夜気に広げていった。

「わーおいしそ…」


ごきゅ。


「?」

どこからともなく生唾を飲み込む音が聞こえてきたような気がしたが、そういえば小腹が空いてたんだった。

「夜食?食べていいの?いっただき♪」

「あ、こら!」

斑鳩が止める間もなく、ひょいと手でつまんで、持ち上げたつばめの手から突如、油揚げが消えた。

「あ、あれ?」

「われらの馳走を横取りしようとは、良い度胸をしておるわいな」

つばめの耳元で鈴がなるような澄んだ声が聞こえたかと思ったら、何かがつばめの首に巻きついた。

声をした方に顏を向けると、そこにはキツネの顏が。

「ぎゃっ」

思わず、のけぞり尻餅をつくつばめ。その上に覆いかぶさるキツネ。チーターのように大きいキツネはぺろりと油揚げを平らげると、その長い鼻先をつばめの顏に近づけた。

「これも食うてよいか?」

「ああ、だめだめ!ほら、たくさんあるから」

あわてて全部の油揚げを差し出す斑鳩。

「木葉の作る油揚げは、いつも美味じゃのぅ」

いつのまに現れたの、大きな金色のキツネが斑鳩の横からひょいと油揚げをつまみ上げ、美味しそうに平らげる。

「なっなっなっ!」

今度こそ、言葉を失い、ただ茫然と成り行きを見守るしかないつばきであった。

「いつもご苦労さまです、おサキさん、トウガさん。」

「もうそんな時期かぃ、早いねぇ」

「はい、またよろしくお願いします。」

言っている間にも瞬く間に油揚げが金と銀のキツネの口に消えていく。







































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