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第二話 英雄は嫌いです

 日差しの差し込む明るい教室。そこに在籍する生徒たちは、すでにコーンが入ってくるのを今か今かと待ちかまえていた。コーンは魔王に対峙した時にも匹敵するような緊張を感じながら、生徒たちの待つ教室の中へと一歩踏み出す。少々テンポの崩れた硬い足音が何度か響き、その姿が教卓へと達する。彼は緊張をほぐすべく、その薄い胸板を大きくそらして息を吸いこんだ。


「みなさんこんにちは、今日からこのクラスの担任になりましたコーンです。教科の方は戦闘実技を担当してます。一年間よろしくお願いします!」


「よろしく先生~!」


「こちらこそお願いしまーす!」


 コーンが挨拶を終えると、何人かの生徒たちから歓声が上がった。ひとまず生徒たちからの反応は良好なようである。コーンはほっと一息つくと、教室の中をよくよく見渡した。


 生徒は十数名ほどしかいなかった。休んでいるというわけでもなく席自体の数が少ない。この学院自体が魔法使いの中でもエリートを育成することを目的としているため、全体として少人数のクラス編成となっているのだが、それでもかなり少なめの数である。しかしながら、教員一年生のコーンにとってこれはありがたいことだろう。


 だが一方で困ったことに、このクラスの生徒は女子しかいないようだった。コーンは教卓の中から生徒たちの名簿を取り出すと、改めてその事実を確認する。思春期を魔王討伐のためにささげてきた彼にとって、女子とのふれあいなど未知数だ。彼の中にわずかな不安が生まれる。彼の眉間にほんの少し、皺が寄った。


 そうしてコーンが動きを止めていると、最前列に座っていた一人の生徒が首を長くして彼の顔を覗き込んできた。彼女はコーンが少し険しい顔をしているのを確認すると、少々間の抜けた声でたずねる。


「先生どーしたの? 複雑そーな顔して」


「えっ、ああなんでもないですよ。それより今日の出席を取りましょう。まずは出席番号一番、アリスさん!」


「はいっ!」


「二番、イースさん」


「はーい!」


「三番……」


 出席はそのあとも順調に取られていった。やる気十分な返事をするもの、気の抜けるような返事をするもの。それぞれの生徒が個性たっぷりの返事をする。コーンはそんな生徒たちの顔と名前を一致させるために頭をフル回転させた。今のところ覚えたのは先ほど教卓の前に立っていた少女たちのことぐらいである。碧の髪をしたおとなしそうな少女がルナで、活発そうな茶髪の少女がベルだ。まだほかの生徒たちは完全に顔と名前が一致するわけではないが、たかだか十数人なので二三日で覚えられるだろう。


 そうしていよいよ出席を取るのも最後の一人になった。コーンはふっと息をつくと、少し大きめの声でその名前を呼ぶ。


「十三番、ラミさん!」


「……」


「ラミさん? どうしました?」


「……嫌い」


 それはとても小さな声だった。コーンは思わず耳を疑い、きょとんとした顔になる。するともう一度、ラミは先ほどよりも一回り大きな声で言った。


「あなたのことが私は嫌いよ、英雄の一人だから……」


「は、はい?」


 いきなり嫌いといわれて眼を丸くするコーン。生徒たちもラミの言葉に驚き、彼女の座っている最後列に眼を向けた。すると、隣に座っていたルナがラミの方に目配せしながら立ち上がる。


「気にする必要はない、ラミは不思議な子だから」


「……」


 教室にいた全員が思った、ルナも似たようなものだろうと。されど、自信満々な様子でそう言い放った彼女にはアリスですら突っ込むことはできなかった。教室の中を少し白けたような微妙な雰囲気が覆う。その時、一人の生徒がルナの方に鋭い視線を放った。そのふんわりとした豊かな金髪を見て、コーンはそれがオリーブという生徒だったと思いだした。


「……あなたにそれが言えた義理はなくってよ?」


「クルクルさんは黙ってる」


「誰がクルクルさんよ!」


「じゃあドリルさんでいい」


「あなた……仮にも貴族であるこの私をなめてますの?」


 視線と視線が衝突した。二人の間でにわかに火花が散る。空気が一気に張り詰めて、生徒たちの間をざわざわとした動揺が走り抜けた。すべての元凶であるラミを置き去りにして、二人の間の緊迫感はどんどん高まっていく。コーンは今こそ教師としての手腕を示す時だと意気込み、二人の元へと向かっていった。その手には彼が敬愛してやまない銀髪先生の名言集がアンチョコとして握りしめられていた。


「二人とも仲良くしなくちゃ、人というのは……」


「おい、ホームルーム中だぞ! 喧嘩なら後にするんだ!」


「むう……休戦なの」


「そうですわね、風紀委員に逆らいたくはありませんわ」


「えっ……」


 アリスの一喝で喧嘩を止めた二人。二人の喧嘩を止めるべく教室の中を歩いていたコーンは出番がなくなって、宙に浮いたような状態になった。彼は一瞬、ぽかんとした表情になる。すると近くにいた生徒がコーンの肩をポンとたたいて、何やら意味ありげに言った。


「英雄といえど、先生としてはまだまだってことだねっ!」


「ううっ、言い返せないです……」


 こうしてコーンと生徒たちの初対面は、コーンに教師としての未熟さを実感させたのだった。しかし、この時あった出来事のうち一つが大きな問題の予兆となっていようとは、誰も予測していなかったのである--。







「へえ、そんなことがあったのですか」


「英雄なんて呼ばれてる僕ですけど、教師としてはまだまだってことです」


「まだ新任ですからこれから成長していけば大丈夫なのですよ。心配することはないのです」


「そうですよね!」


 ホームルームが終わり、コーンはシルフィーと学院の中を歩いていた。シルフィーに彼が住むことになる寮まで案内してもらっているのである。二人は終始なごやかな雰囲気で、広い学園の庭を寮が建っている方へと進んでいく。広々とした芝生や垣根に囲まれた細い通路などを抜けて、二人はぐんぐんと寮のある学院の敷地の東端へと歩んでいった。


 そうして進んでいくと、コーンの目に大きな三角屋根の建物が四つ飛び込んできた。左から男子生徒、男子職員、女子生徒、女子職員と壁に書かれている。どうやらここが生徒や職員の寮のようだ。コーンはそのうち男子職員の寮へと向かう道をさっと確認する。



「それではまた明日!」


「あっ、ちょっと待ってくださいです!」


「……?」


 コーンを呼びとめたシルフィーは、口をもぐもぐとして何か言いたいようだった。コーンは怪訝な顔をして彼女の目を見る。すると彼女は観念したのか、ゆっくりと重い鉛のような唇を開いた。


「実はですね、大変言いにくいのですが……ちょっとした手違いがありましてその……。コーン先生には『女子職員寮』に住んでもらいたいのですよ……」


「えええっ!!」


 コーンの心からの叫びが、黄昏時のメルトバーレ学院に響いた--。



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