第一話 ファーストインプレッション
重厚な石造りの廊下。アーチ型の天井には精緻な細工のなされたシャンデリアがいくつもつりさげられていて、壁に取り付けられている窓からはわずかな色味を帯びた光が降り注いでいる。床には毛足の長い真紅の絨毯が敷かれていて、この一角がメルトバーレ学院でも重要な一角であることを如実に示していた。コーンはその堅苦しい雰囲気に、何度か足を運んだことのある王宮に通じるようなものを感じて居心地が悪そうな顔をする。基本的に彼はこういった場が苦手であった。
「あの、どこへ向かってるんですか?」
「まずは学院長に挨拶をするのですよ。それで挨拶を終えたら早速担任になっている四年A組へいきます」
「職員室には後で?」
「はい、先生たちはいまそれぞれのクラスで授業をしていますから。職員室には生徒たちに会った後で行きますよ」
そうしていまいち落ち着かないコーンとはシルフィーとさし当りのない話をした。するとシルフィーの足が不意に止まった。ちょうどそこは廊下の突き当たりになっていて大きな扉がある。三人ぐらいまとめて出入りできそうなその重厚な木の扉には、学院長室と刻まれたプレートが貼られていた。
シルフィーはその扉をコンコンと軽くノックした。軽快な音が二度響いて、部屋の中から学院長と思しき老人の声が返ってくる。コーンはその声に何か魔族にも通じるような嫌なものを感じたが、この場は黙っておいた。シルフィーもまたコーンが一瞬ながら顔をしかめたことには全く気付くことなく扉を開き、中へと入っていく。コーンもまた、一礼して部屋の中に入った。
「こんにちはシルフィー先生。で、こちらが新任のコーン先生かな?」
「はい、よろしくお願いします!」
「うむ。わしとしても君のような英雄にわが学院で教鞭をとってもらえるのは光栄だよ」
学院長は椅子から立ち上がるとスッと手を前に差し出した。コーンは少しばかりぎこちない動作でそれに応じる。その眉は何かおかしなものでも食べたかのように僅かばかりではあるが歪められていた。すると学院長は芝居がかった大仰な動作で驚く。
「どうされましたかな? そんな顔をなされて……」
「いえ、久々の長旅でつかれまして」
「ほほう、そうでしたか。ならばわしからの話は後日としておきましょう。今日のところは生徒たちへの挨拶だけ済まされればよい」
「ありがとうございます」
コーンは学院長にいやに丁重な態度で頭を下げると、その場を退出した。シルフィーが部屋の入口へと向かった彼をあわてた様子で追いかけていく。こうして二人は学院長室を出て、生徒たちのいる四年A組へと向かった。
学院長室のある職員棟から渡り廊下を通った先にある生徒棟。重厚で暗めの色彩で固められていた職員棟とは違って明るい雰囲気でまとめられているこの棟を、シルフィーとコーンはゆっくりと歩いていた。廊下の壁には大きな窓がいくつもつけられていて、二人の顔はやわらかな陽光に照らされている。温かな春の日差しに照らされたコーンの顔はさきほどまでとはうってかわって晴れやかだ。だが、シルフィーはそんな彼の顔をしきりに心配そうにのぞきこむ。
「コーン先生、疲れてるのなら挨拶は明日でもいいんですよ?」
「もう大丈夫です。たぶんさっき具合が悪かったのは緊張してたせいですから」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。でもまあ、英雄が緊張で具合悪くしたなんて恥ずかしいですから、学院長には言わないで置きましたけどね」
「なあんだ、そうだったんですか。心配して損しちゃいましたよぅ!」
シルフィーはほっと大きく息をつくと、顔をほころばせた。小さく整った人形のような顔に、花が咲いたような笑みが浮かぶ。コーンはその様子もその様子を見ると、にっこりとほほ笑む。しかし、その内面には彼女に嘘をついたことに対する若干の後ろめたさがあった。本当は先ほど顔色が悪かったのは旅の疲れでもなければ緊張でもない、何か得体のしれない感覚によるものなのである。もっとも、こんなことを言っても彼女に不安を与えるだけなので言うことはできないのだが……。
そうしてコーンが考えているうちに、二人は四年生のクラスがある四階にたどり着いた。この生徒棟は七階建てで、それぞれの階に一年生から七年生までの教室がある。このメルトバーレ魔法学院は十二歳で入学して、十八歳で卒業する七年制の学校なのだ。ちなみにこの学校は全寮制で、生徒や職員の寮まで含めると小さな街ほどの規模がある。
「さてと、ついたのですよ。準備はいいですか?」
「はい、もちろんです」
「4-A」とプレートの掲げられた教室の前で、二人は一旦立ち止まった。コーンは大きく息を吸い込むと、着用しているローブに皺がないかどうか入念に確かめる。そして温かい目をしているシルフィーに見送られながら、教室のドアを勢いよく滑らせた。すると……
「くっ……!」
白い細長い物体が三つ飛来した。それらは宙を裂きながら、雷のような猛烈な勢いでコーンに迫る。コーンは紅のローブをはためかせると、間一髪でそれらを回避した。キインと響く金属音をコーンの耳に残しながら、それらは廊下の壁へと突き刺さる。コーンが振り返ってみると、廊下のクリーム色の壁がその白い何かが突き刺さった場所を中心として粉にまみれていた。どうやら白い物体はチョークのようだ。
突然の出来事にコーンは眼を丸くして、半ば茫然とした表情で教室の中を見た。すると彼の眼に、黒板のわきに立って何やら騒いでいる二人の生徒が見える。一人は茶髪で活発そうな印象を与える少女、もう一人は碧色の髪をしたどこか浮世離れした雰囲気のする、おとなしそうな少女であった。その二人はコーンの方を驚き感心したような目で見ている。
「やるわね! 私の超光速チョークを回避するとは!」
「……すばらしい反応速度。驚嘆に値する」
「こらっ! 何てことをするんだ!」
コーンがそうして二人の様子を見ていると、一人の生徒があきれたような声を上げて二人の前に現れた。その生徒の怒りでひきつった顔を見るや否や、二人は腰をかがめて逃げる体制をとる。だが彼女たちが逃げ出す前に、もう一人の生徒が持っていた紙製の棒のようなものが二人の頭に炸裂した。パコーンと小気味良い音が教室中に響き渡った。
「アリス、いきなり何するのよ!」
「……むう、痛かったの」
「お前たちの方こそ、仮にも担任の先生に向かって物を投げるとは! 反省してさっさと席に戻れ!」
アリスと呼ばれた生徒は勢いよく二人の制服をひっつかんだ。彼女はそのまま二人をそれぞれの席まで連れて行こうとする。無理やり引っ張られた二人はブウブウと文句を言ったものの、アリスはそんなこと一切気にしなかった。足を動かそうとすらしない二人を、彼女は少女らしからぬ力でもって引きずって行く。そうしてまたたく間に教卓の前にいた生徒はアリスによってどかされて、コーンが入るスペースができた。
「……これから大丈夫かな?」
ぼそっと心配そうにつぶやきながらも、アリスによって確保されたスペースへと足を運ぶコーン。こうして彼は、様々な不安にさいなまれながら受け持ちの生徒へ挨拶すべく教室の敷居をまたいだのであった。




