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たこ焼き問答

「ねえ、君さ」


駅前の商店街を抜けたあたりで、先輩が急に立ち止まった。


「“たこ抜きたこ焼き”って、たこ焼きって名乗っていいと思う?」


今日も元気に発作スタートである。

目の前の屋台には、でかでかと手書きのポップ。


『たこ抜きもできます! 苦手な方におすすめ!』


「……歩道のど真ん中で立ち止まる理由がそれですか」


「だってほら、矛盾してない? “たこ抜きたこ焼き”って。ハンバーグからハン抜いたら、ただのバーグでしょ」


「バーグってなんですか。ていうか、ハンはもとから入ってないですよね」


「そういう揚げ足取りはいらない」


先輩は真剣な顔で屋台のメニューを見つめている。


「君さ、たこ抜きたこ焼きって、何焼きだと思う?」


「いや、知らないですよ。丸い何か焼き……? 粉焼き……?」


「その程度のテンションで、たこ焼きのアイデンティティ語るつもり?」


「語るつもりはないです」


僕の返事は、当然のように無視された。


◇ ◇ ◇


「そもそもさ」


先輩は指を一本立てる。


「“たこ焼き”って何だと思う?」


「丸い粉ものに、たこが入ってるやつ……じゃないですかね」


「雑。もっとちゃんと定義してみよう」


「先輩の中での“ちゃんと”と、一般社会の“ちゃんと”の基準違いません?」


「はいそこツッコミ入れてないで、要素を分解していこうか」


先輩は勝手に話を進める。


「たこ焼きの要素って、大体こんな感じだと思うんだよね」


先輩は手のひらに指を折りながら挙げていく。


1. まん丸い形

2. 小麦粉ベースの生地

3. たこが入っている

4. ソース・マヨネーズ・かつお節などのトッピング

5. 表面カリカリ、中とろとろ


「こんなところかな」


「だいぶそれっぽいですね」


「でしょ。で、ここから“たこ抜き”を考えるわけだけど」


先輩は「3」の部分を指でトントン叩いた。


「君はさ、どこまで削ったら、“もはやたこ焼きじゃない”って思う?」


「いや、そりゃ……まず3じゃないですか。たこないと」


「でもさ」


先輩の目がちょっと意地悪く光る。


「丸くて、粉で、ソースかかってて、外カリ中トロなら、口に入れたとき“あ、たこ焼きだ”って思わない?」


「……まあ、たこが当たるまでは、そうですね」


「ほら」


「“ほら”じゃないですよ。だってそれ、“たこ焼き食べたと思ったら、たこがいなかった詐欺”でしょ」


「詐欺って言うけどさ、“たこ焼きとはたこを食べる料理です”って、誰か明文化した?」


「常識的にそうじゃないですか」


「常識って便利な言葉だよね」


先輩は楽しそうに笑った。


◇ ◇ ◇


「じゃあさ」


先輩は屋台の看板を顎で指す。


「ここに『たこ焼き(たこ抜き可)』って書いてあるってことはさ、店側としては“たこがなくても、これはたこ焼きです”って言ってるわけじゃん」


「まあ、そうですね」


「そうなると、“たこ焼き”という名前は、“丸い粉物ソースがけ”全般を指してる可能性が出てくる」


「なんか一気に安っぽくなりましたね、たこ焼きの定義」


「でも事実じゃない?例えば、中にチーズ入ってるやつでも“チーズたこ焼き”って言うでしょ」


「言いますね」


「中にウインナーでも“ウインナー入りたこ焼き”って呼ぶし」


「そう……ですね」


「だったら、“たこが入っていること”は、もはや必要条件じゃなくて、“オプションの一つ”に格下げされてるのかもしれない」


「たこ、格下げされましたね」


「元祖なのにね」


先輩はちょっとしんみりした声で言う。


◇ ◇ ◇


「でも、名前に“たこ”って入ってるじゃないですか」


僕は最後の砦のつもりで言った。


「たこ焼きって名乗る以上、たこが主役であってほしいというか、せめて本体であってほしいというか」


「じゃあ君、メロンパンにメロン入ってない問題どうするの?ナポリタンはナポリ関係ないし、カニカマはカニじゃないし、アメリカンドッグはアメリカから来てないし」


「あの、たこ焼きの尊厳が削られていきますけど」


「つまりね」


先輩は肩をすくめた。


「名前は“本当の中身”とズレていても、そのまま定着したらそれが正義、って場合はけっこうある」


「詐欺の開き直りじゃないですか、それ」


「開き直りとも言う」


あっさり認めた。


◇ ◇ ◇


「逆にさ」


今度は先輩が逆質問してくる。


「もし“たこ抜きたこ焼き”を、たこ焼きじゃないって呼ぶなら、君は何焼きって名前にする?」


「……え?」


「粉焼き? 丸焼き? ソース玉?」


「どれもまずそうですね」


「じゃあ君が名付けてよ。“たこ抜きたこ焼き”を、ちゃんと独立した料理として尊重する名前」


「なんで僕が命名委員会なんですか」


「だって君、“名前と中身の整合性”にこだわるタイプでしょ。今さっきからずっと、たこの尊厳守ろうとしてるし」


「そういう言い方やめてもらっていいですか」


うーん、と考える。

たこがいない。でも見た目も味も、ほぼたこ焼き。


「……“丸いソース味のなにか”」


「雑すぎる」


「じゃあ先輩は何て呼ぶんですか」


僕が逆に振ると、先輩は少し考えてから言った。


「そうだねえ……“タコだったかもしれない何か焼き”とか?」


「長いし未練がましいですよそれ」


「未練がましいのがいいんじゃん。たこになり損ねた生地の悲しみがにじむでしょ」


「料理に悲しみ乗せないでください」


◇ ◇ ◇


「でもさ」


先輩は、屋台から漂うソースの匂いを吸い込みながら言う。


「本当に大事なのって、“中身が何か”より、“食べる側が何だと思いながら食べてるか”じゃないかな」


「どういうことですか」


「例えば、君が“たこ焼き食べたい”って思って、たこ抜きたこ焼きを注文するとするじゃん」


「はい」


「一口目、普通においしい。ソースもうまいし、生地も外カリ中トロ」


「ですね」


「そこで君が『あ、うまいたこ焼きだ』って思った瞬間、君の中ではそれ、もうたこ焼きなんだよ」


「……たこがいないのに?」


「そう。“何を食べているか”って、結局は“自分が何だと思って口に入れているか”で決まるところ、あるから」


「それ、たこ焼きに限った話じゃなくないですか」


「だから面白いんじゃん」


先輩は楽しそうに笑う。


「同じ丸い粉の塊でも、『たこ焼きだ』と思って食べるのと、『よく分からない丸い粉の塊だ』と思って食べるのでは、たぶん味が変わる」


「プラセボ効果じゃないですか」


「そうとも言う」


◇ ◇ ◇


「つまり、“たこ抜きたこ焼き”が何焼きかって話はさ」


先輩は指を一本立てる。


「法律的に決めるなら、“販売している人がたこ焼きと言い張るもの”がたこ焼き」


「だいぶざっくりしましたね」


「文化的に決めるなら、“みんながなんとなくたこ焼きだと思って食べてるもの”がたこ焼き」


「雑ですね」


「で、個人の中で決めるなら──」


先輩は僕のほうをちらりと見る。


「“君が、それをたこ焼きだと呼びたいかどうか”で決まる」


「急にボールこっちに投げないでください」


「いや、結局そこなんだよ。“名前と中身がズレているもの”を、どこまで許せるか、どこまでツッコむかって、その人の性格出るからさ」


「……否定できないのが悔しいですね」


◇ ◇ ◇


屋台の前に、何人か並び始めた。

先輩が財布をちらっと取り出す。


「じゃ、せっかくだし、買う?」


「たこ焼きですか?」


「うん。たこ抜きと、普通の」


「なんで両方買うんですか」


「比較実験」


出た、その言葉。


「君は普通のたこ焼き。私は“たこだと思い込んで食べるたこ抜きたこ焼き”」


「設定がややこしいですよ」


「で、食べ比べて、“たこの有無より、先入観のほうが味を左右してる”って結論にしよう」


「結論決めてから実験するのやめません?」


「人間ってだいたいそういうもんだよ」


先輩はさらっと言う。


◇ ◇ ◇


結局、僕たちは普通のたこ焼きとたこ抜きたこ焼きを一舟ずつ買った。

ベンチに座り、それぞれの舟を交換しながら食べる。


「どう?」


「……普通においしいですけど」


「たこ抜きのほうは?」


「これはこれで、ソース味の丸い何かとしておいしいです」


「ほらね」


先輩は満足そうだ。


「たこがいるかいないかなんて、“たこ焼き”という物語の中では、意外とサブキャラなのかもしれない」


「たこに謝ってください」


「でも君がさ」


先輩は爪楊枝で丸い一つをつつきながら言った。


「“たこが入っててほしい”って思いながら食べる限り、君の中では、きっとたこが主役のままだよ」


「……なんかそれ、たこ焼きの話に見せかけて、もっと面倒くさい話に繋げられそうなんでやめてもらっていいですか」


「やめとく?」


「やめてください」


先輩は少し笑って、たこ抜きの丸い一つを口に放り込んだ。


「じゃあ今日は、たこ抜きもたこ焼きってことにしとこうか」


「暫定的に、ですね」


「うん。君が忘れるまでは、たこ焼きってことで」


「覚えてる間は、じゃなくてですか」


「“覚えてる間は”だと、ちょっと深刻になるでしょ?」


そう言って先輩は、何でもないことのように笑った。


こんなどうでもいいような話をしながら、

ソースの匂いに包まれて、

僕たちは少しだけ遠回りをして、いつもの帰り道を歩いた。

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