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それは燃えますか?

「先輩、これは……どっちだと思います?」


夕方のマンション前。

ゴミ出し場の前で、後輩がペットボトルのフタをつまんで固まっていた。


「また厄介なもの持ってるな」


僕は思わずため息をついた。

白い半透明のゴミ袋には、コンビニ弁当の容器やらお菓子の袋やらが詰め込まれている。その中で、後輩が指でつまんでいるのは、ペットボトルの“プラスチックっぽいけど何か固い”あのフタだ。


「燃えるゴミですか? プラですか? それとも“不燃”?」


「そんな深刻な顔で聞くこと?」


「大事ですよ。だってここ──」


後輩はゴミ置き場の看板を指さした。


『燃えるごみ』『燃えないごみ』『資源ごみ(プラ)』

その下に、びっしりと日本語が並んでいる。


「書いてあること、多すぎませんか。“これを“ちゃんと”守れ”って言われると、ちょっと怖いです」


たしかに、読もうと思えば説明会レベルの情報量だった。


---


「とりあえずそれはプラっぽいし、資源ごみに入れればいいんじゃないか」


僕はそう言って、後輩の手からフタを受け取ろうとする。

ところが彼女は引っ込めた。


「でもここ、“プラマークのついたもの”って書いてあります」


「ついてないの?」


「見てください。

なんかそれらしい気もするんですけど、小さすぎてよく分かりません」


たしかに、極小の刻印みたいなものはあるが、老眼でもないのに目を細めたくなるレベルだった。


「……まあ、ほぼプラでしょ」


「“ほぼ”って言いましたよね、先輩」


後輩はじっと僕を見る。


「“ほぼ”で分別していいんですか?」


「そこまで厳密に考えてたら、日常生活が持たないぞ」


「でも、間違ってたら“ルールを守れない人”って思われるじゃないですか」


言いながら、後輩はゴミ置き場の向こう側にあるマンションの窓をちらりと見た。

誰も見ていないのに“見られている気”になる、あの視線だ。


---


「オーバーだなあ」


僕は苦笑しながらも、わりと他人事ではない気持ちで看板を見直した。


『※分別にご協力ください』

『※ルールを守らない場合、持ち帰りをお願いすることがあります』


「……まあ、プレッシャーはあるよな」


「ありますよね!?」


後輩は、待ってましたとばかりに食いついてきた。


「“協力してください”って書き方してますけど、実質“間違えるなよ”って意味ですよね、これ」


「まあ、“好きに捨てていいですよ”とは言ってないな」


「それに、“燃える”“燃えない”って言われると、余計に慎重になりませんか? 間違ったら、なんかすごく悪いことをした気がしません?」


「家一軒燃やすほどの罪悪感、背負ってないか?」


「だって、“燃えないごみを燃えるごみに出す人”って、なんかすごく“モラルの低い人”ってイメージありません?」


「あー……まあ、分かる」


そこは反論できなかった。


---


「でもさ」


僕も袋の口から出ているスナック菓子の袋を一本引っ張り出してみる。


「これだって、“プラ”なのか“燃える”に入れていいのか、微妙じゃないか?」


「それはプラじゃないですか? マーク的に」


「でも燃やしたら普通に燃えるぞ」


「……たしかに」


「“燃えるごみ”って言い方が、ややこしいんだよ。『燃やして処理するごみ』なのか、『火をつけたら燃えるもの』なのか、どっちなんだって話になる」


「それ、言われるまで意識したことなかったです」


後輩は真面目な顔で菓子袋を見つめる。


「ペットボトルなんて、“燃える”し、“資源”だし、“プラ”だし、条件を増やせば増やすほどどこにも収まらなくなりますね」


「そう。だから結局、自治体ごとに“うちはこうします”って勝手に線を引くしかない」


「その線が怖いんですよ」


後輩はそう言って、小さく息をついた。


「怖い?」


「はい」


フタをつまんだまま、彼女は看板の文字を指でなぞる。


「“正しい分別をしましょう”って書いてあると、“正しい人間でいなさい”って言われてる気がします」


それはちょっと大げさじゃないかと思いかけたが、彼女の表情は至って真剣だった。


「正直、私、完璧に分別できてる自信ないんですよね。迷ったとき、“まあこっちでいいか”って決めちゃうわけで」


「みんなそうだと思うぞ」


「でも、ゴミ置き場って共同スペースじゃないですか。自分の判断ミスが全部、ここに晒されてしまう」


言われてみれば、たしかに。


透明の袋の中身は、誰が捨てたかまではわからない。

それでも「いい加減な捨て方してるヤツがいるな」と思うことはある。


「“あ、この袋、全然分別されてない”とか見ると、“うわ、ルール守れない人がいる”って思うのに──」


後輩は手の中のフタを見つめる。


「自分も同じことやってるかもしれないと思うと、なんか落ち着かないんです」


「つまりあれか」


僕は少しだけ整理して言う。


「“燃える/燃えない”っていう線を引くこと自体よりも、“その線を間違えたくない”っていう気持ちのほうがキツいってこと?」


「……そうかもしれません」


後輩はうなずいた。


「正しい答えがあるっぽい雰囲気なのに、実際には細かいところは人によってまちまちで、でも看板は“ちゃんと守りましょう”って言ってくる」


「テストで正解の分からない問題だけ出されてるみたいな」


「そうです、それです」


少しだけ表情が和らいだ。


「だから、“分別コーナー”って見ると、ちょっとテストの答案用紙を出すときみたいなソワソワ感があるんですよね」


「そこまで言語化できる時点で、たぶん君は真面目すぎる」


「真面目じゃない人はどうするんですか」


「“とりあえずそれっぽいところに突っ込んでおくか”で終わる」


「…………」


後輩は沈黙し、ほんの少しだけフタを握る手に力をこめた。


「でもさ」


僕は看板の文字をもう一度ざっと眺めてから言った。


「ここに“完璧に分別しないと許さない”とは書いてないだろ」


「“ご協力ください”ですけど……」


「そう。“協力”。つまり、“できる範囲でちゃんとしようね”くらいの温度だと、勝手に解釈しておけばいいんじゃないか」


「甘いですかね、それ」


「甘いくらいでいいんじゃないか」


僕はフタを指でくるくる回してみせる。


「これをプラに入れるか、燃えるに入れるかで、地球が救われるかどうかって話じゃないだろ。大事なのは“ちゃんと捨てる”ことであって、“完璧な正しさを証明する”ことじゃない」


「……“証明”って言われると、たしかにやりすぎ感ありますね」


後輩は少しだけ笑った。


「じゃあ、どうしましょう。先輩の“できる範囲”基準で」


「そうだな」


僕は一応、フタを光に透かして見てみる。


「見た感じほぼプラだし、ここの看板にも“プラマークなどがついたもの”って“など”があるし」


「“など”に甘えますか」


「“など”のために生きてるようなところあるからな、人間」


「名言っぽく言わないでください」


後輩は仕方なさそうに笑って、

僕の前にフタを出した。


「じゃあ、先輩が責任取って、プラに入れてください」


「責任ってほどのもんじゃないけどな」


僕はフタをプラごみ用のカゴに落とした。

かすかなプラスチックの音がして、それで世界が終わるわけでも、救われるわけでもない。


「少し楽になりました」


ゴミ袋の口を結びながら、後輩がぽつりと言った。


「“完璧にしよう”って思うと、途端にしんどくなるんですね、こういうの」


「完璧にしようとすると、ちょっとの迷いも全部“罪”に見えてくるからな」


「“協力できる範囲でやります”くらいがちょうどいい、と」


「そうそう。それに、どうせ本当にダメな分け方してたら、管理人さんが張り紙つきで怒ってくれる」


「それはそれで怖いですけど」


後輩はそう言いながらも、さっきより表情は軽い。


ゴミ袋を所定の位置に置き終えると、僕たちは並んでマンションの入口に向かった。


「先輩って、けっこう雑なんですね」


「雑じゃない。現実的なだけだ」


「でも、“など”に生かされてる人は初めて見ました」


「じゃあ君も今日から“など側”の人間だよ」


「それは……悪くないかもしれません」


そう言って、後輩は小さく笑った。


夜に飲み込まれかけているゴミ置き場を背に、僕たちはいつものようにエレベーターへと歩いていった。

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