クリスマス特別回 クリスマスっぽい夜
駅前のロータリーに出ると、空気が少しだけ冷たくて、やけに明るかった。
「わあ……」
後輩が、小さく声を漏らす。
ロータリー中央の植え込みから街路樹まで、全部が電飾で縁取られていた。
青と白のLEDがまとわりつくみたいに光っていて、その奥に小さなツリーと“Happy Merry Christmas”の看板。
よくある“日本のクリスマス”の風景だ。
「今年、気合い入ってますね。去年こんなに明るかったでしたっけ」
僕が言うと、隣の先輩が「ふーん」と曖昧に相槌を打った。
「ねえ、君たちさ」
先輩は、光に照らされたロータリーを一周ぐるっと見渡してから言う。
「このイルミネーション、きれいだと思う? それとも無駄だと思う?」
今日も、いつもの発作がはじまった。
「え、なんですか急に」と僕。
「季節感ある導入でいいじゃん。今回はちゃんとクリスマス回だよ」
そう言って、先輩はどこか楽しそうだ。
「私は、きれいだと思います」
後輩が、迷いなく答えた。
「ちょっと寒いですけど、こうやって見ると“今年も冬だな〜”って感じがして」
「うんうん。で、君は?」
先輩は僕の方を向く。
「えっと……きれいだとは思いますけど、電気代どうなってるんだろうって、少しだけ気になりますね」
「出た、“大人になりかけた高校生の感想”」
「ひどくないですか」
「でも、分かる気がします」
後輩がうなずいた。
「SNSとかでたまに見ますよね、『節電とか言ってるくせにイルミネーションとか矛盾してる』みたいな」
「ああ、見ますね」
「そうそう」
先輩は、両手をポケットに突っ込んだまま、ゆっくり歩き出す。
「というわけで今日は、“イルミネーションは無駄遣いか、それでもやる価値があるのか”を検討しよう」
「クリスマスに検討って言葉使う人、あんまりいないと思うんですけど」
「じゃあ検討会だね。会場はこちら、駅前ロータリー」
先輩は勝手に仕切り始めた。
◇ ◇ ◇
ロータリーを囲むように歩きながら、先輩が指を折っていく。
「まずさ、“無駄遣いかどうか”を考えるには、イルミネーションの“コスト側”と“得してる側”を、ざっくり分けたほうがいい」
「コストと得、ですか?」
「うん。コストは主に、電気代・設置費用・維持管理。得の側には、きれいっていう感情面と、“街のイメージアップ”とか“人が集まる”みたいな経済面の効果」
「経済面までいくんですね」と僕。
「駅ビルの売上とか、実際ちょっとは変わりそうですもんね」
後輩は案外、現実的なことも言う。
「じゃあ、まず“無駄遣い”派の主張からやってみようか」
先輩は、イルミネーションのツリーを見上げながら言った。
「“どうせ数週間しかやらないのに、電気とお金の無駄。環境にもよくないし、そのお金を他に回した方がいい”っていうやつ」
「王道ですね」と僕。
「ですです。あと、『自分の生活が苦しいのに、こういうところばかり派手にやってるとモヤモヤする』とかも」
後輩のその一言は、少し大人びて聞こえた。
「それもあるね。“無駄”って感じるときって、“自分にとって重いもの”と比べたときに余計に気になる」
先輩は、ロータリーのベンチに腰を下ろした。
僕たちも横に座る。
「ちょっと誇張するとさ、『この電気代で何人分の給食が〜』とか、そういう方向にいきやすい」
「“戦争中にケーキ食べてていいのか”論争の現代版みたいですね」
「うん、“きれいなもの”って、人の心に余裕がない時ほど敵視されやすいから」
「敵視、ですか?」
「だって、自分が苦しいのに、街だけキラキラしてたら、“お前らだけ楽しそうでずるい”って思いたくもなるでしょ」
先輩の言葉に、後輩が小さくうなずいた。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、逆に“きれいだからアリ派”の主張は?」
僕が聞くと、先輩は指を逆に折り始めた。
「“別に、ずっとつけてるわけじゃない。季節のイベントだし、多少の無駄は“お祭りコスト”として認めよう派」
「“これを楽しみにしてる人もいるから、その人たちの心の栄養として必要派”」
「“観光・集客になるから、長い目で見ればプラス派”」
「私は、二番目が一番しっくりきます」
後輩が言った。
「なんか、毎日毎日、勉強とか仕事とかばっかだと、こういう“何の役にも立たないきれいさ”があると、ちょっと救われる気がして」
「“何の役にも立たないきれいさ”って表現いいですね」と僕。
「ね。私もそれ好き」
先輩は笑いながら、足元に広がる光の反射を見下ろす。
「でもさ」
そこで先輩は、少しだけ真面目な声になる。
「“役に立たないもの”をどこまで許せるかって、その人の価値観の余裕の問題でもあるんだよね」
「余裕……ですか?」
「うん。例えば、テスト前に漫画読んでるとき、“こんなことしてる場合じゃない”って罪悪感が出てくるみたいな」
「耳が痛い例えやめてもらっていいでしょうか」
「先輩もやってますよね、それ」
後輩の鋭い指摘に、先輩が一瞬だけ目をそらす。
「……まあ、それは置いておいて」
置いておくんですね。
「“テスト前の漫画”と“イルミネーション”って、ちょっと似てるところがあるなって思うんだ」
「どういうことですか」
「“何かしなきゃいけないとき”に、人間って“何の役にも立たないきれいなもの”に対して、急に厳しくなる」
先輩は、ロータリーの外側の道路を指さした。
年末セールの横断幕が風に揺れている。
「“このお金を別のことに使えたんじゃないか”って、つい考えちゃうから」
「たしかに“無駄”って感じる瞬間って、いつもそういう比較が入ってる気がしますね」
僕もつられて考える。
◇ ◇ ◇
「でも」と、後輩が口を開いた。
「“全部役に立つものだけ”で世界を埋めたら、それはそれで寂しくないですか?」
先輩が、少し目を細める。
「例えば、授業で習うことも、“直接入試に出るところだけやればいい”って考えると、なんか貧しい感じがするというか……」
「お、いいこと言うね」
先輩が素直にほめた。
「いまの、イルミネーションそのまんまだよ。“直接役に立つかどうか”だけで切っちゃうと、たぶんほとんどのきれいなものは削られる」
「削った世界って、どんな感じなんでしょうね」と僕。
「白い蛍光灯だけの街、とか」
「うわ、嫌ですねそれ」
後輩が顔をしかめる。
「でも、電気的にはそっちのほうが“効率的”なんだよね」
先輩は肩をすくめる。
「だから、“効率”だけを基準にすると、イルミネーションは全部不採用になる」
「……じゃあ、“効率じゃない基準”を入れるしかないんですね」
「そう」
先輩は、さも当然のように言った。
「“効率”と“豊かさ”のバランスを、どこに置くかの問題になる」
◇ ◇ ◇
「たださ」
先輩は、少しトーンを落とした。
「ここでややこしいのは、“誰のお金か”って話なんだよね」
「誰のお金、ですか」
「例えば、これが完全に“駅前の有志商店街が自腹でやってます”なら、まだシンプルなんだよ。“自分たちのお金をどう使おうと勝手でしょ”の世界だから」
「なるほど」
「でも、もしこれに“税金”が混ざってくると話が変わってくる」
先輩は、イルミネーションの足元に立てられた小さな看板を指さした。
《○○市/○○商店会 共催》
「“自分の払ってるお金の一部が、ここに回ってるかもしれない”って思うと、“無駄じゃない?”って言いたくなる人が出てくる」
「それはたしかに、分かります」と僕。
「“自分のお金”と“みんなのお金”で、“許せる無駄の量”が変わるんですね」
「そう。自分の財布から1000円出してイルミネーションつけるのは、“自分の趣味”になるけど」
「“みんなの財布からちょっとずつ1000円集めてイルミネーションやります”ってなったら、説明が必要になる」
後輩の言葉に、先輩が満足そうに頷いた。
「それがまさに、“無駄遣い”って言われるかどうかの境目だと思う」
◇ ◇ ◇
「じゃあ結局、このイルミネーションは“無駄”なんですかね」
僕が聞くと、先輩は少し考えるふりをしてから言った。
「“誰にとっての無駄か”による、かな」
「曖昧ですね」
「だって実際曖昧だもん」
先輩は、あっさりと認める。
「少なくとも──」
先輩は後輩の方を見る。
「さっき“きれいだなって思いました”って言った人にとっては、全然“無駄”じゃなさそうだよね」
「……そうですね」
後輩は少し照れくさそうに笑った。
「私、テスト前にここ通ると、“あー、なんかがんばろう”って思えるので」
「それはもう完全に、“心の栄養”ですね」と僕。
「でしょ」
先輩は僕の方も見る。
「君はさ。“電気代どうなってるんだろう”って気になりつつも、こうやって最後まで眺めてる」
「否定できないです」
「つまり、“完全な無駄”だったら、そもそも立ち止まってすらいないはずなんだよ」
「……たしかに」
「“これ、本当に必要?”って思いながらも、目が行っちゃうあたり、君の中にも“役に立たないきれいさ”を求めてる部分はある」
「分析されると、なんか恥ずかしいですね」
「私もです」と後輩。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、こうしませんか」
後輩が、ぽつりと言った。
「“イルミネーションが完全に無駄かどうか”は、今日ここを通った人のうち、“少しだけ気持ちが楽になった人”の数で決める、っていうのは」
「お、どういうこと?」
先輩が身を乗り出す。
「もし誰も嬉しくなってないなら、たぶん無駄なんですよ」
後輩は、ロータリーを歩く人たちの背中を見ながら続けた。
「でも、テスト前の学生とか、仕事帰りの人とか、子ども連れの家族とかが、“きれいだね”ってちょっとでも思ったなら、その分だけ“無駄じゃなくなる”っていうか」
「“感じた人の分だけ、無駄じゃなくなる理論”ですね」と僕。
「名前長いですね」と後輩。
「でも、僕は好きです、その考え方」
そう言うと、先輩も「悪くないね」と笑った。
「たぶんさ」
先輩は、ライトアップされた街路樹を見上げながら言う。
「“無駄遣い”ってラベルは、“誰かの事情が見えてないとき”に、一番強く貼られるんだと思う」
「事情、ですか?」
「うん。“なんでこれにお金と手間をかけてるのか”っていう、その人なりの理由が見えないとき」
先輩は、小さく息を吐いた。
「その意味で言うと、イルミネーションを“完全な無駄”って切り捨てるのは、多分ちょっと乱暴」
「かといって、“全部きれいだから正義”って言い切るのも、ちょっと雑ですね」と僕。
「そうそう。だからまあ、“好きって思う自分”と“もやもやする自分”が、両方いてもいいんじゃないかなって」
「両方、ですか」
「うん。“きれいだな”って素直に思う自分と、“電気代大丈夫かな”って心配する自分が、同居してる状態」
先輩は、どこか楽しそうにまとめた。
「そのぐらい中途半端なほうが、たぶん人間としてちょうどいい」
◇ ◇ ◇
「──じゃあ、先輩」
僕は、ふと思いついて聞いてみた。
「先輩にとって、このイルミネーションは“あり”なんですか、“なし”なんですか」
先輩は少しだけ考えてから、ニヤッと笑う。
「“あり寄りの、条件付き”かな」
「条件付き?」
「“来年もつけるなら、今年ここできれいだって思った人の顔を、ちゃんと想像しながらつけてね”って条件」
「それ、割とハードル高いですね」
「逆に、それができないなら、ほんとにただの“予算消化の無駄遣い”になりそうじゃん」
たしかに、と僕は思う。
「じゃあ僕らも、少なくとも“今年ここで楽しんだ人の一部”として、ちゃんとカウントされるように、もうちょっと見ておきますか」
そう言うと、後輩が笑った。
「“無駄じゃなかった証人”ですね」
「いい役だね、それ」
三人でしばらく黙って、
ロータリーの真ん中のツリーを眺めた。
人が通り過ぎていく。
写真を撮るカップル。
駆け回る子ども。
手をつないだまま立ち止まる家族連れ。
見ず知らずの人たちの理由なんて、当然、何一つ分からない。
それでも、この光が誰かの心の中で、ほんの少しだけ「今日は悪くなかった」と思える材料になっているなら──それはもう、“完全な無駄”とは呼べないのかもしれない。
「……寒いですね、そろそろ」
後輩がマフラーに顔をうずめる。
「じゃあ今日は、このイルミネーションに感謝して、あったかいものでも飲んで帰ろっか」
先輩がそう言って歩き出す。
僕もその後を追いながら、ふと振り返った。
さっきまでただの“無駄かもしれない光”だったイルミネーションが、
少しだけ、違って見えた気がした。
こんなふうに、どうでもいいことを真面目にこね回しながら、僕たちは今年も、クリスマスっぽい夜の街を、いつものように歩いて帰った。




