クリスマスイブ特別回 サンタの正体
クリスマスイブの駅前は、いつもより少しだけ浮かれていた。
スーパーの前ではチキンの山が売られていて、ケーキ屋のショーケースには、同じような苺ショートがぎっしり並んでいる。
頭上には、さっき商店街の人が取り付けたらしい「Merry Christmas」の横断幕。
「……人、多いですね」
僕がそう言うと、隣を歩いていた後輩がうなずいた。
「イブですからね。みんな、サンタさん待ちなんですよ、きっと」
「いや、その歳でサンタさん待ってる人はだいぶレアケースでは」
そうツッコんだところで、少し後ろを歩いていた先輩が口を開いた。
「ところでさ」
その声のトーンで、僕は「あ、始まったな」と悟る。
「サンタの“嘘”って、どこまで許されると思う?」
やっぱり、今日もいつもの発作がはじまった。
◇ ◇ ◇
「サンタの嘘、ですか?」
後輩が、首をかしげる。
「ほら、“サンタクロースは本当はいないのに、親がプレゼントを買ってきて『サンタさんからだよ』って渡す”ってやつ」
先輩はスーパーの前で足を止めて、チキンの列と、売り場の横に立っている簡素なサンタ帽の店員さんを眺めた。
「毎年、この光景を見るとちょっと気になるんだよね。“あれって、どの程度までなら“優しい嘘”として許されるのかなって」
「急にイブにしては重いテーマ来ましたね」と僕。
「イブだからこそでしょ。今日以外にサンタの話をしたら、ただの宗教史の授業になっちゃうじゃん」
先輩の言い分は、妙な説得力があるような、ないような。
「私は、わりと好きですけどね、サンタさんの話」
後輩がぽつりと言った。
「小さいころ、“サンタさん来るかな”って思いながら寝るの、すごく楽しかったですし」
「お、体験者の声だ」
と先輩。
「もちろん、“プレゼントの正体”を知ったときはショックでしたけど」
後輩は苦笑しながら、少しだけ肩をすくめた。
「だからこそ、あれが“嘘”だったっていうのは、なんだかモヤっとしたまま残ってるんですよね」
先輩が、興味深そうにこちらを見る。
「じゃあ今日は、その“モヤっとしたやつ”を分解してみようか」
「イブにやることですか、それ」
「イブだからこそだよ」
先輩は、嬉しそうに言って歩き出した。
◇ ◇ ◇
ロータリーを抜けた先の並木道にも、小さなイルミネーションが巻き付けられていた。
さっきの駅前ほど派手ではないけれど、白い光がぽつぽつと続いている。
「まずさ」
先輩が、街路樹の下で立ち止まる。
「サンタって、“嘘”なのは確定でいい? それとも“物語”として扱う?」
「そこからですか」と僕。
「わたしは普通に“嘘”だと思ってました」
「だよね」
先輩は軽くうなずく。
「“プレゼントを運んでくるヒゲのおじさん”っていう意味では、物理的には存在しない。でも、“サンタクロース”って言葉を聞いて、子どもがワクワクする現象そのものは、ちゃんと存在してる」
「現象としては実在、ですか」
と僕。
「そう。で、その“実在してるワクワク”を発生させるための“設定”として、親が“サンタさんはいるよ”って言い続ける」
先輩は、空を見上げた。
「ここまではいい? ここまではただの『仕組みの説明』ね」
「はい。ざっくり理解はできました」
「じゃあ本題。“どこまで許されるか”」
先輩は、僕たちの顔を順番に見た。
「君たちは、小さいころ“サンタが本当にいる”って信じてた?」
「……そうですね。小学校低学年くらいまでは」
僕は、少しだけ遠くを見る。
夜中に無理やり起きて、窓の外を見張っていたけれど、結局眠くて挫折した記憶が、頭の隅に残っている。
「私もです」
後輩が続ける。
「でも、友達が先に知っちゃって。『サンタなんていないよ、親だよ』って言われたとき、なんか、“裏切られた”みたいな気持ちになりました」
「親に対して?」
「半分は親に、半分は友達に、ですね。“どうして今ここで言うの”って気持ちもあって」
ああ、その感じはちょっと分かる。
「先輩はどうだったんですか?」
僕が訊くと、先輩はあっさり言った。
「私はね、最初から“いないだろうな”と思ってたよ」
「さすがですね」と後輩。
「でもさ」
先輩は、少し笑って続けた。
「“いないだろうな”って思いながらも、親が“サンタさんからだよ”ってプレゼント渡してくるの、わりと好きだったんだよね」
「好きだったんですか」
「うん。“お芝居に付き合ってる感じ”が、ちょっと楽しくて」
先輩のそういうところが、やっぱり先輩だなと思う。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、整理しようか」
先輩は、いつものように手のひらを広げる。
「サンタの“嘘”には、たぶん三つくらい段階がある」
「段階、ですか」と僕。
「一つ目。“サンタさんは本当にいます”って、ガチで信じ込ませてる段階」
「一番オーソドックスなやつですね」と後輩。
「二つ目。子どももなんとなく“本当はいないかも?”って気づき始めてるけど、親も子も“まだそういうことにしておこうか”って、半分お芝居になってる段階」
「さっきの先輩のパターンですね」
「そう。で、三つ目は、もう“サンタ設定は完全に共有されていて、『今年のサンタはちょっと予算厳しいらしい』とか、半分ネタにしてる段階」
「あるんですか、そんな高度なフェーズ」
「あるところにはある」
先輩は肩をすくめた。
「でね。私が気になるのは、“一つ目の段階”なんだよ」
「ガチで信じ込ませてるとき、ですか」
「そう。あのフェーズだけ、“優しい嘘”っていうより、“情報の独占”に近いところがあってさ」
「情報の独占……?」
「本当は“親が決めてるプレゼント”なのに、“全部サンタさんが決めてることになってる”っていう構図ね」
先輩は、足元の影をつま先でいじりながら続けた。
「つまり、“プレゼントの本当の出どころ”と“誰に感謝すべきか”が、子どもの側から見えない状態になってる」
「あ」と後輩が小さく声を上げる。
「たしかに、小さいころ“親にありがとう”って言う前に、“サンタさんありがとう”って言ってました」
「でしょ」
先輩はうなずいた。
「それって、“親として損してるじゃん”とも言えるけど、もっと言うと、“感謝の方向”を操作してるとも言える」
「操作……ですか」
「うん。“本当はこの人がやってるんだけど、あえて別の存在を前面に出す”っていうのは、ある意味すごく高度な演出」
先輩は、どこか楽しそうだ。
「だからこそ、“子どもがいつその構造に気づくか”って、案外デリケートな問題なんだよ」
◇ ◇ ◇
「じゃあ、どこまでなら“優しい嘘”でセーフだと思いますか?」
僕が尋ねると、先輩は「それを今から決めよう」と言わんばかりに指を鳴らした。
「とりあえず三人で、“これはセーフ”“これはアウト”って線引きしてみよっか」
「イブにやる遊びとしてはだいぶ渋いですね」と僕。
「でも、嫌いじゃないです」と後輩。
先輩は考える仕草をしながら、口を開いた。
「私としてはね、“バレたときに、相手を傷つけすぎない嘘”は、まだギリギリ“優しい”側かなと思ってる」
「傷つけすぎない、ですか」
「うん。サンタの場合、“嘘だったんだ”って知ったときに、“今までの楽しかった記憶ごと壊れてしまう”ほどのショックになったら、それはやり方がまずい気がする」
「……それは分かる気がします」と後輩。
「でも、私の場合は、ショックでしたけど“今までのワクワクが全部無駄だった”とは思わなかったです」
「それは、いいバランスかもね」
先輩は、少しだけ柔らかい声で言った。
「“嘘だったんだ”と“でも、楽しかったな”が、ちゃんと両立してる感じ」
「じゃあ、“アウト側”はどんな感じになりますか?」
僕が聞くと、先輩は少しだけ表情を曇らせた。
「例えば──」
言葉を選ぶように、先輩はゆっくり続ける。
「“言うこと聞かないとサンタ来ないよ”って、しつけのために脅し材料として使い倒すとか」
「ああ……」
僕と後輩の声が重なった。
「“プレゼントあげるかどうか”を、“いい子ポイントの査定”に紐付けすぎると、“無条件にもらえた”っていう安心感が消えちゃうんだよね」
「それは、たしかにちょっと嫌かもしれません」と後輩。
「“サンタさん来ないよ”って言われると、“自分がダメな子だからだ”って思っちゃいそうです」
「そうそう。そうなると、嘘の構造が“ご褒美”じゃなくて“脅し”のほうに寄ってしまう」
先輩は、電飾で縁取られたマンションのバルコニーを見上げた。
「そういう意味で、“誰かをコントロールするための嘘”になった瞬間から、だいぶアウト寄りになる気がする」
「“ワクワクさせるための嘘”と、“コントロールするための嘘”は違う、ってことですね」と僕。
「そう。見た目は似てても、中身は全然違う」
◇ ◇ ◇
「じゃあ私は、“これがセーフライン”っていうのを、一つ出してみてもいいですか?」
後輩が、少しだけ緊張したような声で言った。
「ぜひどうぞ」と先輩。
「“バレたときに、ちゃんと“ごめんね”って言える嘘”は、まだギリギリ許せる気がします」
「“ごめんね”、か」
「はい。もし、小さいころの私に戻れるとしたら、“ごめんね、でもね、楽しいかなと思って、ちょっとだけお芝居してたんだ”って言ってほしいなって思うので」
その言葉に、先輩が少しだけ目を見開いた。
「……それ、いいね」
「僕も、それはすごくしっくりきます」
自分でも少し驚くくらい、素直にそう思った。
「“本当のことを隠してた”って認めて、ちゃんと謝ってくれるなら、“じゃあ一緒に笑い話にしようか”って、前に進める気がしますし」
「なるほどね」
先輩は、腕を組んで小さくうなずく。
「じゃあ、“サンタの嘘はどこまで許されるか”の暫定結論として──」
「暫定なんですか」と僕。
「現時点の高校生三人会議の結論としては、ってこと」
先輩は、いつもの調子でまとめ始めた。
「“バレたときに、ちゃんと“ごめんね”って言えて、それでも一緒に“楽しかったね”って笑える嘘”まではセーフ。“バレても開き直ったり、相手をコントロールするために使っていた嘘”は、ほぼアウト」
「けっこう真面目に結論出ましたね」と後輩。
「クリスマスイブですから」と先輩。
「イブだからこそですか」
「イブだからこそだよ」
◇ ◇ ◇
少しのあいだ、三人とも黙って歩いた。
遠くで、どこかの店からクリスマスソングが流れてくる。
通り過ぎる子どもが、サンタ帽をかぶってはしゃいでいる。
「……でもやっぱり、ちょっと寂しいですね」
後輩がぽつりと言った。
「何が?」
「“もうサンタさんは来ないんだな”って、改めて考えると」
「それはそうですね」
僕も同じように、胸のあたりが少しだけきゅっとなった。
先輩は、少しだけ空を見上げてから言った。
「来ないかな、本当に」
「え?」
「形を変えてるだけかもしれないじゃん」
先輩は、わざとらしく肩をすくめる。
「例えばさ。君が将来、誰かにプレゼントを選んで、“サンタさんからだよ”って冗談で言うときとか」
「それはもう、完全に僕じゃないですか」
「そう。“正体が分かってるサンタ”は、多分いくらでも増殖するんだよ」
先輩は、少し笑って続けた。
「“正体が分からないサンタ”の時期は終わったかもしれないけど、“誰かのためにこっそり何かを用意する人”って意味では、これからいくらでもなれる」
「……それは、ちょっとだけ良い話っぽいですね」と僕。
「“っぽい”をつけるな」と先輩。
「でも、先輩の言うこと、分かる気がします」
後輩が、マフラーにうずまりながらうなずいた。
「もし、将来自分に子どもができたら──」
そこまで言って、少し照れたように笑う。
「ちょっとだけ、サンタさんの“お芝居”してみたい気はします」
「そのときは、“ごめんね”って言う準備もしとくんだぞ」
先輩が軽く肩をつつく。
「もちろんです。“でもね、楽しかったでしょ”って一緒に笑えるように」
「……じゃあ」
僕は、少しだけ冗談めかして言ってみた。
「僕たちは今日から、“サンタ予備軍”ってことでいいですか」
「名前がちょっと怖いですね」と後輩。
「でも、悪くないよ、それ」
先輩はどこか満足そうにうなずいた。
「“いつか誰かに、バレてもちゃんと謝れる嘘をつく予備軍”」
「長いですね」と僕。
「名前はそのうち短くなりますよ、きっと」と後輩。
◇ ◇ ◇
そんな他愛のないやりとりをしながら、僕たちは、少しだけ浮かれた町の中を歩く。
本物のサンタは、きっとどこにもいない。
でも、多分この街のどこかで、誰かが誰かのためにプレゼントを包んでいて、それを渡すときの顔を想像している。
その光景を想像できるくらいには、僕たちももう、“サンタの正体”側の年齢なんだろう。
「じゃあ、とりあえず今日は──」
先輩が、コンビニの看板を顎で指した。
「“サンタ予備軍”として、自分たちにホットチョコくらい奢ってやろっか」
「それ、自分で自分にプレゼントしてるだけじゃないですか」と僕。
「いいじゃないですか。第一号の“実験台”は、自分たちからですよ」と後輩。
そんなふうに笑いながら、僕たちはコンビニの自動ドアをくぐった。
外では、相変わらずクリスマスソングが鳴っている。
サンタの“嘘”が、どこまで許されるのかは、きっとこれから先も、答えが変わり続けるのだろう。
それでも今夜だけは、少しくらい、あの嘘に感謝してもいいかもしれない――
そんなことを思いながら、僕たちはそれぞれ、温かい紙カップを手に取った。




