表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/21

師走ですけど

「ねえ、君さ」


駅へ向かう坂道の途中で、先輩が急に足を止めた。

吐く息が白くて、街灯の光にちょっとだけ混ざっている。


「年初に立てた目標って、どれくらいやり残してる?」


今日も安定の発作スタートらしい。


「……もうちょっとマイルドな聞き方ないんですか」


「ないね。師走だからこそ直球でいこう」


先輩はスマホを取り出して、画面を僕に向けてくる。

そこには「2025年やることリスト」と書かれたメモが開かれていた。


「英単語帳を一冊終わらせる」「腹筋を一日20回」「月一冊は本を読む」

その下に、控えめなチェックマークと、やけに多い空欄。


「……思ってたより生々しいですね」


「でしょ。君もなんかあるでしょ、“今年の抱負”の成れの果て」


「いや、その……」


「ごまかしてもいいけど、師走の冷たい風はごまかせないぞ」


どんな格言なんだそれは。


「……英語の参考書を“今年中に一周する”って、年始に言った覚えはあります」


「何周した?」


「三分の一周です」


「どのへんで割り算したのそれ」


先輩は笑いながら、スマホの画面を指先でなぞった。


「でさ。この“やり残しリスト”を眺めながら、さっき思ったわけよ」


「何をですか」


「帳尻合わせって、どこまで許されるのかなって」


◇ ◇ ◇


坂を降りきると、駅前の広場には「歳末感謝祭」と書かれた横断幕がかかっていた。

人波を避けながら、ロータリーの端を歩く。


「例えばさ」


先輩が言う。


「“英単語を一年で1000個覚える”って目標を立てたとして。1月から11月までサボって、12月に一気に1000個覚えたら、それって“達成”って言っていいと思う?」


「……極端ですね」


「極端だからこそ分かりやすいでしょ」


先輩は続ける。


「“一年かけて身につける”って話だったのに、最後の一ヶ月でむりやり帳尻合わせしたとしたら、それは“目標達成”なのか、“数値だけのごまかし”なのか」


「テストに出るタイミングによる気もします」


「お、現実的」


僕は肩をすくめた。


「でも、正直言うと“ギリギリになって慌ててやる”っていうのは、わりと僕も経験ありますし。夏休みの宿題とか、最終日に一気に……」


「それ、“やったこと”にカウントしてる?」


「……一応、はい」


「じゃあ、その“一応”を今日は解剖してみよう」


先輩は、ロータリーの端のベンチに腰を下ろした。

僕も隣に座る。


◇ ◇ ◇


「まずさ」


先輩は指を一本立てる。


「“帳尻合わせ”って、だいたい二種類あると思うんだよね」


「二種類、ですか」


「一つ目は、“結果だけ合えばいいやつ”」


「結果だけ、ですか」


「例えば、“冬休みの宿題を提出日に出せばOK”とか、“模試の点数が何点以上なら合格ライン”とか」


「確かに、そこはプロセスまでは問われないですね」


「この場合、夏休みの宿題を最終日にやろうが、コツコツやろうが、先生から見れば同じ『提出済み』」


先輩は、ベンチの背もたれに体を預ける。


「もう一つは、“過程も含めて意味があるやつ”」


「例えば?」


「“毎日腹筋をする”とかさ。“毎晩寝る前に日記を書く”とか」


「ああ……」


「これを12月にまとめてやると、“腹筋10,000回一気にやりました”みたいな怪物が生まれるわけだけど」


「もう別の競技じゃないですか」


「そう。結果の数字は同じでも、中身は全く違う」


先輩は指を二本立ててみせる。


「つまり、“帳尻合わせがまだマシな目標”と、“帳尻合わせした瞬間に意味が激減する目標”がある」


「それは、なんとなく分かります」


僕も自分の英語参考書のことを思い出しながら答える。


「“語彙力を一年かけて増やす”って話だったのに、最後の二日で詰め込んでも、たぶん半分も残らないだろうな、って」


「でしょ」


先輩は、能天気そうな顔でうなずく。


「だからさ、“帳尻合わせ”って言葉だけで語ると一括りになっちゃうけど、中身はけっこうバラバラなんだよね」


◇ ◇ ◇


「じゃあ問題です」


先輩が急に教師みたいな声を出した。


「今年の君の“英語参考書一周計画”は、どっち寄りの目標だと思う?」


「いきなり僕の傷口を狙うのはやめてください」


「師走なので」


「師走だから何でも許されると思わないでください」


そう言いつつも、僕は少し考える。


「……本当は、“一年かけて少しずつ慣れる”系の目標だった気がします」


「つまり、“帳尻合わせすると意味が薄くなるタイプ”だね」


「ぐうの音も出ません」


「まだ出しときなよ。12月分くらいの音は」


先輩は笑いながら続ける。


「でさ。ここからが本題なんだけど」


「まだイントロだったんですか」


「うん。ここまでは“分類”」


先輩は、空を見上げた。


「私が気になるのは、“帳尻合わせ”って行為が、どの瞬間から“自分への嘘”になるのかってところなんだよね」


「自分への、ですか」


「そう。先生や親をだます話じゃなくて、“自分が自分にどう説明するか”の問題」


◇ ◇ ◇


「例えばさ」


先輩は、手のひらを開いて見せる。


「“本当は一年かけてやるはずだったこと”を、12月の一週間で慌ててやるとする」


「現実味のある例ですね」


「そのときに、心の中でどう言い訳するか」


先輩は指を折っていく。


「パターンA:『いやー、ギリギリだったけど、ちゃんとやり切った自分えらい』」


「自画自賛タイプですね」


「パターンB:『まあ、数字上は達成ってことにしとくか……』」


「妥協タイプですね」


「パターンC:『これ、達成って言っていいのかかなり怪しいけど、完全にゼロにする勇気もないから、とりあえず“やりました”って書いとくか』」


「それ、一番リアルなやつです」


僕が思わず即答すると、先輩がニヤッと笑う。


「でしょ」


「僕も似たようなことを何度か……」


「で、どのパターンも、“外から見たら同じ“やり終えた”」なんだよ」


先輩は真面目な声になる。


「問題は、“自分の評価”がどこに落ち着くか」


「自分の評価、ですか」


「うん。“やればできる”って思うのか、“どうせ最後にならないとやらない”って思うのか」


先輩は、足元の影を軽く蹴る。


「帳尻合わせってさ、一時的には“今年の自分はまあまあ頑張ったことにする”っていう帳簿上の操作なんだけど」


「はい」


「やり方によっては、“来年の自分の信用”を削ってることもある」


その言い方が、妙に胸に引っかかった。


「来年の自分の、信用……?」


「そう。“今年もギリギリでどうにかなったし、まあ来年もギリギリでいいか”って、自分の中の“ギリギリ許容量”がインフレする」


「ああ……」


「そうすると、“本当は前から手をつけるべきこと”まで、全部“12月処理枠”に押し込もうとし始める」


先輩は、スマホのカレンダーを開いて見せる。


「“冬休みにやる”“年末にやる”“年明けから本気出す”っていう謎の予定がどんどん溜まっていくわけですよ」


「胃が痛くなる言葉のオンパレードですね」


◇ ◇ ◇


「じゃあ」と、僕は少し反撃してみる。


「帳尻合わせって、そんなに悪者なんですか。たとえギリギリでも、“ゼロよりはマシ”って考え方もありません?」


「いいね、そこ大事」


先輩が少し楽しそうに僕を見る。


「たとえば、英語参考書の三分の一周でも、やらないよりは確実にマシだし」


「ですね」


「その意味で言うと、“帳尻合わせ”はちゃんと“マシ側”にいる行為ではある。“何もしませんでした”よりは明らかに進歩してる」


「ですよね」


「でもね」


先輩は、指を一本立てる。


「“マシ”と“誇れる”は、別なんだよ」


「……あー」


思わず変な声が出た。


「“ゼロよりはマシ”のことを、“これで完璧!”って言い張り続けると、多分どこかでしんどくなる」


先輩は、少しだけ息を白く吐いた。


「だから私は、“帳尻合わせ自体”じゃなくて、“帳尻合わせをどう扱うか”のほうが大事だと思ってる」


「どう扱うか、ですか」


「そう。“これは苦し紛れの帳尻合わせだったな”って、ちゃんと認めて笑えるなら、まだ健全」


「でも、“これが本来の実力”って思い込もうとすると?」


「来年の自分を、また同じしんどい目に遭わせることになる」


先輩は、少しだけ真顔になる。


「それって、“未来の自分にツケを回してる”って意味では、ちょっとした自分への虐待だと思うんだよね」


その言い方は、少しだけ重かったけれど、よく分かった。


◇ ◇ ◇


「じゃあ先輩は、今年の“やり残しリスト”どうするんですか」


僕が訊くと、先輩はスマホの画面をもう一度見下ろした。


「うーん……」


「“帳尻合わせは悪だ!”って散々言ったあとで、実は今から全部やるとか言い出したら、かなり面白いですけど」


「やらないよ、全部は」


先輩はあっさり言った。


「やるんですね、多少は」


「さすがにゼロは嫌だからね。でも、“これはもう、今年中にやっても意味が薄いな”ってやつは、潔く“来年の自分への正式な業務引き継ぎ”にする」


「正式な、ですか」


「うん。“帳尻合わせでごまかさず、ちゃんと“今年はここまでしかできなかった”って認めてから渡す」


先輩は、親指でいくつかの項目を選択して、

「来年の目標」という新しいメモに送り込んだ。


「こうやって、“今年の自分の限界”を一回ちゃんと見てから、“じゃあ来年どうする?”って考えるほうが、まだマシな気がしてる」


「それはたしかに、ちょっと健全な感じがします」


僕もポケットからスマホを出す。

年始に、勢いだけで作った「2025年の目標」フォルダを開く。


「……“英語参考書一周”は、帳尻合わせした方が良いですよね」


「そうだね」


先輩はケロッと言った。


「だって、今からでも三分の一を半分周くらいにはできるでしょ。それはそれで、“ゼロじゃなかった”記録として残したらいいよ」


「ずいぶんと柔軟ですね」


「帳尻合わせって、“全部を救う魔法”じゃなくて、“少しでもマシにしておく応急処置”くらいに思えばいいんじゃない?」


先輩は、ベンチから立ち上がった。


「“それで全部チャラ”って顔をしなければ、だけどね」


◇ ◇ ◇


駅への階段を上りながら、僕はふと聞いてみる。


「じゃあ先輩、帳尻合わせを“してもいいライン”って、どのへんだと思います?」


「そうだねえ」


先輩は少し考えてから、振り返った。


「“今年の自分に、ぎりぎりで“よく頑張ったね”って言えるところまで」


「曖昧ですね」


「人間なんてだいたい曖昧だよ」


さらっと言わないでほしい。


「本当にダメなのは来年の自分が困るの分かってて、“ま、どうにかなるでしょ”ってツケだけ積み上げるやつ」


先輩は階段の途中で立ち止まって、僕を見る。


「君はさ。“今年の自分”と“来年の自分”のどっちに、ちょっとだけ優しくしたい?」


「……そう言われると、来年のほうですかね」


自分で言って、少しだけ苦笑いする。


「じゃあ、“来年の自分が“まあ許すか”って言えるくらいまで、今年の帳尻合わせはやっていいんじゃない?」


先輩は、そんなふうにまとめた。


「“来年の自分に怒られない程度の帳尻合わせ”」


「また長い名前つけましたね」


「長い名前はだいたい正しい」


根拠のないことを、楽しそうに言う人だ。


◇ ◇ ◇


改札前で足を止める。

人の流れはせわしないのに、どこか年末特有のゆるさも混ざっている。


「じゃあ僕も、帰ったらせめて……“半分周”くらいまでは進めてみます」


そう言うと、先輩がニヤッと笑った。


「いいじゃん。“今年の自分への最低限の礼儀”としては、そのくらいで」


「ハードルはそれでいいんですか」


「完璧主義は大体、年末に自爆するからね」


先輩は軽く手を振った。


「完璧になれなかった自分を、“まあ、ここまでやったなら良し”ってそれなりに認めてあげられるくらいの帳尻合わせが、一番人間らしいと思うよ」


「人間らしい、ですか」


「うん。“全部やりました”って嘘つくより、“ここまではやりました。来年はもうちょっとマシにします”って、正直に言えるほうが、まだかっこいい」


「……来年の自分に笑われない程度には、頑張ってみます」


「来年の君が、“去年の俺、よく頑張ったじゃん”ってちょっとだけニヤッとできるくらいにね」


そう言って、先輩は改札を抜けていった。


僕もICカードをタッチしながら、スマホの「2025年目標リスト」をスクロールする。


全部は無理だ。

でも、ゼロで終わらせるのも、さすがに嫌だ。


「……とりあえず、三分の一を“半分くらい”にするところから、かな」


自分にそう言い聞かせて、僕はホームへ続く階段を上った。


今年やり残したもの全部には、到底手が届かない。

でも、“来年の自分にそこまで嫌われない程度の帳尻合わせ”くらいなら、今夜からでも、まだ間に合う気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ