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テレポーテーション倫理学

「ねえ、君はさ」


校門を出てすぐの横断歩道で、先輩が例によって急に話を切り出した。


「テレポートって“移動”だと思う? それとも“殺人”だと思う?」


信号待ちにする話題ではない。


「……今日も安定して重たいですね。どうしたんですか急に」


「この前ネットで見たんだよ。どこでもドアの原理ってやつ。その説明が面白くてさ、“元の身体を分解して情報にして、別の場所で再構成します”って」


「よくあるSF方式ですね。“転送装置系”の」


「そう。それで、さらっと『つまり瞬間移動が可能になる』って言うのを聞いて──」


先輩は信号機を見上げた。


「いや、それ“移動”で片付けていいのか? って」


◇ ◇ ◇


横断歩道を渡りながら、僕は一応、常識側の意見を出してみる。


「だって、こっちの身体が壊されて、向こうで同じ身体が作られて、記憶も性格もそのままなら……それは“移動しました”ってことでいいんじゃないですか」


「ほう、けっこうあっさり受け入れるタイプなんだね」


「毎回“哲学的ゾンビ”みたいに疑って生きていけませんから」


「じゃあ、こういうのは?」


先輩は楽しそうに続ける。


「“元の身体を破壊せずに、情報だけコピーして、遠くで再構成しました”パターン。

こっちに“君A”が残って、向こうに“君B”が現れる」


「……それは、ただのクローンじゃないですか」


「その場合、“本物”はどっち?」


「Aですよね。先にいたほう」


「じゃあ普段は、“こっちを破壊してからBだけ残してます”ってだけなんだよ、その装置」


先輩は立ち止まり、振り返る。


「“破壊しなかったらクローン”“破壊したら移動”って、そんなにスイッチ一つで意味が変わっていいのかなって」


「……言われると、急に怖くなってきましたね」


◇ ◇ ◇


「一応整理しようか」


先輩は、コンビニの前のガードレールに腰を預けて言った。


「どこでもドアを使うとき、何が起きてるのか」


彼女は指を一本立てる。


① 元の身体をバラバラにする(物理的には“死亡”に近い)

② その情報を送る

③ 別の場所で同じ構造の身体を再構成する


「まあ、そういう説明になりますね」


「で、“これは移動だ”って言い張るためには──」


先輩は今度は二本指を立てた。


A:身体の連続性は諦めて、“情報の連続性”こそが本人だと言う

B:法的・社会的には“同一人物として扱う”ことにする


「Bは分かりますけど、Aはだいぶ腹をくくってますね」


「でも、Aに近い考え方、私たちすでにやってるよ?」


「どこでですか」


「たとえば、睡眠」


先輩はさらっと言う。


「寝てる間って、ほぼ意識ないじゃん。昨日の自分と、今日目を覚ました自分が“同一人物だ”って、どうやって保証してるの?」


「いや……普通に連続してるじゃないですか」


「身体はね。でも意識としては、“一回途切れてる”とも言える。それでも私たちは、“同じだ”ことにしてる」


「“ことにしてる”って言い方やめてください、不安になるので」


「毎日ちょっとずつ細胞も入れ替わってるしね。厳密に言えば、昨日の君と今日の君は“ほぼコピーだけど同一視されてる存在”とも言える」


「つまり、テレポートはその“変化”を一気にやってるだけだと」


「そう。普段はゆっくり変わるから気にならないだけで、“情報の連続性さえあれば本人扱い”という前提は、けっこう日常的に使ってる」


◇ ◇ ◇


「それでも、やっぱり“元の身体を破壊する”ってとこが引っかかるんですよね」


僕は言う。


「“破壊しない”で済むならいいですけど」


「じゃあ、こういう問い方はどう?」


先輩は少し声を落とした。


「君がどこでもドアに入る前、“これから一瞬で向こうに移動します。身体は一回壊れるけど、向こうで再構成されます。記憶もそのままです。法律的にも君として扱われます”って説明されたとする」


「はい」


「それを聞いた上で、“それは移動だ”と思って受け入れるなら、君にとってそれは“移動”なんだろうね」


「かなり怖いけど……ぎりぎり受け入れられるかもしれません」


「じゃあ次」


先輩はすぐに続ける。


「“実は、今まで君が使ってきたどこでもドアは全部、『元の身体を静かに殺して、コピーだけを送り出す装置』でした。でも記憶も感覚も同じだから、誰も気づいていませんでした”って、ある日いきなり告げられたら?」


「……最悪ですね、それ」


「その瞬間から、“過去に何十回も自殺してきた人”になる」


「自殺というより、“何十回も殺されてきた人”じゃないですか」


「じゃあ、“連続して殺され続ける移動”かな」


言葉としてひどいが、妙にしっくりくる。


◇ ◇ ◇


「法的にはどうなるんでしょうね」


僕は少し現実寄りのことを考える。


「テレポート前の身体は、“自分の意思で破壊されることを承諾した”って扱いになるんですかね」


「“自己の身体の処分を許可”ってやつだね。自殺幇助なのか、医療行為なのか、新種の旅券なのか」


先輩は冗談めかして笑う。


「たぶん最初は、“テレポート=極端に危険な移動手段”として扱われるんじゃないかな。飛行機より死亡率高いとか言われつつ、少しずつ普及していく感じで」


「で、“一回くらいは使ってみたい”っていう人たちが出てくると」


「“一度死んでみたい人向け海外旅行ツアー”とかね」


「そのキャッチコピーで売るのはやめたほうがいいですよ」


◇ ◇ ◇


コンビニの前を離れて、また歩き出す。


「で、先輩はどうなんですか」


僕は聞いた。


「どこでもドア、使います?」


先輩は少しだけ考えてから答えた。


「うーん……“一度乗ったら、日常の全部が変わりそうで怖い”ってのはあるね」


「価値観がですか?」


「そう。一回“身体を壊しても平気”って経験をすると、“自分ってそんなに固有じゃないのかも”って思っちゃいそうで」


「それ、アイデンティティ崩壊コースですね」


「だから、多分私は乗らない」


先輩はあっさりそう言った。


「でも──」


「でも?」


「君が乗ったあと、“向こうから出てきた君”とまたこうやって話してるときに、ふと、『ああ、この人は一回死んでるんだな』って考えてみたい」


「性格悪くないですか、それ」


「好奇心がちょっとだけ勝つんだよね」


先輩は笑う。


◇ ◇ ◇


「じゃあ、僕が使う前提で話を進めないでください」


「いいじゃん。そのとき、“テレポート前の君”は、“これは移動だ”と思って入るんでしょ?」


「……まあ、入るときにそれを疑い始めたら、多分最後まで踏み込めないですからね」


「そういう意味では、“これは移動だ”と思い込む能力も、生き延びるためのスキルの一つなのかもしれないね」


「たとえそれが、“連続した殺人”の片棒を担ぐ思考でも?」


「うん。世の中、大抵のことはそんな感じで回ってるよ」


先輩は空を見上げる。


「自分が毎日、少しずつ入れ替わってることも、わざわざ“昨日の自分を殺した”とは言わないでしょ」


「言い出したらキリがないですからね」


「テレポートも、たぶんそれと同じで、“そういうことにしておく”って決めた瞬間に、“ただの移動”になる」


「……そういう“ことにしておく”が積み重なって、人間やってる気がしてきました」


「気づいちゃった?」


先輩は少しだけ意地悪そうに笑った。


「じゃあ、今日は歩いて帰ろうか。少なくともこの足で歩いてるうちは、“移動だ”って胸を張って言えるから」


「テレポートする予定もないですけどね、今のところ」


「“今のところ”ね」


先輩のその言い方が、妙に引っかかったまま、僕たちはいつもの帰り道を歩き続けた。

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