SNS的進化論
「先輩って、フォロー少ないですよね」
放課後の図書室。
部活もない静かな曜日で、本棚の陰はちょうどいいサボり場所だ。
参考書を開いたまま固まっている僕の向かいで、後輩がスマホを覗き込みながら言った。
「急に何の宣戦布告?」
「いえ、悪口じゃないですよ。事実として」
悪口に聞こえる言い方をしておいて、よく言う。
「先輩、フォロワー三十人しかいないじゃないですか。私の十分の一です」
「数えるなよ」
「プロフィール非公開でもないのに、フォローしてる人も少ないし。なんというか、“つながりが軽い人”って感じがします」
「お前のその一言のほうが軽くないか」
思わずツッコミを入れてから、僕も少し気になってしまった。
自分のアカウントを開いてみる。
たしかに、フォロー・フォロワーともに二桁で止まっている。
「別に困ってないけどなあ」
「ほんとにそう思ってます?」
後輩は机に肘を乗せて、じっと僕を見る。
「先輩、タイムライン、寂しくないですか」
「静かでいいよ」
「“静かでいい”って言う人、だいたいちょっとは寂しいと思ってます」
「お前、たまに刃物みたいなこと言うよな」
そう言いつつ、自分でも完全には否定できないのが悔しい。
◇ ◇ ◇
「で、何が言いたいんだよ。フォロワー数が正義だって話?」
「正義とまでは言いませんけど……」
後輩はスマホの画面を僕のほうに向けた。
フォロー中:412
フォロワー:388
数字だけ見れば、たしかに賑やかだ。
「こういうの見ると、なんか“ちゃんと人間関係やってます”って感じしません?」
「ラベルとしては分かりやすいよな。“ぼっちじゃないですよ”って証明書みたいな」
「そうそう。でも、ここでちょっと怖いなって思うんです」
後輩はそこでスマホを伏せた。
「“つながり”って、本当はぼんやりしたもののはずなのに、フォローとかフォロワーって数字になると、急に“多いほうがいい”みたいな顔をし始めるじゃないですか」
「まあ、確かに。“差”が見えちゃうからな」
「しかも、リアルの関係より分かりやすいんですよね。クラスメイトとの距離感って言葉にしづらいですけど、フォロー関係は矢印で一発です」
後輩は指で空中に矢印を描いた。
「先輩→私 と 私→先輩 は、“お互いフォローしている”って対等な矢印だけど、
先輩→知らない有名人 は、一方通行の矢印」
「まあ、“先生と生徒”みたいな上下関係に近いな」
「しかもフォロー解除したら、矢印が消える」
「リアルでそれやったらちょっとした事件だな」
「“あの、あなたとの人間関係、終了にしたいのでこの紙にサインしてください”みたいな感じですね」
想像して、二人で苦笑いする。
◇ ◇ ◇
「でもさ」
僕は少し真面目な声で言った。
「フォローって、そんなに重く考えるもんでもないだろ。“とりあえず押しただけ”みたいなのも多いし」
「私もそう思ってたんですけど」
後輩はストローをくるくる回すみたいな手つきで、ペンをいじった。
「最近ちょっと分かんなくなってきて」
「何が?」
「“軽くフォローした関係”が、いつの間にか“重い前提”として扱われることがあるなって」
「前提?」
「たとえば──」
後輩はノートの端に簡単な図を書く。
Aさん:フォロワー500
Bさん:フォロワー40
「この二人が同じことを言っても、“500人に見られてる人の発言”と、“40人にしか届かない人の発言”って、なんか違う重さがあるように扱われません?」
「“インフルエンサー”と“ただの一般人”みたいな」
「そうです。でも、二人ともただの人間なんですよね。本当は」
「フォロワーが増えた瞬間、人間が進化するわけじゃないからな」
「なのに、数字が増えてくると急に“発言に責任を持て”とか言われ始める」
「……たしかに、そういう空気はあるかもな」
数字というだけで、人格まで変わったように見なされる。
それはたしかに、奇妙な話だ。
「逆に、フォロワーが少ないと、“何言っても大した影響力ないでしょ”って扱われる。でも、その人の一言で救われる人が一人いるかもしれないのに」
「つまりお前は、“数で関係の重さを決めるのは変だ”って言いたいわけ?」
「そうです。でも同時に、“数で安心する自分もいる”ってのが、また厄介で」
後輩は自分のスマホを見下ろした。
「フォロワーが一人減っただけで、“何かやらかしたかな”って考えちゃうんですよね」
「それはまあ……人間らしい反応だろ」
「相手からしたら、ただ“整理しただけ”かもしれないのに」
「相手も“軽くフォロー”して、“軽く解除”しただけかもしれないけどな」
「その“軽さ”が、たまにすごく重く感じるんです」
◇ ◇ ◇
「で、先輩」
後輩は顔を上げて、唐突に聞いてきた。
「先輩にとって、“フォロー”って何なんですか?」
「俺に語らせるの?」
「はい。少しは語ってください」
しょうがないので、ちょっとだけ考える。
「そうだな……“今のところ、この人のことを見ていたいっていう仮の意思表示”くらいかな」
「仮、なんですね」
「うん。“永遠に見続けます”なんて約束はしてないからさ。タイムラインが合わなくなったら、そっと外す可能性も含めての“フォロー中”」
「じゃあ、“フォローしてる=友達”とは限らない?」
「限らないな。むしろ、“フォローしてないけど友達”も全然いるし」
「たしかに。SNSで一切つながってない友達もいますもんね」
「だから、“フォロー関係”っていうのは、“本当の関係”の一部しか切り取ってない」
「一部?」
「うん。実際には、“クラスメイト”“同じ部活”“同じ塾”“たまたまよく駅で会う人”みたいに、いろんなレイヤーのつながりがあるだろ」
「たしかに」
「フォロー・フォロワーって、そのうちの“情報を受け取るかどうか”だけを数値化したものだと思う」
「“情報レベルの関係”だけ」
「そう。だから逆に言えば、“情報レベルの関係だけがやたら可視化されてる世界”とも言える」
後輩は、少し黙ってから言った。
「……それ、ちょっと寂しくないですか?」
「寂しい?」
「だって、本当は“ちゃんと友達”なのに、フォローしてないだけで“距離がある”みたいに見えたり、フォロワーが多いだけで“充実してる人”に見えたり」
「見えるだけ、だろ」
「でも、“見える”ってけっこう強いですよ」
たしかにその通りだった。
見た目は、想像以上に人の心を左右する。
◇ ◇ ◇
「じゃあ」
後輩はペンを置いて、ふっと笑った。
「先輩と私の“関係”って、どうなってるんでしょうね」
「いきなり本題に切り込むな」
「だって、私、先輩のことフォローしてますけど」
「知ってるよ」
「でも、先輩は私フォローしてないじゃないですか」
「……それ、気づいてた?」
「気づきますよさすがに」
後輩は肩をすくめる。
「別に怒ってるわけじゃないです。ただ、“タイムラインに私がいない世界”で生きてるんだなあって」
「言い方がちょっと重いな」
「でも、こうして放課後に話してるわけですし。フォローされてなくても、“ちゃんと会話する関係”ではありますよね」
「そりゃそうだろ」
「だったら、数字上は“片思いの矢印”なのに、現実にはもっと複雑な関係があって……」
後輩は少しだけ照れくさそうに、でも真面目な顔で言った。
「それってなんか、ちょっと安心します」
「安心?」
「はい。“フォローしてる/されてる”なんかより、こっちのほうがちゃんとしてる気がするので」
「……ならよかったよ」
SNSの画面に出てこない矢印が、ここにはある。
それは数字にはならないけれど、たぶん、そっちのほうが本物に近い。
「じゃあ確認なんですけど」
後輩はいたずらっぽく聞いてきた。
「先輩、私のことフォローしなくてもいいです。でも、明日もちゃんと話してくれます?」
「それは……まあ、するだろ」
「じゃあ、関係は継続ですね。数字はゼロでも」
「お前、言い方がいちいち刺さるんだよ」
そう言いながら、僕はポケットの中のスマホを握りしめた。
画面を開けば、すぐにフォローできる。
でも、今はまだいいか、と思う。
この距離感は、数字にしないほうが少しだけ心地いい。
そんな気がして、僕はわざとスマホを取り出さずに、参考書を開き直した。




